新しい兵器――戦車――の開発
~承前
「だからそれじゃダメなんだよ!」
「うるせぇなぁ! 俺の勝手だろ!」
大声で喚きあいながら、二人の男がなにかを作っている。遠慮のない罵声が飛び交い、言葉だけ聞いている分には実に険悪な空気だ。だが、そんな大声と共に出来上がりつつある物を見れば、そんな疑念など完全に吹き飛んでしまうだろう。
城下の一角にある総合大学のキャンパスでは、黒山の人だかりを集めた研究が行われていて、多くの見物人がやって来ていた。そんな人々の前にあるのは、鉄の板で作られた巨大な箱だった。
「だから違ぇって言ってんだろ! それじゃ応力集中で折れんだよ!」
「解ってるって! うるせぇなぁ! もっと静かに喋れアホ!」
「んだと!」
大声で怒鳴りあっているのはタリカとキャリの二人だ。夏の日差しが降り注ぐ総合大学の校庭には、見上げるような鉄の塊が鎮座していた。その周囲で様々な部品を組み立てては装着して行く2人は、阿吽の呼吸とは言いがたいまでも上手くやっていた。
ただ、2人が組み立てているそれは、この世界にとっては完全に異質な異物と言って良いモノだった。それは余りに大雑把過ぎる構造ながら、革新的なモノを世界にもたらす筈だ。
――――戦車
最初のその話をどちらがしたのかは覚えていない。
だが、雨の降りそぼる大学の図書室で初めて顔を会わせた二人は、その1時間後には真面目な論議をするようになっていた。それは、キャリが偶然見つけた図書室の本に関する話だった。
『近代戦車戦における戦術の考察』
そんなタイトルで書架に並んでいた本は、ヒトの世界から落ちてきた本をこの世界の言葉に翻訳したものだと言う。まったく異なる言語で書かれた本をヒトが読みつつ、それを口述筆記して本の体裁に仕上げたモノだ。
――――そう言えばビッグストンの戦術教官にヒトがいたな……
そんな事を思い出したキャリは、その本を図書室から持ち出そうとした。だが、持ち出し厳禁の札が付いているが為にタリカに止められたのだ。そしてそこで軽く口論となり、ララが仲裁に入ったと言う。
しかし、事態はそこで終わらず、たまたま総合大学へ出張講義に来ていたビッグストンの教授陣がそれを聞き付け、ならばヒトを連れてきた方が早いとなって、茅町から来ていたヒトが総合大学へやって来た。
そして、その場で戦車と言うものの講義が始まり、総合大学の歴史学教授を交えて様々なディスカッションが始まった。ヒトの世界における戦車の歴史から始まり、事実上走る金庫に進化した鋼鉄の虎が戦闘をどう変えたのかの話だ。
当然のようにキャリもタリカも夢中になってそれを聞き、日暮れになってお開きになる頃には『面白そうだから作ってみよう』と、そんな話になっていた。そしてその場で、タリカとキャリの二人は、互いの立場と肩書きを知ったのだった。
「姉貴が見にくんだろうよ! 真面目に作れ!」
「真面目にやってんだろうがボンボン! 良いから黙ってろ!」
「んだとテメェ!」
辺りにいる学生たちは微笑ましい様子で笑ってみている。互いに言いたいことを言いながらも、その鉄の塊は着々と仕上がりつつあった。本に載っていた挿し絵や構造図を元にタリカは図面を引いたのだ。
帝国の太子であるキャリは自分のコネを使い、王都中の鍛冶屋や工房に協力を取り付け、部品を作らせては大学に運び込んだ。それらを合わせて形作られるその画期的な兵器は、騎兵のど真ん中に切り込んでいって銃砲を打ち続けるためのモノ。
次の時代を担う新しい戦術の為に、一から研究開発される代物だった。ただし、エンジンやミッション等、複雑なものは作りようがない。高性能でコンパクトなパワーパックは、街の鍛冶屋レベルで作れる代物ではないのだ。
故に、この戦車は人力で動かすことになる。木製のフレームに剣や槍では貫けない鉄板を張り合わせ、その各所に銃眼をつくって銃を外に向けるのだ。また、戦車の天面には100匁筒を固定設置し、榴弾を撃てるようにしてある。
尾銓構造では無いため、戦闘前に装填しておいてここ一発で使う仕組みだ。それ以上の事は出来ないが、少なくともこの時代ではあまりに発想の飛躍し過ぎている兵器と言える代物だった。
「こいつがあれば戦が変わるぞ」
目を輝かせてタリカがそう言う。フレミナ一門の中では身体が弱い部類のタリカには、騎兵として戦線へ立つ目など一切なかった。それ故に一門の中では不慮品扱いすらされ掛かっている状況なのだ。
だが、これが実際に戦場に登場した暁には、この兵器の指揮官となって戦に参戦することが出来るかも知れない。走る事が苦手で体力的に不安なのだが、これは車内で椅子に座って指揮をすれば良いのだ。
「変わるんじゃ無くて変えるんだろ? タリカの都合が良いように。それに、戦闘抑止力ってお題目はどこ行ったんだよ!」
タリカの言葉にキャリがそう応える。
ただし、遠慮のない物言いは健在だ。
「うっせぇなぁクソボンボン! 黙ってろボケッ!」
絶妙の掛け合いで行う会話(?)はともかく、その威容は十分に敵への驚異となるだろう。刃物の類や弓矢などが一気に意味を為さなくなるはずだ。そして、こちらは損害を気にせず一気に攻め込める。
見方を変えれば、装甲を撃ち抜くための兵器開発が必要になるので、その技術を独占しているル・ガルの戦術優位性は当面揺るがない。つまり、それこそが戦を抑止する圧倒的な力となるのだ。
「ところでなぁボンボンよぉ」
作業に飽きたのか、背を伸ばしたタリカがウーンと伸びをしながら言った。
2人とも汚れた格好になって居るが、目だけは楽しそうに輝いていた。
「ん?」
「少し動かしてみようぜ」
「はぁ? まだ未完成だろうよ」
「そりゃわかってんだよボケッ! 装甲が地面に接触してないか確かめんだよ!」
小さく『あぁなるほど……』と呟いたキャリは戦車の後方へ回って扉を明け内部に入った。灯り取りの小窓は内部で屈折していて、刃が直接侵入しない仕組みだ。
その関係か内部は薄暗い状態で、このまま戦闘に突入すると事故が起きることが予想された。
「こりゃ予想以上に暗いな」
「灯りに使える魔法とかあったら良いな」
「戦車要員に簡単な魔法を使えるように教育したら良いだろ」
二人して車内にあったバーを持ち上げると、戦車の後方が僅かに浮き上がる。その構造はリアカーを逆向きに押し出すような構造そのものだ。左右に2輪ずつの車輪が装備され、その車輪は捩り上げ構造のサスペンションで支えられている。
戦闘要員はそのリアカー部分に乗り込み、右だ左だと指示を出しながら押し出される戦車の上で銃を撃つことになる。恐らく車内はすさまじい轟音と振動だろう。だが、斬られる心配の無いところで安全に打ち続ける事が出来るのだ。
「ちょっと重いな」
「ちょっとって次元かよアホッ! 並みの奴じゃ押す事も出来ねぇぞ!」
「んじゃどーすんだよ! 装甲けずんのか!」
相変わらず丁々発止に罵りあいながら戦車は開発を続けていた。軍の装備局が様子を見に来て『……………………』と無言のままため息をこぼした事もあった。ただ、カリオンだけが『好きにやってみろ』とそれを応援していた。
若者が持つ自由な発想と夢中になって出来る時間は、下手に制約しない方が良いのだ。前例の囚われない自由闊達な論議から新しいモノを生み出せるのは若者の特権であり、また、才能だった。
一見して『くだらない』とか『無駄』と評されるモノほど、実は世界を一変させる可能性があるのだと、カリオンはいままでの人生でそれを学んでいた。だからこそカリオンは、城のバルコニーから黙ってそれを見ていた。
ミタラス島の逆サイドにある総合大学の広場は、城のバルコニーからよく見える位置だ。地味に距離の有る場所だが、ヒトの世界から来た落ち物と呼ばれるヒトの世界の道具を使い、大きく拡大して見えるのだった。
「だいぶ形になってきたな」
感心したようにそう呟いたカリオン。炎天下だというのにも関わらず、2人は実に楽しそうに作業を続けている。暑さだとか辛さと言ったモノを頭から無視して何でも出来る期間は、驚く程に短いのだ。
「そうですね。このままやらせて良いんじゃないでしょうか」
同じように微笑ましく眺めているのはウォークだ。
そして、ウォークの隣にはドリーがやって来ていた。
「王よ。どうかあの兵器。東方方面で実験にお使いくだされ」
ドリーは容赦無い物言いでキツネとの再戦をしようと提案していた。
キツネの国の一部を占領したまま、両国の関係は膠着状態だ。
「いまは曲がりなりにも安定している。まだ使うには早いさ」
カリオンはドリーの戦意を挫くようにそう言った。
そうでも言わなければ、本当に独断専行で事に及んでしまうかも知れない。
キツネとの関係はだいぶ持ち直してきたのだ。出来るならこのまま安定化したい所だが、ル・ガル国内にもイヌの国の内部においても一定の数でそれに噛み付く者達が居る。
それらの処遇をどうするかもまた、カリオンの悩みの種だった。不測の事態に備える事は何より重要だが、こちらの準備よりも更なる大軍が動員されたら、正直ひとたまりも無いだろう。
だからこそ早急に誼を交わし、七尾が出てこないように手を打つしかないのだ。ル・ガル意外の種族国家でもっとも手強いのは狐であるとイヌは知っているのだ。
「そうですか…… ならば何処かで実験的に使われる際は、是非とも我等にお命じください」
ドリーは胸を張ってそう言った。
ただ、正直に言えば使わないで済ませたいと言うのがカリオンの本音だった。
そして、あれを設計し組み立てる課程で、2人が盤石の関係になってくれることが大事なのだった……




