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ボロージャの苦戦

~承前






 霧の立ち込める静かな草原に、瀟洒なテーブルと椅子があった。

 何処か遠くから滝の音が聞こえるのだが、全く視界の効かない場所だった。


「こんな場所をご存じとはね。いやはや、さすがだ」


 湯気の立ち上るお茶をすすりながら、オクルカは感嘆したように言った。

 あの、王の揺りかごと呼ばれる街から山に入ってしばらく行った場所。

 サワシロスズの咲く霧の草原にいつものメンバーが集っていた。


「ここは……色々と思い出の場所でね」


 カリオンは何処か上機嫌でワインなど舐めてた。

 シウニノンチュの住人達が王にと献上したツルコケモモの実のワインだ。

 甘酸っぱい香りに目を細め、カリオンは満足そうに報告を聞いていた。


「で、あの子も行ったのですね?」


 サンドラが確認する様に尋ねたそれは、キャリとタリカの大冒険だ。

 幾何かの護衛を付けたふたりは、雪原を駆け抜けてクマの居留地を歩いた。


「えぇ。行く先々で……喧嘩紛いの話し合いとなったそうですよ」


 オクルカはあっけらかんと言うが、母親には聞き捨てならない言葉だ。

 ただ、父親の視点で語るなら、それはまったく異なる意味を持つ。


 ――――男の子には冒険が必要だ……


 事ある毎にそう言っていた父ゼルをカリオンは思いだす。子供もやがては大人になる。そして、人を束ねる存在となる。その時、ちゃんと子供の頃に冒険をしておかないと駄目なのだ。


 男はいつでもどこでも、時には無鉄砲な子供時代に戻るもの。その時に、ちゃんと危ない橋を渡っておかないと、いつか致命的な失敗をする。そしてタリカは今、間違い無く最高の経験を積み重ねている。時期王の肩書きなど意味を成さない所で、度胸と才覚のみで渡り合うのだ。


「まぁ、将来を思えば良い経験を積ませて貰っていると感謝しなければな」


 ワイングラスを少し持ち上げ、ニッと笑ってみせたカリオン。

 己の跡を継ぐ息子の成長を喜ばない父親などいるはずも無い事だ。


「で、結果はどうなの?」


 黒尽くめで余所行き仕様のリリスがそう問うた。

 それに対し、オクルカはごそごそと懐を探ってメモを取り出した。


「そうですね。現状では概ね同意を得たようです。タリカの報告によれば、クマの氏族は最大で10程度。そのうち、徹底抗戦を掲げる武闘派は既に亡く、また、大半の氏族でその構成員を大きく減らしています」


 鎧袖一触にその存在を蹴散らしたララの戦略。それは、ここでも相当な威力を発揮していた。クマの側はもはや組織的な抵抗などまったく不可能で、クマの若者はその数を大きく減らしていた。


 これ以上の抵抗を試みれば、それは文字通り種族としての終わりを意味する。簡単に言えば滅亡が視野に入っているのだ。まだ幼い者達を大切に育て上げ、次の世代へと移り変わるにはもう少し時間が掛かる……


「ならばクマはよし。で、ウサギは?」


 クマに続きウサギの報告を求めたカリオン。

 オクルカはメモを何ページか捲ると、ビッシリ書かれた文字を読み始めた。


「ウサギの方なんですがね、こっちはどうも最初から真面目にやり合う気なんか無かったようです。と言うのも、クマの方から勝手に降伏するなと釘を刺されていたようで――」


 オクルカの報告を聞いていたカリオンは、僅かに首を傾げていた。

 ウサギによる強力な抵抗を経験したばかりだが、本当にか?と訝しがったのだ。


「――その関係で一発でかい魔術を使ったは良かったが、月の位置の関係で強力な魔法はしばらく使えないと」


 ある意味、ウサギの魔法は一番特殊なのだ。精霊や良き隣人の力を借りる訳ではなく、魔術や魔法の理に自分の魔力を注ぐわけでも無い。この世界の大いなる理を知り、その働きを読み、必要な結果の為に原因を集める魔術。


 必要な結果を導く為の技術体系なのだから、それこそが魔導だった。そしてその魔導に携わる者は、ウサギの中でも2系統の血族で占められていた。


「……イナバ一族とアリアンロッド一族ね」


 まるで井戸の底のような暗闇に満ちた眼差しのリリスがそう言った。ウサギの社会の中で、その両家のどちらかに属する者のみが、魔導の秘技を受け継いで行くのだという。


 門外不出の凄まじい技術体系。だが、リリスからみれば、それは魔導でもなんでも無く、もっとも正しい表現は魔法科学だった。


「まぁ、ウサギの実体はおいといてだ。クマもウサギも恭順すると考えて……良いのかな?」


 カリオンはストレートに結果の報告を求めた。

 それに対し、オクルカは僅かに考える素振りを見せてから言った。


「子供達に直接報告させましょう。王に奏上する機会を与えますから、その場で報告させれば、また違った学びを得るかと」


 オクルカの示したスタンスに『それは良い案ですな』とカリオンも上機嫌だ。

 ボルボン家の作った功績と合わせ、望外の結果が王の元へと集まりつつあった。


「で、アレックスの所はどうなんだ?」


 オクルカの報告で盛り上がっている最中も終始微妙な表情だったアレックス。

 それを見て取ったジョニーにより、脇腹を小突かれたりもしていたのだが……


「いや…… それがだな……」


 怪訝な調子で切り出したアレックスの姿に、カリオンやオクルカが厳しい表情へと遷移していた。そして、ジョニーとウォークは顔を見合わせて、厳しい結果の報告に備えた。


 ジダーノフ家の中にあって諜報将校となっていたアレックスは、ボロージャと共にトラとカモシカの連合軍と対峙していた。海を見下ろす広大な草原地帯だが、その地下には広大な地下迷宮があるらしい。


 いままでまったく窺い知る事の無かったトラの国の内情を、ル・ガルは初めて知ったのだ。アレックスの報告は立て板に水の勢いで一気に霧の草原を駆け抜けて行った。


「つまり…… まだしばらく掛かる…… と?」


 オクルカも厳しい表情でそう問うた。

 アレックスが述べた言葉は、それ位のインパクトがあったのだ。


「あぁ、はっきり言えばあの集団は手に余す。銃が威力を発揮しないのは困ったものだよ。なにせ貫けないんだからな。甲冑を」


 トラは基本的に農業国家だ。それがル・ガルの持っていたトラの国の印象だ。しかし、実際には農業を支える意味での金属工学が驚く程発達していた。炭素鋼を始めとする特殊金属の生成術について言えば、ル・ガルを軽く凌駕していた。


 そんなトラの国の高度な冶金技術にカモシカの国の鉱物資源が加わった。それによりトラの国の鍛冶屋は色々と凄まじい物を作っている。その中で、もっとも面倒な物はつまり……


「あの覚醒者に着せる甲冑を作るとは思わなかった」


 アレックスの報告によれば、この2週間で3度ほど、ちょっと大きめの激突を経験したと言う。その全てで遭遇した覚醒者達は、異形となった姿にも拘わらず甲冑を身に纏っていた。


 つまり、それ自体が歩く戦車のような強力さだ。重い甲冑を紙のように着込んで動いているのだ。こうなると、少々の銃火器打撃力では対処出来ない。となれば、対応策は現状ふたつとなる。


「……覚醒者を送り込むか、タリカとキャリに戦車を持たせて行かせるべきか」


 顎髭を擦りながらカリオンは考え込む。

 ここしばらく、覚醒者の検非違使達は戦闘を経験していない。

 世界のあちこちでイザコザは経験しているが、国家間戦闘は無いのだ。


「足手まといじゃ無いか?」


 アレックスが怪訝な顔でそう問うた。

 だが、カリオンでは無くトウリが極めて固い声で言った。


「餅は餅屋というように、覚醒者へ対抗するならそれが良いだろう。ついでにこの先の事を考え、トラやカモシカが持っているらしい例の薬を回収しよう。今から増援に行っても良いか?」


 トウリは検非違使を預かる長としてそれを問うた。

 だが、カリオンは首を左右に振って拒否の姿勢を示した。


「そりゃ無理だ。ここで勝手に送り込めば、この場がばれてしまう。それは誰も望まないだろう? まずはボロージャのお手並みを拝見し、その上で苦戦したなら――」


 カリオンはやや振り返ってジョニーを見た。厳しい視線をカリオンから絡ませられたジョニーは頭を抱え、『マジか』とぼやいた。無頼な男の見せる狼狽した姿では、それ自体が娯楽だった。


「――救援を送るのが望ましい。ここであの存在を失うのはル・ガルの損失だ。ただ、彼らには彼らの自尊心があるからな」


 ボリボリと髭を擦ったカリオンは、考えをまとめたようでジョニーとウォークを見ながら言った。


「ボロージャには現状維持で良いと伝令だそう。その上で、トラやカモシカを相手にした場合の対処法を研究して貰う。彼らの膂力は相当強力だ。やがて対峙するであろう獅子の連中との戦闘をコレで研究するのが良いと思うがどうだろうか?」


 つまり、ポールが現場復帰するまでジョニーには馬車馬の様に働いて貰うと通告したようなものだ。ボロージャを支援し、ジダーノフ家に恩を売り、その上で何とかトラを懐柔する策を見つける。そんな方針を示したカリオンは、最後にリリスを見ながら言った。


「ポールの卒業後になるが、レオン家を支援に送る。そこでトラとカモシカを平定した後は……キツネだ」


 そんなカリオンの言葉にリリスもまた、ニヤリと笑うのだった。

 

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