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ル・ガル帝國興亡記 ~ 征服王リュカオンの物語  作者: 陸奥守
大侵攻~征服王リュカオンの誕生
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追跡者

~承前






「キャリ…… やばくねぇ?」


 セラセラと静かに笑っているタリカは、小声でそう言うと何気なく振り返った。

 フィエンの街から更に50リーグほど西進した、名も知らぬ小さな街の中だ。


「……二人?」

「いや……3人じゃね?」


 二人はいま、サスペンションに使う竹を探しにフィエンの街を離れている。

 ただ、その街の中を行く二人を、何者かがつけていた……


「今更だけどよ……」


 タリカはヘラヘラと笑いながら辺りをキョロキョロと見回している。

 なんともめんどくさい名前の街だが、バザーのなかはそれなりに栄えていた。


「なんだよ、はっきり言えよ」

「いや、仮にも次期太陽王がこんな所まで出向くのは感心しねぇってな……」


 タリカはあくまで馬鹿話でもしてるかのように振る舞っている。

 だが、キャリにだけ聞こえるように声量を絞っての言葉は、不思議と四方1メートルも離れぬうちに風に掻き消される声音だった。


「何者だろうな」


 クククと楽しそうに笑ったキャリは、辺りを見ながら凄みのある笑いを見せた。

 次期帝の肩書きが伊達ではないことを感じさせるその笑みには、傲岸な支配者のそれが見え隠れしていた……


 ――――苦労知らずのボンボン……


 普通であればそんな評価が出てきてもおおかしくないのだろう。

 しかし、そんな環境下でありながらも、キャリはいくつも苦労を重ねていた。

 そしてその都度、確実に人間的な成長を重ねていた。


 何より、その胸には細作稼業な者の一撃痕が残っている。

 幾多の修羅場を潜った筈なのだから、その度胸もまた成長していた。


「正体はわからねぇけど……侮って良い相手じゃねぇってこったな。つうか、今さらこんなこと言っても遅ぇけどよ、もしかして俺たち、あのオッサンに売られたんじゃねぇだろうな」


 タリカが言ったそれは、相談を受けたエゼの一言だった。


 ――――竹?

 ――――それならもう少し西に竹林があるよ


 そう教えてくれたエゼは、地図を書きながら説明してくれた。

 フィエンの街から西方へ50リーグほど行くとブリテンシュリンゲンと言う街がある。この街の裏山は竹の名産地だと。そして、街の主要産業は竹細工故、なんかの役に立つかもしれないね……と付け加えた。


「どっちかって言うと……純粋に教えてくれたんだと俺は思ってる」


 キャリは育ちの良さを感じさせるボンボンな言葉を吐いた。

 ただ、その実と言えば、それは純粋な信頼関係だ。


 次期太陽王として恥ずかしくない教育を施されてきたキャリの、その実力を試そうとしている。エゼの見込みはその程度かもしれないし、むしろこの程度の事は自力で解決できねば先が思いやられる。


 だからこそ、キャリは問題を上々に解決し、何事もなかったように帰らねばならない。そうしなければ父カリオンとエゼキエーレの間に蟠りが出来るだろう。やがてそれはイヌとネコの間に微妙な影を落とすかもしれない。


 ――――切り抜けてやるさ……


 そんな事を思ったキャリは『走るか?』と楽しげな表情で言った。後をつけてくる追跡者を巻くのではなく、うまい具合に出し抜いて正体を確かめてやる……と、無鉄砲な挑戦を試みているのだった。


 ただ……


「楽しそうだな」


 それを止めるべき立場にある相方は、むしろそれを『やっちまおう!』と煽りかけている。無鉄砲な若者らしい事と言えばそれまでだが、そんな経験を積み重ねることで、学ぶことも多いのは事実だ。


 なにより、そんな無鉄砲さから致命的な失敗をして、そして慎重さと臆病さの違いと言うものを学んでいく。古来より連綿と言い古されてきたように、『男の子には冒険が必要』なのだ。


「走るか?」

「二手に分かれてな!」


 そう言うが早いか、キャリは人混みのなかを一気に加速した。一瞬遅れてタリカも走りだし、キャリを追った。その直後、二人は完全に反対方向に別れた。これならば、追跡者が事前打合せしない限り、どちらかを優先するのは不可能だ。


 ――――楽しいな!


 人混みのなかを抜けたキャリはバザーを突っ切り、街の中央にある広場を抜けて街外れへと駆けた。ただ、まとわり付く様な重い気配だけが後ろを付いてくるのだった。


 ――――なんだこいつ……


 街外れの寂れた地域に出たタリカは、そこでやっと走るペースをおとした。まだ若い故に、荒い息を吐いていたのはつかの間だ。振り返って人気の無い街を眺めるキャリは、追跡者を探した。


 木を隠すなら森の中と言うが、人が追跡してくる以上、人の居ないところへ出れば嫌でもその姿が目立つ事になるはずだった。だが……


 ――――いな……い?


 乾いた風の吹く殺風景な街並みに人の気配はない。

 カラカラと音を立てて転がる小さな手桶が井戸のそばで所在無げだ。


 ――――そんな馬鹿な……


 キャリだって城のなかで散々と訓練してきたはずだ。王族に在るものの務めとして、最低限の能力としての自己防衛術を仕込まれた。なにより、幼い日に父カリオン最強のエリートガードだったネコの細作――リベラおじさん――との追い掛けっこで鍛えられていた。


 そんなキャリが追跡者の気配を勘違いするなどあり得ない。幾多の遊びを兼ねた訓練の中で、リベラはキャリの勘の鋭さを誉めていた。


 ――――陛下……

 ――――若にあっしの芸を仕込んでも……

 ――――よろしゅうござんすかねぇ……


 リベラは冗談混じりにそんな事を言ったことがある。バカを言うなと父カリオンは一笑に付したが、さも残念そうに『良い素質なんでござんすがねぇ』と本気で惜しがっていた。


 キャリのもって生まれた最大の素質。それは、気配を読む事、感じる事、見抜く事。そして、些細な矛盾を見逃さないことだった。要するに地頭が良いと言うパターンなのだ。


 ――――ばかな……


 キャリは僅かにパニックを起こしかけていた。対処不能の事態に直面したとき、その人間の実力が出てしまうのだ。そして今のキャリは、問題を前に深い混乱へと落ちつつあるのだった。




 ――――――同じ頃




「てめぇ何処の廻し者だ!」


 目の前に現れたネコの男を真正面から殴り付け、完全に昏倒したところで襟蔵を掴み上げたタリカは、容赦なく何度も殴打しながら首を絞め上げた。ギョエ!と鈍い声を発しつつ足をバタバタさせたネコの男は『待って! 待って!』と情けない声を出していた。


「素直に吐いたら楽に殺してやる」

「勘弁してくだせぇ あっしは都日報の記者にござんす!」


 記者……つまり報道機関の者だ。

 タリカは一気に表情を固くして更に絞め上げた。


「どこのブンヤか知らねぇが、俺と相方をどこの誰か承知で居たんだろ?」

「もっ! もちろんでさぁ! 次期太陽王、お忍びでネコの国へって超特大の特ダネっすよ! マジですよ! 悪意はねぇんですよ!」


 足をバタバタとさせていたネコの男は、懐から音封石と呼ばれるウサギの国の魔道具を出して見せた、ややあって物陰から出てきた連れの男が写景板と呼ばれる記録道具を見せ、悪意はないのだと盛んにアピールした。


「くそっ! バカを晒しちまったぜ……」


 無償にイライラとしつつ、タリカは『さて……』とこぼした。キャリはどこに行ったやら……と思案したのだ。そもそも全く打ち合わせもせずに走り出したのだから、行方を探さねばならない。


「おぃてめぇら! 俺の相方を探しやがれ!」

「お安いご用でさぁ!」


 ネコの記者は手にしていた何らかの魔道具に向けて話しだした。どうやら遠隔地と会話するための道具のようだ。ただ、その会話が急に剣呑な調子になったと思ったら、そのネコの新聞記者は血相を変えて叫んだ。


「旦那! 王子がヤベェ!」


 思わず『どういう事だ!』と叫んだタリカだが、新聞記者は『こっちでさぁ!』と叫びながら走り出した。見るも無惨な中年体型ながら、その記者の足はめっぽう速く、タリカは追いつくので精一杯だ。


 しかし、それでも懸命に走って追いかけていった先。人気のない辺りの路地裏に聞き覚えのある声が響いていた。


 ――――何処の者か名乗れ!


 キャリの声だと認識したその時点でタリカが血相を変え、一気に加速してネコの記者を追い越し路地裏に飛び込んだ。そこには短刀を抜いて黒装束の男と対峙しているキャリが居た。全身に返り血を浴びた状態で、尚且つ、脇腹から血を流しているのだった……

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