下った勅命
~承前
「トラの軍団。最奥に到達します」
物見役がそう報告した時、ジョニーはバッと立ち上がって銃を構えた。射線距離約200メートルだが、改良の加えられた銃の射程は500メートルを軽く越える代物になっていた。
「第1列構え!」
大声で号令を上げたジョニー。背後から急に声が聞こえたトラの一団は、申し合わせたように振り返った。その中で正確に覚醒者を狙ったジョニーが初弾を放つ。
「撃てッ!」
真っ赤な火線がツーッと延びるのを目で追いつつ、ジョニーがそう吼えた。
直後、凡そ70丁の第1列が一斉射撃を開始し、バラバラと鉛玉が降り注いだ。
「第2列用意!」
射撃を終えた射手がスッと後方に下がり、第2列が銃を構えた。
訓練を積み重ね統制の取れた動きに目を細めつつ、『撃てッ!』と叫ぶ。
その射撃がトラに降り注いだ時、ロニーのグループが射撃を開始した。間髪入れずにクロスファイヤとなったのを見て、トラの一団は自分達が罠にはまったことを知った。
「第3列用意!」
再びスッと列が入れ代わった。同時にジョニーも次弾の装填を終えていた。
自らも銃を構え狙いを定めるジョニー。銃口の先には覚醒者の頭があった。
「撃てッ!」
ジョニーグループの第3斉射とロニーグループの第2斉射が完全なクロスファイヤとなって降り注ぐ。それと同時、奥側の3グループからも猛然と射撃が開始されたらしい。
一斉着弾したトラの一団から血煙が舞い上がり、バタバタと斃れる者が見えた。ただ、情けは無用で不要のもの。第1列に再度前進を命じ、ジョニーも再装填を急いだ。
「第1列! 撃てッ!」
完全に統制の取れた二重の十字砲火がトラの集団に雨霰と降り注ぐ。凄まじい密度での射撃は生者が死者を羨む威力だった。
――――ここまで来て……
――――ご苦労さん……
内心でそんな事を思ったジョニーは、再装填の終わった銃を構えた。
同時に第2列が前進を完了し構えているのが見えた。
「第2列! 撃てッ!」
再び猛然と射撃が敢行された。既にこの時点でトラの一団は生き残りの方が少なくなり始めた。よしよしとほくそ笑みつつ、第3列に前進を命じた。
「そろそろ終わりだ! 慎重に狙って良し! 良いか! 撃てッ!」
第3列が猛然と射撃を敢行し終えた。辺りに生存者はなく、ジョニーは完勝を確信した。だが、そんな過信の報いはすぐに現れるのだった。
「若旦那! あっ! あれを!!」
誰かがそう叫んだ。その声に弾かれるようにして顔を向けたジョニーは呆然とその光景をみた。彼方に並んでいるのはどう見ても覚醒者だ。ただ、彼らは一様に武装した状態だった。
「あれ……甲冑でも着込んでやがるのか?」
鈍く光る光沢はどう見ても金属だ。つまり、よほどの近距離でもなければ銃による貫通は難しい。そして、その覚醒者たちは手に手にこん棒状の武器を所持しているようだ。
刃物ではなくこん棒を選ぶ辺り、相当な自信があるのだろう。サクリと切り裂く刃物の威力は計り知れないが、単純な物理的打撃力はそれを凌ぐ。何より、その一撃の破壊力が用意に想像つくだけに、踏み込むのを躊躇うのだった。
「やれやれ……そう簡単には勝たせてくれねぇな」
呆れたようにこぼしたジョニー。
だが、百戦錬磨のレオン家軍団は一斉に騎乗した。
「若旦那! 一旦後退しやしょう!」
こんな時は戦力の集中運用が原則だ。火力の収束を行って打撃力を稼ぐのが常道だろうし、現実的にはそれしか対処法が無い。そも、被害をどうやって抑えるかと言う観点において、ヒトの教える戦術には『頑張る』としか言葉が無い。
――――ヒトの軍隊は犠牲に頓着しないのか?
そんな印象を持ったジョニーだが、それはある意味で正解でもある。マサを始めとする帝国陸軍の面々においては、戦争とはすなわち算術なのだ。一定の犠牲を払い目標を達成する。それは、嘆かわしい事ではあるが必要な犠牲だ。
つまり、人命それ自体が目標を達成する為の通貨に相当し、必要な結果を得る為であれば相応の犠牲を払う事もやむなしと考えているし、それが正しいか正しくないかと問われれば正しくないと答えるのだろう。
だが、ここで重要な問題が生まれるのだ。
――――結果が全て……なんだろうな
そう。軍隊が行動する以上はまず必要な結果が先にあるのだ。そしてそれは、他では代替の効かないものか、さもなくば限りなく不可能に近いものだ。すなわち、たった1つの命を差し出してでも結果を優先せざるを得ない事態……
文字通りに祖国の興廃がその一戦に掛かっている。銃後にある国民の生命と財産の全てが最前線を走る一兵卒の双肩にのし掛かっている。だからこそ彼らは死ぬ事に意味を見つけ、喜んでその命を差し出すのだろう。
――――士官の義務……だな……
ジョニーはこの時初めてビッグストンで教えられた事の本質を理解した。すなわち、一軍を指揮する者は部下の命や家族について考えるな……と言う事。どんな兵士にも父母がおり家族がおり、年齢によっては愛する妻と子が居るはずなのだ。
それらを全て一切考慮せず、直面する場面で勝たねばならない。勝たなければ祖国が危ない。祖国とはすなわち家族であり妻子であり、そして、それらを包む大きな袋だ。
「野郎共! 戦線を整理する! 最奥のポールに合流して射撃段列を作る!」
愛馬に跨がったジョニーは一気に速度に乗って走り始めた。そんなジョニーを追いかけるように、レオン家の騎兵たちが一斉に移動を開始した。ふと見れば、あの覚醒者達は思う程に早くは走れないらしい。
――――甲冑が重いんだろうな……
それはまるで移動する金庫そのもの。見た目で解る通り、金属の塊を背負っているようなものなのだ。しかもその移動は二足歩行と来ているのだから、速度を出す事自体が危険であり、疲労を伴うのだ。
「ジョニーの兄貴!」
ポールの陣取る辺りへ戻ったジョニーだが、そんな所へ声を掛けたポールは参謀本部からの緊急通達を受け取っていた。
「馬鹿野郎! おめーがレオンの跡取りだろうが! 寝言言ってンじゃねぇ!」
ポクリとポールを頭をひっぱたいたジョニーだが、ポールはそれでも緊急通達の書類を差し出した。
「なんだよ…… って、え?」
書類の表紙には太陽王を示すウォータークラウンのマーク。
つまり、カリオンが直接送って寄こしたものだ。
「……マジか」
そこに書かれている内容は、俄には信じられないモノだった。だが、少なくともカリオンが直接送って寄こしたのだから、そこに嘘は無いだろう。
「兄貴、陛下はなんと?」
「それがよ……」
どう説明したモンか思案したジョニーは、咄嗟に上手く言う事が出来なかった。
「太陽王はとっておきの新兵器をここに増援で送ると。そいつが到着するまで、とにかく前線を支えろってよ」
……好き勝手言いやがって
そんな空気が蟠った。トラの一団は完全に殲滅したが、後方からやってくる覚醒者の軍団は、どうやっても撃退出来そうに無い。だが、カリオンが『やれ』と言っているのだ。
増援が到着するまで、とにかくどんな手段を使っても良いから、進撃を遅滞せしめよと他ならぬ太陽王が命令しているのだ。その勅命である以上は……
「兄貴…… そりゃ……」
無理ってモンですぜ……とポールは言おうとした。
だが、再びその頭をポクリと殴ったジョニーは、吐き捨てる様に言った。
「他でもねぇ太陽王の勅命だ。出来ねぇなんて答えるようじゃ誠意ってモンがねぇってこった。やれと言われればやるんだよ。飛べと言われれば飛ぶんだよ。その為に俺達は居るんだ」
ジョニーの言う『俺達』の意味を、ポールはビリビリとした緊迫の空気の中で理解した。周辺にいるレオン家歴代の重臣や騎兵たちの目が自分自身に注いでいるだけで無く、何かを訴えかけているのだ。
「……そうっすね」
ポールは思わず膝が笑い出した。カタカタと震える膝を槍の柄で叩き、引きつる顔を自分で叩いてから強引に笑って見せた。
「どうせなら楽しくやりやしょ…… いや、楽しくやろう」
わざわざ言葉を言い換えたポールは、引きつった笑顔のまま手順を提案した。それは気が触れたとしか思えない戦術提案だったが、全員が一斉にやる気を出して笑顔で『面白そうだな!』と賛成する様な戦術だった……