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快進撃のルイ・ディセント

~承前






 ネコの国には都が3ヶ所あると言われている。


 一つは政治的な都である白の都、ヴァイスカッツェ。

 もう一つは経済的な都である金色の都。ゴルデンカッツェ。

 そして、女王が住まうとされる黒の都。シュバルツカッツェ。


 それぞれがそれぞれに都のしての機能を持っていて、どこか一つが焼き払われてもすぐに他の都がそれを支援し復旧を手助けする仕組みになっているのだとか。


 そもそもに環境が厳しく、また、ネコの生存環境自体も厳しく、そんな中で滅びないよう考え抜かれた相互補完システムは、過去幾度もネコの危機を救っていた。どこか一つが焼き払われたとて、ネコの国は再起できる仕組みになっていたのだ。


「じゃ、頼んだよダヴー」


 フェリペは腹心の部下と言うべきダヴーにそう声をかけた。ブリテンシュリンゲンの戦闘から2日。ネコの国を進軍するボルボン家率いるル・ガル国軍の軍団は快進撃を続けていた。


 一行はすでに経済の都と呼ぶべきゴルデンカッツェへの街道を進んでいる。いくら困窮するネコの国とは言え、その街道には様々な物資を積んだ馬車が行き交っているのだ。そして、その御者や商人達は、ブリテンシュリンゲンの戦闘など感知してない風だった。


「畏まりましてございます。どうかディセントもお気をつけて」


 いつの間にかボルボン家の中ではフェリペのことをディセントと呼ぶようになっていた。ボルボン家に残る古い言葉で17を意味するそれは、フェリペの名であるルイと共にアントワーヌの17代目を意味する言葉になっていた。


 ルイ・アントワーヌ17世


 古い歴史と格式を現代に伝えるボルボン家にあって、〇〇世を名乗れるのは、実は非常に貴重な存在でもある。ルイ自体はボルボン家当主では無く、本来はジャンヌの名を継いだマリーこそがボルボン28世となる筈。


 だが、ルイは正統なアントワーヌの主であり、もっと言えばラ・ソレイユを名乗れる存在だ。この太陽が照らす地の全てがボルボン家の所領。まだまだ世界が小さかった時代に僭称した称号ではあるが、現代においてその解釈はル・ガルを指し示す物に変わっていた。


「あぁ。妻を頼んだよ」


 フェリペはクルリと馬を返して走り始めた。その後ろ姿をジャンヌとダヴーが見ていた。大陸の隅っこに吹く風は大陸中央からやってくる乾いた物だった。


「さて、じゃぁこっちも動き出しましょう? なんせ2カ所同時なんですからね」


 ゴルデンカッツェまで残り5リーグ。この距離まで来れば、後は派手に戦闘するだけだ。ただ、本来は戦では無く政治的交渉に向かっているのであって、戦闘は出来る限り避けねばならない……


「ディセントはかのアンリ王の生まれ変わりですよ。太陽王代理を名乗ったとて何ら不思議ではないお方。何の心配もいりません。それより」


 ダヴーの言葉には盤石の信頼が溢れていた。ボルボン兵の主力を妻と腹心の部下に預け、自身はアッバース家から預かったアンタル一派を主兵としたフェリペ。その一団は街道を取って返し、政治の都であるヴァイスカッツェを目指していた。


 ――――ニコラ卿!


 遠くから走ってきた軽装騎兵の一団があった。威力偵察によって敵情を測り、その傾向と対策を検討する一団だ。彼らは実際に軽い戦闘を行い、それによって敵の実力を確かめるのが任務。


「おぉ! どうだ!」


 ダブーが数歩前に出て報告を聞く姿勢になった。

 そこへ走りこんできた軽装騎兵は馬から降りずに報告した。


「ゴルデンカッツェ駐屯のネコ騎兵ら。街に手を出さぬことを条件に後方へ後退するとの事です。戦闘を回避したいと願い出てきました」


 ……はぁ?


 まるで毒気を抜かれたような表情のダヴー。

 だが、ジャンヌはニコリと笑って言った。


「結構ね。あの街にはル・ガルからの食料などが集積されているのでしょう? ならばそれらが焼かれないようにするのが上策。なかなかいい決断だわ」


 こくこくと首肯しつつ周りを見たジャンヌ。

 その姿には油断の色など微塵もなかった。


「このまま街へ行きましょう。私が直接交渉します。街の主だった者を集め、降伏の条件について相談・・・・いや、商談しましょう。彼らはそっちの方が得意でしょうからね」


 ジャンヌはそんな方針を示した。その横で詳細な報告を聞いているダヴーは、王府へと上げる報告書の為のデータを集計していた。


 軽装騎兵の勘定によれば、街を守るネコの国軍総数はおよそ2万。ただし、まともな騎兵は5千足らずで、残りは市民兵を主力とするものらしい。


「……なるほど。彼らは他人の為に死ぬなどまっぴらという事ですな」


 そう。およそネコの特性として、この問題がどうしても付きまとう。自分以外の誰かの為に自分が犠牲になるなどネコにはあり得ない話だ。そこに名誉や金が絡むならともかく、街と国家と名前も知らない赤の他人の為に戦って死ぬなど絶対にありえない。


 100歩どころか100万歩譲ってそれをするにしたって、自分の妻子や家族の為と言うのが精々で、国家に忠誠を誓った勇猛果敢かつ統制の取れた戦闘を行うネコの男など、ネコの国では貴重な存在なのだった。


「さて、どんな話が飛び出すかしらね」


 ジャンヌは馬の腹を蹴って前進を再開した。それを見て取ったダヴーはゴルデンカッツェ侵攻軍に前進を指示した。およそ2万に及ぶボルボン騎兵が動き出し、それを確認したダヴーは思った。


 ――――腰抜けの集まりめ……


 と。






 ――――――およそ5時間後


 ゴルデンカッツェへと延びる街道から枝分かれした道を駆ける事およそ5時間。

 5リーグを走り切ったあたりでフェリペは一団の運動を止めた。


「アンタル卿…… 自分の目の錯覚かもしれないが…… あれは何色に見える?」


 ヴァイスカッツェまで残り2リーグ。赤茶けた荒れ地と呼ぶべき平原に忽然と現れるネコの国の都は、後背地となる丘陵地帯に降ったわずかな雨が湧き出すオアシスに抱かれた街だった。


「私には白に見えますね」

「実は私もなんだ。どうやら見間違えじゃないようだな」


 ヴァイスカッツェの中央にあるのは、5階建て相当に見える大きな建物だ。それはネコの国の行政府にして、様々な官僚機構が集まって国政を担う重要な政治施設だった。


 ただ、そんな施設の尖塔てっぺんには、巨大な白旗が風に揺れなびいていた。およそこの世界でも降伏の意を示す旗は白と決まっている。遠い遠い昔からの伝統だそうで、敵対する国家や組織の色に染めてよいという意味だった。


「……彼らは決戦に及ぶつもりなど無いのか?」


 首をかしげるフェリペは、顎をさすりながらネコの悪だくみを思案した。油断させておいて一斉に反撃。或いは、街の中央に引き込み、距離が取れない状態で建物の上から弓による一斉攻撃。


 銃の威力を知っているだけに、その対策を徹底的に考えている可能性がある。だが、仮にそうだとしても王の命令は絶対だ。危険を踏み越え街を平定せねばならないのだから、行かないという選択肢はない。


「アンタル卿。手前が先頭に立って前進する。全員に装填を命じ、集中射撃が出来るように準備してほしい。注意を要す」


 公爵家を預かる者の義務として、フェリペは危険を踏み越えていく気合と度胸を示した。何より『部下だけに危険なことをやらせない』と言う、人の上に立つ者の重要な責務を示したのだ。


「……さすが公爵様。さすれば手前は……その露払いを務めましょうぞ」


 アンタルとはアッバースに残る古い古い砂漠の言葉で、勇猛果敢を意味するのだとフェリペは聞いていた。まだ神代の時代、砂漠に暮らした者たちは、勇気を示すことで大人への仲間入りを果たすのだという。


 獅子に戦いを挑むものや、大滝に飛び込む者など、様々な形で己の勇気を示した者たちがいた。そんな中で最も勇気ある行動を示した者のみに贈られる称号。それこそがアンタルだったという。


「さすがだ」


 多くを語らず、ただ一言のみで称賛したフェリペ。だが、その一言は百万の言葉を圧縮したものだという事を皆が知っていた。だが……


「ディセント! 使者だ!」


 隊の見張りが声を上げたとき、フェリペとアンタルは弾かれたように前方を見て驚いていた。真っ白な体毛を持つ大柄のネコが大きな白旗を長い棒に縛り付け、馬に乗ってやってきたのだった。


「イヌの国の公家の方とお見受けする。手前は女王ヒルダ陛下よりこの街を預かりますジャック・ウリュールと申します」


 馬を降りたそのネコは、古い貴族のしきたりと礼儀作法に従い、右手を胸に当てて頭を下げた。ただ、ウリュールと名乗った以上はネコの国でも相当の名家なのは間違いない。


「手前はボルボン家を預かるマリー・ジャンヌ・ボルボンの夫であり、アントワーヌを預かります――」


 同じように頭を下げていたフェリペは、顔を上げてニコリと笑いながら言った。


「――ルイ17世です」



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