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ル・ガル帝國興亡記 ~ 征服王リュカオンの物語  作者: 陸奥守
大侵攻~征服王リュカオンの誕生
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華を添える算段 花を摘み取る算段

~承前






 季節の移ろいは気が付かぬうちに進むもの……

 改めてそれを再確認していたカリオンは、城のバルコニーへ出て城下を眺めていた。いつの間にか世間の空気にも温もりを感じられる様になっていた。


 王都を騒がせた争乱から一年が経過し、いつの間にか街の中が片付いて新しい街並みが出来上がりつつある。だが、何となく華が無い様にも見える。その理由を考えたカリオンはハッと気が付いた。


 ――花壇がないな……


 かつてのガルディブルクは花の都と呼ばれるほどに、いつの季節であっても花々の咲き乱れる街だったはずだ。市民も王府も競うようにして花を植えてきたし、それを愛でる市民の目も肥えていて、各所でコンテストが開催されていた。


 ――思えば……


 そう。思えばシュサ帝の戦死の頃から段々と街に花が無くなって行った。花壇の数が減っただけでなく、様々な場所にあった大きなハンギングバスケットや移動式の大きな樽鉢なども消えていった。


 街の争乱が幾度かあり、最後はアージン評議会のクーデターと市民蜂起の果てに全ての花壇がバリケード代わりに使われていた。


「ふむ……」


 首を捻って思案するカリオンは、ふと思った。


 ――花壇の品評会でもするか……


 そう。街を再生させるだけでなく、華やかさをも取り戻さねばならないのだ。

 となれば、市民に花壇作りを奨励し、優秀作品には名誉を与えるのが早い。


「ウォーク! いるか!」


 振り返ったカリオンは大声でウォークを呼びながら室内へと戻った。この街を花一杯にする事で市民を楽しませ、それでララの一件に文字通りの華を添える作戦だった。






 ――――――同じ頃






「それは……間違いないのか?」


 雪解けと同時に故郷フレミナへと帰ってきたロシリカは、末弟タリカの現状について父オクルカに相談していた。


「いや、当人が浮かれあがってて手が付けられねぇ…… けどよ、あの女は事実上フレミナの女だ。元鞘ってのが気にくわねぇんだけどよぉ……」


 ロシリカの言い分を要約すれば、太陽王が手に余した事実上フレミナの女を厄介払いするが如くにフレミナへ送り返してくるかも知れない。ル・ガルとの関係が磐石であって欲しいが、どうしたもんか?と言うことだった。


「まぁあのカリオン王ならばそこまで酷いことはしないと思うが……」


 ロシリカはこの場では言明を避けた。

 まず間違いなくそれは無いと踏んだのだ。


「……カリオン王を信用しない訳じゃねぇけどさ」


 ロシリカの言葉はどうにも歯切れが悪く、奥歯に物の挟まった言い方がオクルカは気になっていた。ビッグストンで学び、あの王都で遊んで育った男なのだ。イヌが見せる性格的な分かりやすさや情の深さを知らないはずがない。


 だが仮に、より深い部分での悪意や敵意や、もっと言えば根深い差別感情的な部分を見ていたとしたら。より始末に悪い部分でほの暗い悪意を味わっていたら。もっと言えば、あのキツネの手により精神が乱されているとしたら……


 ――――あまり良い傾向じゃないな……


 ふと、将来的な不安の種を感じたオクルカは、今度の夢中会議で話をしてみようと思った。ただ、その場には息子ロシリカを入れることは罷りならんとも感じていた。直情径行が過ぎる者は、時にまとまる話をもぶち壊すのだった。


「お前を信用しない訳じゃない。だが、カリオン王はもう少し上の人間だぞ」


 オクルカは私心なき信望の精神を見せた。

 あの河原の荒れ地を含め、さんざんと切り結んで今は親友と呼べる間柄になっているのだ。本気でやりあったからこそ理解できる部分もある。命懸けの戦いの中で、不思議と味方より敵を信用することもあるのだ。


「まぁ……親父が言うんじゃ間違いねぇだろうけど……」


 やはり飲み込みづらいのだろうか。ロシリカは言葉尻があまりよろしくない。

 だが、オクルカはこの辺りでハッと気がついた。ララとタリカの関係やフレミナとル・ガルの関係と言う問題ではないのだ。


「……将来が心配か?」

「え?」


 そう。ロシリカは将来を心配しているのだ。自らは王都の守備隊に属していて、王の信任もあついだろう。だが、末の弟であるタリカは、場合によっては自分を追い越していくかもしれない。


 太陽王の娘を嫁に取り、ル・ガルの中で確固たる地位を築き、何より、次期政権の中枢に食い込んでいくかもしれない。そうでなくともタリカはビッグストンで学び、総合大学でも学び、その頭脳に世界の最先端な知識と知恵を詰め込んでいる。


 オオカミの社会に根差している身分階級の常識で言えば、年上の者は絶対的に優先される儒教的な階級制度がまだまだ深く残っている。一日の長を大事にする文化のなかでは、どれ程に優秀な弟と言えど兄より出世出来ないケースも多々あった。


 ――――悪しき社会制度だな


 そんなものは関係ない。あくまで実力本意だと舵を切りつつあるオクルカ体制だが、はっきり言えば先に生まれたこと以外になんの取り柄もない無能や愚か者にしてみれば、存在意義そのものが揺らぎかねない事態と言える。


 そして、ロシリカはフレミナ社会でも一目おかれるビッグストン卒業生であり、将来を渇望される若者として輝く未来が待っていたはずだ。そんな自分が、自分の存在意義が存在理由が、末弟の存在で脅かされている。


 ロシリカはそれが怖いのだった。


「……そりゃ怖いさ」


 小さくため息をこぼして首を振ったロシリカは、自嘲気味に笑った。まだまだ100に満たない若さから来るものだろうか。達観する境地にはほど遠いのかもしれない。


「心配するな。仮にタリカがララ姫と一緒になったからといって、お前の将来が消え去る訳じゃない。冷飯食いに落とされることもない。お前の人生はお前のものだからな」


 若者らしい将来への不安。そして葛藤。

 それこそがロシリカの懸案事項なのだった。


「ただまぁ、タリカのこれからについては俺にも思うところはある。それは本人に確かめる。場合によっては何らかの手も打つ。あれがル・ガルの中枢に食い込んでいくのは、我がフレミナにとっても悪い話ではないからな。それより――」


 オクルカはスイッとロシリカを指差して、ニヤリと笑った。


「――お前の方はどうなんだ。あのレオン家のご令嬢とうまくやっているのか?」


 ロシリカの表情がグッと固くなり、オクルカはここではじめて問題の本質の、その芯の部分にぶち当たった。そう。公爵家のご令嬢を嫁にとる以上、そこらの騎士で終わる訳にはいかないのだ。


 ビッグストンの大ホールで摘み取った壁の花は、本人が予想していた以上に高値の花だったのだ。だからこそロシリカは公爵家令嬢に見合うだけの立場を手に入れなければならない。


 フレミナ社会において確固たる地位を得るためには、ここが勝負どころなのだ。だからこそロシリカはタリカの今に焦っていたのだ。


「……まぁ……」


 しどろもどろになりつつも、ロシリカは胸を張った。王都の独身官舎で暮らしているロシリカだが、城下のアパートをワンフロア丸々借りきっていて、そこにジョニーの妹であるキャサリンと愛の巣を作っていた。


 ただし、二人が会えるのは週末のみで、それ以外は官舎に常駐するロシリカをキャサリンがアパートで待っている形になっている。だからこそ、そろそろそれなりにル・ガルの中で社会的地位が欲しいのだった。


「いっそのこと、タリカに遠慮せずレオン家に取り入って、我がフレミナ一門とレオン家が縁戚関係となるようにするのはどうだ? 公爵家の肩書きに負けない肩書きと言えば、我がフレミナ家は大公爵の地位にある。それなら見劣りするまい」


 オクルカが言ったその言葉に『えっ? それって……』と顔色を変えたロシ。

 話を突き詰めれば、ロシにフレミナ王の地位を禅譲するということだ。


「おっ…… 親父はどうすんだよ」

「俺か? 俺はまぁ……カリオン王の親衛隊にでも加わって、キツネ狩りに精を出すさ。今回のキツネとの戦いでよくよく理解した。あいつらは滅ぼすべきだ」


 オクルカはスパッと本音をはいた。

 キツネほどではなくとも呪詛呪術の盛んなフレミナ一門の本拠だ。魔法防御は重層化されていて、魔法による覗き見など出来やしまいとオクルカは思っていた。


「親父がそれで良いなら……そうするけど……でも……」


 急にモジモジし始めたロシを見れば、何を心配しているのかすぐにわかる。

 あの惚れた女がフレミナ地方まで来てくれるかが心配なのだろう。


「こっから先は自分でやれ。親が面倒見てやれるのはここまでだ。あとはお前の才覚と気合いと根性と、なにより愛情だ。まぁ、一筋縄じゃいかんだろうな」


 お膳立てしたからといって、全部がうまく進む訳じゃない。最終的に問われるのは気合いと根性の入り具合だ。良い親とはそういう存在なのだろう。木の上に立って見ているのだ。子供が木に登ってくるのを待っているのだ。


「……頑張る」


 ロシリカはそういうのが精一杯だった……

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