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ル・ガル帝國興亡記 ~ 征服王リュカオンの物語  作者: 陸奥守
大侵攻~征服王リュカオンの誕生
427/665

二人の国

~承前






 ガルディブルクから西へ向かい凡そ3日。


 途中にあるいくつかの駅逓や街道の宿場町を経て辿り着くネコの国への街道入り口は、時ならぬ商隊の列で賑わっていた。それは、太陽王の発したネコの国との商売に関するいくつかの勅令によるものだった。


 ――――ネコとの通商を許可制に切り替える

 ――――密輸した者は厳罰に処す

 ――――公平な食料の配分を期す為である


 この一文で『ネコの国が食糧難だ』と気が付いた者は余りにも多かった。そして、許可制に切り替わる前に、ガルディブルクの穀物市場で大量に買い付けたモノを売りさばこうと、国境に殺到しているのだった。


「なぁキャリ。本当に商人ってのは目聡いんだな」


 レオン家所領の南部。カーハンの街に入ったタリカは、夥しい量で結集しているイヌの商人達に圧倒されていた。車輪を4枚取り付けた大型馬車は4頭の馬による移動を基本としているようだ。


 その馬車には穀類が満載されていて、それだけで良い値段になると予想されていた。ただ、本当に目敏いものは穀類ではなく馬車を買っている。最終的に足りなくなるのは、穀類ではなく馬車だ。


 その為、このカーハンの街では馬の繋がれていない馬車が売りに出されている。どれもまだまだ綺麗な状態で、それほど使い込まれていないモノばかりだろう。人間の心理として、見た目の綺麗なものほど高く売れるのだから。


「つうかさ……これ、好機じゃね??」


 タリカの言葉にそう返したキャリは、脳内でアレコレをグルグルと考えていた。これだけ馬車が行き交う現状はチャンスなのだ。乗り合い馬車をつくって民間で競争させる手法も良いが、これはもっと効率が良い。


「ってぇと……あれか?」


 タリカもそれに気がついたらしい。そう。馬車にサスペンションを装備させ、とにかく走り回って耐久性を検証するのだ。なにより、壊れてもすぐに次が必要になる現状では、商人の設備投資に抵抗感が少ない。


 ダメなら他のやり方を考えて新しいものを作る。だが、それも需要があっての話であって、需要がない状況では馬車も売りようがない。長距離乗り合い馬車を走らせるより、穀類輸送の方がよほど需要がある。


「上手くしたら実に良い実験材料となるんじゃないかな」


 そっぽを向いて嘯くように言うキャリは、行き交う商人達の馬車を見ながらそんな印象をのべた。重量の掛かる部分の実験を行うと言う意味では、その内容に何ら不足はなかった。


 そして、むしろ消耗品のように扱ってくれる方が良い。手荒に扱い、所定よりも過積載になるように仕向けてやる。その結果、荒れた路面を過積載になった馬車が走り回ることになる。


「……規格を統一して一般の馬車職人に作らせるのも良いな」


 だんだんとタリカもその気になってきた。何も軍が先頭にたって大規模実験する必要など無いのだ。そこに商いがあり利が生まれると知った商人ならば、先を争って参加するはずだ。


「帰ったら父上に相談しよう。その上で、それに役立つ規格の素案を作っておいた方が良いな」


 どちらかが提案し、それを元にアレコレと知恵を絞る。そんな共同作業が最近はすっかり板に付いてきた。当人達は預かり知らぬことであるが、未来のル・ガルを背負う二人の間に信頼関係が芽生えてきたのだ。


「エル! タリ! いくぞ!」


 唐突に声が響き、二人は揃って『ハイッ!』と応えた。引率としてやって来たのはジョニーとアレックスだ。ル・ガルに交易を求めてきたネコの国へと派遣される使節に同行する二人は、カリオンから『見聞してこい』と送り出されたのだった。






 ――――――2週間ほど時を遡る……






「キャリ。タリカ。例の戦車の件はどうなった?」


 城内の資料室で議論を重ねてきた二人は、その場へ姿を表したカリオンに進捗状況を尋ねられた。分厚い装甲に守られた移動型銃撃施設。そんなコンセプトだが、実現への道のりはまだまだ遠くはるかだった。


「基礎構造の設計は終わったんだけど……」


 キャリは困ったようにタリカを見た。

 そのタリカも困ったような顔になって言った。


「衝撃を吸収する緩衝構造の解析で止まっています。軍の資料も学校の資料も全部紐解いたのですが、これと言って参考になるものがなくて……」


 そう。二人は教科書をさがしに来たのだ。生涯一学徒と言う言葉がある通り、先達に学ぶことこそ大事な部分。そして、ここまでそれを頼りに学んできた二人にとっては、先達の導きを探し出すことが重要だった。


「……なるほどな」


 その混乱と葛藤はカリオンにも覚えがあることだ。そして、痛い思いをして学んだことでもある。故にカリオンは、顔に出さずとも危機感をもった。


 ――将来もこれでは困るな……


 前例なくば事態を解決できない。類型不能の事態に直面したとき、思考停止に陥って問題の解決が出来なくなってしまう危険性だ。


「まぁ、ちょっと手を止めて話を聞け」


 城内とはいえ、必ず御付きの者が居るのも太陽王なればこそだ。その者達に指示をだし飲み物を用意させたカリオンは、手近な椅子に腰かけて切り出した。


「余の祖父、シュサ帝が戦死した戦役はビッグストンで教えられたな?」


 カリオンの切り出したデリケートな話題に、二人はしまった顔で首肯を返した。

 シュサ帝の弔い合戦を事実上指揮したのはカリオンの父ゼル公で、最大20万を越える戦力を自在にコントロールし、ネコの騎兵を一方的に叩きのめしたのだ。


「なんとも凄まじい戦だったと教えられました」

「騎士の意地と名誉とを懸けた戦いではなく、ただ純粋に敵を滅ぼすための戦だったとか」


 タリカとキャリがそのように応え、カリオンは深く首肯した。


「最初、イヌの戦務参謀は何が起きたのかを答えられなかった。それまで経験してきた様々な戦の中で積み重ねてきた、対処の類型化が出来なかったのだよ――」


 それまでに経験してきたモノとは全く違う戦術をネコが見せた。言葉にすればそれだけだが、戦闘中に各軍団へ機動命令を出せない戦場では対処が全くできない事態に陥った。


 結果、騎兵の段列は崩壊し、イヌの騎兵達は見事に蹂躙されていた。そして、シュサの声が届く範囲だけは統制が残っていたため、結果的にシュサがどこにいるのか、混乱する戦場でも丸わかりだった。


 その結果、例え100万の友軍がいようとも直接戦力は多くて100か200でしかなく、そこに数万のネコ騎兵が殺到し、シュサは対処の限界を越えて捻り潰された。夥しい友軍が見ている目の前で、なんの対処すら出来ずに……


「――父ゼルはそれの諸問題を見抜き、全く新しい対処法を考案し、それを戦場に出る指揮官たる士官に伝授した。その結果、ネコの騎兵を一方的に蹂躙しただけでなく、後の世でオクルカ公と斬り合った際には一方的な打撃を与えたのだよ」


 淡々と説明したあとで『何が言いたいかわかるか?』とカリオンは言った。タリカとキャリは顔を見合わせたあと、小さな声で『わかりません』『自分も皆目……』とこぼした。


 それを見ていたカリオンは、ニヤリと笑って言った。


「経験した事であれば対処できる。失敗の経験は最良の教師だからな。だが――」


 ちょうど届いた茶を一口飲んでから、カリオンはタリカとキャリを順番に見て、そして、意識してゆっくりとした口調で言った。それは、若さと言う武器を持った若者達だからこそ出来る解決法だった。


「――経験してない事は誰も教えられない。想像力をどれ程働かせたところで、現実は思想を飛び越えていくものだ。そしてそれは、過去の経験では解決出来ないだろう。だからな……」


 もう一口、お茶を啜ったカリオンは、和んだように息をはいた。

 膨大な書籍の集まる城の資料室に上品な茶の香りが漂った。


「現場を見てくると良い。雨に打たれ風に吹かれ、容赦なく消耗する環境で馬車がどう使われるかを見てくると良い。その中で経験し、深く考え、あれこれ試してこそ解決法が見つかるだろう。考えるだけじゃダメなんだ、行動しなければな」


 そう。これこそが学生と言う身分にだけ許される事だった。既に学生ではないが、それでも二人はいま、政と言う学問を修めつつある学生なのだ。たった二人しか居ない国の中で、考え、試し、結果を出すことが求められている。


 その為に大人が出来るのは、若者の失敗を笑って許し、次の挑戦の為に出て行けるよう背中を押すことだ。決して失敗を叱ってはいけないし笑ってもいけない。むしろ挫けそうになった若者の尻を叩くのが仕事だ。


「近日、ネコの国へ使節を派遣する。本当は余自ら行きたいところだがそうも言ってられないんでな。ジョニーとアレックスを派遣する。それに同行し、広い世界を見てくると良い。その中で、きっとなにか解決の糸口を見つけるだろう」


 カリオンは近くにいた者を呼び寄せ『ジョニーを呼べ』と指示を出した。いつの間にかレオン家がネコとの折衝担当となっていて、様々な問題を解決するべく奔走してた。


「余の知己がフィエンゲンツェルブッハに居る。そこへ向かい、経験を積むと良いだろう。寒空の長旅になるからな。覚悟して行けよ?」


 柔らかく笑みを浮かべそう言うカリオンは、遠い日にリリスと出掛けたフィエンの街を思い出しているのだった……

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