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ル・ガル帝國興亡記 ~ 征服王リュカオンの物語  作者: 陸奥守
大侵攻~征服王リュカオンの誕生
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ウサギの生存闘争

~承前






 公式報告書の体裁でまとめられたレポートを読むジョニーの顔は、まるで戦場で大暴れする武者のごとき様相だった。クワトロ商会の専門セクションが徹底的に締め上げて吐かせたそれは、想像を絶するものだった。


「すべての黒幕が……うさぎだって言うのか??」


 それは、俄には信じられない話だった。クワトロ商会の男達は、徹底した尋問を行った結果として、ウサギの国の王家か国王、もしくは有力貴族が関わっているのだと情報を吐かせたらしい。


「おい……どう思う?」


 ジョニーはアレックスに意見を求めた。そもそも、ル・ガルのインテリジェンスに関して言えばアレックスが専門なのだから。


「考えられるのは3種類だ。完全に虚偽。完全な真実。最後は――」


 アレックスもまた厳しい表情になって報告書を読んでいる。

 その顔にはわずかな矛盾も見逃すまい……と、相当に気を入れているのが解るほどだ。


「――真実のなかに嘘を混ぜてある」


 ごくごく一般論ながら、それでもインテリジェンスを担当する者は、必ずそこから考える癖をつけているのだ。当たり前に感じる事ですら一つ一つ検証していく事で、些細な矛盾に気がつくことはいくらでもある。


「……おめぇの見解を聞きてぇ」


 勘当された身とはいえ、そもそもジョニーは公爵家の跡取り息子だ。その成長の過程で様々な貴族間の軋轢や葛藤を見てきたし、言葉に出せないあれやこれやをさんざんと見せつけられてきた。


 ただ、そんなジョニーをして、ウサギがこれだけ暗躍する理由が思い浮かばないのだ。北方山岳地帯の中にあるわずかな平地と盆地とに暮らす彼らは、その地域においてクマや北方系トラ種族と共存関係にある。


「そもそも、この報告書の根幹は簡単だ。ウサギは一族すべての希望として南方に進出したいと繰り返しのべているが……」


 そう。ウサギにとって万年雪をいただく北限の地は寒すぎるのだ。そしてそこは大型種族達にとって、共存しつつもしのぎを削るホットフロントなのだ。完全な敵対行動こそ無いものの、それは決して友好的とは言いがたい環境だった。


 雪解けの季節から駆け足の夏が通りすぎる間、クマとトラは縄張り争いに明け暮れる。やがて冬がやって来るとクマ達はそれぞれの巣穴と呼ばれる地下住居に立て籠り、じっと春を待つ。


 その間、つかの間の繁栄を謳歌するトラ達は、だがしかし厳しい冬のなで激しい生存闘争を繰り広げる。北限の海に生きる海獣をハンティングし、その肉を喰らって生き延びるのだ。


 その邪魔になれば、ウサギとて容赦なく喰われてしまうと言う。綺麗事の通じない喰うか喰われるかの極限闘争は、共存共栄等と言う甘っちょろい理想論などいとも簡単に打ち砕くのだった。


「……逃げ出した先なんかに楽園なんてねぇんだけどなぁ」


 ジョニーはそれをよく知っていた。そもそもが街の無頼でゴロツキ一歩前だったのだ。自分の生存テリトリーは自分で確保しなければならない。戦ってでしか手に入らないものがあり、それは勝ち以外に成功などないのだ。


「まぁそれもそうだが……ウサギとトラじゃ勝負にもなりやしないだろ」

「……あぁ。ましてクマが相手となりゃな」


 肉体の強靭さにおいて比較するなら、ウサギはどこまで言ってもウサギなのだ。トラの強さは比較するのもおこがましい。だが、そのトラですらも一撃で屠るだけの強さをクマは持っている。


 こと、北方に君臨する純白の体毛のクマにいたっては、森に暮らす灰色や茶色の体毛のクマよりも遥かに強力な存在だ。長い時間をかけてその地域のなかで終わりの無い生存闘争を続けてきた結果、彼らだけが生き残った。


 それはつまり、強い種が生き残ると言う自然の摂理であり、それ自体が神の摂理の一貫といえるのだった。だが……


「だからこそウサギは魔法が発達した。昔から言われることだが、改めて突きつけられると、少々狼狽えるな」


 アレックスの言葉にジョニーがゾッとしたような顔で首肯を返す。そう。この世界最大の魔法国家はキツネではなくウサギだ。キツネの魔術が全力で人を謀る方向なのに対し、ウサギの魔法はその全てが森羅万象の理を解き明かすアカデミックでシステマチックなものだ。


 つまり、必要な結果の為によき隣人を使役するか、その力と同じものを符術や式神と言った手法で実現するキツネに対し、ウサギは必要な結果を顕現させるメカニズムを自分達で作り上げてしまう。


 そこにどれ程の研究と失敗があったのかは、外部からは全く伺い知ることはできない。だが、現実にウサギはその技量を持っているし、そうでなければ生き残れない環境で生きてきたのだ。


 強力なトラやクマやそれ以外の種族に対し、すさまじい破壊力の魔術で対抗して生き残ってきた。そしてそれだけでなく、他国へと様々な干渉を繰り返しては、望む結果を手にいれてきた。


「全くだぜ……」


 吐き捨てるように言ったジョニーは、寝台の上で眠っているキャリに目をやった。エリクサーによる治療で一気に回復したとはいえ、相当に体力をすり減らしたのだろう。


 死んだように眠っているキャリの傍らで、椅子に腰掛けたまま鋭剣を握っているタリカは、耳だけ動かして音を聴きながら居眠りをしていた。


「急いで報告した方がいいな」

「あぁ。エディは知りたがるだろう」


 早馬を走らせるよりも確実な手段がひとつだけある。ジョニーもアレックスもそれが解っているからこそ、ここで論議を深めておく事を選択した。


「で、ウサギの南方進出計画が真実だとして、連中はいったいどんな手段を考えていたんだろうな」


 ジョニーは再び報告書をめくった。そこに出てくるのは、彼らウサギの辛酸をなめるような苦労の歴史だった。


「ル・ガルは本当に恨まれているんだな」


 アレックスもそう漏らさざるを得ない艱難辛苦の歴史。

 ガルディアラの大平原をイヌが独占したあと、残り少ない平地をめぐって様々な種族がさんざんな闘争を行った。その結果、イヌの周辺にネコやトラの国ができたが、キツネは新天地を目指した。


 そんな歴史のなかで、ウサギは最初オオカミ達と共存することを選びかけていた。ただ、そもそもにオオカミは弱肉強食が根本原理の一族だ。取るに足らない弱小種族といえるウサギなど、あっという間に喰い尽くされてしまいかねなかった。


 だからこそウサギは更に北方を目指した。さしものオオカミですら太刀打ちできない大型種族が跋扈する地へと移り住んだウサギは、大地に穴を掘って暮らす事を選択した。


 ただ、そこから先の歴史は本当に辛いものだ。トラやクマに怯え乏しい食料を分け与える文化が生まれたが、それと同時に長く辛い冬を穴のなかで暮らすうちに、嫌でも近親交配が進んでしまった。


 その結果として、一定の確率で異常者が生まれ、その中の極僅かな確率で超常者と呼ばれる魔力の塊のような化け物が生まれた。彼らはそのすさまじい魔力を生かして研究と生存権の拡大を図ってきたのだった。


「本当に恨まれてるのは僕たちですよ」


 アレックスとジョニーの会話に割って入ったのは、居眠りしているはずのタリカだった。


「定期的に生け贄を要求し、さんざん嬲り者にした後で殺すんですよ。ただ殺すんじゃないんです。ジワジワと苦しむように。むしろ殺してくれと懇願するように仕向けて、それでも殺さずにおいて、最期は狂ってしまうのを見届けて、それで……他の部族に送り出すんですよ。行った先で暴れるように」


 タリカの言葉にアレックスやジョニーが息を飲んだ。そんな話は聞いたことがないし、オオカミの文化のなかにそんな凄惨な歴史があったのか!と、驚くより他無い話だった。


「おいタリ…… その話…… マジか?」


 低い声でそう言うジョニーの表情は凍りついたようだった。どの種族であっても女は大事にするもの。新しい命を産み落とせるのが女だけである以上、その種族が総力を上げて守るべきは女だ。


 その女を差し出させ、揚げ句に嬲り殺しでは恨まれて当然と言える。ただ、タリカの言葉をそれ以上聞かずとも、その実は用意に想像が付くのだった。


「……ザリーツァの一門か?」


 アレックのの問いにコクリと頷いたタリかは、うんざり気味の表情で言った。


「フレミナの部族間闘争でどれくらいのウサギが死んだのか想像もつきません。ただ、うちの家では……耳塚ってのが昔からあって自分も親父に聞いたんですけど、少なくとも100人は祀ってあるって話です」


 そこまで聞けば全体像が見えてくる。トマーシェの家を潰そうと送り込まれたウサギの女をトマーシェ家はどうにかしたのだろう。一刀の元に斬り捨てたか、もしくは手当てをして送り返したかのどちらか。


 そして、耳塚がある以上はそれなりの数で死人が出ているはず。そうでなければそんな事はしないはずだ。


「……ウサギ対策を本気で考えた方がいいな」


 アレックスの言葉にジョニーが言う。


「事と次第によっちゃ、ウサギどもと一戦交える事になるな」


 正直言えば冗談じゃないと言いたい事だ。

 だが、自衛のための戦いは避けて通れない部分でもある。


「何れにせよ……ちゃんと報告した方がいいな」

「あぁ。場合に依っちゃえらい事になるぜ」


 深いため息をこぼした二人は、もう一度キャリを見た。

 次期太陽王を亡き者にしようとしたウサギの暗躍は、ル・ガルの将来を考える上で深い影を落とし始めているのだった。

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