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陥落済みの衝撃

今日2話目です

~承前






 夕暮れ時に入った街の名前は、翌朝の出立時になっても判明しなかった。街道の名前を知る手掛かりの地図すらない環境だ。やむを得ない事だと思うしかない。


「ハジャーイン。出発の支度が出来た」


 一門の若者が呼びに来て、ウラジミールはやっと目を覚ました状態だ。太陽は既に上っていて、冬の遅い日の出すら拝めなかった。


 ――――疲れているな……


 己の疲労を認識したとて、休む事など出来やしない。

 前進あるのみ……と、己を鼓舞し続けることがジダーノフを預かる者の矜持。


「さぁ行こうか。もう2週間も太陽王陛下をお待たせしている」


 ノソリと動き出したウラジミールは、名も知らぬ家の主に心中で礼を述べた。

 おそらくは街長の家と思しき大きな屋敷だったが、完全に蛻の殻だったのだ。


 ウラジミールの世話係が素早くベッドを整え、入った時よりも整っている。素早く簡潔に。そして丁寧に。そんな意識を植え付けられる彼らは、どこに行っても同じことを繰り返すのだった。


「今日中にトラの都を目指す。全員ぬかるな」


 ウラジミールの方針が示され、首脳陣が一斉に動き出した。寝起きから15分後には全体が移動を開始し、簡単な朝食を終えたウラジミールが馬に乗った頃には、すでに最後尾グループだった。


「ハジャーイン。段々前に行けばいいさ」


 いつの間にかウラジミールの側近ポストに収まっているヴゴールが笑って言う。

 実際には馬にも無理させられないので、それしかできないのだが。


「……そうだな」


 苦笑いを浮かべウラジミールも出立した。冬の光が差し込む海沿いの街道だ。

 山に向かって緩やかな斜面の続くエリアは、広大な穀倉地帯の様だ。


「トラの国の豊かさはここが柱かも知れぬな」

「まったくだ」


 ウラジミールのつぶやきにドミトリーが応える。そんな中でも、いつの間にかウラジミールたちは隊列の中央付近まで前進していた。街道沿いに伸びた隊列は前後に長くあり、その中央付近に奇襲を受けたなら瓦解しかねないと思った。


「ドミトリー。隊列を再整理する。前後を圧縮しろ。後続の前進速度を上げさせるのだ。前方集団は左右に分かれて後続を真ん中に挟み込め。左右側面を厚くする」


 それが何を危惧したものかは、ウラジミールの方針を聞けば誰でも理解する。

 ただ、その指示が実行される前に最前列が全身を停止してしまっていた。


「どうした? 何が起きた?」


 事態を飲み込めないウラジミールが次々と騎兵の列を追い越していく。

 やや緊張した面持ちだが、できる限り外には出ないように……だ。


 そして、停止していた最前列のところへ来たとき、その理由が分かった。

 馬に乗ってやって来ていたのは、アッバース家から派遣された使者だった。


「ジダーノフ家の大頭目さまにお伝えいたしまする」


 笑顔でやってきた彼らは腰に佩いていた愛刀を鞘ごと抜くと、そこに長い布を巻き付けてウラジミールに見せた。アッバース家に伝わる独特の暗号伝達方法だが、らせん状に巻きつけられた布には文字が浮かび上がっていた。


「……なんと」


 その文字を読んだウラジミールは、まるで眩暈でも起こしたかのようにクラっとして馬から落ちそうになった。その肩をドミトリーが支えて起こしたのだが、ワナワナと震えるウラジミールは恥辱に堪えるかのようだった。


「遅かったか……」


 そこに書かれていたのは、トラの王都を制圧したのでゆっくり来られよとのメッセージだった。別行動をとっていたアッバース家の歩兵たちは、トラの都をすでに制圧したというのだ。


「……ボバ」

「ハジャーイン……」


 皆がそう声をかける中、ウラジミールは鼻の頭をカラカラに乾かしつつ、絞り出すような声で言った。


「委細承知したと伝えられよ。時を置いて入城……させていただく」


 入城するのではなく『させていただく』とウラジミールは遜った。

 そして同時に、もはや騎兵が軍の主兵では無い事を痛感した。


「承知仕った。我らはこれにて」


 砂漠の民が見せる礼儀作法を受け、ウラジミールは首肯を返した。そのあと、アッバース家の者たちが風のように駆け去っていき、その後姿を呆然とした表情でジダーノフ首脳陣が見送っていた。


「……予定通りだ。このまま進軍する。夕暮れまでにトラの都へ到着するぞ」


 震える声でそう言うウラジミール。

 わずかに揺れる髭の動きは、彼の内心をこれ以上なく示していた。






 ――――――同じ頃






 ジダーノフ一行の出発していった街の中にヒトの姿があった。茅町からやってきた一行はジダーノフ一派の移動に追随する事が出来ず、大幅に遅れての進軍中だった。


「やれやれ、少し休憩しましょう」


 マサの言葉にトウリが首肯で答える。検非違使の面々ならば全く問題にしないが、普通のヒトに過ぎない面々には疾風迅雷のごとき移動速度だった。


「やはり体力面で我々は不利ですね」


 タカの漏らした言葉は全員の共通認識だった。ヒトの体力はイヌやそれ以外の獣人系に大きく劣る。24時間行動し続けることも一再ではない軍人だが、そんなタカやマサでも付いていけないのだ。


「さて、まずは食事をし、2時間ほど休憩してから出発。そんな流れでよろしいですかな? 別当殿」


 マサは平均的な提案を行ったのだが、トウリは異なる反応を見せた。


「いや、明朝までここで休もうと思う。そなたらも疲労しているだろう。それに、なんとなくだが後続を待つべきだと予感がするのだ」


 ……何の予感だ?


 マサはそんな事を思うのだが、少なくともこのプランに反対できるほどの発言力は無い。そして、休息時間が伸びるのであれば、それは歓迎するべきことだった。


「然様ですか。では、そのようにさせていただきましょう」


 元は荒れていたらしい街だが、ジダーノフの面々はきれいに片づけたらしい。そんな街に入っていたヒトの一団は、無人となった民家へ勝手に入り込み、持参してきた食料を広げ簡単な調理を行ってカロリーの補給に努めた。


 いつの時代もどんな環境でも、カロリーの補給を怠った者から死んでいく。単に体力が切れるだけでなく、思考力を奪われ冷静な判断が出来なくなるのだ。


「ジダーノフ家の面々はどこまで行ったのでしょうな」


 食事をとりつつそう呟いたマサ。思えばソヴィエトと対峙していた自分がまるでロシア系の様な公家の支援に着いているのが妙におかしく感じる。だが、必要とされる場面で必要とされる結果を出すことが軍人の本義だ。


 ここでも結果を出し、イヌの国の中で確固たる地位を得ること。それこそが重要だと認識を強くしていたし、自分自身にも言い聞かせていた。だが……


「代表! イヌの使者だ!」


 誰かがタカを呼び、食事の手を止めたタカは軍帽を被りなおして建物の外に出ていった。すでに検非違使別当はそこにいて、使者と会話していた。


「……レオン卿」


 タカが驚いたように漏らした。

 そこに立っていたのはレオン家を追放されたというジョニーだった。


「おいおい。俺はもう無頼だぜ。レオン家とは関係ねぇ。まぁ、一緒に行動はしてるけどよ――」


 ハハハと笑いながら馬を降りたジョニーは、タカの肩をポンと叩いて続けた。

 なんとも軽いその調子は、無頼と言うよりも任侠者だった。


「――まぁ要するに太陽王の使いっ走りをやってる腰巾着さ。だから面倒な名前で呼ぶことはねぇ。普通にジョニーと呼んでくれりゃぁ良い。それより、俺にもなんか飲ませてくれ。馬で走って来て喉がカラカラだ」


 笑いながら建物に入っていくジョニー。その後ろを付いて行ったタカは間髪入れずに『どのようなご用件でありましょうや?』と尋ねていた。知りたい事は山ほどあるが、何より重要なのはジョニーがここへ来た理由だった。


「あぁ、まぁ知りたいよな。なに、簡単な話だよ――」


 旨そうに水を飲んだ後、ジョニーは懐に入っていた干し肉を齧りっていた。

 ビーフジャーキー状になったその肉は、牛か羊だと思われた。


「――トラの都はもう陥落させた。アッバースの連中が一気に片を付けたらしい。それを伝令に来たって事だ。なんせジダーノフの面々は随分と気負ってやがる。トラの都に入ってるアッバースを敵の認識しかねねぇからさ」


 ハハハと笑っているが、いつの時代も同士討ちが危険なのは言うまでもない。気負っているジダーノフの面々が夜襲でもかけて皆殺しにしかねないのだ。思わず『その通りですね……』と応えたタカだが、実際にありえる話なので、背筋を寒くするのだった。


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