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ネコの国の最期 <前編>

~承前






 女王の住まう都。シュバルツカッツェから南西に30リーグ。

 海が近い大きな川の畔に、その街はあった。


「この街の存在をル・ガルは知らないで来たわけか……」


 まるでガルディブルクのミニチュア版とも言うべき構造の街がそこにある。

 大河の真ん中に大きな中洲があり、そこには幾つもの建物が見えた。


「スィーカッツェ……ですってね」


 海に面したその街は、もはや失われた言語で海を意味するらしい。ボルボン家お抱えの言語学者はそう分析したが、フェリペは異なる分析をしていた。それは、ある意味で実にネコらしい特性だった。


 ――――海に暮らす一族との協商拠点……


 そう。陸の上に暮らす様々な種族があるように、海の中にも様々な種族が住んでいるという。地上に生きる者は長時間にわたって水中に潜れぬ故、伝文でしかないのだ。


 だが、水中には水中の歴史と文化とがあり、地上の様々な影響を受けて水中の社会も乱れると聞く。大雨が降れば川が溢れ、様々なものが海に流される。だが、水中の者達にすれば大雨の都度に、迷惑なモノが流れ込んでくる。


 正直に言えば、水中種族は迷惑ばかり掛ける地上種族を良く思っていない。そしてその中心にはル・ガルが居て、イヌの国が栄えれば栄えるほど、水中は酷い事になるのだった。


「で、今度はアレと決戦ね」


 ジャンヌが指差した先に居たのは、ネコの国に残された精鋭と言うべき女王の親衛隊だった。凡そ2万程度の騎兵が蝟集しているが、その周囲には雑多な武器で武装した市民が集まっていた。


「やる気なのは結構なことだな。この方が早く片付く」


 フェリペの言葉には妙なやる気が漲っていた。ここまでダラダラと戦線を伸ばしてしまったのは、ボルボン家の無能さ故であると王の叱責を怖れていた。だからこそ、短期決戦で目鼻を付けられるのはありがたい。


 一気に叩き、一気に状況を有利にし、一気にネコの国を完全支配下に置く。それが出来るかどうかは、この決戦に掛かっている……


「じゃぁ、行こうか。頼んだよダヴ―。アンタル卿も。打ち合わせ通りで」


 フェリペの軽い言葉にダヴーが『ウィ』と返答し、アンタルは『承知した』と言葉を返した。かつてシュサ帝を屠ったネコの騎兵の精強さは言うまでも無い。だがしかし、その精強無比な実力こそがここでは徒になる。


 真っ直ぐに突っ込んで来るものの、陽動と実働をドンドン入れ替えていく連動戦闘の肝は、とにかく全滅しないことにある。だが、現状のイヌは敵を容易に全滅せしめる必殺の武器を持っているのだ。


「胸甲騎兵諸君! 我らボルボン家の名を世界に轟かしめよ! 全員装填!」


 フェリペは胸甲の位置を整え、馬のホルスターにあった銃に弾を装填した。一般に胸甲と言えば上部胸腔を護るだけのモノと思われがちだが、実際の胸甲は半甲冑的なモノであって、馬上にある騎兵の全面全てを覆うと言って良いものだ。


 その状態で装填した銃を持つのだから、その実際としてはドラグーン・竜騎兵と言う味方の方が正しい。戦場を高速で駆け抜け、陣形を自在に組み替え、距離を取って猛烈な投射力を浴びせられる兵科だ。


「征くぞ! ビブ! ラ! ル・ガル!!」


 ル・ガル万歳の声と共にフェリペが走り始めた。馬は速歩から襲歩へとフォームを変え、ボルボン家の竜騎兵軍団が一斉に突入して行く。その目指す先は、ネコの騎兵が待っている辺りだ。


 ネコの騎兵も運動を開始し、こちらに向かって真っ直ぐに突っ込んでくる。その度胸と根性は賞賛に値するものの、正直に言えば自殺行為でしかない。


 ――――何故だ?


 フェリペは一瞬だけそう思った。少なくとも、あの自己中なネコが死ぬのを前提に突っ込んでくるなど考えられないのだ。そしてその場で予想した事態は三つ。


 まずは、ル・ガルを相手にして問題無いだけの精強な兵である。または、何らかの手法で不死身に化けた兵士なので、死を怖れる必要が無い。ただ、それはまずあり得ない事だから考え無くとも良い。


 次に思い浮かんだのは、いかなる理由があろうと歓迎せざるるモノだった。あのネコの背後に獅子が居るのかも知れない。何処かから戦に乱入してくるのかも知れないし、或いは後詰めに出てくるのかも知れない。


 最後に頭に浮かんだのは、彼らにも銃に代わる強力な兵器がある。それこそ、どこかで鹵獲された銃を運用化したか、若しくはそれに代わる強力な武器、必殺の一撃を放てる魔法兵器がある……


 だが……


 ――――いずれにせよ粉砕するだけだ!


 フェリペは一気に速度に乗って接近して行った。彼我距離は凡そ300リューほどで、有効射程圏内ではあるが、致命傷には為らない距離かも知れない。もう一息待たなければならないのだが……


 ――――構うモノか!


 フェリペは250リュー程度の距離で初弾を放った。襲歩にまで速度の乗った馬上で銃を撃つなど、普通は考えられないことだった。だが、フェリペは、ボルボン家の力の実行者であるルイを名乗る者としては、それが出来て当たり前なのだ。


「各個機動射撃!!」


 速度に乗った騎兵の最前列が一斉に銃撃した。彼方では迫ってくるネコの何騎か落馬したものが見えた。だが、相変わらずその速度は落ちない。素晴らしい練度だと感心したフェリペだが、それはこちらも同じだった。


 紡錘陣形となったボルボン騎兵は突入隊形となっている。その状態で最前列にいた者が速度を落とし、後続が前に出て連続射撃を行った。まるでキャタピラーのように後続が次々と追い越しをかけながら前に出て射撃をしている。


 ――――よしっ!


 その流れるような連動に、フェリペは勝利を確信した。少なくとも現状では世界最強の戦術だ。この攻撃を受けて耐えられる存在など無いのだから、フェリペがそう考えてもおかしくは無いだろう。


 だが、そんな過信の報いはすぐに現れた。フェリペの眼がネコの騎兵を捉えたとき、彼らは馬上で弩弓を構えていた。その不思議な形状の弩弓は、銃床となる部分に装填を助けるレバーが付いていたのだ。


 ――――なるほどッ!


 一般的に弩弓は普通の弓と比べ装填に手間が掛かる。強弓並の飛距離を持つが、その分だけ弓の張りが以上に強い。そして、そこに矢を番える前に、専用の器具を使って弓を引き絞り、引き金に掛ける処理が必要だ。


 だが、ネコの使う弩弓には、レバー状の弓張り補助具が装着されていた。弩弓を放った後、そのレバーを引けばテコの原理で簡単に弓にテンションを掛けられる仕組みだ。


 ――――考えたな……


 銃が無いなら通常兵器で銃に対抗出来るようになれば良い。その為にネコが選んだの、ロングディスタンスでの犠牲を割り切り、弩弓の連射能力を高めて接近すると言う事だった。


 100リューを切り、残り50リュー程度の距離ともなると鉄矢を喰らったならば胸甲を貫通しかねない代物だ。一般的な知識の話だが、弩弓も距離を詰めれば甲冑の鉄板を容赦無く撃ち抜いてしまう。


「全員傾聴! あの弩弓を持つネコを重点的に撃て!」


 ダヴーが指示を出すと同時、前に上がってきた後続の騎兵が銃を放った。ネコの側の最前列にいた弓持ちがバタバタと落馬した。ただ、誰がどこを撃つかと言う打ち合わせが無いので、撃たれやすいポジションに居たモノに銃弾が集中する。


 そして、その逆にまったく撃たれなかった者が存在し、間髪入れずに反撃の矢が飛んできた。フェリペの耳元を掠っていったその矢は、今まで聞いた事も無いような音を立てていた。


 ブンブンと唸るような音を放つその矢は、フェリペのすぐ近くにいた騎兵の胸甲を貫通し致命傷となったらしい。ドサッと音を立てて落馬した騎兵は、残念ながら後続に踏み潰される運命だ。


 騎兵ならばそれは覚悟しているし、逆に言えば後続とて馬の脚を折りかねないので、急な回避運動はまず取らないのが普通だった。だが……


「ディセント! 何かおかしい!」


 後続の誰かがそう声を上げた。一瞬その理由が思い浮かばなかったが、慌てて様子を伺ったフェリペは、その異常を瞬時に見抜いた。ネコの側の放った矢が掠った者は最初は笑っていた。


 だが、ややあって急にもがき苦しみだし、喉を押さえて馬から落ちたのだ。その流れを見れば理由は一つしか思い浮かばない。


 ――――毒だ!

 ――――どうやって……


 致死性かつ即効性のある毒の塗られた矢。しかもそれが弩旧によって放たれ、甲冑を貫通してくる。通常では考えられない事だが、その毒を喰らったならば死は免れないらしい。


 だが、フェリペだって毒矢の教育は受けている。毒矢に使う毒は粉末状か液体状の2種類しか無い。粉末のものは膠などで矢尻に塗りつけることが出来るが、即効性はまず無い。膠の熱で変質するからだ。


 そして、液体の場合は矢を放つ前に矢尻へ塗布するのが常道。ただし、揺れる馬上で毒を塗るなど自殺行為も良い所だ。最悪の場合、弓を放つ騎兵がその毒で命を落としかねない。


 ――――なるほどな……

 ――――これが対抗出来ると踏んだ切り札か……


 ネコの側の勇気ある抵抗にフェリペは感心した。そこまでして徹底抗戦したいのかと驚いたのだ。だが、それと同時にフェリペはある覚悟を決めていた。


 どんな理由があろうと、障害が立ちはだかろうと、この戦に勝つという覚悟だ。そうまでして徹底抗戦するなら、むしろ好都合だとすら思っているのだった。


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