思索を巡らせる訓練
~承前
盛夏
照りつける日差しに慈悲の要素は一切なく、城下の商店街は一斉に日除けを伸ばしている。この夏はとびきり暑くなりそうだ……と、そんな話がかねてより城下に噂されていた。
だが、実際にやって来た盛夏の暑さは筆舌に尽くしがたく、暑さに慣れているはずの王都市民ですら『水とパンしか喉を通らない』と、泣き言がこぼれている。だが、そうは言ってもまだ7月の半ばにすぎない。
本当に暑いのは8月上旬の2週間で、そこの暑さは言葉に出来ないのだ……
「なあ…… 換気装置つけねぇ?」
「賛成だ…… 中の操作員が干からびて死んじまう」
戦車の改良を続けるタリカとキャリは、ハァハァと荒い息を吐きつつ戦車から出て来た。内部は軽く40℃を越えていて、間違いなく熱中症一直線だ。
「車輪のところに羽をつけて外から風を入れよう」
タリカはグッタリしながら日陰へと移動し、地面に簡単な図面を書いた。
車軸に取り付けられた扇風機状の羽が空気をかき回し、外部から内部へと新鮮な空気を入れる仕組みだ。
「これ、ここを槍で突かれると突破されんな」
キャリはそんな問題点を指摘する。それに対しタリカはなにかを言おうとしたが、あまりの暑さに思考がまとまらなかった。正直言えば、2人とも暑さで朦朧としている状態だ。
「なぁ…… とりあえず水でも浴びようぜ」
「その意見には賛成だ」
二人して大学外れの水場へと向かったのだが、目の前には滔々と流れるガガルボルバがあった。二人はどちらからと言うこともなく顔を見合わせた後、一気に走っていってフェンスを飛び越え、そのままガガルボルバへ頭から飛び込んだ。
「こっちの方がはえぇ!」
「最高だ! あっはっはっは!」
後先考えず思うがままに振る舞う二人。将来が重く苦しい事になるのは理解しているからこそ、つかの間の自由を理解している。そしてそれ故に、思う存分に青春を楽しんでいるような状態だ。
「冷気の魔法を常時発動させられれば良いんだがな」
「術士の気力が先に尽きるだろうな」
「中は揺れるしな」
ため息混じりに話をし続けるのだが、やがて身体も冷えてきて二人とも自然に川から出てきた。ぐっしょりと濡れた作業着のまま大学構内を歩けば、構内の衛士に『何があったのか?』と声をかけられる。
「日干しになる前に水分補給してきた」
「熱中症対策で冷却してきたんだよ」
タリカもキャリも笑いながらそう答え、衛士も笑っていた。若者が羽を伸ばしてやりたいようにやっているのは、眺めていて気持ちの良いものなのだ。ただし、それが悪さ出ない限りは……だが。
「もっとこう乗り心地をよくして……それこそ雲にでも乗ってるように……」
二人は自然に大学の大食堂へと向かっていた。
炎天下の作業はとにかく腹が減るのだ。
「けど、そしたら……その部分だけでもっと重量がかさむぞ?」
今日のスープは氷の浮いたカボチャの冷製スープだ。火照った身体にはちょうど良いが、これでは少々冷えすぎる。本当に暑いときは涼しい環境で生暖かいものが良いのだ。
「いっそ、車内に氷でも入れるか」
バリバリと氷をかみ砕きながらタリカが提案する。
ざっくり10才ほど年上ながら、タリカとキャリは上手く付き合っていた。
「で、氷が溶けたら補充しなおしか?」
「戦闘中じゃ無理だろうが、合戦直前に冷却魔法で水桶を凍らせちまおう」
およそイヌやらオオカミやらは、簡単簡便化された魔法を上手く使いこなしていると言って良い。最近では熱湯で淹れた茶などにハチミツを溶かしてから冷やして売っているほどだ。
応用と創意工夫に関して言えば、イヌの発想はとにかく豊かだった。魔法の一般化が進んでいる現在では、発想しだいで一攫千金な時代になりつつあった。
「……氷って言っても水だからな。車内まるごと冷やすなら相当重くなるぞ」
キャリの反応に『そうだよなぁ……』と答えたタリカ。冷えたスープとパンで食事を終えた二人は、川の水で冷えたこともあって炎天下へと戻った。冷やして暖めてを繰り返せばダルくなるのは自明の理。
「一休みだな」
「あぁ」
戦車のあるグラウンドの片隅に陣取り、木陰のベンチにごろりと寝転がる。
ひょいと首を降ったキャリは、戦車を横から眺めていた。
――――いっそもっと巨大にして……
――――そうだ。この3倍くらいの大きさにして……
――――車内に馬をまるごと入れて押し出させるのはどうだ?
キャリの頭脳には様々な可能性が浮かんでは消えていた。だが、まだ若いキャリの身体は心地よい疲労感と満腹に勝てなかった。そして、当人の意志とは関係なしに、その意識は勝手に身体を離れていった……
――――――その夜
「で、進捗状況はどうなんだ?」
上機嫌でワインをなめているカリオンは、笑顔でそう尋ねた。
城下にある岩の滴亭には、久しぶりに太陽王一家の姿があった。
ただ、その姿は往時を知る者にしてみれば全く異なると言うだろう。
普段着に毛が生えた程度の姿のサンドラとララが同行していたのだが、そこにはタリカとキャリの姿もあった。
――――ララ姫の嫁ぎ先ね……
口さがない者たちの囀ずりなどカリオンには関係ない。
今の一家を引き連れた太陽王は、ひどく上機嫌だった。
「……予定通りに…… 秋の大演習には……間に合うと……思います」
緊張した面持ちでそう答えたタリカは、『だよな』と同意を求めた。
だが、珍しく上がっているその姿に、キャリはニヤニヤと笑うばかりだ。
「タリカも緊張するんだな! 知らなかった」
ヘヘヘと笑うキャリだが、タリカは『だってお前……』と言うのが精一杯だ。
惚れた女が太陽王の娘なのは、もう今さら仕方がない。だが……
「王の御前だぞ?」
タリカの言葉に不機嫌さが混じった。
しかし、当人が言うとおり王の御前でいつもの調子にはなれない。
礼儀作法を重要視するフレミナ出身だけあって、その辺りは弁えている。
「そう緊張しなくともよい。若者はもっと貪欲でないとな」
遠慮なくそう言うカリオンだが、そのドギマギする姿をララは楽しそうに見ていた。そして、そんな娘を見るサンドラは嬉しそうだった。
「冷却問題は解決の目処がついたのか?」
ちょうど到着した水鳥の香草焼きを自らに切り分け、全員にサーブしたカリオンは、二人の若者に足を一本ずつ差し出した。いくら食べても一刻すれば腹の減る歳なのだ。
そんな若者にとにかく飯を喰わせて『美味いか?』と聞くのは、もはや中年となった大人達にとっては娯楽の一環だった。それこそ争うようにガツガツと飯を喰らう様は、見ていて楽しいのだ。
「二人して作っているものだ。二人で考えて、知恵を絞って、あれこれ実験しながら作り上げると良い。どんな形でも良いんだ。まずは作ってみろ。それが先々生きるだろう」
なんでそんなに上機嫌なんだろう?と、キャリはそれが不思議でなかった。
だが、同じく機嫌の良さそうな姉になった兄ガルムを見て、ハッと気がついた。
――――そうか……
将来、タリカはララを嫁にとる事になる。そして父カリオンはタリカを手元に置いとくつもりなのだろうとキャリは考えた。
――――もしかして……次の宰相か?
そう。次の王は自分で、その宰相に誰を付けるかが問題なのだ。すでに様々な貴族家の中で鞘当てが始まっていると聞いている。そんな中、父カリオンはタリカを宰相に据えるつもりなのだと気がついた。
そして、恐らくは帝國老人倶楽部なるサロンに自分が収まり、若き太陽王を輔弼すると言う大義名分で政治に口を挟むつもりなのだ……
――――まぁ……さすがだよな……
父カリオンの深謀遠慮を垣間見たキャリ。
だが、考えてみれば、今までそんなことをさんざんやって来たはずだ。
太陽王になっておよそ100年。ここまでの人生が決して順風満帆ではなかったことをキャリは知っている。だからこそ、根回しし先々に繋がる一手を打つことを学んできたはずだ。
――――俺もこうなれるかな……
ふとそんな不安を覚えたキャリ。だが、そんなキャリに気を配るでなく、タリカは必死でカリオン王の質問に答え続けていた。そして、助け船を出せとチラチラ横目でキャリを見ているのだった。