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ル・ガル帝國興亡記 ~ 征服王リュカオンの物語  作者: 陸奥守
大侵攻~征服王リュカオンの誕生
436/665

最終戦争の足音

~承前






「……なんともまぁ」


 それ以上の言葉が無く、カリオンは報告書を折りたたんだ。その角がピタッと合わさっているのは、ビッグストンで徹底的に教育された『キチンとやる』という精神の発露かも知れない。


 夜のうちに送られてきた光通信の報告書は参謀本部の手で再文章化され、カリオンへと提出されていた。その書類の文字は手書きだというのに真っ直ぐに書かれていて、まったくブレが見当たらない。


 ――――王に奏上するものだから……


 そこに込められた配慮を見れば、この者達を決して裏切れない……と、カリオンもまた決意を新たにするのだった。


「問題は過ぎ去りましたの?」


 朝食の席ながらもそれを読んだカリオンに対し、サンドラが穏やかな声を掛けていた。その隣ではララが怪訝そうな顔でカリオンを見ていた。


 朝食の席にまで仕事を持ち込むな……と、言外の圧力にも感じるカリオンだが、王たる立場を思えばそんな事を言ってられないのも事実。実際の話として、この時も何処かの現場では朝飯も食わずに事態への対処で奔走しているかも知れない。


「あぁ、獅子の国の横槍だ。カモシカの国を嗾けル・ガルを攻めさせたようだな」


 事態の細かなディテールを伏せ、カリオンはそう説明した。

 だが、総合大学で国際政治を学んできたララは、一層険しい表情で言った。


「獅子の国と言えば百獣の皇を自称して憚らない存在の統べる邦と……」


 ララの言葉にカリオンは厳しい表情で僅かに首肯した。ル・ガルの存在する大陸ガルディアより南西に存在するもうひとつの大陸。その地はガルディアよりも遙かに広大で肥沃なのだという。


 そして、その地に暮らす者は獅子――ライオン――を頂点とする巨大な封建国家を形成しているのだとか。ただし、その封建国家に属さぬ種族も多数存在し、それらはライオンの邦など無視して大陸の中で悠々と暮らしている。


「あの大陸の事は俺も良く解らんが……」


 かつてはアッバースの一門がその地に居たのだと伝承には残っている。しかし、彼ら一門は彼の地の生存闘争に敗れ、ガルディアラまで落ち延びてきたのだ。トラを凌ぐ巨躯と膂力を持ち、辺りを睥睨する風格を持つ存在。


 彼らライオンはかの大陸の頂点に位置し、全ての種族の利権調整に奔走しているという。何故なら、種族としての戦闘力としてイヌやネコの追随を許さぬライオンだが、そんな存在を軽く屠る巨躯と威力を持つ者達……ゾウやカバ、そして、ゴリラと言った者達が、同じ大陸を闊歩している。


 ことゾウに至ってはネコを凌ぐ長命の種族であり、また、獅子の男を軽く踏みつぶせる身体を持っているのだ。だからこそライオンは彼らに配慮するし、また、他種族共和の精神を持って大陸を支配しているという。だが……


「総合大学にあの大陸を旅してきたって言う触れ込みの教授が居ましたよ?」


 ララの漏らした一言に『なんだって?』と驚きも露わにしたカリオン。そんな話は聞いた事が無いし、仮に行って帰ってきたのだとしたら、それは画期的な事だった。


「今日の午後にでもその教授を城に呼ぼう。話を聞いてみたいものだ」


 バターを塗ったパンを囓りつつ、カリオンはそんな事を言った。国家の指導者は全てを知識として持っている必要など無い。必要な時は調べたり教えを請うたりすれば良いのだ。


 故に、その人脈を持ってる事。多くの人材を横に繋ぐ線を幾つも持って居る事。なにより、必要とあらばいつでも招聘出来る体制にしておく事。それこそが本当に必要な指導者の能力だ。


「父上にも知らない事があったんですね」


 ララは新鮮な驚きを口にした。だが、『当たり前だろ! だいたいだな……』とカリオンが熱く反論しようとした時、ウォークが朝食の場に飛び込んできた。


「不調法にて失礼! 緊急通達です! シウニノンチュとメチータより!」


 ウォークが突き出した書類は、先ほどの公式書類に比べ酷く読みにくい速記状態だった。だが、最初の数行を読んだだけでカリオンは事態を察し、落ち着いて頭から読み返した。


「……なるほど」


 椅子の上で牛乳を飲みながらカリオンは天井を見上げた。豪華な装飾の施されたその天井には、雲の彼方から降り注ぐ太陽の光が描かれていた。


「何かあったの?」


 サンドラの表情が曇った。それを見たカリオンは、何かを考える前に『苦労ばかり掛けて済まんな』と漏らしていた。『父上……』と、ララが呟いた時、カリオンはため息をこぼしながら額に手を当てて笑い始めた。


「参った参った。いよいよ俺の手から世界がこぼれ始めたぞ!」


 深い溜息をこぼしたカリオンの眉間には深い皺が刻まれていた。焦眉の急を告げるその緊急通達は、ル・ガルの危機を伝えていた。


「トラの一団が越境してきたらしい。それと、北方オクルカ殿より、クマの一団が南下を始めたそうだ。一難去ってまた一難だが、どこが手引きしているのか……」


 カリオンがそんな言葉を吐いた時、ララがボソリと『最終戦争でも始まったみたい』と呟いた。


「なんだそれは?」


 カリオンの問いに対し、ララは大学の国際政治学で学んだその事態の説明を始めた。ドングリの背比べだった諸国家の中で勃興した国家が周辺国を併呑し、地域の覇権国家として君臨する事がある。


 ガルディア大陸の覇権国家となったのはル・ガルであり、その周辺国とはパチパチと小競り合いを繰り返しつつも地域の緩やかな支配を強めている。だが、それと同じ事が西域でも起きていて、彼の地では獅子の国がそうなったにすぎない。


 そして、二つの覇権国家は最終的に激突する事になる。小さな街の覇権を取った者は周辺をまとめ、やがて国をまとめる。そんな国同士で覇権を争えば、生き残る所は僅かだ。そんな生き残った国同士で最終的な覇権争いを行う。


 それこそが最終戦争……


「つまり、このル・ガルと獅子の国とが激突するのか」


 ララは黙って首肯した。そして『その前哨戦かも知れません』と言った。つまり、獅子の国にもまた問題があり、その解決方法として戦争が模索されているのかもしれない。


 ララは学んだ内容の説明を続けた。最終戦争に至る過程として提示されたのは、覇権国家の崩壊に至る危険性だという。様々な理由により地域覇権を達成した大国は、外的ではなく内的要因によってのみ、崩壊せしむるのだという。


 にわかには信じがたい話ではあるが、それでもカリオンはその話を飲み込んでいた。大国が大国として在る為に、その内部で涙をのみ不条理を飲み込む者たちがいるのを知っているからだ。


 そんな彼らの不平不満を解消する為に必要なのは、国家をあげて対処を求められる事態だ。もっと言えば、共通の敵を作り出し、それに全力対処することでのみ不平不満をかわす事が出来る。不平不満を外に向けさせるのだ。


「つまり、このル・ガルは……いや、ル・ガルが生け贄にされると言うことだな?」


 ララは首肯しつつ『そうです』と応えた。最終戦争の局面として導きだされるのは常に支配する側とされる側の軋轢だからだ。支配される側の不平不満を解消する為に更なる被支配階層を作ること。それ以外に解消の道はない。


 覇権国家は常に戦い続ける運命であり、戦い続けることでしか総体を維持できない仕組み。それを為し得るには敵を求め続けるしかないのだ。


「思えば……ル・ガルもそうなのかもしれないな」


 カリオンはふと、そんな感慨を持つに至った。ル・ガル建国よりこの方、ル・ガルは常に外へ敵を求めてきた。北伐を行う傍ら、祖国戦争をいくつもこなしてきた。そしてその都度に国家は疲弊し、国民はその回復に奔走した。


 だが、逆の視点で見れば実情は全く異なる。常に外敵の恐怖を感じ、祖国防衛の必要性に駆られ、国家と国体の護持に全勢力を傾けてきた。そのタガが緩み戦の恐怖がなくなった頃、ル・ガルに発生したのはクーデターだ。


 それを考えれば、ララの学んだ最終戦争論は全く違う面を感じさせてくれる。つまり、人類は同じ愚行を繰り返す本当の理由だった。


「西域の知識も必要だが最終戦争の知識もいるな。少し学ばねばならぬようだ」


 ひとつ息を吐いて表情をこわばらせたカリオン。だが、ウォークは遠慮無くカリオンの意識を現実へと引き戻した。


「その前に北方と西方の両地域へ対処しなければなりません。現在はレオン家がアッバース家の西方駐屯軍団と共同でトラに対処し、北方はフレミナ家が対処してますが、北方は時間の問題でしょう」


 思わず『悪い方にか?』と漏らしてしまったカリオン。

 サンドラは悲痛な表情になっていた。


「北方にアッバース家駐屯軍団はおりません。また、銃兵の配備もフレミナ地域では進んでいません。従来の戦術で対処せねばなりません」


 『そうか……』と呟き、カリオンは思案した。


「ボルボン家に後詰めをさせよう」

「よろしいのですか? 中央の予備戦力が乏しくなりますが」


 ウォークはル・ガル国内における戦力バランスの崩れを心配した。だが、フレミナ地方を見殺しにするわけにもいかないのだから、ここは決断が求められる。そして、その決断をするのは他の誰でもなく、カリオンなのだ。


「やむを得ん。予備戦力は近衛師団を当てる。早急に対処しろ」


 ウォークは『御意』の言葉を残して動き出した。

 その背中が見えなくなったとき、サンドラが唐突に切り出した。


「フレミナに伝わる寝物語の中に、氷の大陸の果てに常春の大陸があると言いますけど……クマ達の楽園はその常春の大陸にあると言います」


 それはつまり、まだ見ぬ大陸の存在を示す話だった。そして同時に、まだまだ知らぬことがあるのだとカリオンは痛感するのだった。

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