表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ル・ガル帝國興亡記 ~ 征服王リュカオンの物語  作者: 陸奥守
青年期~第5次祖国防衛戦争
47/665

過信の報い

 開戦より三週間。

 ル・ガル国軍はイヌ側の設定した国境線を越え、ネコのエリアへと侵入を開始した。

 ガルディブルクの国土地理院が管理する範囲を超えた為、正確な地図は無い。

 だが、経験則としての知識を元に、街道進軍したイヌの軍団は、既にいくつかの都市を占領し、その勢力圏下へと置いた。


 ただ、その都市というのが……


「しかし、酷い有様だな」


 思わず呟いたゼル。

 馬上より辺りを見回すと、もはや完全に不毛な景色が広がっていた。


 完全に廃墟となった住居エリア。

 目抜き通りは瓦礫の山と化し、全ての井戸には毒が投げ込まれていた。

 畑のエリアは収穫を目前にした小麦が全て焼き払われ、未だ煙がくすぶっている。


 ネコの国軍は完全な焦土作戦を行っていた。

 敵国エリアに入ってしまったル・ガル国軍は、本土より莫大な量の糧秣や戦略物資を補給せねばならなくなった。


「この街の名前は?」

「フィェンゲンツェルブッハだそうです」

「随分面倒な名前だな……」


 ボソリと零した五輪男(ゼル)の顔に怪訝な色が浮かぶ。

 周囲の参謀たちが黙って様子をうかがう中、五輪男は黙りこくって思案に暮れた。


 ――――どっかで聞いた街の名前だな……

 ――――なんだっけな……


 なんとなくグレーな靄に包まれた思考がハッキリしない。

 そのうち答えを求める事が面倒になって考える事を止めた。

 まだまだやらなければ行けない事が山積みだからだ。


「で、このフィンゲンの状況は?」

「憲兵隊および軽装騎兵の偵察に因りますと、残存住民ゼロ。備蓄食料ゼロ。家畜類は全て移動させられ、移動出来ない個体は焼かれています。各井戸には毒が投げ込まれ水の補給は出来ません。都市部に満足に使える建物は無し。雨を凌ぐ程度以上は期待出来ませんね」


 ハッ!

 短く笑ったゼルは額に手をやって空を見上げた。


「見事な焦土作戦だ。ここまでやるたぁ見上げたモンだ」


 呆れつつも馬を進めるゼルは小さく溜息をついた。

 その背が小さく萎んだように見えて、参謀達が心配そうに見ていた。


「……ゼル殿」


 カウリはゼル(五輪男)の事をそう呼んでいた。

 ノダも公の場以外では、同じようにしていた。

 そして、シウニノンチュから同行してきていたヨハンもゼル殿と呼んでいた。


 それに倣いイヌの参謀達は五輪男の事をゼル殿と呼んでいる。

 寂しそうに目で答えたゼル(五輪男)は、参謀をジッと見た。


「今夜は何処かの建屋を使いましょう。探させます」

「いや、前進を優先するべきだ。速力こそが武器だ。満足に屋根のある建屋は本土からの補給中継に使おう。ここまでやったんだ。最期まで見届けてやるさ。彼らは本土を焼き払ってでも勝とうとしている。だが、それは無駄な努力で、しかも、国民を苦しめるだけだ。国府の無能さを示し、国民を重税や戦乱から開放する方向で進軍したいものだね。そうすれば次は戦をしないですむ。どうせ戦をやりたがってるのは既得権益にしがみつく金儲け優先の連中さ」


 ゼルは市街地をもう一度眺めた。

 何とも不毛で非生産的な光景が目に映っていた。

 ここに居た住人達は何処へ避難したのだろう?

 強制移住措置とかじゃ無いだろうな?

 帰ってくるべき都市がこのザマじゃ、復興に年単位で時間を要するぞ?


「手の空いた工兵科に都市の片付けと再建を命じた方が良いかもしれないな」

「ネコの街なんか治してどうするんですか」


 参謀達はゲラゲラと笑った。

 釣られてゼルも笑った。

 だけど、笑顔のまま、ゼルは言った。


「恩を売るには最適じゃ無いか。どうせ軍の命令で壊せ!立ち退け!焼き払え!をやったんだろうさ。全部終わってどこかから住民が帰ってきても、軍はその復興に手を貸さない。だが、イヌが占領し帰った後には街が綺麗になっている。さて、住民はイヌとネコ、どっちの軍をありがたがると思う?」


 ひとしきり笑っていた参謀達が一斉に黙った。

 馬の上で揺れているゼルは手綱を放し腕を組んでいた。


「ここをモデルケースにする」

「もでるけーす? なんですか?それは」

「ネコの人民を手懐ける実験の標本とでも言ってみるか。要するに、ここで試すんだ」


 参謀達をグルリと見回し、ゼルは手を広げた。


「イヌとネコが上手くやれるかどうかをね。定期的に戦ばっかやってても不毛だろ?」


 ネコの側の設定していた国境線の内側。つまり、ネコの本土へと侵攻したゼル。

 だが、その目は戦の後を見ているんだと参謀達は気が付いた。


「ゼル殿。工兵と歩兵を動員し、まずは街を片付けましょう」

「それから、建物などの保守や修繕に全力を尽くさねばなりませんな」

「井戸の水は可能な限りくみ上げ、川へ捨てねばなりません」

「下流域に住む者達へ周知徹底せねばなりませんな」

「水中種族に対する通達も必要ですな」

「こう考えると面倒が多いですが、何ともやりがいがある」


 基本的に頭の回転は良い者が揃っている。

 だから参謀職を続けていられる部分があるのだ。

 そんな会話を聞きながら、ゼルは黙って頷いていた。


「とりあえず今夜は夜襲が無いと助かるな。少しはぐっすり眠りたい」


 ボソッとこぼしたゼル。

 参謀達が大笑いし、そして頷いた。

 実は数日前より、連夜で夜襲を受けていたのだった。


 数に劣るなら夜しか無い。そんな作戦だろう。寝静まった深夜二時か三時に少数の侵入を許し、天幕を張った辺りで破壊活動をし、これと言って人的被害を出さず撤収している鮮やかな手並みだった。


 ――――今夜辺りは人的被害が出そうだな


 ふとそんな事を思ったゼル。

 徹底して人的被害を出さず破壊活動だけを行うゲリラ戦だ。

 人が死なず物も大して壊れていない。

 せいぜい、天幕に穴が空いたとか、矢が折れていたとか、その程度だ。


 そんないい加減な夜襲が続けば油断が生まれる。

 寝不足も三日目となると、もう起きるのも面倒だろう。

 故に、今夜辺りは痛い目に遭うかも知れない。


 根拠は無くとも当たる直感はある。心理的な死角はいくらでも生み出せる。

 その心理的死角を埋めていくのが刑事の仕事だ。

 自分の勘はまだまだ衰えてないと信じたくなっていた。





 ――――その夜



「父上」


 ゼルの休んでいた天幕へカリオンがやって来た。


「お前、こんな時間に何をしているんだ」

「なんとなく、嫌な予感がしたから」


 カリオンは兵学校学生向け天幕を抜けだし、ゼルの所へやって来ていた。


「脱倉は重罪だぞ。馬鹿な事をするんじゃない!」


 話を聞く前に叱りつけたゼル。

 その声に驚いてヨハンがやって来た。


「若! 迂闊ですぞ!」

「分かってる。だけど、どうしても伝えたい事があって」


 カリオンはジッとゼルを見た。


「聞こえるんだ。鐘の音が。今夜は悲しそうな音色だ。誰かが死ぬ。親族のうち誰かが死ぬんだ。多分だけど、ノダ伯父さんかセダ伯父さんだ。カウリ伯父さんじゃない。今夜は間違いなく殺しに来る。だから気をつけて」


 厳重に警戒していますからと言いかけたヨハンを手で制し、ゼルは首を傾げた。


「例の、鐘か?」


 カリオンは頷いた。

 ゼルはしばし考えた後、ヨハンを近くへ呼び寄せた。


「セダ公とノダ公。それにカウリ卿を呼び出してくれ。そうだな、街中心に崩れてない教会があったはずだ。あそこが良い。周辺を厳重に固め、中で最高諮問会議を開く事にしよう。カリオン、お前も来るんだ。建物の周りに弓を配置してな。あぁ、それと、側近衆は最低限にして、周囲に悟られないように注意だ」


 話をしたい事もあったのだ。ちょうど良い機会だとゼルは思った。

 訝しがるヨハンは調整の為、闇へ消えていった。


「父上?」

「カリオン。例の友達を連れてくると良い。カウリ卿にキチンと話をしてな」

「はい!」


 パッと明るくなったカリオンも闇へ消えていった。

 さて、今夜は忙しくなるぞ……と支度を整えるゼル。

 シウニノンチュから持ってきた秘密兵器を懐に収め、自らも教会へ向かう。

 そんなゼルを闇の中から見つめている目があった。


 ――――ん? 見られてるな……


 刑事の勘が働く。背筋にゾクゾクと感じる、悪意ある眼差しだ。

 犯人は必ず現場に戻ってくる。その時、犯人が向ける視線には強烈な悪意がこもる。

 それを感じ取れるかどうかで刑事は決まる。理屈では説明できない部分だ。


 だが、ゼルは咄嗟にこれ幸いと釣り出す作戦を思いつく。


 ――――なんだ、やる気じゃ無いか


 ニヤリと笑って歩いていくゼル。案の定、教会は半分崩れていた。

 まだ崩れていない小ホールの中、テーブルと椅子を並べ皆の到着を待つゼル。

 小さな教会の外に馬の嘶きが聞こえた。


「呼ばれて来たぞ?」

「良い話なんだろうな」


 そんな冗談を飛ばしつつセダとノダの兄弟が入って来た。

 後ろにはカウリと共にカリオンとジョンが居た。


「若い衆も参戦とは、一体なんの話だ?」


 少々納得のいかない様子のカウリ。

 ゼルの名前で警戒を呼びかけてあった夜だ。

 その晩に呼び出されるのだから機嫌も悪くなると言うものだった。


「みな疲れているが、実は重要な話なんだ」

「ほぅ、それは一体?」


 眉根を寄せたノダ。セダもジッとゼルをみている。

 ヒトの男が一体なんの話をするのか。

 興味はそこに尽きていた。


「この戦役はル・ガル側の勝ちで間違いない。だが、この都市の有様を見ればネコの側は相当無理をしているのは自明だろうと思う。だからその前に確認しておきたいんだ。イヌはネコを滅ぼすのか、それとも共存の道を探るのか。滅ぼすなら滅ぼすで徹底するし、共存なら恩を売る良い機会だ」


 ゼルを見ていたセダやノダは驚いて言葉を飲み込んだ。

 いずれ決戦に及んで、あとはなるように……それが基本線だった。


「そなたの考える戦後対策を先ずは聞こう」

「そうだな。基本的には成り行き任せだったからな」


 素直にそう白状したセダ。

 ノダも相槌を打って頷いた。


 なんとなくそんな姿に目眩を感じたゼル。

 ちょっと良い加減やすぎないか?とも思うんだが。


「結局は今まで成り行き任せだったからな。考えて見れば。」


 ふと、そんな事を呟いたカウリは、チラリとカリオンをみていた。

 建前上の父であるゼルを見て、何処か鼻が高い様子でもあるのだが。


「基本となるのは共存で良いんですか?」

「あぁ、そうだな。何も滅ぼそうと言うわけじゃ無い」


 最初にそう答えたセダは同意を求めるようにノダやカウリを見た。

 ノダは黙って頷き、カウリは笑っていた。

 そんな様子に肯定の意思を見たゼルが話を進める。 


「ネコの側の抵抗はなりふり構わない焦土作戦です。あり得るなとは思っていましたが、ここまで徹底するとは思わなかった。この街に住んでいたネコはイヌを恨むだろうし、ネコの政府がそう仕向けるでしょう。だから逆に、戦後対策としてここを復興させてはどうだろうか?と思う訳ですよ。街を綺麗に作り直し、いつでも人が住める状態にしてネコの側に引き渡す。ネコの人民にネコの政府のやり方を疑問に感じさせるって算段です。イヌと争うより、共存を計ろうとネコの人民が思うように仕向ける。いつまで経ってもグズグズとやりあうのは不毛だろ?って所に落とし込めば、良いのでは」


 ゼルは逡巡することなく言い切った。ある意味で斬新かつ大胆な発想とも言える。

 現場のイヌにしてみれば、不倶戴天の敵と言えるネコだ。

 帝王を討ち取られた屈辱感は抱えきれない程でもある。


「そなたの考える事はわかった。だが」


 セダはノダの顔を見た。

 ノダは黙って首を振った。


「我々にとっては父であり、国民にとっては王である存在を一方的に悪人扱いされ、挙句に命までとられたのだ。ここで拳を振り上げねば、王の王たる沽券にかかわる。もちろん、国民とて了承しまい。理屈は分かるが誇りの問題だ」


 ある意味で想定どおりの回答が来たとゼルは内心ほくそえむ。

 だが、ここから先は自分の手の上だと安心もしたのだ。

 

「ネコの国軍を打ち倒す事とネコの人民を懐柔することは矛盾しません。彼らのうち、ネコの政府と国軍を人民から切り離せば良いんです。もともとが自分勝手でまとまりの弱いネコです。イヌと付き合うほうが得だと人民が理解すれば、自然と軍は弱体化しル・ガルに有利な状況へと変貌することでしょう。重要なことは、ネコの国軍を徹底的に削っておき、尚且つ、人民が軍を支援しない体制へ持っていくことです。その為にはここで……」

 

 そこまで話をしたゼルがセダを見たときだった。

 突然、建物の外から爆発音が聞こえた。


「なんだこの音は!」


 うろたえるセダとノダ。カウリも辺りをキョロキョロと見回し始めた。

 カリオンとジョンは顔を見合わせて首をかしげている。

 そんな中、ゼルは叫んだ。


「床に伏せて! 早く! あいつらヒトの世界の兵器を持っている!」


 この時ゼルは自らの悪手を思い知った。

 この狭い部屋に手榴弾でも投げ込まれたら、一瞬で全滅だ。


「ゼル! どういうことだ!」

「良いから伏せ―――


 セダとノダの頭を上から押さえ込んで机の下へ押し込もうとした時だった。

 背中に焼け火箸を突き刺されたような痛みを感じ、口から血があふれた。

 だけど、そのまま二人の頭を押さえ込んで、その後でカリオンとジョンを蹴り上げ隣の小部屋へと押し込んだ。

 間違いなく撃たれたと思ったのだが、石壁を貫通せずわずかに開いた戸の隙間から飛び込んできた銃弾なのだから、それほど大口径で高初速の銃ではない。


 軍用ライフルなどでは対処不能だが、拳銃程度なら何とかなる。そんな読みだった。

 しかし……


「ヨハ――ゲホッ!


 まとまって吐血したゼルは床に崩れた。


「ゼル!」


 セダが起き上がってゼルに駆け寄った。まったく無防備になっていた。

 銃に対する知識が弱いか、または全く無いんだと五輪男は気がついた。

 もっと教育しておくべきだったと後悔したが後の祭りだった。


 今夜進入したゲリラは、純粋に司令官級を殺すためのアサシンだった。


「ゆっくり飲め!」


 セダは隠し持っていたエリクサーをゼルの口へと注いだ。

 これを味わうのは二度目だと緩い思考をしたゼル。

 再び吐血して、そして胸の痛みが消えた。


「すまない! だけど、話は後だ!」


 セダの襟倉をつかみ床へねじ伏せた。


「貴様!何をす――


 ゼルの動きを止めようとした側近がゼルに手を伸ばしたとき、その頭蓋骨に穴が開き血が吹き出た。穴の大きさからして三十八口径だと五輪男は思った。


「ゼデフ!」


 起き上がろうとしたセダをもう一度押さえつけ、ゼルは叫んだ。


「全員何があっても立ち上がるな! 頭を上げるな! ヒトの世界の殺人兵器だ」


 残っているエリクサーをもって匍匐前進した五輪男は、ゼデフとセダが呼んだ側近の頭を抱えて口の中へエリクサーを流し込んだ。


 だが、口からあふれたエリクサーは床にこぼれて広がるだけだった。

 血の混じった液体でしかなかった。


「死んでしまったらエリクサーは効かない。ヒトの世界の兵器は即死なのか」


 驚いたノダが叫んだ。

 ゼルは叫ぶ。


「側近衆! セダとノダを囲め!隙間を作るな!二人は貫通しない!」


 ズルズルと這って行った五輪男は戸の隙間から外を見た。数名のゲリラと思しきシルエットが見えた。手にはリボルバーの小さな拳銃を持っていた。発射音からして銃は一つしかない。同じ形式の銃でも発射音は微妙に違う。


 ――――さて、上手く当たってくれよ


 拳銃射撃など二十年ぶり近いのだ。日本の警察では軍隊ほど射撃訓練をする訳じゃないのだから、どうしても勘が鈍るのは仕方が無い。だが、今ここでやらなければ自分の命が無い。


 戸の向こうに独特のシルエットが見えた。燃える天幕の明かりを浴びて、ネコの丸い頭が見えた。距離にして十五メートルほどだ。銃身の短い拳銃では一撃で殺傷するのが難しい距離といえる。当たらなければそれほど脅威ではないのだから。

 

 ――――頼むぜナンブ


 五輪男が手にしているのは、日本の警察官が標準的に装備しているナンブのM60だった。シウニノンチュで盗賊団を討伐しているときに偶然出てきた本体と、別の盗賊団が持っていた弾丸を合わせたものだった。おそらく、両方そろってないと意味を成さないと知らなかったのだろう。

 少々向こうにいるネコの頭目掛け引き金を引いた五輪男。室内に鋭い発射音が響き、ネコの男が頭を打ち抜かれ倒れた。すぐ近くにいた男が拳銃を拾おうとしたので、迷うことなくそっちの男も射殺した。

 そのまま息を殺して待っていたら、いずこからかネコの男がやってきて検分し始めたようだった。どうやら銃で撃たれたことが分かったらしく、拳銃を取り上げて辺りを確かめている。すぐさま射殺しようかと思った五輪男は、息を殺して様子を確かめた。


 ――――ほら! 仲間を呼べよ! どうせまだ居るんだろ?


 ややあって立ち上がったそのネコは逃走する体制に入ったらしい。

 仲間を呼ぶそぶりが一切無かったので、三発目を五輪男は射撃した。

 脳髄液を撒き散らしてネコが倒れ、地面に拳銃が転がった。


「全員ここに居てくれ。動かないで」


 隙間から外へ出た五輪男は辺りを確かめ大きく円を描いてネコの男たちに近づいた。

 鼻や耳から血を流して死んでいるネコが三人。その近くにはリボルバーの拳銃。

 昔取った杵柄だろうか。懐からハンカチを取り出してその拳銃を拾い上げた。

 辺りをもう一度確かめて、さらにゲリラコマンドが居ないかを確認した五輪男。

 

 そこへ軽装騎兵がやってきた。


「ゼル殿!」

「良い所に来た! 辺りの天幕全てを確かめろ! どこかに侵入者が潜んでいる可能性がある! 見つけ次第容赦なく殺せ! 小弓を装備し、不用意に接近せず射殺すんだ」


 その指令を受けて軽装騎兵が走っていった。

 静かに戻った協会の中では、セダとノダがゼデフと呼ばれた側近を確かめていた。


「ゼル。これは何だ?」


 脳髄を打ち抜かれ即死だったゼデフ。

 五輪男は背中と胸をさすって貫通した銃弾の位置を確かめた。

 心臓の右のわずか数センチを貫通したらしい。

 今更だが足が振るえ椅子に腰掛けた。


「拳銃という武器だ」


 五輪男はリボルバーの弾倉をあけて銃弾を見せた。

 興味深そうに眺めているセダとノダ。カウリも眼を見開いて見ている。


「これが鉄の矢だ。これをとんでもない速度で打ち出して相手に当てるとひどい目に会う事になる。さっきはセダがエリクサーを使ってくれたから俺は死なずに済んだけど」


 言葉を失ったセダ。五輪男はじっとゼデフを見ている。

 ノダとカウリは顔を見合わせてから呟いた。


「当たり所が悪いと即死か」

「ひどい武器だな」

 

 開いたままの目を閉じさせたセダは、自分の持っていたスカーフをゼデフの顔に掛けた。死者を悼む姿は痛々しいほどだった。


「永き忠義、ご苦労だった」


 部屋の中が一瞬静かになった。

 その静けさのせいで、足音が余計に大きく聞こえた。

 小部屋の戸が開き、全身黒尽くめなネコの男が飛び込んできた。

 手には拳銃が握られていた。


「往生せいや!」


 再び射撃音が響き、その直後にセダが床へ倒れた。驚いて身をかわそうとしたノダとカウリ。だがその前にネコの両腕が身体から落ちて離れ、そこには剣を抜いたカリオンとジョンが立っていた。


「死ぬのはお前だ」


 舞うように剣を振ったカリオン。

 ネコの首が刎ねられ、硬い石の床に鈍い音を立てて着地した。


「セダ!」


 ノダの叫び声が小部屋に響いた。

 だが、皆すぐにそれが無駄だと気が付いた。

 セダの眉間にいくつもの穴が開いていたのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ