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ル・ガル帝國興亡記 ~ 征服王リュカオンの物語  作者: 陸奥守
大侵攻~征服王リュカオンの誕生
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喪われていた記憶

~承前






 ドリーが嫉妬に狂った日の夜、カリオンは公爵五家の当主達全員をディナーに誘った。と言っても、太陽王がホストとなった公式なイベントにしてしまうとアレコレ大変なのは自明の理。それはカリオン自身も望まない事だ。


 故にその重責は城下の店が被ることになる。そしてこの場合、その白羽の矢が立つのは、馴染みの店になるのも仕方が無い事だった。


「唐突にすまんな。余の我が儘を赦せ」


 他ならぬ太陽王がそう言って頭を下げてきたのだ。岩の滴亭を主宰するオーナーは苦笑いしつつ、奥の別室へと案内した。ただ、その時点では太陽王だけだと思っていたオーナーも、後から後から公爵家の当主がやって来た時点で目の色を変えざるを得なかった。


 王都城下町に老舗や名声を轟かす店は数有れど、太陽王と公爵五家が揃って会食をした店など過去に一軒も無い。そんな中でこの岩の滴亭が、その先鞭を付ける栄誉を担ったのだ。


「陛下もお人が悪いですな。事前に言って頂ければ最高の品をご用意いたしましたのに……」


 そんなオーナーの言葉を額面通りに受け取るようでは、王どころか公爵家の当主すら務まるまい。岩の雫亭のオーナーは、もし事前に知っていればそれとなく城下のマスコミなどを集めていたはずだ。


 太陽王本人だけで無く、それを支える公爵家の当主が勢揃いした事を喧伝出来る最高の舞台。そんなレアシーンを商いに目聡いオーナーが見逃すはずも無い。


「すまんすまん。まぁ今宵は……ごく私的な歓談だ」


 カリオンはそんな事を言うのだが、店の奥の間に揃った公爵家の面々は、眼光鋭くオーナーを見ていた。我等が王に厄介事を振りかけようものなら、今すぐ愛刀の錆びにしてくれる……と、言外に圧力を掛ける状態だった。


「良いのだ。余がまだ紅顔の学生だった頃からの付き合いなのだ。この店の店主は余の食欲を随分と満たしてくれたよ。そうだよなジョニー」


 早速用意されたワインなど舐めつつ、カリオンは上機嫌でそう言った。本来ならば公爵家の中で上座争いに参戦してた筈のジョニーは、なぜかそんな事に頓着せず普通な様子でカリオンの隣に座っていた。


「そりゃおめぇ、親父さんの……ゼル様の頃からの常連ならあたりめぇだろうが」


 同じようにワインを舐めているジョニーは、べらんめぇな口調でそう言った。威厳ある太陽王な筈の男も、この時はただの男に帰っている。そして、古い友人と遠慮のない会話をして憂さ晴らしタイムに入っていた。


 ……そうか


 この僅かな所作でドリーは知った。王も1人の人間なのだ……と。その心には不安も葛藤もあるし、時にはこうやって肩の力を抜いて、純粋に笑える時間が必要なのだと。


「ところでドリーの伯父貴――」


 ポールは遠慮無くドリーをそう呼んだ。まだ15歳の少年でしか無いが、運命の悪戯が彼を若き公爵当主にしてしまったのだ。場数と経験を積みあげた果てに100を越えて公爵家を受け継いだドリーとは全く違う環境だった。


「……なんだ?」


 どう返答するべきか思案したドリーは、気易い調子で友人のように言葉を返す事にした。血統も年齢も経験した世界ですらも違うが、この場にいる公爵家の当主達は皆おなじ立場に居る。


 孤高の太陽王はすなわち孤独だ。そんな王を輔弼し支えるだけで無く、時には気易い会話に応じて王を助けるのが使命だ。それ故に、彼ら公爵家は見方を変えれば同志であり戦友であり仲間。


 もっと単純な表現をすれば、同じ悩みや厄介事を共有し、一緒に考える友人グループと言える。そんな場を今宵カリオンが作ったと言う事をドリーは恥じ入る気持ちで噛みしめていた。


 ――――王の慧眼よ……


 数々の困難を乗り越えてきたマダラの男が見せる思慮と配慮と実行力。改めてそれを思えば、ドリーはますます男が男に惚れる状態となっていた。


「なんでトラやネコやら……他の連中も俺達イヌに突っかかってくるんすかね?」


 ドリーの気易い言葉に油断したのか、ポールは遠慮のない任侠者の言葉を吐いていた。TPOに合わせて振る舞い方を変えるなんて芸当は、まだこの子には期待出来ないのかも知れない……


 逆に言えば、そんな年齢だというのにも拘わらず、ポールはレオン家一族の命運を握って決戦に及んだのだ。ジョニーを始めとするレオン家の面々がそれを助け、それだけで無く王までもが特別な配慮を見せた。


 聞けば、先のキツネやネコとの戦闘では、ジダーノフを預かるあの無表情で鉄面皮なボロージャことウラジミールも一肌脱いだらしい。つまりは、公爵家の中にあって期待を集めるルーキーなのだ。貸しを作っておいて損は無いのだ。


「おいおいポール! そういう時は真っ直ぐ聞くな! それとなく話を振って相手に勝手に話をさせるんだ! そうしねぇと借りを作んだろうが!」


 すかさず指導を入れたジョニーの言葉に公爵達がハッハッハ!と大笑いした。

 丁々発止のやり取りでは無く、若き当主を指導するように快活な笑いだった。


「ンな事言ったってわかんねーもんはわかんねーっすよ!」


 腕を組んでむくれた様子のポールだが、そんなポールを諫めるようにジャンヌがそっと言った。純白の体毛を丁寧に設えた美女だが、戦場では甲冑を纏い馬を駆って走るという女傑が……だ。


「今は解らなくても先々行って気が付くものよ? いま解らないなら丸呑みしておくと良いわね。意味が解った時には自然に出来る様になるから」


 フフフ……


 妖艶な笑みを浮かべたジャンヌの姿と声に『は…… はい……』と緊張して応えたポール。女の扱い方はまだ初心と見えたのか、今度は男達がワッハッハ!と笑っていた。


「まぁ、あらかたな話だがな。要するにこのル・ガルの団結が……イヌが疎ましいのだろうな」


 カリオンは静かな口調でそういった。水鳥の香草焼きと豚の蒸し焼きが運ばれてきて、店主自らその肉の塊を切り分けながら面々に配り始めた。エールの入った小さな樽が運び込まれ、ジョニーはその樽から全員にビールを配った。


「兄貴! そりゃあっしが!」


 椅子を蹴って立ち上がろうとしたポールだが、ジョニーはその頭をガツンとひっぱたいて再び椅子に座らせた。


「ばか野郎! おめぇがレオンの主だ! おめぇはドカッと構えて軽はずみに動くんじゃねぇ! そうしねぇとレオン一家が舐められんだろうが!」


 レオン一門式の若者教育に他家の当主が微笑ましいと表情を緩ませる。若者が育っていくのは楽しく、手を焼いて育てるのもまた楽しい。これ以上の遊びが他にあろうか……と、ボローじゃが笑っていた。だが……


「ん? どうしたアブドゥラ なにが浮かぬ顔だな」


 カリオンが気が付いたのは、アッバース一門を預かる若きスルタンの様子だ。

 砂漠に生きた高温乾燥地域の民は、怪訝な顔で太陽王を見ていた。


「恐れながら……陛下は我がイヌの辛苦をご存じないのか?」


 アブドゥラが真剣な表情でそう切り出したとき、その場に居た全員が真面目な顔でアッバースを預かる男を見ていた。嘘や騙りではなく、真剣な表情で現状を憂いているその姿にカリオンが表情を曇らせる。


「……すまんアブドゥラ。余はソナタの言いたいことを汲めぬようだ」


 カリオンは遠慮すること無くまっすぐにそう言った。

 その言葉を聞いたアブドゥラは『イヤイヤイヤイヤイヤイヤ……』と漏らした。


「まさかとは思いますが……王はル・ガル建国の経緯をご存じ無いのですか?」


 真剣な眼差しでそう言うアブドゥラは、少し悲しそうな表情でもあった。だが、それもある意味で仕方が無い事。ル・ガル建国の秘話はシュサの代で途切れているのだ。


 城の大書庫には一般公開不可とされた禁書の領域があるが、その奥には王本人と王から許可を得た者意外の閲覧禁止とされる機密領域が設置されている。その鍵となる物をシュサは息子の代に引き継がなかった。いや、引き継げなかった。


 戦闘中の不幸の事故により戦死したシュサは、第4代太陽王となったノダにそれを伝えることが出来なかった。そして、それを知らなかったノダはカリオンに引き継ぎを出来なかった。


 様々な国家や社会や世界で同じような話があるのだろう。一子相伝。或いは口伝でのみ引き継がれる最重要機密事項。無駄に古い歴史を持つ国家などでは、それらを総じて神器だとか、或いは聖遺物などと言って管理したりもする。


「……すまぬ。どうやら余はそれを引き継いでないらしい」


 賢明なカリオンだけに、その仕組みと因果と実体を即座に理解し得たのだろう。アブドゥラは一つ息を吐いてから言った。


「少々時間をいただけますか。我等砂漠の民は二十余の氏族から成る連合隊でありますが、それらが代々受け継いでいる聖典がございます。その最終章には、ル・ガル建国に至った経緯と来たれる国難とが暗号化して書き記されております……」


 アブドゥラの言葉を聞いたカリオンはゆっくりと首肯した。

 全て承知した……と、そう言わんばかりの顔になり、静かな口調で言った。


「ウォーク。大地の人を探せ。彼らならば知っている事もあろう。余はまだまだ学ばねばならぬらしい。次の世代の為に、より良い仕組みを構築する必要がある」


 大鍋を持った店主が現れ、パエリア状の食事をサーブし始めた。カリオンはサッと表情を変えて『おぉ! 待っていたぞ! 大好物だ!』と明るく言った。ただ、それはカリオンの無能さでは無く、気遣いだった。


 国民が王の僅かな所作で不安にならぬよう、常に機嫌良く鷹揚と振る舞わねばならぬし、何の心配もなく暮らせるようにしてやらねばならない。そんな姿を見せたカリオンの深謀遠慮は、この席にいた公爵家の当主達にしっかりと伝わった。


「さぁ食べよう! これからも頼むぞ!」


 カリオンは努めて明るく振る舞った。それこそが太陽王の義務で有り、また、地上にある者達を照らす行為その物なのだった。 


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