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ル・ガル帝國興亡記 ~ 征服王リュカオンの物語  作者: 陸奥守
大侵攻~征服王リュカオンの誕生
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ダニーの成長と鋼鉄の虎

~承前






「野郎共! やるぞ! 気合入ってるか!」


 ポールがそう叫んだ時、愛馬に跨がるレオン家の騎兵たちは一斉に『オー!』と拳を振り上げて意気軒昂に応えた。だが、その姿はどう見たって夜盗崩れか山賊の類いだ。


 そもそもレオン家がどんな集団であったかを雄弁に語るシーンだが、それを見ていたポールはニンマリと笑いながらピカピカに磨かれた馬の鞍をさすり、そして再び叫んだ。


「今からスゲーもん見に行くぜ! 地獄の底の物見遊山だ! しっかり付いて来いよ! ぶっ飛ばすぜ!」


 ポールに従うのは腕に覚えのある騎兵で有り銃兵でもある200人ほどのベテランだ。ロスを従えたポールは一気に加速して馬を走らせた。狙うはあのトラの覚醒者の一団だ。


 襲い掛かるように前進する一団は、統制の取れた動きで一気にトップスピードに乗った。一般的な話として、騎兵の突進を止めるには5倍~8倍の戦力を必要とするのだが、この勢いならば食い破れると誰もが思う。だが……


「無理はするな! だが肉薄する! 気合い入れろ!」


 ポールは無謀とも言える突進でトラの覚醒者を煽った。その手にしている棍棒の威力は考えるまでも無い。しかし、重装甲を実現した甲冑の構造から、その動きは直線的で固いモノにならざるを得ないようだ。


 どんなに威力があろうとも、その軌道さえ見切ってしまえば大した事は無い。要は当たらなければ良いのだから、騎兵は機動力を武器にするのだ。


「おらおら! 掛かって来いや! ウスノロ!」


 ギリギリまで接近したポールは、トラの覚醒者に向かって何かを投げつけた。ポフッと小さな音を立てて覚醒者にぶつかったのは、紙玉のようなモノだった。


「喰らえ!」


 ロスは金切り声で叫びながら銃を撃った。絶対に貫けないと解っていながらだ。だが、その銃弾が甲冑に当たった時、パッと鉄火が飛び散った。その真っ赤な火花が飛んだ先には紙玉の当たった黒い部分がある。


 ――――やった!


 ポールがそう確信した瞬間、紙玉の当たった辺りからバンッ!と鈍い音がして煙が上がった。そう。その紙玉は銃弾に使っていた火薬が入っていたのだ。紙玉を丸めて投げつけ、甲冑の隙間などに火薬を入り込ませる。


 そこに銃弾を当てて発火させれば、甲冑の内側で火薬が爆ぜる嫌がらせのようなモノだ。殺せるとは思ってないが、少なくとも不快なのは間違い無いはず。そしてそれ以上に鬱陶しい筈だった。


「ウォォォォォォ!!!!!!」


 トラの覚醒者が唸りを上げて棍棒をフルスイングした。凄まじい音を立てて通過していったのだが、重量がありすぎて振り抜いてから体勢を崩すのだ。そこ目掛けて幾人もの騎兵が火薬玉を投げつけた。


「そらっ! ル・ガル特性の癇癪玉だ!」


 ロスの周辺にいる者達が発火させるべくパンパンと銃を放った。アチコチの覚醒者からパッと鉄火が飛び散り、何名かは膝を付いていた。案外効くのか?と思ったポールだが、それを確かめる前にジリジリと後退を始めた。


 ――――よしよし……


 狙い通りの動きにポールはニンマリと笑う。ここ一発でポールが見せた戦術は、構造学を教えたヒトの言葉の応用だった。昔からイヌの一族はこう言う場面で頭の回転が速いのだ。


 新しいモノを造り出すのは苦手だが、今ある物を上手く組み合わせて上手く使う事に関して言えば、この世界でもイヌは指折りの存在だ。それ故にイヌは手先が器用で機転の利く者を重宝する様になっている。要するに地頭が良いと言う事なのだが、それだけじゃ無い部分もまた重要だ。


「よっしゃよっしゃ! 面白くなってきた!」


 ご機嫌な調子でポールが叫ぶ。それを聞いたトラの覚醒者が怒り心頭な様子でムキになって追いかけ始めた。全ては作戦な筈だが、多分にアドリブが入っているようにも見えるのだ。


「おうっ! あぶねっ!」


 耳を劈くような音を立てて棍棒が通過した。その先端がポールの鼻先をかすり、熱いような痛いような感触を伝えた。ただ、そんな危険な現場だというのに、ポールの声が弾んでいる。


 最前線で3人の覚醒者を翻弄しながらポールは果敢に馬を駆っていた。若者と言うより子供特有の無邪気かつ無鉄砲さ、怖い物知らずっぷりに大人は肝を冷やすものだ。だが、全部承知でそれをやらなければいけない時がある事も知っている。


 なにより、それをするべき人間が居て、なかば義務のような物である事も……


「ヤベェぞ! ずらかれ! 引き潮!」


 ポールは馬を返して一目散に走り出した。際どい一撃を受けて腰が引けたのが目に見えて解る。それを見た覚醒者達は好機だとばかり、鈍い動きながらポールを追跡し始めた。


 ただ、それ自体が作戦であったのだからたちが悪いと言わざるを得ない。そう。ポールはここでも自らが囮になる役を引き受けたのだ。若者の無鉄砲さから来る自信過剰なまでの全能感ではなく、身軽な存在である為だ。


 つまり、自分が死んでも代わりは居るから問題無い……と、ポールは心魂よりそう思っている。なにより、本来ならばジョニーが当主であるべきレオン家なのだから、自分は単に預かっている。預けられているだけという感覚なのだった。


「若親父! モタモタしねぇでさっさと走れ!」


 ポールのケツを叩くロスだが、実際にはギリギリの所で追いつかれないようにペースをコントロールしているのだ。そして、ポールに付き従う騎兵たちは、動きの悪い覚醒者の足を考慮して、その場で周回運動をとり、反撃のふりだ。


「ンな事言ったって!」


 ポールはわざと重そうに振る舞っている。当主が怪我をしないように重装甲でやって来たと思わせるフリだ。そんな腹芸が普通に出来るようになって一人前とも言えるが、ことポールに関しては天性の才があった。


 ――――間違いねぇ……


 追いつきそうで追いつかれないギリギリのペースを維持しながら走るポールは、時々大きく進路を変えて後方を振り返っていた。ジョニーから聞いた指示を思いだしていたのだ。


 ――――奴らの中にキツネとウサギがいる……


 トラの覚醒者は見上げるような巨躯だが、その背に小さな足場を用意してあるらしい。その足場に身を預けたキツネがチラホラと見えるのだ。まるで猛獣を使役するビーストテイマーの様なポジションかも知れない。


 その後方。覚醒者が歩み去った辺りには、幾人かのウサギがコソコソと動き回っている。長い耳をヒョコヒョコと揺らしながら辺りを警戒しつつ前進している。その事がポールの心に激情の火を灯した。


 ――――くそっ!


 祖国ル・ガルを蝕む敵は必ずこの手で殺す。そんな覚悟を決めたポールは、ジリジリとトラの一団を引き連れながら、トラの死体が転がる平原を駆けた。時々は馬の蹄が死体を踏んでしまい、ボキリバキリと嫌な感触が尻に伝わる。


 その感触に表情を顰めつつ、ポールは自分が最初に陣取った所まで後退を完了した。そこに待っていたのはジョニーとロニーが引き連れた3段構えの銃兵団列だ。


「第1列用意!」


 ロニーの声が響き、トラの覚醒者に背負われていたキツネは罠にはまった事を知ったらしい。だが、『撃て!』の合図と共にぶっ放された銃弾は、トラでもキツネでも無く、後方にいたウサギを挽肉に変えた。


 そう。そもそもの狙いは覚醒者でもキツネでも無い。その後方にいたウサギだ。カリオンが総力を挙げて調べた件は、夢の中の会議室でジョニーに伝えられていたのだ。


 そしてそのジョニーは、それとなく『奴らを制御している連中が居る』と話し、茅街であった事態の顛末を語って聞かせた。つまり、覚醒者を制御する為の技術をキツネなどが持っている可能性についてだ。


「第2列! 用意!」


 スッと入れ代わった銃兵団列が狙いを定めた瞬間、覚醒者の背にいたキツネたちが妙な叫び声を上げて地面に飛び降りた。必死になって逃げようとしたのだろう。だが、そんな努力を嘲笑うかのように、一斉に銃弾が降り注いだ。


 凡そ10名ほどのウサギと30名ほどのキツネが全て挽肉に変わったのだが、ここでジョニーやポールにとっても予想外な事が起きた。覚醒者を制御していた御者に当たるキツネが死んだ瞬間、覚醒者が猛烈に暴れ出したのだ。


「第3列! 装甲の隙間を狙え! 用意!」


 慌てず騒がずジョニーは自らも銃を構えてそう叫んだ。

 あらかじめ第3列には射撃成績の良い者を集めておいたのだ。


 ――――いけるさ!


 そう確信したジョニーは、一際大きな声で『放て!』を叫んだ。どんなに強靱な構造の装甲でも必ず隙間があるのはやむを得ない。可動部などに出来る隙間が無ければ、行動すらままならないからだ。だが。


「やっぱ駄目か!」


 一斉射撃の轟音が響き、数百発の銃弾が覚醒者に降り注いだ。だが、その全てを弾き返しただけで無く、手にしていた棍棒状の武器をメチャクチャに振り回して大暴れを始めたのだ。


「やべぇ! 後退しろ! 戦線を整理!」


 犠牲が出てからでは遅いのだから、早め早めに行動するが吉だ。そして、覚醒者は早々に息切れするものと解っているのだから、それに合わせて反撃するしか無いのだろう。


 だがこの後、ジョニーの目はとんでも無い物を目撃する事になる。それは銃と魔法の威力全てを注ぎ込んだ、この世界最初の鋼鉄の虎だった……



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