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『大侵攻』の真実

残り30話です。


 冬の寒気が北へと去った小春日和のガルディブルク。

 城下には春を告げる花々が綻びかけていた。


「……春だな」


 小さく呟いたカリオンは、城のバルコニーから城下を見ている。

 ル・ガルの各都市へと繋がる街道の起点は、全て城下の広場だった。


 ――――さぁ……

 ――――決戦だ……


 カリオンが見つめる先にあるのは、4頭立ての馬車だった。

 ネコの国から来たその馬車には、ネコの騎兵が30騎ほどついて来ていた。


 エデュ・ウリュール


 ネコの国の女王ヒルダの夫として、彼の国の武力を管理する者。

 そして、実質的に国の差配を受け持っている官僚の頂点だ。


 そんなエデュがガルディブルクへとやって来た理由……


「陛下。ウリュール公との面会はされますか?」


 ウォークはもっとも格式のある官服をまとい、バルコニーへとやって来た。

 参謀達のように飾緒を下げる事は無く、また胸板を飾る勲章の略章も無い。

 だが、その代わりとしてウォークの胸にあるのは太陽王の王冠マークだ。


 ウォータークラウンを模したそのマークは、城内に限り太陽王代理を意味する。

 親衛隊や近衛師団の中で赤の腰巻きをする者は特別扱いを受けるが、そのマークを持つウォークはそれ以上の特別待遇だ。


「勿論だ。余の私室へ案内しろ。ウリュール公のみだがな」


 カリオンは笑みを浮かべてそう応えた。そう。太陽王の私室となるプライベートゾーンに出入りできる特権を持っているのは、管理の中でも一握り。その中にあって事前に手続き無しに入れるのは、このウォークだけだった。


「畏まりました。して、同席者は?」


 本来であればそんな質問などまったく無意味なはず。

 だが、先のキツネの国への遠征以来、難しい問題が立ちはだかっていた。


 帝后サンドラ妃の相談役。実質的には話相手として太陽王が拾ってきた女。ただ、その女はヒトなので、王の私室へ入れるには色々と問題があった。太陽王は『余が許す』として自由な出入りを認めたのだが、王府官僚は良い顔をしていない。


 そんなヒトの女に対し、サンドラが『私も良いと思いますよ』と口添えをして、それで初めて自由な出入りが出来る様になった位だ。


 ――――太陽王の遊び相手ね……


 口さがない者達がそんな噂をしていたのだが、ある時とんでも無い事件が起きたのだ。太陽王の私室へ入ろうとしたヒトの女は黒い面帯をしていたのだが、親衛隊のひとりが難癖を付けて面帯を取ってしまた。


 リースと名乗っていたそのヒトの女が素顔を晒したとき、城内に居たヴェテラン達は息を呑んで固まった。かつて太陽王の正妻であったリリス妃に瓜二つな姿のヒトの女は、サッと顔を隠して縮こまった。


 そう。そこまでは良かったのだ。だが……


 ――――余の許し無く無礼を働いた者は誰だ?


 太陽王の怒りは凄まじく、カリオン王即位以来凡そ70年の間で初めての事が城内に発生した。神妙な顔で出頭したその親衛隊の首を一刀のもとに切り落としてしまったのだ。


 親衛隊を束ねるル・ガル最強の剣士な不敗のヴァルターを圧すると言われる太陽王の剣技は、腕に覚えのある親衛隊であっても回避ひとつ出来なかった。そしてそれ以来、城内の全てにおいて王の決済を求める空気が出来上がってしまった。


 誰だって一撃で首を刎ねられる事など望まないであろう。獅子との決戦を前にピリピリしているカリオン王の逆鱗に触れる事など誰だって望まない。その結果、この様に全て太陽王の決済を求める形になってしまったのだ。


「お前に任せる」


 カリオンは笑ってそう言うが、ウォークは困った顔だった。


「陛下…… 王府の者が困ってるんですよ? 身から出た錆です」


 ウォークの言葉には呆れたと言うよりも困ったという方が色濃く出ていた。王府の者達が言うのは、王の望む様にしないと自分にとばっちりが来る。それは絶対に勘弁してくれと言うものだった。


「……そうだな。カッとなった余が悪い」


 リリスとリースの事を知っている者ならそれで済むが、公式にはリリスとリースは別人であり、城の地下にあった死者の宮殿を知る者など殆ど居ない。王の私室にある魔法で封印された扉以外に降りる手段の無い場所故、やむを得ない事だった。


「とりあえず陛下の親族は勢揃いして貰いますが……」

「あぁ。リリス……じゃない、リースも同席させろ」


 ウリュール公はリリスを知っている筈だ。それを知識として知っていたウォークは、怪訝な声音で『よろしいのですか?』と確認した。ただ、それに対するカリオンの答えは、至ってシンプルでカリオンらしいものだった。


「赤心を推して人の腹心に置くという。ヒトの世界の諺だそうだ」











 ―――――――――― 帝國歴 397年 3月 7日 午後

              ガルディブルク城 太陽王プライベートエリア











 ……どうも座りが悪い


 カリオンがそう思ったのは、ある意味でやむを得ない部分だった。

 私室の中にあるリビングのソファーにはカリオンとサンドラが座っている。

 その背後。一段下がった位置にいくつか席が有り、そこにリースが座っていた。


 王と后が並んで座る席に他の者が座るわけにはいかない。

 勿論、そこにヒトの女が座るなどあり得ない事だ。


 ただ、問題はそこでは無い。


 あの夜、サンドラがトウリの元へと行った夜。リリスはリースとなってから、初めてカリオンに抱かれた。リリスにとっては2度目のロストバージンだが、問題はそこでは無い。


 ヒトの女など遊び道具でしか無いと言う常識の中で、太陽王の夜伽道具に堕とされたリリスの悔しさが、本来盤石であったサンドラのとの間に微妙な溝を作ってしまったのだ。


 ――――良かったね♪


 翌朝早くにカリオンの部屋へと戻ってきたサンドラは、満面の笑みでリリスにそう言った。サンドラは純粋に『惚れた男に抱かれた悦び』への言葉として発したのだった。


 だが、それを聞いたリリスは全く違う解釈をしてしまった。彼女にとってサンドラの言葉は勝利宣言そのもので、もっと言えば『譲ってやった』という上から目線の言葉だった。


 ――――ありがとう……ございました

 ――――帝后……陛下


 陛下の言葉を口にしたあと、リリスは奥歯をグッと噛んで堪えた。まだ何か挟まってる……と、初めての朝に感じた事を思いだす余裕など彼女には無かった。サンドラは久しぶりにトウリと過ごした夜でご機嫌だった。


 その他のしそうな顔。悦びに満足した顔。女の幸せを味わった顔を見る事すら苦痛だったのだ。例えるなら、石の裏でも這いずるナメクジでも見るような顔になってリリスはベッドを出た。


 ――――いまのカリオンはサンドラのもの……


 かつて自分がそうしろと言った事が、誰も恨めない形になって返ってきている。いや、サンドラすら駒のように扱った自分の軽はずみな行為が、ここで惨めさという形で実を結んでしまった。


 むしろ受肉などしなければ良かったのだが、ル・ガルの事を思えばそうも言ってられない。何より、キツネの国との誼を深めるに当たって、キツネの側は純粋な善意でこれを行ったのだ。


 あの朝以来、リースとなったリリスは一段下がった場所でサンドラのそばに居る事になった。最初はそれを理解出来なかったサンドラも、やがては事態の深刻さに気が付き、リースに対等な付き合いを求めていた。


 もっと言うなら、かつてと同じようにリリスとして振る舞って欲しいとすら言ったのだった。しかし、今のリリスにはその全てが逆効果になってしまった。その全てがイヌの后とヒトの遊び道具の差を見せ付けるものになってしまった。


 ――――私がこれで良いと言ってるの……

 ――――王の后はあなたよ……


 イヌの女同士がそれを言うのであれば何も問題無いだろう。だが、今のリリスはヒトでしかない。だからこそ、グッと堪えざるを得ない。ル・ガルの中にあるヒトの扱いの軽さをもっと改善しておくべきだった。


 今さらそんな事を思いつつ、それでもリリスは複雑な感情を押し殺してカリオンとサンドラの背中を見ていた。兄であるトウリと離縁させてカリオンの相方へと押し込んだ時、サンドラが感じたであろう屈辱や悔しさを知ったのだった。


「陛下。ウリュール公がお見えです」


 階段を上がってきたウォークがそう告げ、カリオンは立ち上がって部屋の入口でネコの貴族を出迎えた。満面の笑みを浮かべて立っていたカリオンの前に、エデュが遂に現れた。


「立派になりましたな…… あの……フィエンの街で話をして以来だ」

語弊のある書き方なので詳細に言うと、プロットとして30話です。

凡そプロット1話を2~3日分として書いてますので、ざっくり言えば残り100回です。

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