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ル・ガル帝國興亡記 ~ 征服王リュカオンの物語  作者: 陸奥守
大侵攻~征服王リュカオンの誕生
422/665

次の王

~承前






 あれだけ暑かった夏の空気が何処かへ消え去り、美しい秋が来た。

 ガルディブルクの野山は色付き始め、錦秋の季節がそこまで来ていた。


「涼しくなったね!」


 馬上のララは嬉しそうにそう言った。

 王都ガルディブルクから西方へ200リーグ。トゥリングラード演習場へと続く街道には、秋季大演習に参加する国軍兵士達の隊列が、延々と続いていた。


「この温度なら中の兵士が熱中症にならなくても済みそうだ」


 同じく馬上にあるタリカは、ララと馬を並べ歩いていた。

 そして、タリカからララを挟んで反対側にはキャリが同じく馬上にある。

 その周辺には太陽王の親衛隊が集まっていて、少々物々しい状態だった。


「しかしさぁ……ララは馬が上手いね」


 どちらかと言えば、タリカはあまり馬が得意ではない。

 ビッグストンで鍛えれたとはいえ、やはり得手不得手はあるようだ。


「父上からしっかり仕込まれたし、それに、血統的には騎兵総長の血筋だし」


 自らの出自を隠そうともしないララは、いつのまにか花のような笑顔を作るようになっていた。それがなんであるかをキャリも解っていた。


 ――――惚れた男か……


 嫉妬にも似た感情を覚え、キャリはどこか不思議な気分になった。

 率直に言えば、どうしても姉としては見られないのだ。


 兄弟として育って来て、いつの間にか違う経験を積み重ね、兄ガルムは総合大学で学んでいるうちに王都で話題の女中になっていた。その正体がばれる前に街を歩けば、すれ違う若者はみんな振り返った存在だ。


 ビッグストンを卒業し、最初の配属先としてフレミナへ送り込まれた自分と比べてどうこうと言う話ではなく、あまりに違う経験を積み重ねた結果として、同一人物・同一人格としての視点が消え去ったのだ。


 そして、もっと言えばララは美しい。母サンドラ譲りの豊かな胸と眠たげな眦は、流し目の誘うような視線に見えてしまう。その都度にキャリは心の底から沸き起こってくる感情を必死で噛み殺した。


 ――――奪い取りたい……

 ――――俺のものにしたい……


 ふとそんな感情が芽生え、頭を振って追い出したことは数知れなかった。ただ、思えばこの一年近く、キャリは何度もそんなドキリとするシーンをみていたのだ。


 今さらに思えば、城下で偶然に再会したときから、心臓が早鐘を打つような事が何度もあった。姉萌えなどと言われる感情とは違うモノを、キャリは確かに感じていたのだ。


 ビッグストン時代からあちこちの貴族令嬢に言い寄られてきたキャリだ。女を知らぬわけではないし、今だって喜んでやって来る女は数知れず。だが、そんな女たちを愛しているかと言えば、そんな感情など全く無い。


 そう。

 本気で気になっている女は一人しかいない……


 ――――違う!

 ――――違う違う!


 決して口にできない思いが沸き起こってくる都度、キャリはその全てを飲み干して忘れることにしていた。ただ、いま目の前にいるララが楽しそうにタリカと話をする都度、キャリの心はさんざんに乱れていた。


「どうしたの?」


 弟キャリのただならぬ空気を察したのか、ララは不思議そうな顔で覗きこんだ。兄弟の無遠慮さでグッと顔を近づけられた時、キャリの鼻に花の香りが届いた。最近城下で流行っている新しいコロンの香りだった。


「なっ! なんでもない!」


 慌てて必死で取り繕ったのだが、『バレたかも……』と背筋を寒くした。ただ、女はそんな心の機微をしっかり見抜くものだ。ニヤッと笑ったララは『変な気起こさないでね』と釘を指した。


 そして、その向こうにいたタリカが勝ち誇ったように笑っているのを見て、キャリは心のどこかに火がついたような気がした。ただそれは、決して表には出せない火だ。何もないふりをして、気の無いふりをして、自分の心に嘘をついて、それを塗り込めなきゃいけないのだ……


「ところでキャリ。例の戦車だけど――」


 タリカも全てを飲み込んでいるかのようにして、全部承知でそう切り出した。

 正直、このままいけば、この場で姉ララを襲いかねない程だった。


「――あれはあれで、アリだと思わないか?」


 タリカが指差したのは、4頭立ての大型馬車に載せられた戦車だった。内部車輪を取り外し、装甲だけが大型馬車の足回りに載っている。基本的に長距離移動を考慮していなかった関係で、やむをえずの措置だった。


 だが、これを見ていたタリカはなにかを思い付いた。それは、思考の硬直化や類型化が進行する中年~壮年の上級士官や貴族将校では思い付かなかった事なのかもしれない……


「……馬が弓矢で狙い撃ちされるぜ?」


 キャリは少し不機嫌ぎみにそう答えた。攻撃を受けないように装甲で囲ったのに、馬がむき出しでは意味がない。そこにどんな意図があるのかをキャリは聞く姿勢になっていた。


「いや、ほら」


 タリカはスイッと指を指して示した。その先には胸甲しか装備していないスペンサー騎兵が居た。防御力より機動力をとった彼らは、敵とは直接切り結ばず離れたところからの攻撃に特化していた。


「ってぇと…… え? あ…… あぁ、そうか…… そうか、なるほど」


 キャリは驚くほど早くタリカの言いたいことを理解してとった。なにも敵のど真ん中に飛び込む必要はないのだ。機動力をいかし、敵の鼻先を掠めるように移動していくだけで良い。


 あとはその荷台の上からバリバリと火力で圧倒すれば良いだけの話だった。これまでは敵を殺し間まで誘導し、その深くへと誘い込む囮が必要だった。だがこれはその必要がない。


 そもそも、戦車の発想はそこだったのだが、それをさらに一歩進めた形だ。敵のど真ん中に飛び込んでいくのではなく、射程ギリギリをウロウロしながらバリバリと打ち続ける。しかも、敵が迫ってきたらサクサク逃げつつさらに打つ。


「……良い発想だな」

「だろ?」


 だが、キャリはさらに思考を推し進めた。

 発想の内容としては戦車と言うよりガンシップに近いものだ。


「アレ専用で隊列を組んで、ガンガン撃ちながら走り回るのが良いだろうな」

「あぁ。ヤベェとなったらサクサク逃げられるようにな」


 4頭の馬を自在に御するのは相当な技量が必要だろう。

 だが、重量のある存在なのだから馬力が必要だ。


「いっそ装甲無しでただの平台にしたらどうだ?」


 腕を組んで考え込んでいたキャリは、ふとそんな提案をした。

 防御力より速力と機動力を取るのだ。


「それじゃぁ弓矢で撃たれんだろうよ」


 タリカもそれは考えたらしく、自分の思考の中で導き出された懸念を吐いた。ただ、現実問題として馬が剥き出しなのは最大のウィークポイントだ。だからこそ、馬がダメになった時に立て籠もってバリバリ撃ち続けられる仕組みが絶対的に必要だとタリカは確信していた。だが……


「あぁ、撃たれるだろう。だから、その前に敵を圧倒する。そんで、万が一馬がやられた時は、他の馬車にサクッと逃げられるようにしておく。完全に装甲で囲っちまうと、いざって時に逃げられねぇんじゃね?」


 ――――あっ……


 タリカは発想の根本が違う事に気が付いた。キャリは犠牲が出ることを前提に動いている。いや、もっと言えば苦戦混戦の最中で犠牲を最小限に抑える算段を考えている。


 そもそも戦争なのだから犠牲が出るのは当たり前。それに対し、タリカは犠牲を生まない方法を考えた。だが、キャリは減らす方法を考えていたのだ。つまり、逆に言えば絶対死なないように考えていたタリカに対し……


「多少の犠牲はやむを得ないから、むしろ魔術発火式の小銃技術が外に漏れないようにしないとマズイだろうって思うんだ」


 新鮮な驚きを見せるタリカを前に、キャリは平然とそう言いきった。

 つまりそれは、軍人と政治家の違いだった。


「キャリ……」


 何かを言おうとして、それでも言葉が上手く繋がらず飲み込んだタリカ。

 そんな姿を見ていたキャリは、1つ溜息をついてから言った。


「犠牲は一人でも少ない方が良い。それは当たり前のことだ。だけどさ――」


 キャリは空を見上げてから言った。


「――最終的には戦争だって経済なんだ。出る犠牲よりも救われる犠牲の方が多いなら、それは手段としてありなんだよ…… 間違ってるかも知れないけど、でも、うん。これはそう、俺には避けて通れない道なんだ」


 手段としての戦争をキャリは許容している。だが、それは決して間違ったことじゃないのだとタリカは気が付いた。遠い日、ビッグストンで教えられた士官としての心構え。


 つまり、ここで兵を犠牲にすれば国家が助かる。それは結果論として国民を護る事になる。ならば士官は全部承知で兵をすり減らす事を飲み込むしか無い。心を鬼にしてやるしか無いのだ。


 ――――コイツは……

 ――――次の王なんだ……


 タリカはその至極単純な事に気が付いた……

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