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本気で本気を証明する

~承前






 およそ2時間ほどの歓談は驚くほど和やかな空気で進行した。

 正直、拍子抜けだとカリオンが感じたほどに……だ。


 まだ幼い姿の帝は終始上機嫌で、傍らに呼び寄せた実務担当の太政大臣にアレコレ諮問しては鋭い視点での回答を示していた。そして、途中より蘇ではなく酒が供され、口も柔らかになったところで実務協議への筋道が示された。


 キツネの国が提示したのは単純で、ル・ガルやオオカミの支配地域へ商業圏を拡大させろと言うものだった。それに対しカリオンは事業税を納めることを求め、オクルカはオオカミも商売に参加して学ぶ場を作ることを求めた。


 今までがそうであったように、これからもキツネはイヌと共犯関係にある。それを再確認しただけだが、歴史的な一歩になったのは間違いなかった。なにより、忌憚の無い協議による腹の底の見せ合い。


 言い換えるなら、本音をぶつけ合った信頼感というものが着々と醸造されていったのだ。そしてそれは、周囲に居た者達に『そろそろ……』と思わせるだけのものを与えていた。


「ほほほ。殿方の話は無事に終わったようでおじゃる」


 やや離れたところでそれを見ていた葛葉御前は、小さな声でそう言った。ややもすれば聞き取りがたい程度の声であったが、帝の耳には聞こえていたらしい。まだ幼い姿だが、それでも帝はキッとした表情になってカリオンを見た。


「カリオン王。我らキツネの誠意の証として贈り物を用意した。受け取ってもらえまいか」


 帝がそう切り出したとき、葛葉御前は『オホホホホ 遂に妾の出番ぞえ?』と動き出した。その段になって初めてカリオンはリリスの状態に気がついた。面帯を取ったリリスはまるで正体の抜けたガラスの人形で、無表情のままに動いていた。


「……いささか承服しかねる状況となった」


 カリオンの気勢がグッと厳しくなった。一言でいえば臨戦態勢だ。だが、そんな太陽王を前に、帝は静かな口調で切り出した。


「カリオン王の后がいかな艱難辛苦を舐めたのか。我らは時を遡ってつぶさにそれを見た。そして、我らに出来る最大限の誠意を示そうと準備をしてきた。不愉快なのはやむを得まいが、もう少し話を聞いてはもらえまいか」


 齢8歳と聞いていた帝だが、その振る舞いはまるで場数を踏んだ老人のようだ。カリオンは声を発さずに事態の推移を見守り、オクルカは息を呑んで奥歯を噛みしめていた。


「キツネの術者は式神を使役する。それは人ならぬものに魂を込めたり、或いは人の魂の抜き取った抜け殻を再利用したり。だが、その術の中に禁呪と呼ばれるものがある。使っては為らぬとされてきた秘術だったり、或いは非道の術だ」


 そう切り出したのは、あのウィルケアルベルティと同じ姿をしたキツネだった。如月と言ったか……とカリオンが内心で唸ったとき、如月は『記憶していただいていたようだ。重畳重畳』と呟いた。


「……して。それが余の后とどう関係する?」


 やや不機嫌そうな声音でそう切り出したカリオン。

 如月は取り繕う様な素振りひとつ見せずに言った。


「太陽王の后はこの禁裏に入ってより、己の意志でこの式神を使役出来ていない。それは、后の力よりも強いものが近くにいる故のこと。王らを狙うあの七尾と相まみえたなら、王の后は再び動けなくなろう」


 如月はそんな推測をして見せた。

 だが、カリオンは容赦無くそこへ口を挟んだ。


「……過日、彼のキツネと相まみえた時には問題無かったのだが?」


 良いからすっこんでろ……とでも言わんばかりの勢いでカリオンはそう言った。

 ただ、それも折り込み済みよとばかりに如月が攻め出た。


「本気で術比べとなって力及ばなかった場合、全てを奪われる事になるが……それでもよろしいか? 式神に己の魂を詰めるなど禁呪の中でもとっておきの禁じ手なのだが、そうでもしなければ后の魂はこの世には居れぬのでありましょう?」


 鋭い思考から導き出されたリリスの致命的な弱点。それは、カリオンもある意味では盲点な部分だった。術比べに負けて身体を奪われるかも知れないのだ。如月を含めたキツネたちはそこに目を付けたらしい。


 ――――つまり……

 ――――恩を売る気か……


 他ならぬリリスの為に頭を下げさせる。上下をイヌに教え込む為の手段としてリリスを利用してる。だが、少なくともそれは間違い無く真実。リリスの為とあらばカリオンはそれを断れまいと見抜かれていた。


「……で、どうすると?」


 奥歯をグッと噛みしめて悔しさを滲ませつつ、それでもカリオンは胸を張って事態の続きを求めた。だからなんだというのだ?と言わんばかりの態度を示しつつ、腹の底では憤懣やるかたない状態だった。


「万の言葉を述べるより実物を見た方が早いでしょう。こちらをご覧戴きたい」


 御所に設えられた歓迎の席だが、その奥には襖に仕切られた別室があった。カリオンやオクルカが座っていた場所からも、リリスと如月、そして葛葉が居た場所からも遠い、奥の襖。


 如月はその方向へと手を伸ばし、空中で襖を開ける仕草をした。すると、凡そ10メートルは離れている先の襖がスッと開き、その奥には寝台が置かれているのが見えた。


 その寝台の上には薄掛けを被った者が寝転がっていて。その胸が僅かに上下しているのをみれば、静かに眠っている状態なのだとわかった。


「あれに見えるは……肉の式神です」


 ――――肉の式神……


 共通で言葉を反芻したカリオンは、キッと鋭い視線で如月を見た。

 その脳裏に浮かんだのは、カリオンとリリスに恩を売る為にしでかした犯罪だ。


「まさかとは思うが…… あれはヒトの身か?」


 皆まで言わなくとも、カリオンが何を危惧していたのかはオクルカにも解った。カリオンとリリスに恩を売る為にヒトの女を捕まえて、リリスに似せて作り替えてから殺したのではあるまいな?と疑っているのだ。


 少なくともル・ガルでは、ヒトを無為に殺すのは犯罪だ。カリオン王の祖父シュサ帝の時代より、ヒトの保護という面ではル・ガルに法が制定されている。そしてそれを犯せば重罪に問われる。


 他の国ではどうか知らないが、凡そル・ガルにおいてはヒトも人間の範疇に含まれてるし、ヒトを殺す事は禁忌なのだ。そして、今はル・ガルの一部となったオオカミの国でもそれは有効な法だった。


「はい。少なくとも身体はヒトです。ですが……――」


 ニヤリと笑ったその笑みは、ウィルの見せる笑みとは違って何とも凶悪だ。そこの見えない悪意その物といった風にカリオンには見えた。


「――最初から死んでいるヒトです」


 ……は?

 何を言っているのか理解出来ない……


 そんな表情になって如月を見たカリオン。

 もっと詳細に説明しろと言わんばかりだが、いま言った事が事態の全てだった。


「ですから……」


 そこに葛葉が口を挟んだ。如月の近くへスッと寄り、リリスの手を取ってそのヒトの身へと近づいていく。夢遊病のように歩いて行くリリスは、その寝台の上に並んで寝転がった。


「この娘は産まれながらに死んでいたのです。ですが、こうなる事を予見していた手の者が、死んだままに育てて参りました。命を繋ぎ止める魂が無くなっていたのですからね。生者のように振る舞えなかっただけの事……」


 ――――なるほど……


 生命というものの仕組みをカリオンは思いだした。命を身体に繋ぎ止めるものが魂なのだから、逆に言えば魂とは命の器に過ぎないのだ。その魂が身体から離れてしまえば、生き永らえる事はどうしたって出来ない。


「つまり、その身体に余の妻の魂を移す……と、そう言う事か?」


 離れた場所から見ていたサンドラとイローラが唖然とした表情になっている。およそ新しい生命を産み落とし、己の血肉を分け与えて子を為せるのは女が独占してきた事だ。


 だが、そうじゃ無い方法がこの世にあり、キツネはそれが出来ると示している。

 それは、考えようによってはとんでも無い事なのだ……


「その通りです。そして、そうすれば后があの七尾と術勝負で負けたとて、全てを奪われる事はありますまい。この身体は壊されない限り后のものとなりましょう。世間を生きる者達と同じく……です」


 斬った張ったの末に殺されない限り、その身体の支配権はリリスのものとなる。術勝負に負ければ、あのガラスの身体の支配権を奪われる。つまりはそう言う事態を回避する為の事なのだろう。


 そして、その時点でカリオンは気が付いた。カリオンとリリスに恩を売る面もあるが、それ以上にこれはキツネにとっての自衛措置なのだと知ったのだ。あのガラスの身体を乗っ取られ、中枢部へと送り込まれても気付きようが無い。


 それを防ぐ為に、キツネは知恵を絞ったのかも知れない。その結果として、リリスの為に新たな肉の身体を用意して、そっちへ魂を移植しよう……と、そう提案してきたのだった。


「そんな事、出来るのですか?」


 新鮮な様子でそう問うたオクルカ。オオカミはイヌよりも精神的な面に作用する魔術の研究が盛んだ。あの先代オオカミ王フェリブルを思えば、人の根幹に作用する魔術の存在と有用性などよく解る。その全てを知るオクルカが新鮮に驚いている事にカリオンは驚いていた。


「えぇ、可能です。と言うか、コレより実演いたしましょう。そうすれば――」


 如月は全てを見透かすような狂気に満ちた眼でカリオンを見ていた。

 そう。他ならぬ『狂気』を感じさせる、恐ろしい眼差しだった。


「――我らキツネがどれ程に本気なのかを……ご理解頂けましょうぞ」

夕方、2話目を公開します

ちょっと辛い話です

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