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ル・ガル帝國興亡記 ~ 征服王リュカオンの物語  作者: 陸奥守
大侵攻~征服王リュカオンの誕生
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親たちの悩み

~承前






「……ほほぉ」


 興味深そうに首肯したカリオンは『で?』と続きを促した。

 ガルディブルク城の執務室には、久しぶりにアレックスの姿があった。


 新年に入って既に2週間が経過し、街も人も通常の生活に戻っている。

 そんな中、ララは大学のキャンパスに戻りつつあった。


「良いのか?」


 訝しげに話を止めているアレックスは、数枚の報告書を持ったままだ。そこに書いてあるのは、王都の中に溶けこんでいるル・ガル国軍の情報機関関係者がまとめた現状観察の報告だった。


 ――――ララ姫

 ――――数年ぶりに大学で活動中

 ――――タリカ殿に接近せり


 ビッグストンを卒業した後でル・ガル総合大学の経済学を専攻していたタリカは、この数週間を卒業論文の執筆にあたる前の下調べに費やしていた。そんな思い人に急接近したララは、大学の図書室で机を並べ研究しているとの事だった。


「良いのか?って……どういう意味だ?」


 カリオンは鈍そうな事を言っているが、実際には応援する側に回っていた。

 ララの思い人が無事に卒業出来ることを祈るくらいだ。


「……フレミナ王の末息子だぞ?」

「だから?」

「……いや」


 アレックスも二の句が付けられなかった。オオカミに対する厳しい視線はまだまだ絶えた訳では無い。ル・ガル市民の間で『オオカミに嫁に出すのか?』という声が広まれば、それは王の求心力を粉砕する事になりかねないのだ。だが……


「そもそもララは四分の三がオオカミだぞ? それに――」


 カリオンは平然と情報の再確認染みた事を切りだした。母サンドラは純粋なオオカミのフレミナ血統だ。そして、種となったトウリは母ユーラがフレミナ出身なので、確実に75%がオオカミとなる。


 それにそもそも、トウリの父カウリとて、その母セーラがフレミナ出身だ。それを思えば、イヌの娘にオオカミがいるようなものだ。今さらイヌだオオカミだなどというのは野暮天にも程がある。


「――サウリクル家の中はオオカミの血が濃いが、それについて文句らしい文句が出たことは無いはずだ。仮に文句が出ても、俺が出ていってねじ伏せてやる。あくまで当人の希望が最優先だ」


 カリオンはその基本スタンスを崩していない。ここまで言うに言えない苦労を積み重ねてきたララだ。父としては幸せになって欲しいと願っても何らおかしな事では無い。


 だが、それでも納得しない層は居るだろう。ならば、それ相応の役職に就けるのが良いのかも知れない。若しくは完全にアージン家へ取り込んでしまう事だ。


「……カリオン」


 足音を立てずに部屋へと入ってきたのは、漆黒の套をまとったトウリだ。最近はすっかり検非違使の別当職が板に付き、まるで忍者のように神出鬼没な行動をする様になっていた。


「気配を殺して入って来ないでくれ。心臓が止まるかと思った」


 軽い冗談を言いつつ、半分は本気でそれを言ったカリオン。

 トウリは『スマンスマン。ついいつもの癖で』と笑って居た。


「で、単刀直入に本題を言って良いか?」


 トウリは静かに本題を切り出そうとしていた。

 ただ、その表情から厳しい話になるのは目に見えている。


「……覚悟の要りそうな話だな」


 カリオンがグッと気を入れた表情になったのを見て、トウリもまた丹田に意識を集中して気を集めた。あの直情径行で一本気な男だった存在も、今は裏社会の中で圧倒的な立場を作っていて、落ち着きを得ていた。


 ル・ガル社会の中で最強の闇組織である検非違使だけで無く、いつの間にか六波羅の差配をも引き受けるようになっていたトウリ。つまりそれば、ル・ガル裏社会の中で最強の存在にまで上り詰めたことを意味した。


「あの……タリカとか言う小僧。ララが奴を婿にしたなら、ララにサウリクル家を継がせようと思うんだが、どうだ?」


 裏社会のボスである以上、光の当たる場所には出てこれないし、出るわけにもいかない状況になりつつあるトウリ。そんなサウリクルの男が言ったのは自分の娘であるララでサウリクル家を存続させようと言う事だった。


「……それじゃオオカミがサウリクル家を乗っ取る形になりますよ?」


 ウォークも懸念を伝え、トウリの真意を確かめた。

 だが、当のトウリはまったく表情を変えずに冷静な声で言った。


「イヌかオオカミかはもう関係無い時代になりつつある。今は王の役に立つかどうかって事の方が重要だ。それに――」


 立て板に水の勢いでトウリはそう言った。

 そこにあるのは、自分の身は今のままで良いと言う言外の意思表示だった。


「――王の役に立たぬならこの手で粛正して闇に葬れる。まぁ、ララは怒るだろうがな」


 トウリの言葉には鋭い棘が有った。彼もまたル・ガルの中で王の剣として存在しているのだ。様々な困難を乗り越えたトウリは、既に闇の住人となっている。しかしながら、そうは言ってもやはり人の子の親なのだろう……


「やっぱり親の顔が出るな」

「俺の子じゃ無い事になってるけどな」


 ふたりしてクククと笑いあうが、それでもやはりどこかでカリオンは遠慮しているのが解ったのだろう。トウリはそこが若干引っかかるも、本音を言えば嬉しくあるのだ。


「いずれにせよ……まずは見守ろう。人の恋路は邪魔しない方が良いだろうしな」


 腕を組んだカリオンは静かに笑った。

 だが、それを見ていたアレックスは、より一層怜悧な顔になって言った。


「万が一にも……の話だが――」


 緊迫した表情になっているアレックスを見れば、仕事モードだとすぐにわかる。

 そんな状態を見て取れば、カリオンもまたグッと気を入れて話を聞く体勢だ。


「――あのタリカがオオカミの諜報員である証拠を掴んだときは……いや、オオカミだけじゃ無く、キツネやそれ以外の国の諜報員であると掴んだときは……その場で排除して良いか?」


 ロシリカが末の弟だと紹介した存在だ。まさか間者だとは思いたくない。だが、ララのかつての思い人であったルチアーノは、フレミナ側の工作員だった。最初から工作員だったのか、それとも王都に来てからスカウトされたのかは解らない。


 だが、間違いなくあの男はスパイだった。そして、事もあろうにララへと接近したのだ。もしこれが明るみに出ずに、ララと夫婦になっていたら……


「確かに可能性は否定できないな」


 カリオンもことの重大性を承知した。万が一にもタリカが何処かの工作員立った場合、カリオン政権の中枢へ入り込んでしまう危険性があるのだ。そしてそれは、国家機密の流出に繋がりかねない。


 この世界で猛威を振るっている魔法発火式銃の秘密が流出したなら、ル・ガルの絶対的な優位性が脅かされることになるのだ。そして、他国がそれを実用化したなら、それ以降の戦は今まで以上に凄惨なものとなるのが目に見えている。


「まず、念の為にフレミナ側へ身分照会をしましょう。出来ればオクルカ殿に来ていただいて、直接確かめるのが良いでしょうね。その上で……」


 ウォークがジッとカリオンを見た。さて、何を言わせたいのか?と考えたのだが、ハッとした表情になって気がついた。ララの夫となる事は、つまりキャリと義兄弟になることを意味する。


 そしてそれは、次期太陽王の政権において中枢へ食い込むことになる。仮にタリカが工作員であるとしたならば、獅子身中の虫などと言ってすら居られないほどの窮地となり得る。ル・ガルのもっとも弱い部分を内側から食い破られかねない。


 ――そうだ……

 ――危険だな……


 カリオンもその重要な部分に気がついた。

 そして、事前に対策しておく重要性を理解した。


「タリカが良いと言えば養子として迎え入れよう。ただし、王位を継ぐのはキャリに決まっている」


 他ならぬ太陽王直々の方針提示なのだから、全員が黙って聞いていた。

 ただ、その言葉が終わるや否や、アレックスが早速噛みついた。


「それをするなら先に王位継承を行おう。そうだな、キャリにカリオン2世を名乗らせてエディは引退し、国家騎士団より上位の最強武装集団を編成して抑止力にしよう。そうなってからキャリの政治的な相談相手としてタリカを据えれば良い」


 アレックスの示したその手順に全員が首肯した。こんな時にパッパと素速く手順を考え、それについて問題を揉んでやばい所を見つけ、対処法を考え出すという能力はアレックスの美点だ。


「そうだな。アレックスの案が良いだろう。ただ、その前に重要なのはララの意志だ。そこを忘れないでくれ。あの子がタリカを選び、タリカもララを選んだならと言う前提を常に念頭に置くように。これは……私自身の願いだ」


 人の恋路を邪魔するなと言ったカリオンは、あくまでララのスタンスを優先する姿勢を崩していない。だが、王の意志がどれ程強くとも、国の行く末を思えば王が折れなければいけないシーンは山ほど有るのだ。


「願わくば……上手くいって欲しいな」

「全くだ。あの子には幸せを掴んでもらいたい」


 カリオンの本音にトウリがそう応える。サウリクル家のゴタゴタに振り回され、挙げ句に良いように身体を弄られ、それでもララは世界を怨まずに居るのだ。


 その幸せを祈るくらいの事は誰も文句が無いだろうし、多少は手心を加えても問題有るまい……と、カリオンは心魂よりそう思った。ただ、世界がそんなに甘くないことを、嫌でも突き付けられることになるのだった……

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