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ル・ガル帝國興亡記 ~ 征服王リュカオンの物語  作者: 陸奥守
大侵攻~征服王リュカオンの誕生
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違和感

~承前






 ぼんやりと痛い頭を振って目を覚ましたカリオンは、最初自分がどこにいるのかを把握できなかった。前夜は深夜遅くまでウォークと話をしていたはずだ。ウォークの運んできたワインを結局全部飲んでしまい、執務室の椅子の上で力尽きるように眠ったはず。


 ――ん?


 しばらく考えて、そこが自分の寝台の上だと気が付き、今度は薄ボケた眼差しで天井を見上げていた。何が起きたのかはわからないが、あらかたウォークの差配であろうと思っていた……


「あ、起きた?」


 不意にそんな声が聞こえ、カリオンはノソリと起き上がった。声の主はサンドラで、ちょうど水差しをもって寝室に入ってきたタイミングだった。既に太陽は高く昇っていて、そろそろ昼下がりの頃だった。


「昨日の夜は夢の中でずっとリリスと待ってたんだけど、結局そのまま寝ちゃったのね。リリスも心配してたよ。疲れてるって」


 明るい声でサンドラはそう言うのだが、その裏側にある物に気が付かないほどカリオンだって呆けてはいない。何かを隠しているか、言いにくい事を言うタイミングを計っている……


「……やはり気になるか?」


 カリオンは普段よりも低い声でそう言った。明るく振る舞ってはいるが、サンドラが危惧していることは解っている。仮初めの夫婦だった筈のふたりも、今は心を通わす本物の夫婦になっていた。


「今度は……本当に大きな戦になるのね……」


 水差しから一杯注いだ水を飲み、カリオンはフゥと一息吐いた。その息にはカリオンの懊悩が詰まっていて、答えの出ない問題を延々と考え続けた苦労が滲んでいるのだった。


「また…… そう。まただ……」


 頭をボリボリと掻きながらカリオンは鈍く唸った。

 何を悩んでいるのかはサンドラだってすぐにわかる。


「今までもそうだったけど…… これからはもっと…… 大変な事に成るのよね」


 サンドラが危惧しているモノの正体。それは、戦の犠牲者だ。これまでに経験した戦など、これから起きる戦に比べればお遊びだ。悲痛な声音で『あぁ』と応えたカリオンは、空になった湯飲みを抱えたまま再び寝台へと寝転がって、グルグルと思考を巡らせていた。


「正直に言えば…… どれ程死ぬのか…… いや、敵も味方も殺してしまうのか、まったく見当が付かないのだ。だが、やらねばならぬ…… やらなければ…… やられてしまうのだ……」


 獅子の国自体も限界を迎えていて、膨張政策でしか国をまとめる方法が無いのだろう。だが、だからと言ってハイそうですかと国土を明け渡す理由など無いし、その走狗となっている連中には鉄槌を下すしか無い。


 逆に言えば、このガルディアを統一し、周辺国家全てを併呑し、その土地をル・ガル貴族に分け与えて統治させる事によって、ル・ガルの懸案事項を一気に解決出来るだけで無く、獅子の国との最終決戦に備えられる。


 要するに、バッファーゾーンを構築するのだ。ヒトの世界だってそうだったように、覇権を争う一等国は二等国以下を己の意向で振り回しながら世界を牛耳った。良いか悪いかと問われた所で、明瞭な回答など無い問題だった。


「憎しみと悲しみの連鎖は断ち切れないのよね…… 結局」


 他国を使って安全の為の緩衝帯を作る。それでしか直接対決の被害を防ぐことなど出来ない。緩衝帯となった国家や地域は本当に悲惨な事に成るが、それを防ぐ手立ては無いし、それが嫌なら周辺国家を併呑する覇権国になるしかない。


 つまり、常に覇権国として周辺を飲み込みながら顎で使う状態。その為に、血反吐を吐きながら終わりなきマラソンを走り続ける、世界のトップランナーでなければならない。市民や社会に極端な負担が掛かるのを承知でそれを成し遂げるのだ。


 時には社会や政治や支配体制そのものを変化させてでも走り続けることになる。ある国ではドラスティックな社会の変化を革命と表現し、別の国ではそれを維新と呼んで全ての市民を巻き込んだ。


 そして時には、もはやどうしようも無いと悟った民衆が新天地を目指し、新たな国を作る事で解決しようともした。そのどれもが、夥しい血の犠牲を払うだけでなく、人道上とても許されない自己犠牲の物語を生み出した。もっとも、それに見合った結果を得られたかどうかは解らないのだが……


「その連鎖を断ち切る為には……」


 カリオンはむくりと起きあがって寝室の片隅にある地図の前に立った。

 何とも不格好な書き込みだが、この世界を俯瞰的に書かれた世界地図だ。


 大国同士が争えば、それはもう夥しい犠牲を産むのが目に見えている。ならばどうするかと言えば、傀儡となった小国にそれを押し付け、代理戦争を行わせる事で犠牲を回避する。


 代理戦争を引き受ける国は悲惨な事に成るが、それはもう自分を怨むしか無いだろう。負ければ誰かの養分だ。そうならないように、自己変革し、常に変わり続ける。そうで無ければ、弱者は弱者の戦略を徹底するしか無い。


 つまり、強国にとって必要な小国であり続ける作戦だ。すなわち、ダーウィンの進化論は国家や社会制度にも当てはまる。強い者とて時には呆気なく亡びる。本当に生き残るものはすなわち、変化出来るものと変化に対応出来るものだ。


 そしてそれはル・ガルにも当てはまるし、それが求められている。太陽王にそれが突き付けられているのだ。飲み込み難い困難を前に、王はそれを飲み干すことが求められていた。


「勝ちきるしか無い」


 古来より連綿と受け継がれてきた厳然たる事実。

 どれほど泣き言を並べようと、突き詰めればこれしか無い。


「最後はそれなのね」


 サンドラも承知していると言わんばかりにそう相槌を打った。如何なる世界でもこれだけは共通している事だった。負けには一切価値など無いし、2位に何の意味もない。


 2位は負けの一番であって、1位意外に価値ある存在などありはしない。それをひっくり返す理論など要するに負け組の泣き落としであって、1位が認め得なければ成立しない相手任せの事なのだ。


「まぁ…… 仕方が無い。幸いにしてル・ガルは豊かで強靱だ。これを好機として獅子の国をへし折り、自らの居場所を自らの手で勝ち取ろうって事だ。そして、その為には……」


 カリオンは寝室の片隅においてあった小さな鈴を鳴らした。程なくして殿居の近習が姿を現したので『キャリとララを呼んでくれ』と指示を出した。勝てるかどうかを論議している暇は無い。勝つ為に必要な準備をするだけなのだ。だが。


「ちょっと待って」


 サンドラは急に声音を変えてカリオンを止めた。不思議そうに『なんだ?』とサンドラを見たカリオンだが、そのサンドラは宿直の近習をを部屋から出して、カリオンの近くにやってきた。


「エルムとタリカの件はいつでもできる。けど……」


 わずかに首をかしげながら『けど?』と問うたカリオン。

 サンドラはそんなカリオンを見上げながら言った。


「……今夜、もう一度リリスと話して」


 サンドラの口からリリスの名前が出た。

 そこに違和感を感じたカリオンは、厳しい表情になっていた。


「サンドラ……」


 カリオンの手がサンドラの頬に触れられた。

 その手に自分の手を重ねたサンドラは、まっすぐにカリオンを見ながら言った。


「……変よ。ここしばらく、どこか……変なのよ」


 サンドラが感じていたカリオンの違和感。なにがどう……と表現しようのない事だが、常に接しているサンドラには解るのかもしれないし、男とは違う生き物であるからこそ、気が付くことだってあるのかもしれない。


 だが、サンドラの心配する言葉は、カリオンの胸を違う形で叩いた。みるみるうちにその表情が険しくなり、サンドラの頬にやさしく添えられていた手は、ガッとその華奢な顎を捉えた。


「そなた…… 余を謀っておらんだろうな?」


 カリオンの脳裏に浮かんだのは、あのキツネの七尾だ。人の心に影響を及ぼすという術を使っているのかもしれないし、或いは化けているのかもしれない。事実、あのキョウの郊外ではハクトに化けていたのだ。


「待って! 待って…… だからリリスに話をして。なんなら夢の中じゃなくて」


 サンドラは必死になってそう言った。カリオンに脅えることなく言っただけでなく、夢の中に現れるリリスではなく本人に直接会えと言ったのだ。


「……そうか。俺にはサンドラが少し変質しているように感じていたのだが……」


 カリオンも実は微妙な違和感を覚えていた。ただ、当人が気が付かぬうちに、いつの間にかサンドラにも完全に心を開いていた。だからこそ違和感を覚えた部分があるし、その言葉を丸呑みすることができた。


「すまん。少し神経質になっていたようだ」


 目を伏せて己を恥じたカリオン。

 だが、そんなカリオンにサンドラが言った。


「リリスとも話をしたんだけど…… なんかここしばらく、あなたは事を急ぎすぎているように思うの。今まではもっと慎重に対処してたはずなのに、エルムを王にしてしまおうって急ぎすぎている……」


 サンドラの心配ももっともだとカリオンは感じた。そして、いつの間にかその既定路線をサクサク進めることに違和感を覚えなくなっていた自分を恥じた、


「そうだな。今夜…… リリスのところへ行こう」


 カリオンはそう決断した。城の地下にある死者の宮殿は、カリオン以外だと中々入れないところだった。そして、そこに住まう女王は、あのキツネにすら対抗出来る存在になっているはずだった……



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