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ル・ガル帝國興亡記 ~ 征服王リュカオンの物語  作者: 陸奥守
大侵攻~征服王リュカオンの誕生
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~承前






 初めての外国訪問がネコの国だった……


 そのインパクトをキャリとタリカは嫌と言うほど味わっていた。

 戦の一環でキツネの国には入った事がある。だが、政治の一環として外国に出向くのは、まったく異なる体験であった……


「君は……オオカミの血の方が濃いかね?」


 恰幅のよいネコの男がそう尋ねてきた。キャリは一瞬だけ気圧され、少しだけ口ごもってから『そうかも知れません』と答えた。母サンドラは純粋なオオカミの女であり、父カリオンもその血統のどっかにオオカミの血があるはずだ。


 祖父に当たるゼルとは面識がないが、その出自は知ってる。サウリクル家の血統だが、その母はフレミナ出身であると言う。つまり、純粋なイヌの血の方が少ないのだ。


「……なるほど。太陽王の深謀遠慮は舌を巻くな」


 エゼキエーレと名乗ったそのネコの男は、にんまりと笑ってから建物へと入っていった。なんとも微妙な香の匂いが蟠るその建物には、女に臭いが染み付いてた。


 ――――ここって……


 壁際に描かれているシルエットは、胸の大きな女が見せつけるようにしているものばかりだ。そして、そんな建物のなかにはやはり、その手の女ばかりが揃っていた。


「なぁ……」


 タリカの怪訝な顔がキャリに向けられた。この館が岡場所であるとタリカが気がついたのだ。娼婦ばかりを集めた性産業の舞台となる施設。そして、ここに居る女達は、間違いなく『商品』のはず。


「父上の知己だって……」


 キャリも小声でそう返した。

 ただ、どう考えても太陽王と忘八な置屋の親父に接点が思い浮かばない。


 ――――なぜ?


 そんなことを思案しているキャリは、立派な身なりのままエゼについていく。

 同じく立派な身なりとなったタリカの二人は、狭い通路を抜け歩いた。


「あら、随分と変わったお客様だわ~♪」


 あちこちからそんな黄色い声が聞こえる。そんな声を意識して無視しつつ、キャリとタリカはエゼキエーレに導かれて建物の奥へと入っていった。


「キャリ。この先は俺が前だ」


 小声でキャリに声をかけたタリカは、キャリを追い越してすっと前に出た。無意識レベルの行動ながら、タリカはキャリの盾になるポジションだ。それを見て取ったエゼは、なんとも楽しそうな声で言った。


「もう長いのかね」


 足を止めずに振り返ったエゼは、ニヤリと笑ってタリカを見ていた。ただ、その笑みから重要なことを読み取るべきタリカには、まだまだ修羅場の経験が足りないのだ。


「……なにがですか?」


 エゼの質問内容を上手く掴めず、タリカは素でそう聞き返した。そんな振る舞いを見ていたエゼは『若いな』と嬉しそうに言いながら事務室へとタリカを通した。


 広い部屋のなかに豪華なソファーが二脚、小さなテーブルを挟んで置いてある。その向こうには黒檀とおぼしき巨大な事務机があり、その背後にはマダラなイヌの男と豪華なドレスに身を包んだヒトの女が描かれた絵が飾ってあった。


 ――――誰だ?


 しばらく絵を見ていたタリカは、それがゼル公だと気がついた。そして、その隣の女性をしばらく眺めていて、やがてはこの絵の真実を知った。


 ――――カリオン王とリリス妃だ……


「よく似てるだろ? 自慢の絵なんだよ」


 嬉しそうに言うエゼは着席を促した。


「で、君はキャリ王子の相方を始めて長いのかね?」


 運ばれてきた独特の香りのお茶を啜り、鼻に載せていたモノクルを磨いて再び鼻にのせたエゼ。その眼差しは柔らかく穏やかだが、そんなものの奥には恐ろしいほどの眼光が潜んでいた。


 それこそ、幾多の修羅場を潜り抜けてきたとすぐに分かる、鋭利で酷薄な眼差しがそこにある。タリカはそれをよく知っていた。ザリーツァ一門の者が下々の者達に接するときに見せる態度そのものだった。


 ――――このおっさん……


 タリカの表情に明確な警戒の色が浮かんだ。

 ただ、それを見ていたエゼは、フフフと笑ってから言った。


「仮にも次期太陽王の宰相たらんとするなら、腹芸のひとつも身に付けたまえ。それこそ、一切表情を変えずに相手を値踏みできるようになって一人前だ。カリオン王を輔弼するグリーン卿を見たまえ。涼しい顔をしてサラッと嘘を言えるようになって一人前だよ」


 その叱責にタリカはハッとした表情となった。改めて突きつけられたその言葉は凄まじい威力だ。漫然と思っていたキャリの話し相手と言うポジションは、間違いなくキャリ政権になった際には宰相となる立場だ。


「正直言えば、そんなこと考えたこともなかったです。でも、言われてみればその通りですね」


 タリカはキャリを見ながらそう言った。キャリは間違いなく次期太陽王であり、一度は太陽王の座に迫った存在を嫁にしようとしているのだ。それを思えば、自分はなんと凄いところにいるのか……と、うすら寒い思いすらした。


「おぃおぃマジかよ。なに今さら言ってんだよ」


 キャリはケラケラと笑いながらそう言うが、正直言えばキャリだってそんな事は考えても見なかった。ただ単純にやりたいことをやらせてもらえて、その中で経験を積んでこい……と、そんな思惑だと思っていた。


 だが、冷静に考えれば考えるほど、父カリオンや母サンドラのやり方は先を見据えたものだと思ったのだ。そしてそこには兄……いや、姉ララの存在が見え隠れしているのがわかった。


 ――――そうだよな……


 キャリとて将来をあれこれ考えることはある。

 だが、いざこうやって現実を突き付けられると、どうにも尻の痒い思いがした。


「……イヌとオオカミが本格的に融合し、ひとつの国家としてやっていく事の……その象徴に君はなるのかもしれないね。王と二人三脚でやっていく上で、君はオオカミの利益と権利とを守る為に奔走する事になるのかもしれない」


 エゼの言った言葉にタリカが首肯を返した。それは間違いなく父オクルカの思惑であり、そしてカリオン王のそれでもあるのだと気がついた。


 そして、幾世代にも渡って繰り返してきたイヌとオオカミの闘争に終止符をうつだけでなく、それ以外との種族闘争に打ち勝つため手を取り合うことの、その鎹的な存在となるのだろう。


 キャリの身に流れる血の多くがオオカミ由来であることも、それもまたある意味で大切なことかもしれない。ただ、キャリが王となる頃にはイヌだオオカミだなどと言ってる時代ではなくなっているはずだ。


 自由と平等とを根本とする、共通理念を持った国民の集まる国家がそこにあるだけ。種族ではなく思想心情の同じ者達が集まって国家となる。そんな時代をカリオン王は夢見ているのかもしれない……


「で、ここからが本題だ。君らは何の目的があってここまで来たのだね。いまだここはイヌの国の……ル・ガルの為政下だが、どんなに取り繕ってもネコの支配地域だよ。そんな場所に唯一無二の次期王がやって来るのは感心しない……ね」


 ……何かあったらどうするんだ?


 エゼは遠回しにそんな事を言った。そして同時に、言いたい事を正確に読み取ってくれとも願った。これからいくつもの問題に直面するであろう二人に、その能力を身に付けてくれと思ったのだ。


 そして同時に、全く同じことをカリオンが願っていることも知った。その為にこの二人は自分のところへと送り込まれたのだ。そう、それはまさに、遠い日にこの街へとやって来たゼルと同じ思惑だ。


 ――――そうか……

 ――――私も見込まれたものだな……


 内心でフフフと笑ったエゼキエーレの眼差しから、厳しさがすっと抜け落ちた。

 そうなのだ。カリオン王はすべて信用して息子とその相方を預けたのだ。


 ――――私がゼルの役か……


 イヌの公家に化けたヒトの男は、心底惚れた女のために危険をおかしてここまでやって来た。ただ、その向こうにあった遠大な目標はイヌとネコの共存化だった。


 ――――君の夢はまだ生きてるんだね……

 ――――ワタラセイワオ……

 ――――たいした男だ……


「実は……」


 先に切り出したのはキャリだ。


 大型馬車の構造を研究しているのだが、その衝撃を受け止め緩衝する装置を二人で研究している。いくつかの実験を行ったんだが、まだ結論に至っていない。それですっかり行き詰まり、父カリオンは広い視点を持てと送り出したのだと言う。


 ――――もっと嘘が上手くなると良いな……


 すべてをお見通しながら、エゼはウンウンと首肯しながらその話を聞いた。そして、この街を含めた周辺ならば身の安全はクワトロ商会が保証すると約束した。


 ――――多くを持って帰ると良い……


 そんな事を思ったエゼキエーレは、早速部下に周辺を案内しろと指示を出した。

 ただ、この二人が作り出すものを見て腰を抜かす事になるのまでは、さしものエゼも見通すことが出来ないのだった……

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