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ル・ガル帝國興亡記 ~ 征服王リュカオンの物語  作者: 陸奥守
大侵攻~征服王リュカオンの誕生
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ウサギの真実

~承前






 その時、王の執務室にいた者たちは、部屋の中がふと寒くなったと思った。些細な感覚ではあるが、それは確実なものだった。ただ、実際に温度が下がったわけではない。


 彼らが同じように感じたのは、温度ではなく寒気。悪寒と言っても良いその感覚の正体は、カリオンが発した猛烈な怒気と殺気。堪えていても漏れ出てしまう魔力の発露そのものだった。


「ハクト…… そなた、余を謀っておらんだろうな?」


 カリオンが何故にそんな剥き出しの警戒心を見せるのか?

 誰1人としてそれを理解出来ないのだが、カリオンだけはまるで戦の最中であるかのように表情を硬くしていた。


「当たり前です。王を謀るなどあり得ませぬ。縦しんば王を謀られたとしても、姫の逆鱗に触れれば恐ろしい結末のみが待っております」


 ハクトは間髪入れずそう返答した。そう。ハクトが怖れるのはカリオンでは無くリリスだ。常人に比べれば莫大な魔力を持つ存在、魔導師の巨人であっても彼女には太刀打ち出来ない。


 科学の発達した世界ならば、魔力を電力に置き換えれば話が早いだろう。どれ程に上手く電気が使える代物であっても、落雷の直撃で全てが壊れてしまうようなモノだった。


「……ならば良い。だが、もうひとつ聞いておかねばならんようだ」


 カリオンの言葉に続きがあった。ハクトはジッとカリオンを見つつ『なんなりと……』と漏らした。


「そなた。何故にウサギの郷を出たのだ?」


 直球勝負を選んだカリオンは、ジッとハクトの姿を見ていた。

 その脳裏に浮かぶのは、あのキツネの都で見た圭聖院の化けた姿だった。


 ――見破ってやる……


 疑心は心に暗い影を落とすモノ。些細な事でも疑いの色は濃くなるのが運命だ。

 あくまでもニュートラルな心で相手を見なければ、些細な所を見落とす。

 だが、疑りすぎれば悪意無き仕草ですら敵意に見えると言う。


「……話せば長くなりますが――」


 ハクトは意を決したように切り出した。

 ただ、それは聞く者全てに血の涙を流させるような話だった。


「――実は、手前の母はウサギの重なりでした」


 ハクトの言葉に哀愁の色が混ざった。

 ただ、そこに続く話は、哀愁などという物では無かった。


「母は……産まれながらにして拭いがたい業を背負っていたのです。と言うのも、ウサギは生贄としてオオカミに差し出される事があるのですが、手前を産んだ母はオオカミの生贄として送り出された女でした。ですが……」


 言葉に詰まったハクトは一つ息を吐くと、懐中時計を取り出して蓋を開いた。

 そこに描かれているのは、長い耳をピンと立てたウサギの女だった。


「母はオオカミの郷で身籠もりました。数多の魂を重ね合わせて産まれて来た母の身体は、如何なる種族とも子を成せる呪われた存在だったのです」


 カリオンの表情がスッと曇るのをサンドラは見ていた。そして同時に、ララが同じ体質である事を危惧した。重なりに生まれた者は、その誰もが同じような特質を持っているからだ。


 フレミナの郷に伝わる人体錬成の秘術。その根幹もまた重なりの研究にあった。そして、イヌに対抗する為に牙を研いだオオカミたちの研究の成果は、恐るべきバケモノとなってフレミナの郷に存在していた。


 検非違使となる者達とまったく同じ覚醒者達だ。ただ、オオカミの覚醒者はそのどれもが短い生涯の定めに生まれてくる。長生きしてもせいぜい8年と僅かで、彼らはその僅かな日々の中で燃え尽きるように生を全うするのだった。


「で、それとそなたと何の関係がある?」


 敢えて冷たい言い方でカリオンは続きを促した。その言葉に少々気分を害したなら由。そうで無ければ更にストレスを与えて本性を引っ張り出すまで。手荒な方法ではあるが、人の感情を励起してやると、思わぬ本音を引き出せる。


 決して褒められた方法では無いが、それでもカリオンはその手を選んだ。圭聖院が化けているなら、それを引っ張り出さねばならないからだ。


「まぁ……そうでしょうね……」


 小さくため息をこぼしたハクトは、全部お見通しだと言わんばかりになってカリオンを見ていた。何事も場数と経験だが、数百年の生涯を何度も生きなおしているハクトにしてみれば、赤子の手を捻るようなものだった。


「簡潔に言えば、母はウサギとオオカミの重なりを産み落としました。その存在からオオカミを切り落とし、残ったのが私です」


 全員がキョトンとした顔になってハクトを見た。


「いま…… 切り落とした……と、申したか?」

「然様に」


 カリオンの問いにハクトは即答した。

 切り落とすと言う意味をどうしても理解出来ず、カリオンは首を傾げた。


「私もまた産まれながらにとんでも無い魔力を持った存在でありました。ですから私は、物心付いた頃には他者に魔力を供給する水瓶のような役になっており、ウサギの中で魔術研究に勤しむ日々でした。ですが……やはりまだ心は子供だったのです」


 心は子供……


 その言葉が妙に印象に残ったカリオン。

 しかし、それに続く言葉は意外だった。


「有る日、ウサギの街にキツネが姿を現したした。キツネの国にあって九尾を目指す修行中の陰陽師でした。手前は興味本位でそのキツネに近づいたのです。その時のことはいまでも忘れません。そのキツネは私の中に居たオオカミを……喰らったのです。そしてその場で、新しい尻尾を一本増やし、八尾となりました」


 あぁ……


 カリオンは何となく全体像を掴んだ。そのキツネ事がウィルの本体であり、いまは如月と名乗るイナリの眷属の九尾なのだろう。だが、それとハクトがウサギの郷を出た理由が結びつかない……


「で?」


 手短に聞いたカリオン。

 ハクトは首肯しながら続けた。


「実は私は……覚醒しバケモノの姿となってウサギの切り札に加えられる予定だったと後から聞きました。それを話してくれたのは、そのキツネの男だったのです。私はただのウサギになって、アトシャーマの中で居場所を失いました。故に」


 小さく『そうか』と応えたカリオン。

 気が付けばサンドラが涙していた。


「そなたはそのキツネと国を出たのだな」

「然様です。そしてそのキツネこそが……尾頭だったのです」


 ……なるほど


 そんな調子で首肯したカリオンは、ハッと気が付いてハクトを指差した。致命的な矛盾。或いは、決定的なミス。遂に尻尾を出した!とカリオンは息巻いた。


「ハクト…… 余が教えられた限り、尾頭は魔導の始祖という。だが、それより以前からも魔導は存在したのか?」


 カリオンの発したその問いに、ハクトはニヤリと笑ってみせた。

 その笑みはウサギと言うよりオオカミだと誰もが思った。


「さすがは太陽王陛下。僅かな矛盾を見逃しませんな――」


 クククと笑ったハクトは、懐中時計を懐に仕舞ながら言った。


「――それまでのウサギの魔術は、必要な結果を引き起こす為の原因を集める形で顕現させていたのです。つまり、その時点ではまだ、ただの魔術でした。必要となる良き隣人を集めていたのですよ。ですが、尾頭の見せたそれは魔術では無く魔法でした。必要な結果を得る為の手順を体系化してあったのです。そして――」


 ハクトは再び懐中時計を取り出すと、蓋を開いてカリオンに見せた。数多くの歯車が噛み合って動いているように見えるが、その中心には何かが鼓動しているように見える代物だった。


「――この様に、必要な結果を導き出す為の、いわば呼び水を物に詰め込む事によっていつでも発動出来る形を整えました。つまりこれこそが尾頭の研究の成果であり、魔を導く術。魔導の完成だったのですよ」


 魔導は魔法でも魔術でも無い第3の道。しかし、その実体は魔法と魔術のいいとこ取りを実現した凄まじい代物。尾頭はそれを為しとけたのだ。


「で…… そなたは尾頭と共にアトシャーマを出たのか」

「然り。ですが、もっと言うならば、手前はウサギの国で不要とされたのです」


 そう。当人が言った通り、ハクトは重なりのバケモノとしてウサギの中で飼育される存在だったということだ。だが、尾頭はそこからハクトを救い出した。ならば懐かれて当然だろう。


「やがて2度目の転生を終えた頃、手前はアトシャーマに戻った事がありますが、その時点でウサギの国の魔術が余りにも……みすぼらしくありまして、手前はウサギの中の才ある者に魔導の手解きをいたしました。その結果……」


 カリオンは首肯しつつ『魔導の大国になった……のだな?』と言った。


「然り。クマやオオカミやトラに対抗する為、ウサギは必死になって魔導を研究しました。その結果、他の種族を撃退して余りあるだけの魔導大国となったのです」


 必要な結果の為に一族上げて対処する。

 当然と言えば当然だが、それでもウサギは必死だったのだろう。


「なるほど。よく解った。で、実はここからが本題だ」

「心得ております。ウサギが南進を試みる本当の理由ですな」


『あぁ』と応えたカリオンは、黙ってハクトの言葉を待った。だが、しばらく胸中で言葉を練ったあと、溜息をひとつこぼしながらハクトは切り出した。それは、正直言えば迷惑極まりない、ウサギの特性その物なのだった……


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