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ル・ガル帝國興亡記 ~ 征服王リュカオンの物語  作者: 陸奥守
大侵攻~征服王リュカオンの誕生
430/665

暗躍する存在 ~ ウサギの介入の始まり

~承前






 斜光線の差し込む路地の中、キャリは脇腹を押さえて立っていた。

 辺りには建物の影が落ち、陰影の印象を一層濃くしていた。


 ――――美しい……


 一瞬だが、タリカその光景を美しいと思った。

 斜光を浴びて佇むキャリは、短刀を握りしめ斜に構えているのだ。


 短い刃からは光が反射していて、それはまるで何か大いなる者の放つ神々しい力の発露を印象させるようなシーンだ。


 太陽の地上代行者……


 知識とか常識とかそう言うモノでは無く、タリカはそこにキャリの背負った物を感じた。人を照らし、導き、護る存在だ。そしてその直後にハッと我に返り、言葉を発する前に後方から斬りかかっていた。


「何者だ!」


 飛燕の早さで距離を詰めたタリカは、問答無用で剣を振り下ろした。腰に下げていた長剣は父オクルカが作ってくれた成人祝いの鋭剣だ。フレミナ金属工学の技術が極限まで注ぎ込まれたそれは無音剣と名付けられた空裂音の出ない構造の刃だ。


「……新手か」


 キャリを圧していた黒装束は全部で五人。だが、どうやら二人はキャリの手で死んだらしく、キャリの前に立っていたのは三人だった。そのひとりを完全に切り裂いたタリカは、手首を返して胴薙ぎに斬りつけた。


 その刃が届く前に、黒装束の男は凄まじい跳躍を見せて飛び退く。その運動能力は充分脅威だが、それ相手に二人殺傷したキャリの腕も相当なモノだ。ただ、そのキャリも脇腹を負傷しているのを見ると、相手も手練れだと理解出来た。


「フンッ!」


 およそ5歩ほどの間合いは、文字通りに一足一刀の距離だ。その距離を一気に駆け抜けたタリカの刃は、黒装束の男に斬り掛かった。残りは二人で片方を斬れば残りは一人。


 破れかぶれになってキャリに襲い掛かっても、何とかなるだろうとの読みだったのだが……


「ギャァ!」


 タリカの剣で斬りつけられた黒装束の男は、悲鳴をあげつつ懐から何かを取り出して地面に叩きつけた。パッと煙が上がり視界が閉ざされタリカは瞬間的に足を止めかけ、その直後一気に再加速して煙を抜けた。


 手応えありだった男に肉薄したタリカは、逆袈裟方向へ剣を振り抜いた。握った束のなかにプツプツと切り裂く手応えがあった。そして、ガチゴチと骨を断ち切る感触もだ。


 ――――殺った……


 それを確信したタリカは、キャリに肉薄したところで振り返った。

 そして目の前の光景に言葉を失った。予想外の存在がそこに居た。


「………………なんで?」


 切り裂かれた黒装束の中から出てきたのはウサギだった。長い耳を上手にたたんで頭巾にしまっていたようだ。その姿ははた目に見れば全くウサギには見えない状態といえる。


 残った最後のひとりのウサギは新手の登場に一瞬だけ対処が遅れたようだ。しかし、流石と言うべきかすぐに切り替わったようで、腰を落とし両手に持っていた短剣を構えて戦闘体制に変わった。


 小太刀二刀流と呼ばれる、威力よりも速度を取った細作稼業な者達の得意なスタイルだった。


「やる気か! 容赦しねぇぞ!」


 太刀筋にへばりついた脂をパッと散らし、タリカは剣を青眼に構えて対抗姿勢に入った。だが、ふたりが切り結ぶ前、その刹那に何かがそこへ襲いかかった。


 ――――えっ?


 正体不明の存在がその場に割って入ったと思ったら、一瞬にして最後のウサギが蹲ってしまった。そして、その首筋に一撃を入れ完全に動けなくした後で、割って入った存在はスクッと立ち上がった。


「遅れやして申し訳ありやせん。あっしはクワトロ商会のモンにございやす。若にお怪我をさしちまいやしたね。まったくもって面目ねぇこって」


 それは、あのリベラのような細作稼業にあるネコだった。引き締まった身体の手足は驚くほど長く、縦に割れた瞳の湛える鋭い眼光は、戦士や剣士、騎士と言った存在ではなく、一言で言えば『殺し屋』だった。


「すぐ近くにクワトロ商会の出張所がありやす。どうかそちらで手当てをお受けになりやすように」


 気が付けば、辺りにはどう見ても堅気ではない稼業の者達が集まり始めた。彼らは一様にクワトロ商会の関係者を示す揃いのリングを指に嵌めているのだ。


「そのウサギはどうします?」


 タリカがそう訪ねると、最初に割って入ったネコの細作が答えた。四方五歩も行かぬ範囲でしか言葉の通らない、闇稼業にある者達特有のしゃべり方だった。


「あっしが責任もって正体を吐かせやすんで、どうかお待ちいただけますよう」


 前に一度、タリカはそれを聞いた事がある。俗に闇語りと呼ばれるその話法は、闇の中に生活の場を作る裏稼業の者にとって必須の能力なんだそうだ……


 ――――これが細作か……


 妙な所で感心していたタリカだが、ハッと気が付きキャリを見た。

 右の脇腹に深い刺し傷があるらしく、苦悶の表情を浮かべていた。


「大丈夫かよ!」

「ちょっとヤベェな……」


 いつも強がっているキャリが初めてこぼした弱音。

 それに気付いたタリカが顔色を変えた瞬間、キャリはガクッと膝を付いた。


「キャリ!」


 なんだなんだと野次馬が集まり始めたと言うのに、タリカは遠慮無くその名を呼んでいた。途端にアチコチから『次期太陽王だ……』と囁きが聞こえ始める。ネコの中にある微妙な敵対心をタリカは感じた。そんな時だった。


 ――――エル!

 ――――どこだ!


 蹄の音と同時、そんな声が遠くから聞こえた。

 そして、『どけ!どけどけ!邪魔だ!ぶち殺すぞ!』と容赦の無い怒声が響く。


 ――――あっ!


 タリカがそう思った時、胸甲だけを付けたジョニーが現れた。幾人かの手勢を連れたジョニーは、驚く程ながい槍を構えて駆けつけたのだ。


「エル! 大丈夫か!」


 はぁはぁと荒い息を吐くキャリは『ジョニーおじさん』と一言呟き、そのまま地面に突っ伏した。


「ばかやろう! こんな所で死ぬんじゃねぇ! 男だろ! 気合見せろ!」


 そんな、訳の分からぬ発破を掛けながら、ジョニーは馬を飛び降りるとキャリの元へと駆け寄った。ただ、その脇腹の傷が相当深くまで入っていて、肝臓を貫通しているのに気が付いた。


 一般的に言えば、肝臓へのダメージは相当な痛みと共に生命への危険が一気に増す場所なのだ。そして同時に、生中な方法では回復し得ぬ、致命傷への最短手とも言える。


 およそ胸甲騎兵であれば、ここへのダメージは絶対に避けろと教えられる場所なのだが、そこを短刀で貫かれれば、喋る事すら辛い痛みの筈だった。


「おぃ! どこでも良い! 近い所に寝台付きの休憩できるところは無いか!」


 キャリを抱きかかえたジョニーが叫ぶ。

 すると、クワトロ商会の細作な男が『こちらへ!』と叫んで走り始めた。


「まだ死ぬんじゃねぇ!」


 キャリを抱きかかえたまま走り出したジョニーは、程なくして近くにあったクワトロ商会の事務所へと入った。その奥にはクワトロ商会の実働部隊が待機する為の詰め所があるのだ。


 そこの寝台へと寝かされたキャリは、もはや虫の息だった。ジョニーは腰の背嚢から小さな革袋の包みを出すと、簡単な魔法詠唱を行って封印を解いた。その中に入っていたのは、王府特性の特別な快復薬。スーパーエリクサーだった。


「まだ死ぬんじゃねぇ! ここでお前がくたばったらエディに合わす顔がねぇじゃねぇか! しっかりしろ! ゆっくり飲み込むんだ!」


 キャリの口へエリクサーが流し込まれ、それをゆっくりと飲み込んだキャリ。

 ややあって突然バタバタと暴れ始め、首を押さえて悶絶し、その直後に紫色とも焦げ茶色とも付かないものを大量に吐き出した。


「おぃおぃ……」


 さすがのジョニーの鼻を背けるほどに酷い臭いのするそれを吐き出し、ゲホゴホを噎せながらも更に吐き出したキャリは、ヒューヒューと喉を鳴らしながら咳き込み続けた。


「酷い…… 味です…… ね……」


 震える息でそう言ったのだが、まだ呼吸が苦しいのか痙攣気味に寝転がった。


「傷だけじゃねぇな…… 毒でも塗ってあったか」


 エリクサーの反応を見ていたジョニーはそんな事を漏らした。致命傷に近い傷であればあるほど、好転反応も大きくなるのがエリクサーの特徴だ。だが、それにしたって大袈裟な反応を見せたのだから、ジョニーだって首を捻る。


 ただ、果たしてその結末はと言えば、そこに居た誰もが予想だにしなかった、大きな大きな変革のビッグウェーブを感じさせるモノとなるのだった。そして、その最前線へ否応なく立たされる事になるタリカは、ジッとキャリを見ていた……

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