ターンチェンジャーの登場
~承前
「ジョニーの兄貴! あれ! なんすか!」
暴れる覚醒者の脇を抜けやって来たポールは、大声でそう叫んだ。理解し得ない物を始めてみた時、人が見せる反応は様々だ。ただ、そんな中でも1つだけ共通する物がある。それはつまり、硬直すると言う事だ。
「知るか! ただ少なくともル・ガル側の代物だ!」
それは、人の背を越えるサイズの巨大な荷車だ。いや、荷車という表現も正しくない。荷車状の形態をした、鉄製の箱がそこに居た。そしてその鉄製の箱の上に乗っているのは、ル・ガルでも2門しかない300匁級の砲。
「確かに太陽王のマークがへぇってますけど!」
ポールとジョニーが見ているのは、その鉄の荷車の上に鎮座する300匁砲の防循に描かれたウォータークラウンのマークだ。神の与え給うた液体の王冠は、太陽王の権威と格式を世界に知らしめる物。
だが、その鉄製の箱に乗せられた300匁砲が吼えた時、ジョニーは足を止めてその光景に見入ってしまった。分厚い甲冑を纏っているはずの覚醒者に向かってぶっ放された砲弾は、着弾の瞬間にその威力を嫌と言うほど発揮した。
「うっそー!」
「マジッスか!」
ポールだけで無くロニーまでもが叫ぶ。覚醒者の胴体に命中した300匁砲の砲弾は、その分厚い装甲両面を軽く貫通していったのだ。黒く焼けただれた肉と血が飛び散り、嫌な臭いを撒き散らして辺りに散乱する。
覚醒者は一瞬何が起きたのか理解出来なかったらしいが、その直後にまるで切り倒された巨木の如く地面に突っ伏して痙攣した。およそ20名少々の覚醒者は、次々と物言わぬ倒木のようになっていた。
「あのデカい銃の威力はスゲェっす!」
ロニーがご機嫌な様子で叫ぶ。
しかし、ジョニーはいささか不本意そうだった。
「威力はスゲェが……」
――――弾が切れたらどうすんだ?
300匁級の大筒は口径が凡そ120ミリほどもある。当然のように火薬の量は多くあり、また、放たれる銃弾……いや、砲弾のサイズも相応に大きく重くなるのは間違い無い。
幾ら荷車と言え、数を積めば不整地では押し引きもままならぬだろう。それを解決するには、結局軽量化するしか無いのだが……
「……なるほど」
ポールが膝を叩いて驚いている。
それは、実にシンプルな解決法だった。
「砲弾運び専用の荷車か」
ジョニーが呟いたのは、専用の人員が運んでいる砲弾の手押し車だった。幼い子供程もある砲弾を一発ずつ積んだ手押し車が伴走している。そして、ぶっ放されると同時に一発ずつ手動装填している。
アレをまとめて搭載すれば、いくら何でも荷車は動かないだろう。それを解決する為のシンプルな解決手段だった。
「あっ!」
ポールが指をさして叫んだ。次の瞬間、轟音と共に再び砲撃が行われた。鋼の荷車からトラの覚醒者までは100メートル近くの距離が有る。その距離を電光石火に飛翔した砲弾は、最大効率で覚醒者の胴体を真っ二つに切断した。
どれ程の重装甲を誇っていようと、結局は2足歩行の大男でしか無い。その装甲の厚みには制約が有り、重量が嵩めば身動きもままならなくなる。しかも彼らは足場の不安定な戦場で、武器を持って歩いているのだ。
「荷物背負って沼地を歩く様なもんすね!」
ロニーがそう表現した通り、彼ら覚醒者はある意味で慎重な足運びを要求されるのだった。迂闊に転げた場合には、もはや自力で立ち上がる事すら難しい。それほどに重い甲冑を着ているのだが、300匁の砲弾はいとも簡単に撃ち抜いた。
「しかし、あの威力はえげつねぇな……」
なかば呆れた様にジョニーが言う。その眼差しの先では、弾運びをしていた手押し車から次の弾が運び上げられていた。大の男が三人掛かりで持ち上げた砲弾を後ろから装填している。
アームストロング砲の肝は結局の所、その尾栓の強靱さに掛かっているのだ。そして、この300匁砲の尾栓はごくごく原始的な構造ながら、確実な閉鎖を実現するアイデア物の構造だった。
「砲身を回転させるんですね……よく考えたなぁ……」
ポールが感心しているのは、その構造のシンプルさだった。砲身の後方は二重構造になっていて、簡単に言えばパイプが2本あり、両方に穴が空いているだけだ。内側のパイプは回転するようになっていて、ボルトを操作し内側パイプを回転させると内外の穴が揃う。
その状態で砲弾を落とし込み、再び内側パイプをボルト操作で回転させ閉塞させる。砲身の後尾部分は砲受けで止められているので、抜ける心配はない。実に単純な構造ながら、この世界で実現出来る最高精度の代物だった。だが……
「……なるほど魔法で冷却すれば膨張は抑えられるのか」
20匁の銃だって5発撃てば手に持てないほどに熱くなる。それ故に、射撃段列を組んで撃つ時は3斉射が精一杯という現状だ。しかし、そんな物理的制約を取り払ったのは、再びの魔法だった。
金属が熱で膨張するのはやむを得ないが、その熱を魔法で冷却すればまったく問題無い。故に、300匁砲の周囲はまるでピットインしたF-1マシンをメンテするピットクルーのように、夥しい操作要員が取り囲んでいた。
「準備出来たみたいッスね!」
アハハハ!と笑い出しそうな声でポールが指をさす。その直後、荷車自体が向きを変えて狙いを定めた。ヒトの世界から来た者がそれを見たなら、レールの無い列車砲と表現するはず。
その鋼鉄の虎が持つ砲身は、上げ下げのみ行える構造らしい。さすがに砲塔を回転させる構造など作りようが無かったのだろう。ならば車体ごと回転させれば良いのだとコロンブスの卵な発想だった。
「おいおいおい! こっち来るぞ!」
ジョニーが叫ぶと同時、300匁砲が火を吹いた。凄まじい衝撃波と共に、巨大な砲弾が空気を引き裂いてやって来た。ジョニーの声に弾かれて伏せた面々の真上を通り、その砲弾はトラの覚醒者を一撃で屠った。
上半身と下半身が離ればなれになり、その場で覚醒状態から醒めたらしい。スッとヒトの姿に戻った覚醒者は、今度は着ていた金属製の甲冑に押し潰されて完全に潰れたようだ。
「全員退避! 邪魔にならねぇように離れろ! 距離を取れ! 散開!」
ジョニーが慌てて指示を出すと、全員がサッと散開した。あれほどに手を焼いた覚醒者がまるで紙を破るかのように撃破されていく。正直言えば面白く無い光景ではあるが、追い回されて捻り潰されるよりかは遙かにマシだ。
レオン家騎兵の各々がバラバラに移動し、砲の射撃視界を大きく取れるようになっていた。こうなればもう純粋に打撃力と防御力の戦いだ。別の見方をすれば、移動力と射撃速度の戦いでもある。
「野郎共! あの覚醒者の足を狙え! 足首は剥き出しだ!」
ジョニーが気が付いたそれは、重装甲を誇る覚醒者唯一の弱点かも知れない。両手両脚までしっかり装甲に覆われてはいるが、不思議と足首から下は剥き出しなのだった。
重量が掛かってしかも稼働する構造は、さすがに無理があったのかも知れない。だが、情けは無用であり容赦など欠片も無い。生きるか死ぬかの瀬戸際で命のやり取りをする以上は恨みっこ無し。
「撃てッ!」
ジョニーの叫びと同時、20匁弾が猛烈な勢いで火を吹いた。そもそも、ヒトの世界にあった火縄銃の多くが6匁程度の小口径銃ばかりだ。20匁なんてサイズは対物狙撃ライフルなみのサイズを誇る。
そんな巨大な銃弾でバリバリと足を撃たれれば、覚醒者の多くが歩行すら困難な状態となっていた。そしてそこに、あの巨大な砲弾が降り注ぐ。その鮮やかな連係攻撃の前に、覚醒者達の全てが一掃された。
「ジョニーおじさん!」
合戦を終えた頃になって鋼鉄の箱上面に付いていた扉がパタリと開いた。そこから顔を出したのはキャリだった。身を乗り出して外に出たキャリは、大きく深呼吸をしながら背を伸ばした。
「おいキャリ! 手を貸せよ!」
その後に出てきたのはタリカだった。身体中のアチコチに煤を付けた姿のタリカだが。その表情は満ち足りて満足そうな物だった。それを見ていたジョニーは、何の疑いも無く『楽しそうだな』と感想を持った。
若者達が思い思いに努力し、自分達の研究の成果をここで発揮したのだ。しかもその威力は驚くべき物で、あれだけ手をやした覚醒者の全てをまったく簡単な様子で滅殺しきったのだ。
「キャリ! タリカ! まずは死者に手を合わせろ!」
ジョニーは責任ある先達として、そんな言葉を投げかけた。例えそれが敵であっても、死者には敬意を示すべきなのだ。それこそがビッグストンで教えられる騎士道の根幹な筈だが……
「あ! そうですね!」
ここで初めてタリカとキャリはふたり並んで整列し、帽子を取って頭を下げた。最初から生体兵器として生を受けた覚醒者達が死体となって転がる中、そのふたりが示した姿に全員が何処かホットしたような表情となった。
「しかしまぁ…… 派手な処女戦をやったな」
クククと笑いを噛み殺したジョニーは、形になったふたりの研究結果を見上げながらそう言った。聳えるようなその鉄の虎は、ある意味で魔法発火式火縄銃を遙かに超えるインパクトを、この世界にもたらすのだった……