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王都結集

~承前






 穏やかな冬の日差しが入り込む城の大広間。


 螺旋を描いて落ちる暖かな日差しに照らされ、広間の中は華やいだ空気に彩られていた。豪華な花が飾られる中、意匠を凝らした軽食がテーブルに並んでいる。そこに集まってるのはレオン家以外の、各地へと遠征していた公爵4家の面々だ。


 彼らは土産話に暇が無い。それはけして手柄自慢では無く、各地の情報交換だったり、或いは戦訓の共有だったりと無駄が無い。そして、結果的には上手く事が運んだので、皆が穏やかな表情だった。


「そろそろ王のお越しだな」


 馥郁たる香りを撒き散らしながら茶を嗜んでいるフェリペがそう言った。午後の茶会と言う事で、全員が軽装で来ていたのだ。


 ――――今後の方針について王よりご説明があります


 ウォークはこんな書き出して各公爵家への王都帰還を促す書状を送っていた。いかに王府を預かる存在とは言え、ウォークは所詮官僚に過ぎない。公爵家はル・ガルを支える屋台骨であり、国家を形作る肋骨だ。


 そんな存在を紙一枚で呼びつけられるほど、権力がある訳では無いし、身の程もよく解っている。だが、それでも各公爵は万難を排して王都へと帰還した。なぜなら、その書状を出せと命じたのが他ならぬ王だからだ……


「待たせたな諸君。色々大変だったようだがご苦労だった――」


 上機嫌で大広間に入ってきたカリオンは、開口第一声にそう言った。その出で立ちは気軽なもので、ちょっとそこまで馬でも運動させようかと言い出しそうな身軽さだった。


「――諸君らが無事に帰ってきてくれた事を何より嬉しく思う。余は果報者よ」


 その姿を見れば、誰だって『ご機嫌斜めならず……』を確信するだろう。ことにジダーノフを預かるウラジミールなどは、王の叱責を怖れていた部分が多分にあるのだが……


「さて、これからの時期は諸君らも忙しい事だろう。故に手短に済ます。よく聞いて貰いたい」


 いきなり本題に入ったカリオン。やや拍子抜けながらも、全員が聞く体勢に入ったのはさすがだろう。だが、カリオンが最小限のジェスチャーで指示を出し、ウォークが自ら大広間の入り口を閉めたとあれば、話は大きく変わってくる。


 ここから始まるのは非常に重要な話であり、一般には口外できない話だと全員が察した。ただ、そんな中でもウラジミールだけが緊張した面持ちだった。入口の扉が閉められたと言う事は、逃げ道が無くなったに等しい。


 ――――ここで手打ちにされるかも知れない……


 王の叱責と処分を覚悟した彼は、まるで戦の最中のような顔になってカリオンを見ていた……


「まず今後だが、余は直接キツネの国へと向かう。と言っても武力侵攻をするわけではない。彼の国の帝に戦争か平和かを選ばせる。だが、彼は聡明だ。平和を選ぶであろう。その点について余は些かの不安もない」


 その言葉に一番残念そうな顔をしたのはドリーだった。一世一代の晴れ舞台を期待していたのかもしれない。だが、そんな反応を見越したようにカリオンは平然と続けた。


「次に、来春の雪解けをまって各国の代表をガルディブルクへと集め、獅子の国への大攻勢について検討する。各国にも兵を出させる。恐らくは50万を越え70万から80万の大軍となるだろう。その全軍を率い獅子の国へと攻め込む。もちろん尖兵となるのはスペンサー家だ。ライオンはキツネよりも遥かに強力だぞ。抜かるなドリー」


 遠慮なくそんな事を言ったカリオン。

 ドリーは表情を変えてポカンと王を見ていた。


「ん? どうしたドリー。もちろん余も先頭に立つ所存だが……この方針が不服か?」


 遠慮なく煽るような事を言ったカリオン。

 だが、ドリーはワナワナと震えながら応えた。


「……全身全霊をもってご期待に応えます」


 ドリーにとって待ち焦がれたものが遂に巡ってきた。それは、ドリーにとって、ドレイク・スペンサーという男にとって、待って待って待ち続けたものだった。焦燥に身を焼きながら、恋し焦がれた戦争だった。


 そこに一片の疑念もなく、その身の全てを捧げても構わぬと慕う男と戦場を走れるのだ。その命は神の言葉と同じ意味を持つ男にとって、共に走れと言う言葉は神に抱かれるのと同じ意味を持つのだ。


「あぁ。頼むぞ。余も戦場を駆けるなどフレミナ闘争以来だ。勘が鈍っているやも知れぬ。しっかり補佐してくれ」


 ニッと笑ってドリーを見たカリオン。

 その眼差しを受けた猛闘種の男は、まるで恋する乙女のような顔になっていた。


「……この身が砕け散って砂粒に果てるまで御供いたします」


 うむ……


 ゆっくりと首肯したカリオンは、引き続きウラジミールを見た。

 一瞬だけビクッと身を震わせたボロージャは、王の叱責を覚悟した。


「報告を読んだが、今回は貧乏くじだったねボロージャ」


 強敵との遭遇を貧乏くじと表現したカリオン。当のウラジミールは『お恥ずかしい限りです』と小さくなっている。だが、そんなジダーノフの主を叱責するつもりなど、カリオンには毛頭ない。


「しかし、ボロージャが踏ん張ってくれた故に、アッバースの別動隊は事実上の無血占領だった。それは誇って良いことだし十分な功績だ。少なくとも余はそなたらを責めるつもりなど一切ない。少なくない犠牲と聞いている。良くやってくれた」


 それは真正面からの真っ直ぐな賞賛だった。

 毒気を抜かれた様に表情を落としたウラジミールは茫然自失になっていた。


「そしてアッバース家の諸君らは実に良く働いてくれたようだな。本来ならば各氏族の代表をも呼びたかったのだが……君はそれを良しとしないのだろ?」


 そう言葉を掛けられたアブドゥラは、薄く笑って首肯した。基本的には穏やかな人物故に、あまり感情を表に出す事は無い。だが、抑えるべき部分は抑えてある上に、分別と言う視点で見れば一番大人なのかも知れない。


「勿論であります。陛下」


 それ以上の言葉は無かった。だが、アブドゥラの見せたその姿勢こそが、アッバース一門の中にある絶対の掟をこれ以上無く語っていた。一致団結し困難を乗り越えていく事こそが、彼らの本義なのだ。


 王の賞賛も叱責も、全ては一門を預かるスルタンに一任される。故に彼らはル・ガルの中にあって、ひとつの独立国のようでもあった。


「各方面での戦闘で本当に役に立ってくれた。銃が浸透した我がル・ガル国軍の中に限れば、歩兵はもはや補助兵科では無いのだろうな。一人の騎兵としては甚だ悔しい限りだが、ヒトの言う通りだ。これからの時代において、歩兵とは一番重要な兵科なのかも知れぬ」


 最大級の賞賛を送ったカリオン。その言葉が王の配慮である事など皆はよく解っている。だが、それ以上に思うのは、その言葉が真実と言う事だ。各戦地でとんでも無い戦果を叩き出したのだから、素直に賞賛して良い事だった。


「さて、最後になってしまったが――」


 王の賞賛が順番に降ってきていたが、そのトリを飾るのはボルボンの夫婦だ。


「ジャンヌもルイもご苦労だったね」


 ル・ガルの侵攻において、最大の抵抗を示すのは間違い無くネコの国だった。誰もがそう思っていたし、実際にその能力があるのはあの国だけだったはずだ。


 だが、実際に蓋を開けてみればネコの国は呆気なく抵抗を諦めた。ここまで幾度も剣を交えてきたネコの国故に、不倶戴天の敵だった筈だ。


「その件ですが……陛下」


 ジャンヌは少々険しい表情で切り出した。隣に居るフェリペもまた怪訝な表情になっていた。それを見ればカリオンとて警戒せざるを得ない。穏やかな表情で『なんだ? 懸念か?』と問うたが、内心では警戒していた。


「ネコは計画的に抵抗を諦めたんじゃ無いでしょうか?」


 ジャンヌでは無くフェリペがそう切り出した言葉は、全員の警戒レベルをグッと上げるものだった。あの計算深いネコ故にあり得る。そう考えても不思議では無いのだろう……


「……というと? 具体的に何か掴んでいるのか?」


 カリオンを含めた全員の共通認識は、戦力を温存するべく抵抗を諦め一時的とは言え丸め込まれる事も従容する姿勢だった。そして、一度はル・ガルの一部となることも厭わず、その強さの秘密を取り込む事。


 ネコの国の様々な企業が合併したり独立したりを繰り返しながら、実力を付けていく手法その物だった。


「はい。彼らは銃の使い方を熱心に学ぼうとしています。そもそもに魔法研究の盛んな国ですから、銃の撃ち方を学んでしまうと強敵になる危険が」


 今はル・ガルのみが独占している銃の取り扱い方法だが、その秘密は知れてしまえば簡単なモノだろう。火薬の調合の仕方と火の安全な付け方さえ学べば、後の運用などは簡単に研究できる。


 つまり、突き詰めれば火薬の調合具合や成分がもっとも重要な機密事項だ。それがばれたなら、ル・ガルは一気に過去最大級の危機となる。それを思えばここから先の振る舞い方が重要になってくるのだが……


「それについては今後の研究課題としよう。軍の装備局で検討させる。外部に漏れ得ぬ仕組みを考えるのも重要だが、真似出来ない仕組みを考えるのもありじゃなかろうか。余はそう思うが諸君らはどうだ」


 そうやって話を振ったカリオン。各公爵家の主達は思い思いに案を出し、それぞれが一旦は我が事として思案して解決策を提案する。そうやって自由闊達に論議を深める事こそル・ガル最大の武器なのだが、どうやら当人達が一番それを理解していないらしかった……


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