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ル・ガル帝國興亡記 ~ 征服王リュカオンの物語  作者: 陸奥守
大侵攻~征服王リュカオンの誕生
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男の嫉妬はかなりやばい

~承前






 西方草原地域での戦闘から3週間。ポール以下レオン家の面々は、ジョニーを筆頭に首魁が勢揃いし、北方展開していたボルボン家とジダーノフ家連合軍も王都に帰還している。勿論、重要な戦力となったアッバース家による銃砲歩兵隊もだ。


 だが、最後に帰還した東方地域の護りを受け持つ重要な軍団たるスペンサー家のドリーが帰ってきた事で、今度は王城の中が戦場になっていた。他ならぬ戦車の処女戦を西方でやった事に腹を立てていたのだ。


「陛下! これはどういう事ですか!!」


 今にも剣を抜きそうな勢いのドリーは、手で触れぬほどに熱くなったヤカンの如く沸き立ってカリオンの居室に飛び込んできた。そもそもの猛闘種はとにかく喧嘩っ早いのが特徴で、言葉の前に手が出る事も珍しくは無い。


 そんな猛闘種の長たるドリーは、感情を抑制する精一杯の理性を全身から掻き集めて剣を抜かずにいた程度でしか無い。それこそ、カリオンの返答如何ではすぐにでも抜刀しかねないし、容赦無く斬り掛かりかねない。


 ドリーだけで無くこの場にいる全員がカリオンの剣技を知っているのだから、百に一つも危険は無いと解っている。だが、病的なレベルで王への忠誠を誓っているドリーの場合には、常識では計り知れない事をしでかしかねない。


「今日という今日こそはお言葉を頂戴したくありますぞ! このル・ガルを支える鼎の軽重は陛下のお言葉一つに掛かっておりますれば手前は――」


 ドリーは王の目の前で剣の柄に手を掛けた。およそ猛闘種なる種族の特性は、ただひとえに全力である事が尊ばれる。事の成る成らぬは問題では無い。常に全力で当たる事が最も重要なのだ。


「――この戦う事しか知らぬ愚かな男は! ル・ガルを統べる王にとって! 太陽の地上代行者であられる太陽王にとって如何なる存在でありましょうや!」


 それは、間違い無く男が男に惚れている証拠だ。事と次第と状況に目を瞑れば、真っ直ぐに口説きに掛かっている言葉であり、逆の方向から見れば嫉妬の炎を燃え上がらせた男の逆上だ。


 ただし、どんな条件があろうとも、王の前で王に向かって王の事わりなく剣を抜くなどあり得ない事だし、剣の柄に手を掛けることですらあり得ない。ドリーの行いに対しジョニーまでもが一瞬言葉を失っていたが、ジダーノフを預かるボロージャだけは瞬間的に応戦体制に変わっていた。王の楯となって死ぬ事に何の躊躇いも見せなかったその姿は、ドリーとは違う形の忠誠の発露だった。


「待て待てドリー。何をそんなに怒っている。怒るほどの事でも無かろう」


 剥き出しの感情をぶつけられたカリオンは、あくまで優雅かつ穏やかな対応をドリーに見せた。こうなってしまっては熱く言い合ってしまうと逆効果だ。男女の痴話喧嘩みたいな物だが、双方男なのだから始末に悪いだけの話だった。


「我が王よ! これを怒らずして何時怒ると言うのですか!! だいたい我がスペンサー家の面々は、厳寒酷暑を問わず黙々と任務に当たっていると言うのに、何時も何時もレオン家の後塵を拝しているのですぞ!!」


 今にも泣き出しそうな顔になっているドリーは声を荒げて言った。それがドリーによる最大の気遣いである事など明白だった。本当は自分を蔑ろにしているのが気に食わないのだ。ジョニーには気を使っているが自分には何もしてくれない!と嫉妬して癇癪を起こしているのだ。

 

 それを理解し得ないカリオンではないからこそ、対応を一つ誤ればエラいことになるのは目に見えている。男女の間の嫉妬もそうだが、最後は刃物でブスリとやりかねないのだった。


「ドリー」


 穏やかな声でそう切り出したカリオンは、スッと右手を伸ばして肩に手を乗せるような仕草をした。ごく僅かな所作でしかないが、それでもドリーは主カリオンに抱き締められたような錯覚を得た。


「余は果報者よの。これほどに臣下の者から思われ、慕われているのだ」


 穏やかな声で静かに語りかけたカリオンは、柔らかな笑みを浮かべたままジッとドリーを見つめていた。ただ、その内心では二川白道のど真ん中を慎重に歩むが如き緊張と慎重さを噛み締めていた。


 ――ただ一言の間違いで壊れてしまう……


 まるで徹夜明けのようなテンションのドリー。そんな臣下に対し、あくまで鷹揚とした振る舞いを見せるカリオン。同席していたキャリはそのコントラストを不思議な顔で見ていた。


「それが解っていながら! なぜ! なぜ!!」


 相変わらず熱い調子で燃え上がっているドリー。

 もはやそのテンションはどうにもならないところまで来ていた。


「あぁ、解っているとも。余の臣下にあって武辺第一と言えばスペンサー家のドレイクであることは明白であろう? それこそ、始祖帝シュサの時代より、王の剣たる者の筆頭はスペンサー家の当主であった。そなたもそうであろう?」


 策を労せずまっすぐにドリーを誉めたカリオン。武辺者と言えば粗忽で無骨と相場が決まっているが、そんな中でもスペンサー家は公爵家にまで登り詰めていた。そんな家を預かるドリーなのだから、武辺の評価はむしろ褒め言葉だった。


「それとも何か? ル・ガルに留まらず、この大陸の果てまで武名を轟かすスペンサー家のドレイクともあろうものが、子供達のお遊びに毛が生えた程度の実験兵器を使えないからと言って、戦で遅れを取るのかね?」


 心血を注いで開発した戦車をして『子供達のお遊び』と表現されれば、正直キャリだって面白くない。だが、今はこのカンカンに沸き立っているドレイクをどうにかする方が優先だ。


 あくまで余裕を見せながら、実は慎重な瀬踏みをしている父カリオンを、キャリは尊敬の眼差しで見ていた。これが太陽王か……と、父の姿を眩しげに見ていた。


「そっ…… それは……」


 返答に言い澱んだドリーは、虚を突かれたようにポカンとした顔になった。

 カリオンの発する声に毒気を抜かれているようなものだった。


「余はこう思った。他ならぬスペンサー家のドレイクならば、少々の難敵であっても問題なかろう……とな。問題なく対処するだろうし、気を見て撃滅するであろう事など疑う余地もない。そうであろう?」


 パチンと両手を撃ち鳴らし、カリオンはドリーの気を鎮めつつあった。その手腕こそが太陽王にもっとも必要なものであり、言うならば王に必須の能力でもある。そして、カリオンはそれをキャリの前で実演しているのだ。


 ――――こうするんだ……


 無言のままにキャリを指導しているカリオンは、畳み掛けるのでは無く間を取る事で相手の内心に燃えさかる激情の炎を鎮火せんとしていた。言葉と態度とで相手を思うがままに操る。


 他人を使うと言う事はつまり、こうやって時には慰撫し抱き込む事も必要なのだし、命じておけば良いと言う物でも無い事をキャリは見て取った。そしてそれ以上に必要なのは、相手をよく見て観察して、なにより理解する事だ。


「そもそも、東方地域はスペンサーの一門が睨みを効かしているのでキツネは越境してこないし、小競り合い一つ起きてない。そんな所に戦車を持っていってどうするのだ? やっと収まったと言うのに、余の顔を潰すつもりか?」


 冗談がましくそう言ってのけたカリオン。椅子に深く腰掛けリラックスして居る姿を見れば、盛り上がっているドリーとてそれが冗談の類いであることなど嫌でも解る。


「西方地域は先のライオンなどとの戦闘で大きく疲弊している。そなたらスペンサー家も疲弊しているのはよく解るが、レオン家はもはや組織的抵抗を行い得ない所まで追い詰められていたのだ――」


 カリオンの目がドリーを見たあとでポールへと注がれた。

 まだ幼いと言って良いポールは、まだまだ身体が出来ていない華奢さを見せる。


「――故に余は息子キャリの見聞も兼ねてあれを送り出したのだ。結果として予想以上の結果を弾き出したが、見てみろ。ポールはもはや疲労困憊だ。体力と根性で乗り切れる大人では無いのだ。そんな所で覚醒者と戦ったのだからな。褒めてやらねば成るまいよ」


 ここでカリオンが切ったカードは、年長者故の配慮だった。ドリーと違ってポールはこれから経験を積んで成長せねばならない。だからこそ周りが指導し、間違いを指摘してやり、改善を教えねばならない。


「……解りました」


 ガクガクと震える拳を握りしめ、ドリーは不承不承に全てを飲み込んだ。

 ここでブザマに吼えてしまっては、年長者の沽券に関わるのだ。


「ですが!『解っているよドリー。その不本意さはよく解っている』


 ドリーの言葉を切ってカリオンが口を挟んだ。やや伏せ目気味になって表情を曇らせ『不遇の辛さを余はよく解っている』と、改めて辛そうにそう言った。


 ――――マダラだから……


 世間の者が放つ遠慮の無い言葉。その辛辣さは経験した者で無ければ解らない。

 カリオンは顎をさすりながら、ドリーをジッと見た。


「余はこんな姿故にな、どれ程努力しても正当な評価を得ることは難しかった。それ故にな、ビッグストンでは猛勉強に励み結果を出すことだけに集中した。実力で相手を黙らすことしか……他に手が無かった。それ故にな――」


 そんな言葉を吐いた時、カリオンの脳裏に何かがフッと浮かんだ。それは、現状のル・ガルが抱える諸問題を一気に解決する方策で有り、言い方を変えれば獅子の国との最終決戦に備える為の手段だった。


「――ドリー。そなたの不平不満を解消してやりたいが、まだまだ余の努力が足らぬようだ。余の至らなさを赦せ。余も……まだまだ修行中よ」


 力無く笑ったその姿を見れば、カリオンが背負っているものの重さや辛さを誰もが感じるのだった。何よりもドリーがその中身を感じ入り、己のしでかした癇癪の愚かさを感じ入った。


「申し訳ありません。王に剣を向け掛けた愚かさに恥じ入ります」


 どうやらドリーは落ち着いたらしい。少しだけホットしたカリオンだが、ここで対応を誤れば元の木阿弥になる。どうもスペンサー家の面々は、誰もがあのブルのような、精神障害的部分を持っているらしいのだから、上手く対処してやらねばならない。


 そんな事を思ったカリオンだが、同時に全てを解決する算段を実現せねばとも思い始めた。全てを丸く収める為の方策は、修羅の道を歩んできたカリオンをして更に酷い事になると覚悟を要する事だ。だが実際にはやるしか無い。


 骨が折れる思いだ……と内心で思ったカリオンは、それでも笑みを絶やさずにいるのだった。


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