親たちの願い
~承前
夢の中で行われる帝國最高評議会は時間も距離も無視した仕組みが特徴だ。
リリスの魔力はますます強くなっていて、外部からの干渉を跳ね返すだけでなく、自動的にそのちょっかいを撃退する程度の事は朝飯前に出来るレベルになってた。
「……で、心配か」
オクルカの口からロシリカの不安と葛藤を聞いたカリオンは、破顔一笑に『若さって良いもんだな!』と言った。良い悪いの話ではなく、そういった事で一つ一つ悩んでは世界の終わりに恐怖する。
まだ歩き始めて間がない幼子が、地面の僅かな凹凸を恐れるように、ロシリカもまた世間を上手く渡っていく経験を繰り返して『こんな些細なこと……』と笑えるように育っていくはず。
そんな過程を眺めている人生の先達は、それを『かわいい』と表現するのだ。世間に揉まれ、摩れて磨かれてふてぶてしく振る舞えるようになるまで。それまでが男の修行だった。
「で、ララはどうなの?」
リリスは楽しそうな声でサンドラにたずねた。
男として育てられてはいるが、その精神の根幹はどうも女で育ったらしい。
「……なんか最近は私より女らしいかも」
サンドラは肩を竦めながらそういった。
ただ、その言葉と態度には、明確な満足感がにじみ出ている。
「ちゃんと落とせそう?」
「どうかしらねぇ……」
それが女の性の本音トークなのは言うまでもない。思ったことがそのまま言葉になってしまうこの環境では、一切の言い逃れも言い訳も出来ないし隠し事も出来ない。
だからこそ全員が本音で言いたいことを言い合い、事態のすり合わせを行うし、それが出来るのだった。
「で、王よ」
「あぁ、分かってる分かってる」
真面目な顔になって言うオクルカに、カリオンは笑みを返した。
一人の騎士ではなく父親の顔になっているオクルカだ。
言いたいことは痛いほどによく分かる。
「フレミナの内部で家族間闘争の芽を作るつもりは無い。下克上だなんだと始められては結束にヒビが入るしね」
顎をさすりながら思案するカリオンは、意中で言葉を練った。オクルカはカリオンの言葉をじっと待っていた。思えばこの二人にも磐石の信頼関係が出来上がっていた。
それを何となく眺めていたジョニーは、ふと嫉妬にも似た感情が沸き起こってきたのを気がつき、それに驚いていた。ただ、国を背負い責任をもってそれを導く立場と言う面では戦友でもある二人だ。
――――まぁ……
――――そうだよな……
この夢の中の会議室にも慣れてきて、言葉を発さずにモノを考えることも出来るようになったジョニー。この場に出入りする者全てに段々と魔力的な部分での耐性が付きつつあり、また順応しているのだった。
「まず、ララとタリカが将来を誓った時点で……契りを交わしたなら、その時点でキャリに王位を譲ろう。俺は争乱の責任を取って引退だ。その上でタリカに相国の肩書きを与えてキャリと上手くやらせる。双方に気を使うだろうが、やがては慣れて交ざって上手く回ると思う。その時点で俺が国家親衛隊の機動師団を編成する。基本的は事態即応を旨とする強力な武装集団だ」
カリオンの描き始めた未来像に全員が黙って耳を傾けた。ざっくり100年をかけてカリオンのル・ガルになったイヌの邦は、その未来への進路図を描けるに至っていた。
「その時点でオクルカ殿には家督をロシリカに譲っていただいて……」
「そうだな。そうしたら俺はその機動師団の中で北方司令官役が良いな」
カリオンの言葉にそう答えたロシリカ。
だが、ジョニーはそんなロシリカに噛みついた。
「え? 総司令とか師団長じゃないのか?」
ジョニーがそう言うと、アレックスも口を挟んだ。
「あぁ。権力構造の平均化としては、オクルカ殿が機動師団指令と言うのが理想的だと思うが」
二人の言葉を聞いたオクルカは、『ふむ……』と漏らしたあとで言った。
「いや、それより北方方面対処役として睨みを効かす方がいいと思う。ロシがドジを踏まないように監視する意味もあるが、それ以上に言えるのは、ジョニー君の肩書きを作るべきだと思うんだよ。西方方面司令官としてレオン家に一定の関与をしてもらって……『なるほど』
ジョニーはニヤッと笑って『キャサリンか』と言った。
ロシリカとキャサリンが良い仲になっているのはジョニーだって知っている。
「あぁ。そうなんだ」
オクルカもそれを肯定し、『嫁にもらって良いかな?』と問うた。
もし公爵家の令嬢がフレミナ側に嫁いだなら、それは史上初めての事と言ってよかった。何より、新時代の幕開けにふさわしいイヌとオオカミの融和を示す一大事件と言って良いことだ。
「まぁ、ポールに話を通さなきゃならねぇし、ロスの叔父貴にもそれなりに根回しが必要だが……――」
ジョニーはスッとカリオンを指差した。
その僅かな所作でカリオンはジョニーの言いたいことを理解した。
「――エディが承認して、ついでに祝福してやれば良いんじゃないのかな。まぁ、本人同士は好きあってるみたいだから、問題はないだろう」
どう転んでも悪い方には行かないだろう……
そんな読みがジョニーにもオクルカにもあった。
そしてもちろん、カリオンにもだ。
だが……
「ひとつ懸念があるとしたら、レオン家以外の公爵家でしょうね。ことにスペンサー家のドリーなどは怒るかもしれませんよ? レオン家だけ特別扱いしてないか?と」
ウォークがそう懸念を示すと、オクルカもジョニーも厳しい表情になった。
ドリーは狂信レベルでカリオンに忠誠を誓っているし、他家に先じて王の手足となることに喜びを見いだしている。
「……ドリーなら言い出しかねんな。確かに」
惚れた腫れたの感情にも似た忠誠の概念は、時に嫉妬となって噴出することもある。男色の気がある訳ではないが、それこそカリオンが『おい、ケツを貸せ』と言おうものなら、喜んでやりかねないレベルだ。
「ならばスペンサー家の若者に娘を嫁がせようか」
オクルカはふとそんな提案をした。
フレミナ地方の風習として、娘の嫁ぎ先は父親が決めるのはなんの不思議もないことだった。ただ……
「……出来れば、まぁ、難しいかもしれないけど、でもね、女の本音としてはさ、嫁ぎ先に選択の余地を与えて欲しいよ」
リリスは真面目な声でスパッと言った。惚れた腫れたで好きあった仲の男に嫁ぐなら、女だって不満はないだろう。そうでなくとも貴族の婚姻は家の都合が最優先で、女は道具にされる運命だ。
ならばせめて、家のために嫁ぐにしたって選択肢があった方がまだ良い。実際、表に出ないだけの話で、貴族家の中で別居状態になっている夫婦は枚挙に暇がないのだ。
嫁いだ先で家督を継ぐ子供を一人か二人産み落とし、その後は事実上お役御免状態で好き勝手に生きる貴族夫人は、大体が寂しい人生の終わりを迎える事が多い。
その貴族家にとって重要なのは跡継ぎであって、それを産んだ母親が庭師だ執事だのと恋仲に落ちて地方領へ叩き出されるなどの冷遇はよくある話だ。
だからこそ、少しでも良い人生になって欲しいと願うのは、同じ女の本音であり希望でもあった。社会が少しずつそういう方向へ変わっていって欲しい。その為に小さな小さな積み重ねをしていくしかないのだ。
「うーん、それはどうだろうな。まぁ、明日にでも娘と相談してみるよ。元々、娘には好きなところへ嫁げと言って育ててきた。故に、当人がもう気になる男がいるかもしれないしな」
オクルカの言った言葉にサンドラがなんとも微妙な表情になっていた。羨ましいと言ってしまえば楽になるのだが、それを認めないのもまた女のプライドだ。黙って冷笑して、そして後進のために手を尽くす。
貴族社会の言葉になってない暗黙の了解。そのアンリトンルールを理解して、はじめて貴族は貴族足りうる。そんな文化も段々と薄まっていって欲しいものだと誰もが思った。
「まぁ、とりあえず事態の推移を見守ろう。若者たちの人生だ。自分達で決められるようにしてやるのも大人の仕事だ。ララには幸せになって欲しいが、もちろんタリカやロシリカだけじゃなく、キャサリンにもだ」
国王として君臨するカリオンにしてみれば、その国民はすべて我が子と同じなのだ。だからこそ彼らの健やかな成長と幸せを願うのだ。ただ、そうではない者がこの会議を覗き見していることを、リリスですらも気がつかなかった。
ララの精神の一角に陣取ったその存在は、ララの気配と言う形で母サンドラの感覚の一部に溶け込んでいた。
――――そうはさせるか……
――――ケケケケ……
――――すべてぶち壊しにしてやる……
甲高い笑い声が誰もいない空間に響いた
次元と次元の隙間にある無限の虚無に落とされた存在は、じっとチャンスを待っているのだった……




