世界征服の野望
~承前
その光景を目にしたとき、改めてドリーは騎兵の時代が終わるのを実感した。
アレがどう、コレがどう……と理屈で話をするのでは無い部分だった。
――――これは騎兵では対処出来ない……
ララが提案しタリカとキャリが行っている連動戦闘。
それは、旧戦術が新戦術に為す術無く蹂躙されていくのを実感させるもの。
なにより……
――――姫が味方で良かった……
と、ドリーは痛感していた。
いや、その感覚はドリーだけでは無く、オクルカを含めたフレミナ側も一緒だ。
「よし。乱数展開を推進。砲兵は支援砲撃の着弾修正100リーグ延長」
攻撃本部の中で広げられたテーブルの前に陣取ったララ。彼女の脳内では現在行われている戦闘が再現されている。キャリとタリカの2人による支援砲撃はウサギやクマの防衛陣地に降り注ぎ、各所で凄まじい惨劇を展開していた。
そんな中、騎兵が4段の横列を作り、一斉に突撃する素振りを見せる。その間を塗って飛び出して行ったのはアッバース家の歩兵達だった。3列縦隊で行軍してきた彼らは騎兵達が作った列の間に収まった。
騎兵、歩兵、騎兵、歩兵……と順番に並んだ形だ。最初、クマやウサギ達はそのまま前進してくると思ったらしい。ウサギは何らかの強力な魔法を準備し、クマは膂力を生かして岩を投げようとしていた。
しかし、凄まじい支援砲撃で算を乱された彼らは聞いた。彼方から聞こえてきた聞き慣れない指示の声を……
――――歩兵総員着剣!
――――突撃準備!
イブラハの声が響くと同時、アッバース家の歩兵は銃に装填した後で銃剣を装着した。全長1メートルを超える銃に着剣すれば、それはすなわち槍となる。そんな必殺の武器を手にした歩兵達は、銃弾ポケットに次の弾を入れていた。
早合と呼ばれる高速装填よりも数段速い、異次元の高速装填技術を身に付けた歩兵達だ。彼らは予備の弾を手の中に一発持ち、銃を握りしめて攻勢の開始合図を待っていた。
――――躍進距離300リュー!
――――総員吶喊に移れ!
――――前進!
イブラハの声が響き渡った。それと同時、騎兵段列の合間から歩兵達が一斉に走り始めた。馬よりも軽く、機動性があり、そして回避能力に長ける戦力。彼らは塊を作る事無く散開した状態でウサギやクマの防衛線へと襲い掛かった。
――――撃ち方始め!
それは、今までのル・ガル銃兵戦力と対峙した者達には理解出来ない戦術だ。ある程度の集団が統制の取れた一斉射撃を行って来た筈なのに、今回はバラバラに走る散兵がバラバラに射撃しているのだ。
こうなった場合、防衛陣地側の魔法使いは的が絞れなくなる。連射が聞かない魔法故に、少しでも効率よく集まっている所を……と考え、狙いたくなるのが普通。しかし、その的を絞らせないまま、歩兵はバラバラに走ってきた。
そして、そこに降り注ぐのは支援砲撃によって降ってくる榴弾だ。着弾した瞬間に凄まじい炸裂を見せる榴弾は、直径20リュー程度の範囲内を全て挽肉に変えてしまう……
『ぐわっ!』
あちこちでウサギの魔術師が断末魔の悲鳴を上げた。一発一発の威力は魔法の方が遙かに大きい。だが、一撃で絶命しうる威力は銃も持っている。また、魔法使いを護る弓兵は、斜面の下から撃ち上げる為、命中精度も威力も数段劣ってしまう。
そんな中、ル・ガル銃兵は斜面を駆け下りながらバラバラに射撃し、バラバラに装填を始めていた。撃った後の装填では一瞬動きを止めるモノ。しかし、そこ目掛けて魔法を放とうとしたウサギの魔導兵はもれなく撃ち殺された。
「第2陣! 吶喊準備!」
ララの声が響いたとき、騎兵の合間から姿を見せたのは、まるで小さな船のような存在だった。アトシャーマの街を越えたときにララが見つけたモノ。それは、雪上で使うソリだった。
日常的に降雪のある地域であれば、重量物を車輪で輸送するよりソリの方が効率よく運べるもの。そして、斜面の下るという点で言えば、ソリは騎兵のように速度を取れる武器となった。
「支援砲撃停止! 第2陣! 前進する散兵を追い越して射撃開始!」
戦略机の上で手を走らせたララ。参謀陣は打ち合わせ通りに吶喊命令を出し、アッバース家の歩兵達はまるでボブスレーのようにそりを押して加速し始め、それに飛び乗って斜面を一気に下り降りていった。
緩斜面ではあるが、それでも下り坂ならば一気に速度が乗り、驚く程の勢いを持つようになる。そのソリの上には銃兵が3名乗っていて、順次射撃をしながら銃を交換し、装填手と射撃補助が打ち手を支援し続けた。
散開していた散兵を追い越したソリは驚く程の高速で防衛線へと接近する。それに慌てたシロクマが岩を投げるも、動くモノ相手に直接当たる筈など無く、また雪面に着弾した岩は散兵達の身を隠す盾となっていた。
「……ホント、驚く様な仕組みだこと……」
戦略図を前に腕を組んで沈思黙考するララ。組まれた腕の中に母親譲りの豊かな胸が揺れている。だが、参謀陣は誰1人としてそんな物に興味を示さず、ヒトの世界から来た参謀に教えられたという、ヒトの世界における最高の戦術と戦略の発露を眺めていた。
文字通り、一方的に敵を撃破し、対処出来ず散発的な抵抗のみを示すだけ。そんなウサギやクマの防衛線まで滑り降りたソリから歩兵達が飛び降りた。雪面は天然のクッションとなり彼らはまったく怪我が無かった。
「……勝った」
ボソリとララが呟く。その直後、ズシンと腹に響く音が雪原に響いた。歩兵達が飛び降りたソリの上には爆薬が乗せられていたのだ。その爆薬がクマの築いた防衛陣地の土塁に激突し大爆発したのだ。
魔法では無く純粋な火薬による爆発。ただ、その威力を高める為に、榴弾状の四散物が爆薬に貼り付けられていた。その四散物は下手な銃弾よりも余程優速で直径100リュー範囲内にいる全ての生物を挽肉に変えた。
「さぁ! 仕上げ! 騎兵吶喊!」
ララの声を直接聞いたドリーは、自ら角笛を吹いて突撃合図を放った。騎兵たちが槍を天に翳し『ラァァァァァァ!!!!』と叫びながら斜面を駆け下り始めた。本来ならそれを止めたり撃破したりする戦力は、全て散兵とソリ兵によって蹂躙されている。
こうなったなら、もう騎兵の突衝力を止める事など出来やしない。ポツポツと抵抗を試みるウサギの魔導兵が居たのだが、その魔術が行使される前に散兵によって射殺された。
「……スゲェや」
全てを見渡せる場所で腕を組んで眺めていたキャリは、誰にも聞こえないような声でそう呟いた。恐らく2万~3万程度で防衛線を設置していたクマやウサギの防衛陣地は、見るも無惨に破壊されていた。
純白の雪原に鮮血の彩りが描かれ、如何なる印象派の画家であっても描けないと思われる壮大な作品が生まれていたのだ。
「散兵各銃兵は騎兵の後を追って突撃! 抵抗する者を掃討! 重傷者は楽にしてやれ! 生き残りを作ると面倒だ! 行くぞ!」
イブラハの言葉が妙に荒々しい。だが、決して不機嫌と言う事は無く、むしろこの合戦の全てにおいて主導的役割を果たした事に満足している様だった。
「なぁキャリ。これよぉ……」
砲の後始末をしたタリカは、キャリに歩み寄って切り出した。
ただ、何を言おうとしているのかは聞くまでも無い。
「あぁ…… 解ってる…… これは…… 獅子対策だ」
兄ガルムが……いや、今は姉となったララが行った冷酷非情な凄まじい吶喊は、数段勝る膂力を持ったクマの防衛陣地をいとも容易く粉砕した。それ自体が来たる獅子との決戦においての重要な試金石となる。
父カリオンはそれを承知していて、この厳しい環境が続く北方征伐軍へ自分とララとを投入したのだ。つまり、それ自体が父カリオンのメッセージ。この先、もし俺が死んだら、お前が跡を継いで事を成せ……と、言外の遺言を示された。
「ル・ガルがまとまるまでざっくり400年掛かったんだぜ。その最後に控えてんのがライオンとの決戦だ。これ、お前の代でやろうって言ってるんだぜ。王様は」
腕を組んで遠くを見ながらそう言ったタリカ。
だが、キャリはニヤリと笑ってタリカを見ながら言った。
「いや、違うね。父は多分――」
組んで居た腕を解き、タリカを指差してから言った。
「俺とタリカでやれって言いたいんだと思う」
思わず『え?』と問い返したタリカ。そんなタリカを見ながら、キャリ楽しそうに笑って彼方の惨劇へと目をやっていた。あちこちで鮮血の花が開き、純白の雪面が赤く染まっていた。
「父上もオクルカ公も一騎兵として戦線に立つと言われた。古い時代の幕引き役をやるつもりなんだよ。きっと。だからさ……」
もう一度タリカに目をやったキャリは、今度は戦線本部の幕屋に目をやってから薄く笑って言った。思わずタリカがドキリとするような色気を伴っていたが、それ以上に驚くのはその眼差しだ。
冷徹に自体を見つめる眼差しは醒めているとも言えるもの。だが、キャリはそんな醒めた眼差しを自分自身にすら向けていた。ル・ガルという巨大な国家を背負う為に、己ですら歯車のひとつに過ぎないと冷徹に見ているのだ。
「……俺と一緒に世界をブン取ろうぜ」
キャリはそっと拳を伸ばした。タリカは無意識にその拳へ自分の拳をぶつけ返していた。この時、2人の若者は間違い無く世界を征服する夢を見た。世界の全てを平定してしまう野望の兆しだった。




