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ル・ガル帝國興亡記 ~ 征服王リュカオンの物語  作者: 陸奥守
大侵攻~征服王リュカオンの誕生
412/665

憎しみの連鎖を断ち切る勇気

~承前






「太陽王殿」


 キツネの帝は今までより幾分低めの声で切り出した。

 ただ、そもそもが8才でしかない少年なのだ。その限度は知れている……


「……余も8才の時に初めて国家の案件で馬を駆った。越境してきた窃盗団を血祭りにあげ、国民の生命と財産を守るために奔走した。帝殿。そなたを見ていると、あの時を思い出す」


 カリオンは率直な物言いで帝に言った。

 それを聞いていた帝は、少年らしい笑みを浮かべていた


「朕は過去5度、こうやって転生し帝の職を承っているが」

「それは……誰に?」

「イナリ様だ」


 イナリ様の言葉に、カリオンはキツネの信仰の深さを知った。

 いや、それはもはや信仰などと言う次元ですらないと思った。


 キツネはその存在のすべてでイナリに関わっている。生老病死の全てで……だ。もっと言えば、キツネ自体がイナリの眷属であると言うことを心魂レベルで受け入れていると言って良い。


「イナリとは偉大な存在なのだな」


 カリオンの言ったその一言に、帝はもう一度ニコリと笑った。


「えぇ。その通りですよ」


 帝の言葉が初めて素の物言いとなった。

 8才の少年らしい素直な物言いだ。


 ただ、そのつぎの瞬間には、再び厳しい表情に戻っていた。

 いよいよ停戦交渉の始まりだとカリオンは覚悟した。


「太政卿」

「かしこまりました」


 帝が作配すると紫音が再び前に出てきた。


「では太陽王陛下。まずは停戦についての『その相談は無用ぞ』


 カリオンは振り返り、いつのまにか居並んでいた各公爵家の当主達に指示を出した。シンプルで簡単なジェスチャーだが、その意味はすぐに通るものだった。


「いま、各軍団を指揮する者達に撤退の指示を出した。我らの目的は吾子の奪回なのであるからして、これ以上繋争の理由はない」


 カリオンの目が再び圭聖院に注がれると、その女狐は歯をむき出しにしていた。


「我が子の変化は残念だが、当人が困っている様子もないので、余はこれ以上の争乱を不要と判断する。ただ、この者は厳に罰していただきたい」


 淡々とした様子でそう言ったカリオンだが、圭聖院は歯を剥いて悔しがった。

 その目は異常な程に充血し、瞳孔の開ききった眼差しには狂気の色がある。


「この怨み晴らさでおかぬぞぇ……」


 ギリギリと音が漏れるほど歯を食いしばり、圭聖院の目がカリオンを貫く。

 ただ、当のカリオンはどこ吹く風でそれを見ていた。


「……こやつの差配でコーニッシュのイヌは皆殺しにされた。その報復を行ったに過ぎぬが、何か言いたい事があれば聞こう」


 カリオンは射貫くような眼差しになって帝を見た。

 その眼差しの強さは、潜った修羅場の数であり、また、斃した敵の数でもある。


「……太政卿。朕の吾子はどれ程犠牲となったか?」


 帝の発した問いには、どこか鋭い棘が有った。キツネとの交渉事なのだから油断はならないのだ……と、カリオンは腹の底で唸っていた。


「およそ……20万かと」


 少なめに見積もって20万。そんな数字を紫音は述べた。

 ただ、その数字が大幅な譲歩を含んでいることを気が付かぬカリオンでは無い。


 ――まぁ……

 ――手ぶらでは帰れぬわな……


 そう。ここはキツネの国で死んだのは無辜のキツネだ。

 仮に同じ条件でル・ガルが侵攻を受けたとして、矢は尽き太刀も折れ、武運拙く敗北を喫したとしても、これだけの犠牲が出た以上は一矢報いるのが筋だろう。


 イヌの場合は破れかぶれになって突撃することなどあり得ない。死の瞬間までイヌは統制の取れた戦闘を試みるように作られている。故に、恐らくは最後の一兵まで戦う事を選ぶかも知れない。


 敵わぬまでも一矢報いてから死ぬ。


 敵を1人でも多く道連れにしてから死ぬ事を選ぶだろう……と、カリオンは確信していた。そしてそれ故に、キツネがどう出るかを興味深く見ていた。


「随分と逝ったな……だが、彼らはいずれ帰ってくるだろう」

「御意」


 ――帰ってくる?


 帝の発した言葉の意味をカリオンは掴み損ねた。ただ、ハッと気が付いた時にはすでに顔に驚きの表情が張り付いていた。


 ――しまったッ!


 気取られたかも知れない……と、カリオンは背筋を寒くした。だが、確実にそれを見て取っているはずの帝も紫音も特にリアクションがなかった。それどころか、カリオンが更に驚く様な一言を平然と発していた。


「彼らについては……不幸だったな……塚を築き弔おう」

「それが良いでしょうな。報復の連鎖は悲しみしか生みませぬ」


 ――そんなバカな……


 カリオンはただただ目を大きく見開き、その会話に驚いていた。それこそ、キツネの言い値で賠償金を用意する羽目になりかねない……と、覚悟していた部分があるのだ。


 だが、犠牲者は弔う事で済ませようと帝は言った。太政大臣もそれに賛同し、恐らくキツネの国の意見はコレでまとまるだろうと察しが付いた。ただ、少なくともそれは、イヌでは到底為し得ない理性的な対応だった。だが……


「バカ言ってんじゃ無いよクソボウズ! 舐められたら仕舞だよ! 何で報復しない! 最後の1人まで戦うんだよ! お前にはキツネの誇りが無いのかい?」


 圭聖院の金切り声が辺りに響いた。敵ながら天晴れだとカリオンは思った。キツネの誇りと圭聖院は言ったが、それをイヌに置き換えて聞けば納得せざるを得ない言葉だ。


 少なくともル・ガルはコーニッシュの報復を徹底して行った。一罰百戒の精神により、報復行動を行う事で次の犠牲を防ごうとする精神が徹底し貫徹している。故にイヌの場合は、この場面でキツネが更なる報復に出ない事が理解出来ないのだ。


「……あの女の言う事は、敵ながら理解出来る部分もある。なぜ報復しない?」


 カリオンは真っ直ぐにそんな質問をぶつけた。

 少なくともキツネの側には、更なる報復を行う大義名分があるのだ。


「先ほどお話しした通りにございますれば……ご理解頂けませぬかな?」


 ここで初めてキツネらしい言葉が紫音の口から飛び出した。

 相手を小馬鹿にして掛かる皮肉めいた言い回しは、キツネの得意とする所だ。


「報復の連鎖は何も生み出さぬと……それで納得するのかね?」


 負けじとカリオンはそんな言葉を吐いた。遠回しに腰抜けが!と嗾けるような言葉を吐いたのだ。ただ、それを聞いた紫音は、チラリと帝を見てから涼風と視線を交わしつつニヤリと笑った。


「報復して良いなら……遠慮無く行いますぞ? 七狐機関を使い……この地上から大陸ごと消し去っても宜しいか?」


 ――……あっ


 カリオンは表情の変化を必死で抑えた。そう。彼ら九尾のキツネが本気になれば、世界の仕組みその物を変えてしまう事も出来るだろう。そして、イヌは文字通り全滅するまで焼かれ続ける事になりかねない……


「なるほど……最強の切り札がある故に自制すると言う事か」

「さすがは太陽王。良くお解りになってらっしゃる」


 絶妙にディスられている事をカリオンは解って居た。

 だが、そこに絶対不可侵な存在が居る事を思いだしていた。


 ――彼らには敵うまい……


 神に至らんとするような凄まじい魔力と技術とを持つ者達の存在。

 彼らの一撃は如何なる手段を以てしても防げまい……


「まぁ…… 所詮は血塗られた道と言う事か」


 それは人の業。人の弱さ。人の愚かさの結晶かも知れない。

 傍らで全てを聞いていたエツジは、ふと『アインシュタイン』と漏らした。

 その言葉をカリオンが聞き逃すはずも無く、『詳細に』と一言発した。


「ヒトの世界にいた天才の言葉にございます。弱き者は報復し、強き者は受け入れて乗り越える。ただ、賢き者は無視する……と」


 より良い結果を得る為、些少の犠牲は無視するに限る。アインシュタインは無益な戦を愚かなものと断じていた。そして、それと同じ思想をキツネが持っている事をエツジは知った。


 いや、正確に言えば、エツジだけで無くイヌの支配階層がそれを見て取って、学んだと言って良いことだった。


「ならば我等はここで退こうぞ。あとはキツネの国内問題だ」


 カリオンはそう発し、キツネの帝は無表情に首肯した。


「いずれ和平と友好の誼を交わし、共存共栄と成らんことを朕は欲する」


 キツネの帝もそう言って、カリオンの意志を受け入れる事を示した。

 ここに、およそ1年に及んだキツネとの争乱は、幕を閉じる事に成った。

 ただ、それを受け入れがたい存在が1人だけ、そこに居るのだった。


「この怨み……必ず……」



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