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ル・ガル帝國興亡記 ~ 征服王リュカオンの物語  作者: 陸奥守
大侵攻~征服王リュカオンの誕生
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邪念の正体

~承前






 それは、今まで聞いた事の無い種類の声だった……


「全員息を止めて!」


 魔力の籠もったリリスの金切り声が響き、生ける者達は一斉に鼻と口を押さえて息を止めた。その紫の煙を吸い込んではいけないと、理屈では無く直感として全員がそう思ったのだ。


 フワフワと漂う煙は複雑な形状に変化しながら、次にとりつく相手を探すように虚空を漂っていた。偶然の積み重なった成り行き任せの動きにも見えるが、何かしらの意志が介在する様にも見える動きだった。


 ――逃げるのか?


 その動きを見ていたカリオンは、理屈では無く直感でそう思った。

 ただ、何かしらのアクションを起こして逃がすまいと思った時に、既にリリスが動き始めていた。


「逃がすもんですか!」


 薄暗い地下宮殿の中がパッと光った。リリスの術が巨大な空洞の中で弾けたようだ。まるで埃を閉じ込める風の様に空気が渦を描き、あっという間に紫色の煙が一所に集められた。


 それでもなお出口を探すようにウネウネと動く煙の塊は、やがてボンヤリとした人の姿を取り始めた。7本の太い尻尾が目立つあのキツネの……圭聖院の姿が出来上がりつつあった。


「あぬしのような小娘に……良い様にやられるとは……」


 悔しさを噛み殺した様な声が響き、一瞬その煙の姿が崩れかけた。

 どこか別の次元にいる圭聖院の力が乱れたのかも知れない。


「……だが、もう止められぬぞえ。獅子の国はもう持たぬ。あの国は王権の簒奪が完了した。バカな男が王になり妾の思うがままじゃ」


 悔しさが抜けきり、勝ち誇るような圭聖院の声が響いた。

 そして、同時に嘲笑う様な笑い声が地下に響いた


「お前達は決して許さぬ。妾に傷を付けた罪は死を持って贖え。お前達の王国は枯れ草のように焼かれ果てるのだ。イヒヒヒヒヒ……」


「ふざけんじゃ無いわよ!」


 リリスがグッと力を込めて煙を握り潰すようなジェスチャーを見せた。だが、その煙はスーッと消えていき、まるで地下の闇に溶けて消えるように無くなった。


 それを見ていたカリオンは、グッと奥歯を噛みしめた。だが……


「やっぱり無理だった……」


 果てしない悔しさを感じさせるリリスのその言葉は、カリオンの心に不思議な波風を立てていた。己の至らなさから来る極上の窮地がそこに迫っている。それを実感し、その対処の為の算段が頭の中をグルグルと駆け回っていた。


「なに…… そうはさせぬさ……」


 リリスをギュッと抱き締めたカリオンは、静かに振り返ってキャリを見た。自らの母ならぬ存在を愛おしそうに抱き締めている父親の姿を見て、キャリも何か心に不思議な葛藤を感じていた。


「どうするの?」


 リリスは不安そうな声でそう尋ねた。

 自分の力があのキツネに及ばなかった事で、カリオンが窮地に立ったと思った。


 だが、カリオンにしてみれば、こんなモノは窮地の内にすら入らない。

 クーデターで放浪したことに比べればどうという事は無いのだ。


「簡単さ」


 カリオンはキャリを手招きし、同時に全員を近くに集めた。

 サンドラとララ。そしてウォークとジョニーがカリオンの近くに集まった。


「キャリ。予定通りお前に王位を譲る。この秋に日蝕がある筈だ。そこで即位の儀を行う。その前にトラとネコを完全な支配下に置く。初夏から晩夏に掛けての暑い時期だが、雨は少ないので銃兵が役に立つだろう」


 ニヤリと笑ってウォークを見たカリオン。

 その眼差しは『準備万端に整えろ』を意味するのは言うまでも無い。


「畏まりました。参謀本部と相談してすぐに作戦を起草します」


 楽しげな声音でそう言ったウォーク。

 それに続きジョニーが不満そうな声で言った。


「俺はどうすれば良い?」


 今のジョニーはただの無頼でしか無い。背負うべき家名は無く、名乗る肩書きも無い。そもそも、国軍の中にすら居場所が無く、単にカリオン王の差配でくっついて歩いてるだけの状態だ。


 それこそ、あのドリーが嫉妬心を燃え上がらせる一番の原因とも言える。しかしながら、当のジョニーはそんな事など一切気にしてる部分などない。己が剣を捧げる相手はただ1人であって、それ以外の事などどうでも良いのだった。


「ジョニー君にはいつだったか魔玉をあげたよね?」


 カリオンが何かを言う前にリリスが切り出した。思わず『魔玉?』と語尾上げ口調で聞き返したが、直後に『あぁ』と言いつつガラス玉のようなモノを懐から取りだした。


「これか?」


 まるでガラスのように透き通った丸い玉は、仄かに赤みがかった様な色をしている。それはまるで血の混ざった水が凍った氷のようであり、或いは遠く地平に沈む太陽のようでもあった。


「そう。それには私の魔力を込めてあるから。今回みたいなケースの時にそれを使って真贋を見極めて。もし私に何かあってこの世を去っても、その魔力が必ず残るからエディの為に使ってね」


 驚いた様な顔でリリスを見たジョニー。だが、当のリリスは暗闇へ手を伸ばし、グッと魔力を注いでから何かを引き寄せた。その手に合ったのは驚く程に細身な漆黒の外套だった。


 まるで針金のように細いリリスの身体にその套が被さると、まるで始めからその姿であったかのようにピッタリと身体のラインを出してフィットした。その状態で顔の全てを隠すような面帯付きの笠を被り、上等な光沢のブーツを履いていた。


「私もエディと一緒に行くから惑わされることは無い。けど、何処かできっともう一度力比べするだろうし、真面目にやったら負けるだろうからね。まぁ、無様に負けることは無いと思うけど、用心用心」


 アハハ……と笑ったリリス。その笑い声が闇に溶けこむ頃、底なしの闇の中からヌッと姿を現したのはリベラとウィルだった。驚く程に細い身体を音も無く動かしているリベラは、年齢的に全盛期の姿その物だった。


「アッしも同行させて頂きやすぜ。陛下。こんどこそ仲間の仇を取らなきゃならねぇんでござんす」


 ペコリと頭を下げたリベラ。カリオンは黙って『うむ』と首肯したのだが、それに続きウィルも渋い声音で言った。同じように細身の姿をしているが、リベラとは違って何処か女性的な丸みを帯びた姿だった。


「私もあの七尾とは因縁がありますので、同じく同行いたします。差し違えてでも封じねばならぬ存在です故」


 右では無く左の手に拳を作り、その拳を胸の前で右手の掌に当てた姿のウィル。

 それは己の全てを用い、全身全霊を持って事に当たる事を誓う仕草だ。


 太古より連綿と続く知識と知恵とを現代に繋ぐキツネのマダラも、今は作り物の身体に入った木偶だった。


「余はやはり果報者よ。これだけの者が余を助けてくれる」


 満足げにそう言ったカリオン。

 その腕の中にいたリリスは、スッと歩み出て闇の中へ手を伸ばして手招きした。


「じゃぁ、そろそろ良いかしらね」


 何が起きるのか?と不思議がっていた面々は、闇の中からボロボロの布を見に纏った泥人形を見た。身体の形を構成する泥の体躯は乾ききり、ボロボロと細かい砂に戻りつつあった。


「もしや……」


 その正体に気付いたカリオンがボソリと言った。

 リリスは一切悪びれる様子無く『そうよ』とだけ応えた。


「そろそろ死にたいですか? シャイラ叔母様」


 その言葉にララが目を剥くようにして驚いた。

 勿論、ジョニーやウォークもだ。


「ウ…… ウゥ…………」


 うめき声だけを上げ、シャイラは乾いた泥状の身体を崩しながらリリスの前に跪いた。もう殺してくれ……と、そう懇願する様に見えるのだが……


「ねぇエディ…… どうしたら良いと思う?」


 100万回殺しても飽き足らぬほどに怨みをぶつけてきたリリスだが、最近はそれにも飽きたのかも知れない。湿った泥はやがて乾き、乾燥しきれば自然に砂へと戻るのだろう。


 だが、そんな泥の身体にこびりついているボロボロの布にカビの様な模様があるのを見れば、それ自体がリリスによって仕組まれた呪いだと解る。その泥の身体に水分を取り戻すような仕掛けが寝床にあるのだろう……


「……リリスの好きにして良いさ。ただし、同行させることだけは勘弁してくれ。かび臭くて鼻が痛い」


 イヌの鼻ならばカビの胞子の臭いを嗅ぎ分けることなど容易いのだ。

 今のシャイラからは鼻も曲がるようなかび臭さが撒き散らされていた。


「……うん。解った。考えとく」


 およそ辛さだけを優先するような非道の拷問は、男よりも女の考えるそれの方がより極悪非道なのだという。そんな責め苦を延々と繰り返されているシャイラは、もう既にまともな精神状態では無いのかも知れない。だが、それでもリリスは徹底したサディストの面を表に出して、シャイラを見ているのだった……


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