出征準備
冬の終わりなビッグストン王立兵学校。
中央大講堂に集められたら士官候補生は、皆一様に強張った表情を浮かべていた。
学生指導長ロイエンタール伯は、そんな学生達を前に演説を続けている。
――――諸君らの勇気と信念と自己犠牲の精神が必要とされているのだ!
一年生などは今にも泣き出しそうな者が居た。
だが、二年生以上の者はみな当然だと言う表情で話を聞いていた。
「おぃ いよいよだぜ?」
ニヤリと笑ったジョンがカリオンを小突いた。
反対に立っているアレックスは暇そうだ。
「どっちでも良いけど、ちゃっちゃと行って殺っちまおうぜ」
心底面倒そうな顔をしているアレックスは、隠していたキャラメルを舐め始めた。
「俺にもくれ」
「ほれ」
アレックスとジョンがキャラメルを舐める中、カリオンは黙って話を聞いていた。
この直前、カリオンは叔父カウリから話を直接聞いていたのだが……
「どっちにしろ俺たちも出征だな」
「いいんじゃね? 行ってねじり殺してはい終了ってな。面倒がねーよ」
キャラメルを舐めているアレックスとジョンは心底面倒という感じだった。
「つうか、二人とも……」
ちょっと怪訝なカリオンの声。
「あんだよ……」
ジョンがそれに応えたのだが。
「俺のは?」
カリオンが指しだした手をアレックスが握った。
「わりぃ、さっきので最後」
「ッチ……」
短く舌打ちして恨みがましそうにジョンを見たカリオン。
そのジョンはニヤリと笑って舌を出した。
「甘くてうめぇ」
「こんちきしょうめ」
くだらないトークをしている間に、ロイエンタール伯の話は核心部分へ入り始めた。
約一年前に太陽王シュサが戦死してから、国内は猛烈な報復の空気に包まれていた。
鼠賊討伐に出ていた太陽王とネコの騎士団が『偶然』遭遇し、乱戦中に討たれてしまった。ネコは公式に『盗賊討伐に出ていた騎士団による偶発的な事故』だと言うのだ。
悪気あってやった事ではなく、偶発的な事故に過ぎない。ネコの領内で大規模な軍事組織を見たので討伐したらル・ガル国軍だっただけだ。そも、他国の領域で何をやっていたのか?と逆にネコに聞かれてしまった。
古い約定により明確な国境線が定まってない以上、ネコの領域と言い切られるのは心外だった。だがそれは、ル・ガルの領土とも言い切れないグレーゾーン。つまり、ネコの主張には一定の正当性があるのだから始末に悪いだけで無く、法的にも紳士協定としての約定からも、ル・ガルは強く出られないでいた。
「んで、俺たちは何処へ行かされるんだって?」
「まだそこまで話をしてない。けど、行く所は知ってる」
「さすがだぜ。んで、何処行くんだよ」
勿体ぶらずに教えろと迫るジョン。
カリオンは怪訝な顔で言った。
「西のトゥリングラード演習場だ」
「……マジかよ」
ジョンは言葉を失った。そこは西方討伐軍団がいったん集まる最大集積地。
かつての西方戦線で激戦を繰り広げたル・ガル国軍の西方エリア向け最大拠点だ。
「セダ公も遂にやる気になったって事か」
アレックスはキャラメルに続きあめ玉を取り出した。
――――こいつはいつも何か喰ってるな
そんな失笑でアレックスを見たカリオン。
アレックスは何も言わずにカリオンへ飴を差し出した。
口へ入れたらレモンの味がした。酸っぱいけど甘い。
「俺のは」
「今ので最後」
今度はカリオンがニヤリと笑ってジョンを見た。
廻りに聞こえないギリギリの声で『チキショ……』と呟いたジョン。
ふと、ロイエンタール伯の声が一際大きくなった。
「諸君らも知っていようが、近々王都を賑わす報道各社の新聞論調は激しい物がある。だが、それに煽られ国民が蜂起するのは本末転倒である。我々は戦争の全権代理人であるだけでなく、施工者であり実施者である。そして、言うまでも無く当事者だ」
残存戦力を再編成し反撃に出たウダ王子は半年以上も行方不明だった。そんな中、ネコの国から来た羊の遊牧民がもたらした情報は、ルガルの空気を決定的なモノにしてしまった。ガルディブルクの高級紙『王都日報』が一面を全部使って報じたそれは、ネコが三十年掛けて準備したシュサ帝抹殺作戦だった。
――――ネコの騎士団 全く新しい戦術と戦略を持って太陽王を誅殺!
――――三十年に及ぶ念入りな準備は先の大戦の報復!
――――ル・ガル国軍には懸命な対処が求められる!
ル・ガルから見た祖国防衛戦争は、ネコから見れば民族自決の埃を掛けた自衛戦争だったらしい。カリオンも国際政治学の授業でそれを学んでいた。
理屈や理論では無く、誰かが決めたルールを守るというのがネコにはどうしても許されない事だった。そもそも、ネコという種族は協調より自由を愛する。個人の自由は全てに優先される。故に、自分の自由を保障してくれるなら相手の自由も保障すると言うスタンスで社会が成り立っていて、イヌの様な、相手を尊重するから自分が廻りから尊重されると言う社会精神とは完全に逆向きの方向性だった。
だからこそ、強力な国家体制を作った上に法を整備し、他民族の権利も尊重し保証すると言うイヌのやり方が『大きなお世話だ』とネコには映ったらしい。そしてそれだけでなく、誰かに行動を制約されると言う部分でネコは苦しみ、その分を倍返しにして『懲罰する』と言う作戦だったのだ。
アレックスは溜息混じりに呟く。
「しかし、ネコって馬鹿だな」
「いや、あいつらは俺たちが馬鹿だと思ってるらしいぜ」
カリオンも溜息をブレンドした本音をこぼした。
その背中をポンと叩いてジョンもつぶやいた。
「まぁなんだ 馬鹿にゃ馬鹿の理屈が在るってな くだらねぇ」
「実にばかばかしいよな。馬鹿だけに」
「……ここ笑う所か?」
ジョンとカリオンの掛け合いに、アレックスがプッと小さく吹き出した。
だが、実際の話として、ル・ガルの王宮は必死になって燃え上がった復讐熱を覚まそうとした。遊牧民情報を段階的に報じていった報道各社により、国内の空気は更にヒートアップを続けていたのだ。
大手新聞各社の売上争いによるセンセーショナルな見出し合戦は、ガルディブルク市民の報復熱を煽る事はあっても事態の収集には全く寄与せず、むしろ、第一王子セダの弱腰を批判する論調が出始める。
そんななか、王都の一般大学などでは士官学校へ入学出来なかった学生を中心に、退役した軍人を講師に招いた軍事教練を独自に行うなど、直接対決・直接報復を求める空気は留まる事を知らなかった。
「結局死ぬのは軍人ばかり。市民は溜飲を下げ、振り上げた拳を振り下ろし『ざまぁみろって』凄むんだろ?」
なんともニヒルな笑みのアレックスは吐き捨てた。
そんなアレックスをカリオンが肘で小突く。
めんどくさそうな態度でアレックスは続けた。
「俺たちは勲章もらって二階級特進で、護国の英雄様へ立身出世ってな。ネコに勝った国軍強い! だから俺たちは強い! 俺たちは優れてる!って。戦場で走り回る俺たちはどんなに死んでも関係ないんだよな。グダグダ騒いでる連中は、自分が気に入らないから騒いでるだけだ」
カリオン越しに話を聞いていたジョンが冷やかす。
「おぃおぃ ずいぶん醒めてんじゃねーか どうした」
「え? あ、まぁ…… あの世に行ったら腹が減らないんなら考えても良いけどな」
「なんだ、すきっ腹かよ」
三人して笑いをかみ殺し、学生指導長の話が終わるのを待った。
だが、その間にアレックスの腹の虫がグゥと音を立てていて、もう一度笑いをかみ殺していたのだった。
「ここに至り、第一王子セダ公は国内の全戦闘集団へガルディブルクに結集せよ!と呼びかけになられた。われわれも一戦力として微力を尽くさねばならない!国家安寧と民族の継続的発展を目指し、絶対安定圏の成立を成し遂げねばならないのだ!」
熱い調子で演説しているロイエンタール伯。その言葉に士官候補生が酔っていた。
冷静さを失った国民と同じだとカリオンは溜息をこぼす。
そして、目先の売り上げが欲しくて無責任に煽る報道各社を呪った。
ブレーキを失った荷馬車には下り坂では止まることができない。
全てが悪い方向へ転がり落ち始め、誰かが身を挺してそれを止めねばならない。
第一王子セダは『親愛なるルガル市民へ』と言う談話発表するに至った。
この中でセダは、全ての市民に冷静な対処を呼び掛けた。
そして、国内全ての軍集団へ通常任務に必要な最低限の人員を残し、王都ガルディブルクの西にある広大な演習場『トゥリングラード』へ結集を呼び掛けた。
実はこの時点で、セダもノダも国王としての権限はなかったのだ。
そしてこの時、国王が召集する帝国議会は王を失い、その法的根拠をも失っていた。
つまり、一時的な国家権力の空白を招いていたのだった。
普通に考えれば生き残っている王子二人の権力闘争が先なはず。
だが、当のノダはセダに一任すると早くから態度表明を行っていた。
こんなご時世での権力闘争はかえって混乱を招くと身を引いたのだ。
誤算らしい誤算と言えば、ノダ派と呼ばれる北部出身者がセダに対し
『命令か? お願いか? はっきりして欲しい』
と言い出した程度で、しかもその問いに対しノダ自身が
『行けば分かる事だ』
と、曖昧な応対しかせず北部八個師団を率いてシウニノンチュを出発してしまった。
国内戦力の結集と言う一大パフォーマンスにより、ひとまず国民の溜飲は下がった。
だが、本当に大変なのはここからだった。
トゥリングラードに結集するはずの戦力は少なく見積もっても二十個師団。
馬と馬車しかない世界では補給線の問題で行き倒れになってしまう。
過去の経験上、王都からの補給線で食い繋げるのは十五個師団が上限だった。
そこに手を上げたのはガルディブルク近郊の商人や行商キャラバンだった。
戦は出来ずとも輸送する位は出来ると、わざわざ馬車を新調して駆け付けた。
そこにはもちろん、戦後の利権を狙った商人の聡い目論見がある。
輸送業務の勤労奉仕を買って出た彼らは、その株が欲しかったのだ。
そんな彼らに対し、護衛を付けない訳にはいかない。
王都へ入ったノダはセダに対し士官学校の学生を使おうと進言。
その影にはノダと共に王都へ入った北部総監ゼルの思惑があった。
だが、セダは士官学校の学生にも最前線への参戦を命じた。
後方輸送は退役軍人会による実戦復帰のリハビリ代りとなってしまったのだ。
そしてこの日。
学生指導長ロイエンタール伯により、学生に対し参戦の準備が通達された。
「われわれもまた誇り高きル・ガルの国軍を支える軍人である! 諸君らの一挙手一投足に国民の熱い視線が注がれている。われらは報復に行くのでは無い! 懲罰でもない! 我々の目的は唯一つ! 逆襲に行くのだ! 戦うものに栄光あれ! ル・ガル万歳!」
大講堂の中が学生の歓声で埋め尽くされた。
思わず耳を押さえたカリオン。
隣に居たアレックスが何かをしゃべったが聞き取れなかった。
――――やれやれ……
ふと目が合ったジョンは両手を広げてウンザリと言うポーズだった。
その日の午後。
「二年生カリオン閣下。大至急学生指導室へ出頭するようにと伝令を預かりました!」
第一中隊の部屋入り口で伝令に走ってきたポーシリは直立不動になっていた。
一瞬ギャレット隊長を見たカリオン。ギャレットはわずかに顎を振った。
「出頭するのでその旨伝令を頼む」
「ヤー!」
敬礼してから部屋を離れ走っていく伝令のポーシリを見送り、カリオンは準備の手を止めた。ギャレットが怪訝な顔で見ていた。
「隊長。ちょっと行ってきます」
「……後で、話を聞かせてくれ」
「了解しました」
こんな時にカリオンが呼び出されるのだから、大体は超重要な話だと察しがつく。
学生指導室前へと到達したカリオンは、部屋に入る前に服装を整え、一つ息を吐いて心を整えた。
一体何の話だろうか?と頭を幾らひねっても何も出てこない。
考えすぎても仕方が無いか……と、ドアをノックし部屋へ一歩入った。
そして、部屋へ入るなり目を見開いて驚いた。
「しばらく見ない間に……男らしい顔になったな」
数歩進んでから伯父カウリとロイエンタール伯に気がつき立ち止まった。
危なかったと恐ろしくなった。だが、それ以上に目から汗があふれ始めた。
どれ程我慢しようとしても、視界が滲んで仕方が無かった。
「父上!」
「カリオン」
そこに居たのはゼルだった。
ロイエンタール伯の用意した戦術の教科書を読んでいたのだった。
フラフラと進みそうになるもグッと堪えたカリオン。
「二年生カリオン! 出頭いたしました!」
胸を張って声を張り上げ、精一杯意地を張って笑みを浮かべた。
カウリもロイエンタール伯も静かに笑った。
「良い男に育てていただきました。なんと感謝してよいやら」
「なにをおっしゃる。あなたはまったく関係ないイヌの運命を背負ってらっしゃる」
「そうだ、それに比べれば、こんな程度のことは安いものだ」
ゼルの言葉にロイエンタールとカウリはそう答えた。
わずかな会話だったが、カリオンはゼルの正体を学生指導長が知っているのに驚く。
「まぁいい、それよりカリオン。ここへ座れ」
「失礼します!」
カウリとロイエンタールが並んで座る向かい側。
ゼルの隣にカリオンは腰を下ろした。
自らの左手に座るカリオンがすっかり逞しくなっていて、ゼルはわずかに涙ぐんだ。
「……エイダ」
「はい!」
五輪男はエイダを抱きしめた。
「良い男になったな」
「……父上」
「良い男になった」
もう一度抱きしめた五輪男。
その様子をカウリもロイエンタールも涙ぐんで眺めていた。
「父上も、行かれるんですか?」
「もちろんだ。義務を果たさねばならない」
「でも……」
「権利は義務の向こう側にある。義務を果たさねば権利は無い。そう教えたはずだぞ」
力強く言ったゼルをロイエンタールは見ていた。
「ゼル殿。一段落した後で結構だ。本学で教鞭を取られぬか?」
「私がですか? ご冗談を」
「いや。そなたの考え方は学生には必要だ」
苦笑したゼルは、ちらりとカウリを見た。
微妙な表情を噛み殺すカウリにゼルはロイエンタールの本気を見た。
「縁あらば、或いは実現する夢の一つでしょう」
「よき縁を期待しております」
部屋の戸が開き、食堂の給仕がコーヒーを置いていった。
その香りにゼルは目を閉じて静かに酔っていた。
「……懐かしいな」
「そうか。シウニノンチュにはコーヒーが無いから」
カウリの呟きにゼルが笑った。
「そうなんだよ……」
一口飲んで、ほっと息を吐き出したゼル。
その横顔をカリオンはじっと見ていた。
「どうしてここへ?」
「お前を見に来た」
「え?」
「ついでに、俺自身も勉強にな」
驚いたカリオン。
だが、カウリもコーヒーを一口飲んでから言った。
「ここには戦術や戦略の教科書が山ほどある。ゼルはそれを見たがったのだ」
カウリの言葉を聞きカリオンは驚く。
だが、そんなカリオンの頭をゼルはつかんだ。
「人はいくつになっても学ぶことが出来る。自慢じゃないが、俺は今になって人生で一番学んでいる気がするよ。学ぶというのは楽しい事なんだ。知らぬことを覚える。知るを楽しむ。そういう事だ。二~三日程度滞在して、なかなか読めない本を全部読んでいくことにした。ロイエンタール伯が部屋を用意してくれたので、そこを使わせてもらうことになった。可能であれば話をしに来い。ただ……」
ゼルはロイエンタール伯を見た。
大事なことはあなたが言うんだと、そう顔に書いてあった。
「まずは出征の準備を進めるんだ。三日後に出発の予定だ。学生諸君にはまだ話をしていないが、その予定になっている。これは緘口令だ。突然出撃命令が出ることになっているからな」
もう一口コーヒーを飲んだロイエンタール伯は、じっとカリオンを見ていた。
「カリオン。正直に言えば君を出したくは無い。もちろん、カウリ伯もそうだ。そして実は、セダ公やノダ公からもそう言われている。だが、君は行くのだろう?」
「もちろんです。だって、たった今――
カリオンはゼルを見た。
椅子に深く腰掛けているゼルは笑ってカリオンを見ていた。
――たった今、父に教えられました。義務を果たしに行きます。大丈夫です。死にはしませんよ。だって、運の良さは折り紙つきですからね」
カリオンは自分の胸に手を当てて笑った。
太陽神との契約がそこにあるのだった。




