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新式銃のデビュー

~承前






「なるほど。ならば我々の知識と知恵が役に立つかもしれませんな」


 緊迫した空気の張りつめる幕屋の中、マサは明るい声でそう言った。アレックスが勝手に出していた支援要請だが、それとは全く関係ない形で茅町が勝手に動いたのだとヒトの老人は言っていた。


 曰く、レオン家が西方で遭遇したという重装甲な覚醒者の存在と戦闘力に興味があるのだと。そして、彼らへの対抗策を思案して持ってきたので、それを使ってみたいとの事だった。


「並の銃が効かぬ存在故に、王子が肝いりで拵えた戦車でもって相手を屠ったと聞いておりますが……我らも知恵を絞りまして、そんな覚醒者対策を練ってまいりました。本来であれば先ず太陽王猊下の元へ献上させていただくのが筋ですが――」


 マサは好々爺ではなく野心家の笑みを添えて言った。


「――献上の際に成果と言う形で彩を添えたくなったのであります。さすればジダーノフ卿にも出来ればご協力いただければ幸いです。いかがでしょうかな?」


 そんな言葉を聞きつつも、ジダーノフ家の面々が興味を示しているのは、ヒトの一団が運んできた新式銃の存在だった。従来の先込め式な銃ではなく、ヒトの兵士が持っているような操作レバーの付いた銃。


 それは、あのキャリとタリカが拵えた砲身可動式なアームストロング砲のミニチュア版と呼ぶべきもの。引き起こしたボルトを稼働させ、二重構造の銃身に空いた穴から装弾し、再び銃身を動かして薬室を閉鎖する構造だ。


 38式などを含めた多くの手動小銃がバネの力を使った半自動装てんなのだが、実際の話としてバネを作るのは非常に高度な加工技術を必要とする。従ってこの新式銃は銃身の後方のみを二重銃身とし、ボルトの操作により薬室を閉鎖する仕組みになっていた。


「……で、この新兵器はどうやって使うのだ?」


 ウラジミールは固い声でそう問うた。だが、マサは『喰いついた!』と内心で喝采を叫び、ヒトの技術者集団はうれしそうな表情を浮かべていた。


「それについてはこちらのモトジ君が説明します」


 マサが紹介したのは、髪を短く刈り揃え技術者然とした姿のヒトの男だった。


「代表よりご紹介にあずかりましたモトジと申します。僭越ながらこちらの新式銃取り扱い方法と新機能についてご説明申し上げます」


 モトジはその新式銃のオペレーションをすべて実演して見せた。ボルトを起こして手前に引き、外銃身と内銃身の開口部をそろえて上から銃弾を落とし込むと、再び内銃身を押し込んでボルトを寝かしロックをかける。


 この状態で銃床を肩に当て、狙いを定めるふりを見せた。ただし、ヒトの身では発火させる魔法が使えないので実際に射撃は出来ない。ただ、その流れを見ていた銃を扱える者たちが先を争う様に新式銃を手に取った。


「茅町の内部にてイヌの鍛冶屋等にご協力いただき、200丁ほどを揃えてございます。この銃ならば射撃毎に冷却の魔術を使っていただければ、従来の銃兵5人分程度を一丁で賄えるはずです」


 モトジの説明が続く中、ウラジミール自身もその銃に手を伸ばしてオペレーションを試してみた。いつぞや触ったヒトの世界の銃には及ばぬが、それでも高い精度で組み上げられた新兵器の持つ冷たい殺意そのものが手に伝わってきた。


「……なるほど。ただ、この銃でもあの甲冑を着込んだ覚醒者は屠れまい」


 ウラジミールは冷徹な声でそう返答した。

 だが、それに対する言葉は意外なものだった。


「それはまず…… この新式の銃弾をご覧ください」


 モトジが木箱を用意しジダーノフ家の面々に開示したもの。それは、今まで見た事のない構造の銃弾だった。プリチェット弾構造な従来の銃弾は、楔状となった弾本体の後方にシルクのパウダーパックが張り付いた構造だ。


 だが、モトジの見せた銃弾は全く違うものだった。それはプリチェット弾の正反対ともいうべき細い弾丸に円筒形のジャケットが付いたような……いうなれば小さな矢のような弾丸を左右から覆いでサンドイッチした構造の弾だった。


「これは甲冑を貫通させる為だけに拵えた特製の弾丸です。この新式銃と組み合わせてでしか発射できませんが、その不便を補って余りある威力です。手前どもの実験では――」


 モトジは右手の人差し指と中指を揃えて伸ばし、その横に左手の人差し指を当てたジェスチャーをして見せた。


「――この程度の厚さを持つ鉄製の板を貫通せしめます。おそらくはあの鉄製の甲冑をも貫通させることが可能でしょう」


 胸を張ってそう説明したモトジだが、ウラジミールは相変わらず感情らしいものを感じさせない声で言った。


「貫通しただけで倒せるのか?」


 そう。それこそが問題だ。MBTの放つAPDS弾と同じで、装甲を貫通せしめても爆発はしない。もっと言うなら、どんなレーザー兵器やビーム兵器が実用化されても、それ自体が爆発を起こす事は無い。


 爆発させるには急激な燃焼を起こす物が要るし、発火させるなら火の着く物質がそこに無ければならない。つまり、装甲を貫通した所で、中にいる覚醒者の身体に突き刺さって終わりだ。だが……


「えぇ。勿論であります。貫通しさえすれば良いのです。一撃で死ぬ必要はありません。苦しんで苦しんで苦しみ抜いて、痛みに泣き叫ばせる事が狙いです」


 モトジは凄みのある笑みを添えてそう言い切った。そして、その後に続く言葉を言ったのはタカだった。この地までやって来たタカは純粋な軍人らしく歯切れの良い口調で迫った。


「元より貫通した程度で死ぬとは思っておりません。ですが、覚醒者にも意識が有り意志があります。それを制御する御者を先に狙った上で、その次に覚醒者への攻撃を加えます。その結果、覚醒者は痛みに泣き叫ぶ事になるでしょう」


 ……あ


 幕屋にいた誰もがそんな表情になった。そう、ヒトが示したこの作戦は、かつてのジダーノフが徹底して行って来た事だった。勝たなくても良い。ただ、負けない様に戦う事。


 その次の戦いの為に。その次の戦いの為に。次の一手を未来への勝利に繋がる物にする為に。如何なる犠牲をも惜しまずにジダーノフはやって来たはずだった。そしてそれをここでも行おうというのだ。


「なるほど。解った。で、必要な兵の数を言え」


 ウラジミールは硬い表情のままそう問うた。

 いや、やる気の溢れる顔になったと言うべきだろう。


「兵の数ですか?」


 マサは妙に生臭い声でそう言った。兵など要らんと言わんばかりの口調だが、それでも下手に出なければならない時がある。故に一瞬だけ考える素振りをした後、ハッとした表情になって言った。


「いや、兵よりも機動力を下さい。太陽王猊下の増援がすぐに到着しない以上、手持ちの戦力でなんとかせねばなりません。改めて見ればアッバース一門の方がいらっしゃらないのも気になる所です。故に『その件だが』


 口を割って入ったのはトウリだった。

 感情を極力表に出さない検非違使別当は、訝しがる声で言った。


「なぜアッバースの兵が居ない?」


 短い言葉を浴びせかけたトウリ。

 詰問して掛かるその態度にウラジミールが表情を硬くした。


「アッバースの諸兵らはカモシカの国へ直接侵攻している。我らはトラの国を攻略しつつ、攻め立てていってトラの国の都を挟撃する作戦であった」


 咄嗟の言い訳とは思えない出来た話に、トウリは言葉を飲み込んで思案した。ただ、コレは間違い無いなと妙な部分で確信している所もあった。イヌの鼻には嗅ぎ分けられるアッバース一門独特な香油の匂いが残って無いのだ。


 つまり、この幕屋にアッバースの者達が入った事は無い。彼らは完全に別行動で動いていて、その件もあってジダーノフは焦って居るのかも知れない。


「……なるほど。ならば一気に攻め立てましょう」


 トウリはヒトの一団に紛れていた検非違使の者を手招きして一歩前に出させた。

 完全なヒトの姿をしているが、その顔立ちには何処かイヌやそれ以外の面影を残している王の秘薬の痕跡が垣間見える。


「我ら検非違使にも新たな兵器が宛がわれた。並の者では扱う事も難しい100匁を越える銃だ。もはや砲と言って良いのかも知れぬ。それを持った検非違使を投入するので、一気にあの覚醒者とトラの戦士を斃そう」


 トウリの言葉はウラジミールを始めとするジダーノフ家の者達を勇気づけるものになった。100匁を越える銃など個人で扱える代物では無い。


 単純に言えば40ミリか45ミリ程度の口径を持つ砲その物だ。その砲ならば鎧を直撃した場合に破壊せしめずとも強力な打撃力によって敵を打ち倒す事が可能だろうと思われた。


「では、サウリクル卿にもご協力いただき……」


 ウラジミールがそう切り出したとき、幕屋の中の温度がスッと落ちたような錯覚を多くの者が感じた。それは、温度の低下では無く明確な敵意の発露であり、鋭く貫く殺意そのものだった。


「ジダーノフ卿。どうか1つ訂正いただきたい」


 トウリは1オクターブほど声を落として切り出した。

 まるでグルグルと喉を鳴らして相手を威嚇するような声が幕屋に響いた。


「……失礼。検非違使別当殿にもご協力を仰ぎたい」


 ウラジミールは素直にそう応じた。

 そうでもしなければここで殺されかねない……と、総毛立つような殺気がトウリからこぼれ落ちたのだ。


「承った。検非違使も加勢する」


 どうやらウラジミールとトウリはここで手打ちにしたらしい。ジダーノフの面々だけで無く、検非違使や茅街の面々からもホッとした空気が漏れた。少なくとも、敵と戦う前に味方同士で本気の殺しあいをする事は無い。たったそれだけだが、それでも安堵せざるを得ないほどの殺気が漂ったのだった。


夜になったら今日3話目を公開します

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