解決の糸口
~承前
演習の終わった秋の終わり、キャリはビッグストンの中で図面に向かっていた。秋季大演習の中で思い付いた事を色々と試した結果、膨大な経験と共に改善するべき点がいくつも見つかったのだ。
そもそも、作りたかった戦車は堅牢で無敵の移動要塞だ。だが、結果的に現時点における戦車の形態は、馬に牽かれて走る移動式の塹壕でしかない。そして、その移動式塹壕に搭乗する射手達は、ひどい揺れの中で照準を合わせる。
その結果、いわゆる乗り物酔いの酷い状態に陥る者が続出した。また、乗り物酔い以上に問題なのは、安定しない足場からの射撃で照準がままならず、狙った的に当たらないと言う事態だった。
――――こりゃ無理ですぜ若!
――――諦めやしょう!
レオン家の面々がそんな提案をし、キャリは思わず苦笑いだった。だが、彼ら兵士の言い分もよく分かる。現実的な問題として実効的な戦闘力がない。総身のデカい戦車は動く的でしかなく、機動力は騎兵に追い付かれてしまう程度。
それを見た兵士達は、乗りたい!と言う要望よりも乗りたくないと言う願望の方が強くなってしまっていた。これでは戦力として役に立たないだけでなく、企画倒れで終わってしまう公算が高い。
――――何とかしなきゃな……
そう思ったキャリは、ガルディブルクへ戻ってからと言うもの、ずっとビッグストンの一室に籠って研究三昧だ。乗り心地をよくする為、柔軟で地面の凹凸を吸収できるサスペンション機構が必須となる。
だが、この世界における金属加工技術では、バネを作ることはまだ難しい。同じ反発力を持つバネを量産することは、地味な構造ながら実は基礎的工業力の向上が必要になってくる。
――――ヒトの世界にはこんな技術があります
茅町のヒトが教えてくれたその技術を、どうにかしてこの世界の金属加工の現場へ落とし込みたい。そんな事を考えたキャリは、様々な方策を考えつつあった。ただ、そもそも一定の太さで延々と続く鋼線を拵えること自体が難しいのだ。
熱間引き延ばし加工や冷間引き延ばし加工だけでなく、それをスパイラル状に一定の間隔で巻いてから焼き入れして、頃合いをみてから焼きなます。言葉にすれば大した事では無いと感じるが、手作業で同じものを作り続けるのは不可能だ。
つまり、バネではなく、もっと原始的な構造のクッションが必要になる。それを真剣に考えていたキャリの耳に、エツジがそっと耳打ちしていた。
――――木の板を曲げて撓ませ重ねるのです
――――板バネという構造ならば木工で作れるでしょう
――――ただ注意が必要です……
言うまでもなく、気は鉄に比べ耐久性が大幅に落ちる。繰り返し繰り返し撓む力を受け続けたら、必ずどこかのタイミングで破壊されるだろう。そしてその破壊は木の材質だけでなく、幹のどの部位から切り出した板かによって差がつく筈。
一定の経過時間で交換するようなシステムには向いてない材質で、しかも悪いことに時間経過で加速度的に破壊の可能性が高まっていく。極端なことを言えば、戦地への輸送中に破壊が完了してしまう可能性もある。
もちろん、戦闘中だって強い衝撃を受ければ簡単に割れるだろう。どうすれば良いのかの答えはなかなか見つからない。だが、恐らくヒトならば答えは知っている筈だ。
――――教えてもらうか?
――――いや……考えるべきだ……
――――この世界が経験を積むために……
キャリにはそんな確信があった。そして、この苦しみが必ず将来に繋がるということも解っていた。聞けば、ヒトの世界の技術者たちだって何十世代に渡り経験を積み重ねてきたと言う。
古くは一子相伝な門外不出の技術として。やがては同門による複合研究期間として。最終的には国家レベルで予算編成し、民間を巻き込んで学府による学生研究を取り込んだ産学連携が行われたと言う。
そう。つまりはその経験こそが最強の財産となる。この世界における特異技術がまだまだ独占状態のレベルだとしたら、ル・ガルは世界に先駆け産学連携をせしめた国家研究体制に移行すれば良い。
ただ、それを行うには実績がいるのだ。まだまだ頭の固い連中を丸め込み、垂直的な開発指揮命令系統を構築しつつ、その結果を共有する仕組みが必要なのだ。
――――簡単な方法がありますよ
悩むキャリに再びエツジが耳打ちした。藁にも縋るような空気で『なんですか?』と問うたキャリ。そんな姿に僅かながら優しい表情になったエツジは、そっと耳打ちした。
――――民間に競争させるのです
理解しえない情報にキャリが首を傾げる。
だが、エツジはニコリと笑いながら言った。
――――駅逓ごとに乗り継ぐ馬車を公共交通の足として提供するのです
――――ただし……ここが重要ですよ?
一つ間を置いたエツジは、息を潜めて言った。
――――独占企業にしてはいけません
――――同じ路線に複数の民間企業を置くのです
――――それもできれば両端の都市それぞれに会社を作らせるのです
そこまで聞いた時、キャリは『あっ!』と声を出していた。
民間企業同士によるサービス合戦を起こさせる事をエツジは教えていたのだ。
そしてそれは、ガガルボルバを行き来する民間の輸送船組合と同じ事が起きるのだとキャリは理解した。少しでも多く積み、しかも荷物を壊さず、濡らさず、安定して輸送する企業にユーザーが集まる。
それを馬車企業として行わせ、その中で民間の研究力を取り込むのだ。そうすれば、キャリとタリカの二人が頭を捻るのでは無く、莫大な数の人間が少しでも利益を得ようと必死になって考えるだろう。
そう。それを一言でいうなら『欲』の競争だ。ただ、その競争が凄まじい威力を持っているのは、誰だって知っていることだった……
「キャリ。良い知らせだ」
段々と煮詰まってきていたキャリの思考だが、そんな所へタリカが姿を現した。
傍らにはララが付いていて、もうまるで夫婦のようだった。
「……なに?」
「例の板バネの件だけどさ――」
静かに切り出したタリカだが、それでもキャリが焦燥してるのはよく解った。
一人で考え込んでいたらしいのだけど、結論はまだ出ていないようだ。
「――ララが言うにはキツネの国に良い素材があるらしい」
良い素材? 何だそれはと顔に書いてあるキャリは『それ何?』とだけ発した。
まるでタリカの情婦のように振る舞うララだが、こんな時は総合大学で学んだ学士としての顔を見せるのだ。
「キツネの国にいた時、竹って言う植物を見たんだけどね、それがもう柔軟で耐久性があってキャリのやろうとしてる事にぴったりじゃ無いかって思ったの」
思わず『たけ?』と聞いてしまったキャリは、それを何処かで聞いたな……と考え込んでしまった。そして『そういえばフレミナでは笹竹って素材があったなと思いだしたのだ。
「……早速取り寄せて実験してみよう」
こうなった時、キャリの動きは速い。早速ビッグストンの教授陣にお願いして、学材として取り寄せる算段を付けると同時、それを加工する算段を考え始めた。
――――相変わらず……
その判断と決断の早さは目を見張るとララは思った。だが、それ以上に思ったのはタリカの度胸だった。場合によってはキャリの努力を踏みにじる事になる。それを恐れず提案を行ったのだから、正直大したもんだった。
「1週間ほどで届くらしい。さて、どうなる事やら」
嬉しそうにそんな事を漏らしたキャリ。タリカとララとの関係も落ち着き始め、何となく上手く回っていると感じ始めていた。ただ、それとは別の次元でとんでも無い事が進行しているのを、この若き三人はまだ知らないのだった。
――――――太陽王執務室
女性特有の柔らかな字で書かれた報告書は、コトリの書き記したものだった。
それを黙って読むカリオンは、ただただ静かに唸っていた……
――――どういう事だ?
生きていれば23歳の筈のリナ。カリオンの父たるワタラことワタラセイワオと、リリスの母だったレイラことワタラセコトリの間に生まれた娘リサの産み落とした、カリオンには姪に当たる存在だ。
そのリナがネコの国に居たらしい事をコトリは突き止めた。ネコの国に居たヒトの男と番いになり、そこで女児を産み落としたらしいが、母リサと同じく産後の肥立ちが悪かったので命を落としたらしい。
――――なんてこった……
ちょうどネコの国をライオンなどの種族が通過し、国を挙げてイヌとの全面対決を準備していた頃だ。ヒトの女の口に運べる食料ですら事欠いたのだろう。ただ、その問題の種はカリオン自身かも知れない。
ネコの国を追い込みすぎて、彼らはそうせざるを得なかった可能性がある。そしてそのリナの娘は再びリサと名付けられたらしい。だが、胤となった男の資金難により、人買いに売られ、その後の足取りは調査中と言う事だ。こうなってくると、もう続きを追っていく事が難しい。
――――どうしたものか……
カリオンは深く深くため息をこぼした。
こっちの解決の糸口は、まったく見つからないのだった……