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ル・ガル帝國興亡記 ~ 征服王リュカオンの物語  作者: 陸奥守
大侵攻~征服王リュカオンの誕生
438/665

世界征服思想の萌芽

~承前






 王都ガルディブルクより北西へ凡そ500リーグ。


 広大な草原からなだらかな丘陵地帯が始まるこのエリアは、北部山岳地帯の最南端に当たり、北部からの強烈な寒気に晒された周氷河地形を形作っている。


「来ましたね」


 ボソリと呟いたポールの一言で、ジョニーは改めて双眼鏡を覗き込んだ。彼方に見えるのはトラの一団で、その数は優に千を超えると思われた。『チッ』と小さく舌打ちして双眼鏡を降ろし、ジョニーは思案にくれる。


 ヒトの世界から落ちて来たという遠望を実現するカラクリ入りの眼鏡は、太陽王から直接与えられた恩賜の品だ。それを首からぶら下げているジョニーの手は、黙って顎をさすりつつポールを見た。


「さて、どうする?」


 ――――西方地域に侵入してきた一団に対処しろ


 夢の中の会議室でそう指示を受けたジョニーは、フィエンの街を離れ西方地域へと駆けた。途中で王都から来たと言う参謀の一団と合流し、2昼夜をほぼ休まず駆けてきたのだ。


「王は何と言われるでしょうか……」


 ポールはまだ若く、ビッグストンで教育を受けるほどには至っていない。本来であればまずは学びの場を与えるべきなのだが、折悪くその前に公爵家の当主になってしまった。


 こうなれば大人達が行うべきは1つ。百戦錬磨の人間を何人も宛がい、困難なミッションを幾つも与えて考えさせ、決断させ、その結果に責任を取らせるしか無いのだ。


「太陽王の意見なんか聞かなくて良いのさ。まずは自分がどうしたいか?をしっかり考えろい。その上で、こうやりたかったんですが、結果的にこうなりましたって報告するんだ。それで良い」


 ジョニーは最近のポールをして、どうも決断力に劣ると感じていた。ただ、実際にはやむを得ない話でもあって、数々の難しい判断をこなしながらバランス感覚を鍛えるべきなのだが、それを学ぶ場がポールには無かった。


 だからこそ、まずは考えさせ決断させ、それを評価して褒めたり悪い点を指摘したりする立場の人間が必要になるのだ。その役を宛がわれたジョニーは、カリオンが見せた信頼に応えなければ……と思っていた。


「ですが……失敗したなら……」


 そう、誰だってそれが怖い。失敗すれば更迭されたり責任を取らされ降格処分になったりするかも知れない。一度その手に掴んだモノを離すのは、何よりも勇気が要るのだから。


「失敗するのは仕方がねぇ。誰だってやるんだ。俺だって俺のオヤジだって散々やったし、カリオンだって散々ヘマをした。そんなのは何の問題もねぇのさ。ただ、ここで絶対に忘れちゃならねぇのは、失敗したら挽回するってこった」


 ポールの頭をグリグリと押さえつけながら、頼れる兄貴の役を演じるジョニー。

 だが、実際の話として現時点では少々絶望的な状態に陥りつつあった。


 ――――残念だがすぐには増援を遅れない

 ――――撃退するのが理想だが無理な攻勢は慎んでくれ

 ――――遅滞行動に移り機会を待とう


 カリオンの口から出た言葉は、ル・ガルの内情を示すモノだった。総勢40万に及ぶ正面戦力を誇った時代は過去の話だ。過日のクーデター騒ぎやキツネの国への遠征などにより、その戦力は20万を若干越える程度にまで減耗している。


 そんな戦力でトラを迎え撃つのだが、こうなると銃をいかに効率よく運用するかに掛かっている。その為の戦術指南をヒトの戦術教官は教えていたが、まったく異質な戦闘術を実行するには、何よりも胆力を要した。


「じゃぁ……」


 ポールは胸中で策を練りあげた。

 単純かつシンプルな対応策だが、これ以上の戦術は現時点では望めない……


「引き込むか?」

「えぇ。防衛戦術その2で」


 促成教育によりル・ガル国軍に浸透した銃兵戦術は攻勢戦術3種と防衛戦術3種の合計6種。その中で、少数の銃による多数撃滅にもっとも適した戦術は、要するにパックフロントだ。


 強力なパンツァーカイル陣形を止める為に着々と戦術を磨き続けた結果、装甲戦闘車輌同士の戦術は爆発的な発展を遂げた。そして、その戦術の要諦は歩兵戦闘にも充分に通用するものだった。


「ロス。銃兵は全部でどんくらいだ?」

「まぁざっくり言やぁ……1000ちょっとだな」


 先の獅子との戦闘で大損害を被ったレオン家の所領では、まともに行軍し戦闘出来る若者が絶望的に不足していた。馬に乗り走れる程度であれば1万を超えるが、銃を持って組織的に統制の取れた戦闘が出来るかと問われれば無理なのだ。


「んじゃ、5つの集団に分けてくれ。騎兵は一番手前だ。横列を組んで見える所に立ってるのが仕事だ。銃兵は――」


 ジョニーは地形を勘案し、それぞれの射線に晒されない殺し間を指定した。

 ならだかな丘陵地帯と言う事で、丘の上から撃ち下ろす作戦だ。


「――この5カ所だ。一番奥にポール、お前が陣取れ。俺は一番先頭に行く。トラの連中が殺し間に入ったら俺が最初に撃つ。その後に一斉射撃だ。統制の取れた連続射撃を行うぞ。良いな? 焦って先に撃つなよ?」


 統制の取れた射撃について、ジョニーは念を押してポールに言い含ませた。この戦術の肝は統制の取れた一斉射撃にある。だが、裏を返せば敵をやり過ごす胆力を要するのだ。


 そして、もう一つ重要な事は、目の前を移動していく敵の一団に気取られずに隠れ続ける事。それは想像以上に度胸と根性を要する。何より、待ち伏せしている段列の最奥部に居る者は、自らに迫ってくる敵を待ち構える覚悟が要るのだ。


「任せて! 楽しい事になりそうだ!」


 こんな時、緋耀種はとにかく楽しそうに振る舞う事が多い。明るく陽気で社交的な彼らは、痛い目に遭うのが解っていても悪戯を我慢出来ない子供のような性格の者が多かった。


「ロス! しっかりやってくれ!」

「あぁ解ってらい! オメェこそ性根据えてやりやがれ!」


 憎まれ口を叩いてロスは移動を開始した。ポールを連れて最奥へと向かう一団を見送り、ジョニーは小さな声でロニーを呼んだ。馬上にあったロニーは愛用の槍を部下に預けてジョニーに駆け寄った。


「へいへい。お呼びでやんすか!」

「あぁ。オメェは俺の対面に陣取れ。通過しきったら後ろから一気に撃つ」

「へいっ! 合点でさぁ!」


 細かい打ち合わせは一切抜きにして、ロニーは早速移動していった。その後、ジョニーは3段目4段目の構えを若い衆に託し、最前列の風上側に入った。見つかれば集中攻撃を受ける場所故に、ジョニーは全部承知でここに入っていた。


「……さて」


 丘の上の低灌木帯に陣取ったジョニーは、全員に装填を命じてからジッと動かずトラの一団の動きを追っていた。彼らは周囲を警戒する事無くズンズンと前進している。


 そんな時、ジョニーは双眼鏡越しにそれを見つけてしまった。上半身裸のまま歩いているヒトの男。だが、その頭にはトラの耳が付いている。普通に考えればトラのマダラなのだろうが、ジョニーは全く違うモノを覚悟していた。


 ――――マジかよ……


 ここに覚醒者が居る。それもトラの覚醒者だ。アイツに銃が通じるのか?と肝を冷やした。確実なのは覚醒前に射殺する事。今ここで撃てば届くし、確実に殺す事も出来るだろう。


 だが、撃ってしまえばあのトラの一団が一斉にこっちに襲い掛かってくる。少なく見積もって千人前後の集団が……だ。ロニーの列からは支援射撃が届くかも知れないが、それでも400丁少々しか無い。


 3斉射出来れば全滅も間違い無しだが、僅かでも生き残りがあれば、最後は騎兵の出番な筈。撃つべきか待つべきか。ジョニーはゴクリとツバを飲み込んで思案に暮れた……


「ジョニーの兄貴。撃つべきですぜ」

「そうですぜ若旦那。ここでカマせば良いんですよ。やばい奴から順にです」


 アチコチからそんな言葉がやってくる。だが、通信手段の無い世界では、最初の取り決めが全て。そんな常識の中で育ってきたジョニーは、どうしても攻撃命令を出す決断を逡巡するのだった。


「……いや、待て。作戦通りだ」


 ジョニーはそう決断した。万が一にも失敗した場合には責任を取らねばならないが、他の集団が準備を完了してない場合には一方的に攻撃を受ける可能性が高い。何より、敵味方が混淆してる所へは射撃など出来ないだろう。


 そうなった場合、最良の方策は1つだ。予定通りに敵をやり過ごし、十字砲火で一気に決着を付ける。そして、容赦の無い攻撃を浴びせることで覚醒者ですら撃ち殺す。


 王都での争乱時、覚醒者がそうやって撃ち殺されたケースがあった。あのヒトの武装集団がどんな武器を使ったのかは解らないが、少なくとも死ぬのは間違い無いのだ……


「全員膝射姿勢。斉射は5回だ。段列の入れ替わりに注意しろ。射撃間隔は2秒以内が望ましい。復唱の要なし」


 ジョニーは意を決したようにそう指示を出した。息を呑んでその指示に従う銃兵達を脇目に見つつ、眼下の一団をグッと睨み付けた。


 ――――どいつもこいつも……


 いま、ル・ガルの栄華が終わろうとしている。滅びがすぐそこまで来ている。

 言葉にしないだけで、カリオンはそれを危惧しているとジョニーは確信した。

 ただ『ハイそうですか』と大人しく亡びるつもりは無いとも確信している。


 ――――やっぱ世界をブン捕っちまおうぜ……


 王都に戻ったらそう進言しよう……と、ジョニーは腹中でそう覚悟を決めた。



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