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ル・ガル帝國興亡記 ~ 征服王リュカオンの物語  作者: 陸奥守
大侵攻~征服王リュカオンの誕生
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ウサギの本質

~承前






「単刀直入に申し上げるなら、理由などございません」

「は?」

「要するに、面白そうなんですよ。その方が」


 一切悪びれる様子無く、ハクトは遂にカミングアウトした。

 種族的な立地の危機だとか生存圏の拡大だとか、そんな理由では無かった。


「もっと暖かい所で生きたい。自分達にとってもっと暮らしやすい所へ行きたい。そんな理由などまやかしに過ぎません。要するに、ウサギはもう諦めてるんです。どうやったところで大型種族には叶わないって。だからね」


 何とも寂れた眼差しでハクトはカリオンを見た。虚無感に取りつかれ、いじけて拗ねて、世を恨んでいるだけ。ただ、ある意味でそれは仕方がないのだろう。


 戦って名誉ある死を……だなんて、それはまだ勝負になる種族同士での話なのだとカリオンは思った。どうやっても勝てそうにないなら、諦めた方が早いし、恥が戦略を……戦略を……


 ――あ……


 カリオンの脳内でなにかがカチリと音をたててはまった。

 それは、ウサギの中の隠された本音だ。


「イヌやオオカミも含めて、自分達よりもつい種族が憎い。けど、どうしたって敵わない。じゃぁどうするか。忸怩たる思いを発散するのは……要するに嫌がらせです。それだけです」


 ……はた迷惑な事を


 誰もがそんな事を思う中、カリオンだけが深く首肯していた。


「なるほど。よくわかった。ならばウサギ対策を真剣に考えねばならんな」


 一難去って、また一難。キツネの問題がそれなりに片付いたと思ったら、今度はウサギ対策だ。ただ、ウサギの問題は本当に根が深い。


「……使節を派遣しても拗れるだけでしょうね」

「えぇ。おそらくは……恐怖こそが行動原理でしょうし」


 サンドラの言葉にウォークがそう返答する。そう。恐怖なのだ。周囲に自分達より強いものばかりの環境なのだから、彼らは根本的に生き残ることこそが難しい状況へ陥っているのだ。


 ――ん?


 カリオンの脳裏になにかが思い浮かんだ。まだ言葉では説明できないが、それはもう実に腹立たしい事態。つまり、ウサギの代わりにどこかと戦わされる可能性。ウサギと敵対するすべてに対しイヌをぶつけるように仕向けるのだ。


「どうしたの?」


 カリオンの纏う空気が一変したことをサンドラが気付いた。その声につられたのか、ウォークを含めた側近武官や文官も顔色を変え始めた。


「……………………余の考えすぎであるなら、それに越したことはないが――」


 カリオンの声が深く沈んだものに変わった。周囲の者たちはそこに、カリオンの不機嫌かつ不愉快な心情を見てとった。


「――このル・ガルを滅ぼすのはウサギやも知れぬな」


 ル・ガルがウサギに滅ぼされる……


 その言葉のインパクトは、もはや普通では説明できないレベルだった。

 全員が総毛立ったような顔になり、カリオンの言葉の続きを待った。


「ウサギがイヌを攻め滅ぼすことは……おそらく無いだろう。だがな……」


 カリオンの眼差しがハクトに注がれた。

 憂いに満ちた眼差しだとハクトは思った。


「ウサギの思惑で……他の種族とル・ガルが本気で争うことになるやも知れぬ」


 その一言で執務室の中が静まり返った。

 そうだ。どうなのだ……と誰もが思った。


「生き残りたい。生き延びたい。そんな思惑のウサギにより、世界の流れが変わるかもしれない。或いは強引に変えてしまうかもしれない。その果てに存在するのは確実な滅びだろう」


 カリオンの言ったそれは、二虎競食の計、あるいは駆虎呑狼の計として三国志の時代からあるものだ。つまり、ウサギの敵となりかねない種族国家をル・ガルにぶつける事で弱体化を図る。


 虎の様な巨大国家ル・ガルを走狗とし、ウサギにとって危険な種族国家とぶつけて双方を弱体化させる。そんな思惑に踊らされてル・ガルが衰退しかねない。文字通りに滅びかねない。


 良いか悪いかなんて甘っちょろい話ではない。連面と受け継がれ発展してきたイヌの国が文字通り灰塵となりかねないのだ。


「いっそう慎重な対処が必要ですね」


 ため息混じりにそう言ったウォークは、カリオンのお茶を差し替えて差し出す。

 そのカップを見つめたカリオンは、眉間に皺を寄せて思索に耽った。


「ウサギを庇護国にすれば良いって問題でもなさそうね」


 サンドラの一言にカリオンが表情を変えた。ある意味でそれは画期的な提案かもしれないからだ。ただ、そうは言ってもそれ相応の大義名分がいるし、迂闊にそれをやれば次から次へと泥沼の対応を迫られる可能性もある。


「まぁ、先ずはウサギの掌で踊らされないことだな」


 呆れたように言ったカリオン。ウォークもサンドラもコクコクと首肯した。


「ハクト。呼びだてしてすまなかったな。余の用は以上だ。公式報告書の完成を待って貴族院と枢密院会議の双方に諮問する事とする。あとは――


 今後の対処方針についてカリオンが切り出したとき、執務室の外にバタバタと足音が聞こえた。相当慌てているらしい事が見てとれるのだが、先のクーデター未遂もあってか、ウォークはスッとレイピアをカリオンに差し出した。


「陛下! ご歓談中に失礼致します!」


 血相を変えて飛び込んできたのは国軍憲兵隊の少佐だった。幾度か見覚えのあるその姿は、何となくビッグストンで見たような気もするのだが……


「何事だ。そう慌てるな」


 まず落ち着けと言わんばかりにコップの水を差し出したカリオン。

 太陽王が手ずからに差し出した以上は手を付けないわけにもいかない。


「失礼致します!」


 恭しく拝領した少佐は、それでも一気に飲み干してコップを返し、おかわりは要らないと示した上で言った。


「憲兵隊伝令部の緊急軍事通達をお持ちいたしました! 大至急開封の要ありとなっております。差し出しは北部ジダーノフ領国境警備隊! 責任筆記はジダーノフ家のウラジミール様であります!」


 ――ボロージャ?


 一瞬、カリオンの心臓がドキリと揺れた。そして、必死になって飲み込もうと努力しつつも漏れ出た怪訝さが表情になってこぼれ落ちた。耳の奥で何かが鳴っているのが聞こえた。


 ――鐘の音だ!


 それは、ずいぶんと久しく忘れていた、あのノーリの鐘の音だった。絶対に良くないことだと確信しつつ、必死の笑顔を浮かべて伝令から軍事機密通達の封書を受け取った。そして、簡単な魔術封印の解除を行うと、中身を取り出し読んだ。


「…………………………そんな馬鹿な」


 みるみる険しくなっていくカリオンの表情に、全員が良からぬ事態を想像した。ただ、ため息と共に眉間を押さえ呻いたカリオンは、心底嫌そうな顔になってその書類をウォークに見せた。


 事務書類を散々と読み込んでいるウォークゆえに、速読の技術は凄まじいレベルにまで進んでいる。ただ、そんな側近中の側近だからこそ、その文字を読みながら表情が強ばっていくのが見てとれた。


「……あり得ません」

「あぁ。そうだろうな。だが、現実に事態は進行中だ」


 二人して顔見合わせたのだが、そこにサンドラが割って入った。


「何か良くないこと?」


 あくまで軽い調子でそう言ったサンドラ。そんな彼女に二人の視線が降り注ぐ。その眼差しはグッと力強く、幾度かの修羅場を経験した彼女とて、一瞬だけ気圧されていた。


「カモシカの国の騎兵団が一斉に国境を越えてきたとのことだ。現在は茅町の郊外で会敵中で、検非違使とジダーノフ家が事態に共同対処している。検非違使別当の機転で街の安全は保たれているようだが、早急に支援の手を差し伸べねばならない事態だな」


 カモシカの国はトラの国の近傍に存在し、その内情の多くが謎に包まれている。一説によればトラの国と同じく農業国家であるといい、または山岳地帯故に金属加工などの鉱業が盛んだとも言う。


 ただ、いかんせんル・ガルとの間には険しい山岳を挟んでいる関係で直接の行き来は非常に少なく、陸路ではトラの国を挟んでいるため関係は薄い。ましてやこの大陸の西方地域に広がる海を挟んで獅子の国との関係が深いと言う。


 風聞レベルの話ながら、トラですら一目おかざるを得ない大国たる獅子の国。ライオンの国家の柵封体制に組み込まれていて、その庇護のもとに国家が存続しているそうだが……


「……獅子の国の抑圧体制で、いよいよ我慢ならなくなりましたのでしょうか」


 そんな事を漏らしたサンドラだが、ウォークは異なる見解を示した。客観的に見てあり得ない話ではない部分を……だ。


「むしろ獅子の国との代理戦争ではないでしょうか。先だって完全撃退したライオンなどの大型種に生き残りはいません。従って、彼らは何が起きたのかを理解できないはずです。故に……」


 ウォークの示した見解にサンドラが怪訝な色を浮かべた。

 ただ、その認識でおおむね間違いないことを後に知ることになるのだった……

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