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一騎駆け

~承前






 経済の都、ゴルデンカッツェ。

 政治的な中心地、ヴァイスカッツェ。


 その両地を事実上の占領下としたボルボン一派は、女王ヒルダの住まう魔都シュバルツカッツェまで3リーグ程の所にて決戦に及ぶ仕度を調えつつあった。


 ジャンヌ率いるボルボン家主力とアッバース家から派遣されたアンタル一派の戦力は凡そ4万5千に及ぶ。一度は二手に分かれたのだが、この地にて結集し決戦へ向けたテンションを上げていた。だが……


「何だか呆気ないな」


 フェリペの呟きにダヴーが表情を曇らせていた。そう。ボルボン家の再興を図るには戦果が足りてないのだ。ボルボン家の積み重ねた罪は、この程度の功績で帳消しに出来るような物では無い。


 文字通りに身を粉にするような努力を積み重ね、結果を出さねばならない。その為にはもっともっと戦果を上げねばならない。だが、勝手に敵が降伏してしまうのだから、戦果もクソもあったモンじゃ無い。


 かくなる上は、ネコの都を焼け野原にするくらいの覚悟は必要なのかとフェリペは危惧しているのだった。そして……


「……王の叱責が飛ぶかも知れませんわ」


 ジャンヌもジャンヌで少々拍子抜けだった。ゴルデンカッツェで提示された降伏の条件は、正直言えば拍子抜けも良い所だったのだ。


 食糧を焼かない事と流通系統を麻痺させない事。それさえ守ってくれるなら、この街は今からル・ガルの一都市になろうともまったく異存はない。むしろル・ガルの一部になりたいし、してくれるなら喜んで納税もする……と。


「まったくだな…… こんな事、許されると思うか?」


 フェリペのボヤキに明確な感情が交じった。それは怒りだ。

 拍子抜けで肩透かしで、そして、ボルボン家の独り相撲。

 それは、端から見れば滑稽な様なのだろうと思っていた。


「ネコは戦わずして生き延びる道を選んだ。現状ではそれ以外にル・ガルと戦う方法が無い。それに気が付いたのでありましょうな」


 ダヴーも表情を曇らせてそう言う。

 ル・ガルの見せた圧倒的な戦闘力を前に、もはや意気消沈なのだろう。


 だが、本来なら最上である筈の『戦わずして勝つ』が許されないボルボン家の面々としては、正直言えば頑強な抵抗を期待している部分がある。勿論負ける気など無く、全て噛み砕いてぶち破ってやるのは言うまでも無い。


 ――――ディセント!

 ――――斥候が帰ってきた!


 遠くから部下の声が聞こえ、怪訝な顔のままそちらを向いたフェリペ。

 ダヴーやジャンヌも同じ仕草だ。そんな中、ボルボン家の旗を持った騎兵たちはザクザクと蹄の音を響かせてフェリペの元へやって来た。


「ディセント! あの街はもぬけの空です!」


 簡単な報告だが、ネコの性質を思えば納得するしか無かった。

 儲ける事こそ一番大事なネコなのだ。戦って死ぬなんて馬鹿馬鹿しい。

 だから逃げるのが一番。面倒など大嫌い……


「で、女王は?」


 ジャンヌの興味はそこに移った。戦で勝利出来ない以上、女王を捕らえてガルディブルクへ凱旋するしか無い。この女が太陽王シュサを屠れと命じた者です……と突き出すしか無い。


 必要な成果の為に無茶をするのは世の常だが、時には無茶をし過ぎる事がある。あのスペンサー家を見れば分かる通りだが……


「それが…… そもそも女王自身が逃げ出したようで……」


 困った様に言う斥候の言葉に『はぁ?』と呆れた声を出したジャンヌ。その隣に居たダヴーが『街の中に誰も居ないのか?』と問いただすと、斥候はコクコクと首肯しながら報告を続けた。


「そもそもこの街はネコの王宮だけのようで…… 全て調査した訳ではありませんが、少なくともごく僅かな留守居役以外に人影はありません。そして、その留守居役を詰問したのですが、ネコの市民の大半が西方にある離宮へ避難したと」


 ……離宮か


 眉根を寄せてウンザリ気味の顔になったフェリペは幾度か顎を擦ると、思案していた表情がパッと変わり顔を上げて言った。


「よろしい。街へ行こう。ネコの王宮を接収する。その上で――」


 ボルボン家の戦務幕僚が集まるなか、今後の方針をフェリペは示した。


「――離宮へと向かい、これを殲滅する。キツネとやり合うよりは遙かに楽だろうからね」


 夫フェリペの見せたやる気にジャンヌが楽しげな笑みを浮かべた。


「そうね。どうもあのキツネとのあれやこれやを経験してしまうとね」

「まったく持って肩透かしですな。歯ごたえがなさ過ぎる」


 ジャンヌとダヴーがそう所見を述べ、その場にいた者達が首肯を繰り返した。キツネの連中が見せた頑強な抵抗と意地の発露は、全てのイヌにとってやりがいを感じさせるようなものだったのだ。


 ――――楽勝だな……

 ――――通過するだけだ……


 そんな事を思ったフェリペ。ジャンヌやダヴーも同じくそう思った。それ故か、どうも隊の規律が緩み始め、騎兵たちの間には槍にカバーを付けて背負ってしまう者まで現れ始めた。


 誰もそれに危機感を覚えなかったし、むしろ緊張しているのが馬鹿馬鹿しくなるような状態だった。ただ、そんな弛んだ空気がパッと締まったのは、一行がシュバルツカッツェに入った時だった。


 ――――ん?


 フェリペが何かに気が付き、僅かな所作で妻ジャンヌを自らの後方へと押し下げた。ボルボン家の主人はジャンヌなのだから、それは当たり前の処置だし必要な措置だった。


 ただ、同じように無言でフェリペと並んだダヴーは、既に戦人の貌へと変わっていた。顎を引き三白眼で辺りを睨み付けるダヴー。その手には愛用する戦斧が握られていた。


 普通、騎兵と言えば槍と決まっているものだが、このダヴーは柄の長い戦斧を愛用していた。胸甲や甲冑をたたき割り、確実に屠る為の武器だ。


「ディセント……」

「……あぁ」


 さらに前に出たダヴーは、街の中をグルリと睨め回して何かを探した。戦斧を握る右手にグッと力が入った状態だ。棍棒のように太い腕がグッと盛り上がり、今にも斧を投擲しそうな状態だ。


 殺意


 そう。街の中全体に猛烈な殺意がある。殺意で無ければ敵意だ。そしてそれは、兵士たる者ならば感じ取れなければならないもの。自らに向けられた敵意や悪意を敏感に感じ取り対処する。


 それを見て取ったからこそ、ダヴーはボルボン家の主人達より前に出て、楯にならんとしていた。


「ダヴー。構わん。止まれ」


 フェリペは覚悟を決めてそう言った。

 全身の毛穴が開くような、ヒリヒリとした空気が蟠っていた。


「しっ! しかし! ディセント!」


 底なしの度胸と根性を見せるダヴーも声が震えた。

 魔力を感じ取れる者ならば誰でも解る超特大の悪意がそこにあるのだ。


 慌てるなと言う方が無理な相談だろうし、むしろ慌てない者など居やしない。

 それは、人の持つ純粋な敵意としての感情を集めて煮詰めたような感触だった。


「……よい。止まれ」


 フェリペの声はあくまで冷静で沈着だった。それを信じたダヴーは右手を挙げて行軍中の騎兵全てを停止させ、一行は街の中心部で歩みを止めた。通りの左右には様々な商店が軒を連ねているようにも見える。


 王宮しか無いと言われる街だが、それでも経済活動の拠点となる店舗などはあるらしい。ある意味で観光産業などが街の基幹産業だったのかも知れない。そんな街の中にあって、全くの無人を感じさせる現状は、それ自体が恐怖を励起する。


「ダヴー。今から一騎駆けを行う。射点を探し銃撃せよ」


 一騎駆け。それはある意味でただの自殺行為だ。弓を構える者だけでなく、騎兵や歩兵の前を単騎で駆け抜ける囮行為。ただ、それに釣られて攻め手が一斉に顔を出すのだから、こんなシーンにはもってこいだ。


「ディセント! 馬鹿を言いなさんな! 貴方は!」


 咄嗟にフェリペを止めようとしたダヴー。

 だが、その声を聞いてなお、フェリペは銃を抜き装填しながら言った。


「私はルイ! アントワーヌの正当な主にしてラ・ソレイユの地を護るものだ!」


 空に向かって空砲を放ったフェリペ。乾いた銃声が街中に響くと同時、もう一発を装填したフェリペはさらに大きな声で叫んだ。


「ル・ガルを五公爵が一つ。ボルボン家を支え護るためにこの世に使わされた神の使徒である! この身に邪な輩の矢玉など当たるものか! 腰抜けなネコの矢など全て外れるさ! イザッ!」


 フェリペの跨っていた馬が前足を高らかに上げ、雄叫びを轟かせた。人馬一体となったその馬は、大地を蹴って一気に加速していった。リズミカルな蹄の音がシュバルツカッツェの石畳に響き渡った。


「いざ参れ! ネコの益荒男! この身に矢を立ててみよ!」


 背にしていたマントがなびくほどの速度で駆けたフェリペ。

 その後姿をジャンヌはウットリとした表情で見つめるのだった。


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