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圧倒的な勝利

~承前






 一気に攻め掛かってきたその覚醒者を見た時、マサはただ一言『こんなものか』と呟いた。見上げるような巨躯を鋼の甲冑で包んだ存在だ。並の騎兵どころか重装騎兵でもまったく相手にならない存在の筈だった。


 だが、あの満蒙の荒野を埋め尽くしたソヴィエト赤軍に比べれば。帝国陸軍の如何なる対戦車兵器をも受け付けなかった、あの鋼鉄の虎を見た者としては。拍子抜けどころかやる気すら失う程度の物でしか無かった。


 だが、そうであっても稀代の参謀はきちんと任務を果たす事を忘れてはいなかった。茅街特性の新式銃を構えたジダーノフ家の面々は3段60列ほどの強力な射撃面を作って覚醒者に対峙していた。その新式銃に収められた弾丸は、形状こそパッとしない物だが威力だけは凄まじい。


「まさかタングステンをこうも簡単に入手出来るとは思ってもみませんでしたね」


 ご機嫌な様子でそう語るモトジは、手にしていた新式銃用の新型銃弾をしげしげと眺めた。APFSDS。和名として装弾筒付翼安定徹甲弾と名付けられているその弾は、装甲を貫徹する為だけに進化した、いわば人の殺意の結晶だった。


 偶然に見つけたというヒトの世界からの落ち物の中に、大量の工作機械用切削刃あが入っていたのだ。チタンやタングステンを豊富に使ったその高速度工具を鋳溶かして作ったのだから、純度だけは非常に高かった。


「こんな仕組みが在るのかと私も驚いたよ。大東亜戦争時点であれば、我が軍の戦車も活躍できたろうに」


 マサですらもそう悔しげに語るそれは、アーマーピアシング弾としてはこれ以上の進化が望めない代物だった。何せこの弾は対象物を貫くこと以外になんの取り柄もないのだ。


「さぁ、勝ちましょう。そして我らの生存領域を少しでも増やしましょう」


 タカの言葉が響き、マサは静かに首肯した。そもそも、マサの生きた時代は生存域を拡大する事のみが生存闘争の根幹だ。敵を打ち倒す事のみが民族発展の根幹だった激動の時代。


 そんな時代を駆け抜けたマサにとって、茅街の存続を図る事は自らの存在を証明する事と同義であり、弱者の戦略として生き残る事のみを至上命題としていた。


「ル・ガル帝国に少しでも貢献すること。それこそが我らの使命だ」


 熱い言葉が漏れ、タカは軍刀を抜いて指揮する体制となった。

 天保銭組特有のスタイルは、マサにとっても馴染みの物だった。


「総員装填! 構え!」


 取り扱いをレクチャーされた飲み込みの早い者が銃を構えた。40匁銃程度の大きさとなったその銃は、従来のものと違って肩当てがついていた。火縄銃然とした旧式と比べ、その取り扱いの容易度は大幅に下がったのかもしれない。


 何より、強い反動を覚悟せねばならない射撃時において、命中精度を大きく稼げるその仕組みが重要だった。40匁の反動は20匁銃とは大きく異なる。それ故に肩当ての付いた構造は理に適っていた。


「まだ撃つな! よく引き付けてからだ!」


 巨大なこん棒を振り回す覚醒者が迫ってくる。その迫力は言葉ではとても言い現せられないだろう。地響きを伴って前進してくる覚醒者の眼差しが兜のスリットから透けて見えた。


 ただ、実際にはまだ射撃できない。装薬の乏しい銃で打ち出すような弾ではないのだ。強力な運動エネルギーを与えねばならないのだから、距離の二乗に比例して速度が低下する銃弾は、引き付けることが肝要だった。


「まだまだまだ! 堪えろ!」


 悲鳴じみた声でタカが叫ぶ。

 だが、そんな時にトラの覚醒者が大声で言った。


「無駄な事をまた試すが良い!」


 一気に迫ってこん棒を振り上げた。胴体の部分ががら空きになり、重要臓器のつまった腹部が装甲一枚向こうに在る状態だ。タカは胸のうちで『勝った!』と叫びつつ、それと同時に叫んだ。


「撃てッ!」


 およそ180丁に及ぶ銃弾が一斉に放たれた。それらは音速を越える速度で覚醒者たちの着込んでいた甲冑に激突した。タングステンを弾芯とするその銃弾は、敵の装甲を貫徹しながら自分自身が削れていく仕組みだ。


 まるでマッシュルームのような形状になりながら敵装甲を貫いた銃弾は、覚醒者の肉体を挽き肉に変えながら、装甲内部で乱反射し続けた。重要な臓器がつまった上部胸腔の中を完全に破壊されると、覚醒者は動きを止め、そのまま後方へとひっくり返った。


「やった!」


 誰かがそう叫んだ。

 だが、それよりもさらに大きな声でタカが叫んだ。


「次弾装填! 射撃用意!」


 まだ敵はそこにいる。全ての敵を討ち果たすまで勝ちではないのだ。およそ30名ほどの覚醒者を全て射殺した後、今度はトラの大男が目標になっていた。同じような甲冑に身を包み、ズンズンと迫ってきた。


「まだだ! まだ撃つな! もっと接近させろ!」


 なんだかよく解らない叫び声をあげながら突進してくるトラの兵士は、こん棒ではなく槍を持っていた。ただ、その間合いが届く前に、タカは軍刀を振り下ろしてさけんでいた。


「撃てッ」


 再びすさまじい音をたてて銃弾が着弾した。巨大な鉄の塊を力一杯に殴り付けつけたような音が響き、トラの兵士が身体中のありとあらゆる穴から血を吹き出して死んだ。


 その凄まじい光景に一瞬だけ辺りが静まりかえったが、その直後にジダーノフ一門が使う角笛の音が響き渡った。そして、あちこちから勝ち鬨の声を上げた騎兵が姿を現した。


「いざ征かん!」


 ウラジミールの声が響き、ジダーノフ騎兵が一斉に突撃を開始した。だが、その手にしているのは新式小銃だ。200丁程を持ってきたのだが、覚醒者対策に使った180丁の残りをウラジミール達が持っていた。


「我に続け!」


 ジダーノフを束ねる大頭目が駆け出すと、それに続きジダーノフ家の騎兵たちが一斉に走り出した。口々に『ウラー!』の声を叫ぶ彼らは、小隊長に新式小銃が渡されているのだった。


「我らも参ろうぞ……」


 そのシーンを見ていたトウリが合図すると、検非違使に属する者達が一斉に変身した。そして、足下に用意してあった100匁を越える大型の銃を構えた。


「前進!」


 父カウリより受け継いだブロードソードを抱え検非違使の一団を指揮するトウリは、突撃するジダーノフ家の横槍を突くようにトラの一団へと襲い掛かった。覚醒者を含めた重装甲の戦士を失ったトラの一団だが、彼らはまだまだ意気軒昂だ。


 指揮の為の笛が鳴らされ、統制の取れたトラの騎兵団が一斉に走り出した。騎兵と騎兵がぶつかる古式ゆかしい戦闘の再現。だが、トウリはそこに割って入ったのだった。


「榴弾を撃つぞ! トラの騎兵団の真ん中を狙え!」


 100匁小銃の射程は1リーグにも達するもの。その銃を斜め45度に構えた検非違使達は、『放て!』の声と同時に一斉射撃を行った。わずか7名しかいない検非違使だが、野砲7門と考えると凄まじ威力だ。


 曲射された砲弾は弧を描いて飛び、トラの騎兵団の真ん中辺りに次々と着弾していた。手足が吹っ飛び、馬の首が中を舞った。何が起きたのかを理解する事すら出来ず、トラの騎兵団を指揮していた士官は、足を止めて呆然とそれに見入った。


「射撃を続行せよ! 全て焼き払え!」


 トウリの声に促され、検非違使の砲撃が密度を上げていった。次々と着弾する砲弾の中身は榴弾だ。飛び散っていく細かな弾丸によりトラの兵士達が物言わぬ挽肉に変換されていた。


 ――――後退! 後退! 逃げろ!


 騎兵団を指揮していたトラの男が大声で叫んだ。だが、猛烈な砲声と爆発音と助けを求める負傷者の声がそれを掻き消した。混乱と恐怖の坩堝に投げ込まれたトラの男達は、てんでバラバラに逃げ出したりし始めていた。


「砲撃距離延長! 逃がすな!」


 トウリの指示が飛び、覚醒者が撃ち方を変えたらしい。曲射砲の最大射程を狙って撃ち出される砲弾が様々な場所へと降り注ぐ。逃げだそうとしたトラの一団はそれを受け、ただの屍に変わりつつあった。


「怯むな! 吶喊せよ!」


 そんな中にウラジミールが突っ込んでくのがトウリにも見えた。すかさず『射撃止め!』の指示を出し、砲声が途絶えた。その結果、今まで聞こえなかった断末魔の絶叫とイヌを呪う怨嗟の声が響き渡っていた。


「なんとも…… 凄い光景だ」

「まったく持って非生産的であります」


 マサがそう嘆き、タカがそう応えた。ただ、3週間に亘って苦戦してきたトラの装甲兵は一瞬で片付けられ、戦局は大きく変わっていた。


 ヒトの存在価値をグッと向上させた一大戦闘。だが、それをつぶさに見ていたヒトの一団には、何とも歯痒く物足りない結果でしか無かった。


「こんな事では……太陽王猊下にご満足いただけるような戦果など上げられまい」


 何ともやるせない表情でそう言ったマサ。

 それに対しタカは胸を張って言うのだった。


「トラの王とやらを捉え、王都へ連行いたしましょう。さすれば……」


 そんな言葉にマサがニヤリと笑っていた。圧倒的な戦闘結果でしか無いのだが、もはやこの程度では……と誰もが思う状態になっていた。



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