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キツネの国の中枢へ

~承前






 あれだけ荒れ果てたキツネの都は、すっかり綺麗になっていた。

 そもそもに社会水準が高いキツネの場合、荒れた街を修繕するのも早いのだ。


 キツネの国はガルディアラ大陸の東方にあって、細く長く突き出たような角のような構造をしている。この地では夏の終わりから秋にかけて強い風と雨を伴った嵐が定期的にやって来て、キツネの国ではそれを野分と呼んでいるとの事だった。


 また、災害的な事態は嵐だけではなく、連日国土のどこかで大地が揺れるのだと言う。その揺れは大小様々であるが、数百年に一度のサイクルで街ひとつを破壊し尽くすような大きなものが来るのだとか。


 ――――キツネの団結力は災害への備えそのもの……


 国家誕生の遥か昔より連綿と紡いできたその歴史の中で、キツネの国は過去に三度の消滅危機があったのだと言う。それら全てを乗り越えたこの国は、いかなる事態に遭遇しても磐石な国家体制を維持できるようになっているのだとか。


 都の入り口でカリオンとオクルカを出迎えたキツネの最高官吏である紫音は、都の中心にある禁裏への道中で淡々とキツネの国の歴史を伝授していた。ル・ガルは有史およそ400年で、その前の群雄割拠な時代を含めれば、およそ700年の歴史を持っている。


 だが、このキツネの国は国家体制を整えて既に2000年なのだとか。その前にも同じような歴史がざっくり1000年ほどあるので、彼らの歴史はおおよそ3000年の長きに渡るのだと言う。


「いやはや。とんでもない国に喧嘩を売ったもんですな」


 朗らかな表情でオクルカが言った。オオカミのなかに伝わる歴史は、その多くが口伝でしかない。どれくらい古くから彼の地に暮らしているのかは、正直に言えばオオカミだって解らない。


 だが、フーレ川を塞き止めていた巨石が飛び去って既に2000年と言われている。それを考えれば同じ程度の歴史はあるのかも知れない……


「さて、いよいよですな」


 初めてキツネの都の中心部まで入ったカリオンは、鷹揚とした姿で馬を進めていた。その隣に居たオクルカの方が余程緊張している状態だった。踏んだ場数と経験が人を支えると言うが、カリオンの場合にはその手の恐怖が麻痺しているのだ。


「どんなバケモノが出てくるか……」


 武者震い的な物を感じつつ、オクルカも都の中心部へと馬を進める。その先導をしている紫音は『あなた方の方が余程バケモノですよ』と小さな声でぼやいた。嫌味でも嘆きでもなく、率直な感想なのだが、それもある意味では仕方がない。


 その声をしっかりと聞いていたカリオンは、なにも聞かなかった事にして苦笑いだ。自分自身がバケモノである自覚を持っているのだから、否定できないと言う部分もあるのだろう。


「カリオン王陛下。ならびにオクルカ王陛下。こちらより先はどうか歩行にてお願いいたしまする。これより禁裏。帝のおわす所となりますが、その奥には稲荷様がおいでになりますれば、全てのキツネにとって聖地でありまする」


 紫音は恭しく頭を下げながらそう申し出た。ただ、カリオンとオクルカの二人が息を飲んだのは、その禁裏の入口に夥しい数のキツネの戦士――彼らは自らを武士と呼称している――が揃っていたのだ。


 皆一様に整った身形の礼服を着ており、腰に下げた太刀には各々が思い思いの飾りを施した豪華なカバーを掛けていた。槍を持つものはその穂先にブレードガードを取り付け、弓を持つ者はその弦を外して戦意が無いと示していた。


 ――――儀仗兵か……


 カリオンがそう考えるのも無理はない。独特な形状の帽子を頭にのせたキツネの兵達は、一歩下がった位置で一斉に頭を下げている。きっとそれがキツネにとっての礼儀なのだろう。


「精強なる兵は常に礼儀正しいと言うが……見事なものだ」


 馬を降りたカリオンは、腰に佩いていた太刀を抜き取ると、右手に持ち変えてその場を進んだ。同じようにオクルカも黒太刀を抜き、カリオンと同じく右手に持って禁裏前へと足を進めた。


「ご配慮痛み入ります。では、この先は王陛下と近習の者のみでお願いいたしまする。この紫音、キツネの名誉に掛けて安全をお約束いたします」


 コーニッシュからこちら。キツネの国へ足を踏み入れたのはカリオン直卒の親衛隊と近衛師団のみだが、その兵達もどうやらここで留守番のようだった。紫音は気の入った表情で勝負とばかりにそう言った。


 ただ、いくらカリオンの肝が太かろうと、敵国のど真ん中で孤立無援はさすがにあり得ない。さすがに困ってオクルカをチラリと見たのだが、そのオクルカはまるで合戦の最中のように紅潮した顔立ちだった。


「さぁ、参りましょう。いざという時は共に一戦いたしましょうぞ」


 黒太刀の抜け止めを抜いたオクルカは、その抜け止めをポケットにしまって笑った。気合いの入った表情は、まるで冒険に出る若者のようだった。


 ――――まいったな……


 同行してきたオクルカがこれでは、カリオンも進まぬわけにはいかない。いざとならば覚醒して大暴れすれば良いだけだが、出来ればそれは避けたいのが本音だ。


「私たちも行きましょうか」


 サンドラは穏やかな表情でそう切り出す。その言葉に『もちろんです』とイローラが応え『なら私も』とリリスが続いた。サンドラとイローラの一歩後ろにいるリリスは、この禁裏のなかにあの存在が居るのを感じていた。


 ――――間違いなく……

 ――――イナリがいる……


 過日、直接合間見えたあのイナリと名乗る神。次元の違う凄まじい存在がこの禁裏にいるのだ。どんなに頑張っても対抗出来ない存在がそこに居るのだ。ならばその存在と話をしてみたい。


 魔導の極みを目指して着々と腕を上げていたリリスは、純粋な興味に胸を膨らませそう願った。なにせ、人間ならぬ存在が地上に居ると言うだけで凄い事なのに、その存在は自らを神だと言っているのだ。


 ――――楽しみ……


 黒い面帯の奥にあるガラスの顔がニヤリと笑った。誰にも見えない筈のその表情だが、カリオンは何となく『リリスが笑っている』と感じたのだった。


「では、参りましょう」


 紫音は自らに付いていた近習の者すら残し一人で禁裏へと入った。その後に続きカリオンも禁裏へと一歩足を踏み入れる。最初の数歩は全く問題がないが、数歩進んだ所でカリオンは気付いた。


 ――――場が……強い……


 どう表現して良いのか解らず、カリオンは場とだけ言葉にした。いま自分が立っている場所自体が、猛烈な威を持ってカリオンを圧していた。怖じ気づくとか怯むとか、そんなチャチなものでは無い。


 ヘビに睨まれたカエルが身動きをとれなくなるような感覚。そしてそれは、遠い日に父ゼルから叱られた日を思い出すものだった。ゼルのフリをしていたヒトの男では無く、正真正銘、本物のゼルから叱られた日だった。


「なんとも…… ここは凄いですね」


 オクルカも何かを感じたようだった。表情をグッと厳しくしているオクルカは、妻イローラを気遣った。そして、それを見ていたカリオンもハッとしてサンドラとリリスを見た。


 サンドラはまるで雷にでも撃たれたかのように小刻みに震えている。その後ろに居るリリスは、柔らかとなったガラスの身体が固まったようになり、ぎこちなく動いていた。


「大丈夫か?」


 サンドラとリリスの二人を気遣うカリオン。サンドラは『私は平気だけど……』と漏らしてリリスを見た。面帯の奥に見えるリリスの眼差しが消えていて、漆黒の闇にも似た黒い闇の奥にボンヤリと光る何かが見えた。


「ここは……私には辛い場所」


 魔法生物となったリリスにとって、あまりにも場の強すぎる環境は毒のようだ。いや、毒と言うよりもっど酷くて、自由を奪われるのかも知れない。実際、その身体はリリスの持つ膨大な魔力で動いている。


 だが、この場に関して言えば、リリスを遙かに超える巨大な魔力を持つ存在が陣取っているのだ。そしてその存在は、まるで巨大なブラックホールのようになってリリスの魔力を吸い込んでいる。


「……出るか?」


 カリオンは一端撤退を提案した。

 そうしなければリリスが参ってしまうのが解ったからだ。


「それはダメ…… 私も会ってみたいから」


 必死になって己を繋ぎ止めたリリスは、意地を張ってそう言った。自分自身の向上と発展の為には、この試練を乗り越えねばならない。何となくだがそんな事を考えたリリスは、奥歯をグッと噛むような仕草だった。だが……


【そんなに頑張らなくても良くてよ? よくいらしたわね】


 何か大いなる存在の声が天から降ってきた……とリリスは感じた。それは、あのイナリの声だった。リリスが禁裏に入った事をイナリは感じ取っていたらしい。


【いま遣いの者を送りました。その者に手助けさせましょう。さぁ、ここまで】


 棒立ちになったリリスが完全に動けなくなった。それほどの威力がここにあったのだ。そして、己の非力さや無力さを痛感したリリスが見えない涙を流して悔しがっている時、禁裏の奥からまだ幼い存在がやって来た。


「……帝か」


 カリオンが驚いた声でそう漏らす。

 幾人かの供を付けた帝が正装で禁裏を歩いてきたのだ。


「遠路遙々、よくお越し下さった。皆さんを歓迎いたします」


 そう言葉を発した帝は屈託無い笑顔で笑った。だがその直後、帝の周囲にあった空間がグニャリと歪み、次々と何かが姿を現した。そう。かつて幕屋で見た存在。キツネの国を本当に支配する九尾と呼ばれるキツネたちだった。



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