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ル・ガル帝國興亡記 ~ 征服王リュカオンの物語  作者: 陸奥守
大侵攻~征服王リュカオンの誕生
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リサの手掛かりを求めて

~承前






 冬の日差しが入り込む太陽王執務室。明るい光の降り注ぐ部屋は冬場も常に暖かく保たれている。それは、まだまだ高級品であるペンのインクが凍らせないようにしている為だ。


 専用の樹皮を燃やして作る煤に様々な添加物を加え黒いインクを作る。その課程で添加物の成分を変えれば、青や赤のインクが作れるのだ。だが、もっとも重要なことは、水で滲まぬこと。


 仮に水で滲ませ消えるなら、太陽王直筆の命令書を書き換える事が出来る。それは決してあってはならないことだった。このル・ガルにおいてこれ以上無い命令指揮系統の出発点にカリオンは居るのだから。


「ウォーク。この件を各方面に通達しろ」


 専用の羊皮紙に書きしたためられた命令書には、簡単な語句が並んでいた。

 それを読んだウォークは、カリオンの意図を即時に理解した。


 ――国境を越え国内外へ出入りするヒトを全て検めること

 ――特に幼児や小人の女児については念入りに行うこと

 ――出生と両親の状況は必ず記録すること

 ――どこへ向かっているのかを明記すること


 いわゆるヒト売買の商人たちは、様々なルートでヒトの売り買いを行っている。

 高級品であるヒトの存在は、一山当てたい商人たちの大切な財産だ。ただ、その出自がなんとも微妙なものになっているケースはあまりに多い。貧乏貴族の家で『繁殖』させられている受胎産業は余りに多いのだった……


「国軍参謀本部に通達します」

「あぁ、そうしてくれ」


 執務室の椅子を立ったカリオンは、窓辺から城下を眺めた。

 イヌの子供に混じり、幾人かヒトの子供が見える。


 ――あの混乱を生き抜いたのか……

 ――王都の争乱を生き抜いたのだから運は良いだろうな……


 王都に作られたヒト専用の養育施設。そこを維持管理運営する権限は、カリオンの母エイラに任されている。そして、様々な理由でここへ辿り着いたヒトの子孫が段々と増え始めていた。


 ――ちょうど……

 ――あのくらいか……


 カリオンの目が幼い女児をとらえた。養育係となっているイヌの老婆に抱き抱えられている。純真な目はまっすぐに老婆をとらえていた。


 ――何処に流れ着いたのだ……


 父ゼルの残していった特別な存在。その孫に当たるリサ。

 カリオンとしては、どうしてもそれを手に入れたかったのだ。


「ウォーク。参謀本部に出す通達に口頭伝達で良いから追加だ」

「はい」


 カリオンの言葉にウォークは素早くメモを取る体制となった。

 この辺りの行動の早さは本当に手早く間違いがなかった。


「仮にヒトの女児を匿っている者を見つけたなら、その者も一緒に王都へ連れてくるんだ。余の探す存在であったなら、褒美をとらす」


 カリオンは迷うことなくそんな事を言った。ただ、そこには別の思惑もあった。いわゆる賞金稼ぎの存在だ。


 太陽王がヒトの女児を探している。しかもそれはどうも特別な存在らしい。そんな噂が広まれば、世界中にいる賞金稼ぎがその女児を探し始めるだろう。国王であると同時に莫大な資産家である太陽王なのだ。その褒美も高額だ。


「……なるほど。名案ですね」

「上手く行って欲しいよ」


 ウォークの言葉にそう応えたカリオン。

 その会話の直後、ウォークは城下の参謀本部へ書類を届けに行った。


 およそ為政者と言う者が行う仕事の大半は方針を示すことだ。その方針を聞いて細かい計画を立案しつつ、実行の算段をする。参謀とはそのために存在する機関である。


 そして現時点においては、カリオンの方針を元に参謀本部が行動計画を立てる。国境地帯における出入国管理の現場に指示をだし、判断基準を明確にするのだ。その細々とした作業の大半は、参謀本部の事務方が頭を捻ることで実行される。


 ――さて……


 まだなにか良い手だてはないか?とカリオンは考えた。

 だが、これと言って思い付かず、執務席の椅子に体を預けた。


「ふぅ……」


 ひとつ息をはいてから目を閉じ、心の中でじっと念じる。


 ――リリス……

 ――リリス……

 ――話をしたいんだ……

 ――相談なんだが……


 内心でぶつぶつと言葉を吐きつつカリオンは眠りに落ちた。それを見てとった補佐官の一人が、そっとカリオンにブランケットを掛けた。冬を前にして執務室も寒いのだ。ガラスなど無いので室内は寒い。


 だが、カリオンは静かに寝息をたて始めた。その意識がまだ起きている事など、はた目には見えないのだ。やがて執務室周辺から人の気配が消え、カリオンは本格的に眠りに落ちた。


 いや、眠りに落ちたと言うより、会議室に入ったと言うべきだった。


「どうしたの? こんな時間に」


 リリスは既にそこへ来ていた。傍らにはウィルがいて、カリオンの到着を待っていた。まるでチャット会議に参加するべくログインしたようなものだ。


「いや、リサの件なんだけどさ……」


 カリオンは強く念じてから懐に手を突っ込む。

 そして、無造作に引き抜いた時、そこにはコトリの手紙があった。


「ふーん…… 何があったんだろう?」


 腕を組んで考え出したリリスだが、その思考を妨げるようにカリオンが言った。

 ただ、その言葉を掛けた相手は、リリスでは無くウィルだった。


「何とかして見つけ出したんだが……なんか良い手だてはないか?」


 リリスの夢の中、カリオンはウィルに相談をぶっていた。陰陽師の秘術で何が役に立つ術はないか?と諮問したに等しい。かつてウィルはサンドラの居場所を探り当てていたのだ。


「そうですね……色々と術はありますが……ここではお嬢様の強力な力場に邪魔をされて探ることができませんので……」


 ウィルの術にも干渉を起こすほどにリリスの魔力が強くなり始めた。

 それ自体は喜ぶべき事だが、コントロールを失ったダンプカーのようなものだ。

 どこかに激突し、それでもなお走ってしまうかもしれない。


「むしろその術、私に教えてよ。私が探すから」


 リリスは唐突にそんな提案をした。

 カリオンとウィルとだけの3者会談故か、全員がかなり砕けた調子だ。


「それは……構いませんが……集中力をもっと鍛えないとダメですね」


 ウィルは率直にそう答え、陰陽師としてのプライドを滲ませた。言葉にすれば簡単なものだが、実際には極限の集中力を要する。そして、その集中力と言う面においてリリスは決定的に不利だった。


 重なりは複数の魂を持っているので、命も複数存在する。そのすべてが同じ方向を向いて、息を合わせねばならないのだ。


「九尾も同じ苦労をするんだろうか?」


 カリオンはそう問うた。

 たしか九尾も複数の魂を持っている筈だ。


「いえ、彼らはまったく異なる技術体系です。自力では無く式神を使役し探させますので集中しなくて良いんです」


 サラッと答えたウィルだが、そこには驚くべき情報が含まれていた。


「……式神か」

「えぇ。彼らの眷属な使い魔(ファミリア)ですよ」


 そもそも九尾自体がイナリの眷属だが、その眷属の眷属が存在する。

 カリオンは何とも居たたまれない気分になった。


「ねぇ……これで良いのかな?」


 リリスが唐突にウィルを呼んだ。ウィルとカリオンの二人がリリスに目をやった時、彼女の前には巨大な水の玉が出来上がっていた。


「いつだったかウィルがやって見せた水盤を思いだして作ってみたんだけど……」


 それは、ウィルをしてまったくの慮外と呼ぶべきモノだった。

 水盤では無く水を球状に形作って水晶玉のように使うのだ。


「……お嬢様にはいつも驚かされてきましたが……コレは参りました」


 不定型な水に形を与える事自体、もはや常識外れレベルでの高度な技だ。

 だが、それを平然と行ったリリスは、術の精度自体もレベルを上げていたのだ。


「これ……なんだろう??」


 首を傾げたリリス越しにカリオンとウィルが覗き込む。

 そこには何処か遠くの深い竹林が映し出されていた。


「竹……だな……」

「そうね…… なんだろう? この感じ?」


 首を捻って考え込むリリス。だが、ややあってその水の玉がぱっと弾けた。思わず『あっ!』と声を出したカリオンだが、ずぶ濡れになったリリスは笑っていた。


「ごめん! もうちょっと練習するね。役に立てるように」


 ペロリと舌を出しながらリリスはそう言って笑っていた。

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