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ル・ガル帝國興亡記 ~ 征服王リュカオンの物語  作者: 陸奥守
大侵攻~征服王リュカオンの誕生
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革命と言う名の発狂

~承前






「九尾は七人以上存在できぬ……と申したか?」


 カリオンはまずそこを問うた。あの葛葉と名乗った白いキツネや如月と名乗ったウィルの本体。凄まじい力を持つ九尾達は7人が上限と涼風は言い切った。


「左様にございます。この世界に存在しうる九尾は7人まで。イナリ様はその様に取り決められたのです。そして、新たな九尾は古い九尾が死んだ時にのみ加わりますれば……八尾で空きを待つ者がごまんとおりまする」


 ホホホ……


 そんな声が漏れるような笑みを浮かべ涼風は圭聖院を見た。

 その眼差しには何とも言いがたい侮蔑の色が混じってた。


「そちらに這いつくばっている七尾の存在は、イナリ様から見ればあり得ぬ存在でありましょう。イナリ様がお作りになられたこの世界の仕組みから逸脱した、言わば存在し得ぬはずの幽霊であります」


 涼風の言葉に『クソッ!』と悪態を吐いた圭聖院は、恨みがましい目で涼風を見ていた。


「消え去りたくないんだよ! まだ死にたくないんだよ! 生きようとして何が悪い! この世界を牛耳っているお前らのごとき虫けらがあの女の足を舐めてるから付け上がるんだろう! イナリイナリって崇めるお前らはバカの集まりだ!」


 上品を気取っていた圭聖院から荒々しい言葉が漏れた。

 ただ、その言葉には凄まじい憎悪と敵意とか含まれているのを皆が感じた。


 ――このキツネも……

 ――ある意味では闘っていたのか?


 そんな事を思ったカリオンだが、その背後に居たララが小声で言った。


「圭聖院様は世界の仕組みを変える為に……重なりの片割れを集めていると」


 カリオンはわずかに振り替えって『どういうことだ?』と尋ねた。


「この世界を支配する存在と戦うために、いくつも魂を持って飲み込んで強くならないとダメなんですって。魂そのものを削るような事をされても、魂をたくさん持っていれば逃げ切れると」


 ララの言葉にカリオンの表情が曇った。その為にララを拐い、そして男性側を吸い付くしたとでも言うのだろうか。圭聖院にも大義はあろうが、だからといって『はいそうですか』と納得できる話でもなかった。


「しかし、なんでそんな事を」

「圭聖院様が言われるに、一人の身体に搭載できる魂は12まで。それらを尻尾一本に編み込み、九尾となれば魂は108個。イナリが潰せる魂は108までなので最後に自分の魂を残しておけばイナリに勝てると」


 イナリに勝つ……


 ララの口から漏れた言葉にカリオンは閉口した。あの圭聖院は神に戦いを挑もうとしていたのだ。ただ、そこに至る理由がどうしてもカリオンには解らなかった。


「圭聖院とやら……」


 カリオンは凄みのある声を発し圭聖院へと向き直った。

 かつてウォルドと名乗ったその存在は、血走った目でカリオンを睨み付けた。


「お主、なぜ神に戦いを挑むのだ」

「バカを言いなさんなイヌっころ――」


 その言葉はまるで狂人の叫びだった。心弱き者が聞けば狂を発するような声。この声にララは惑わされたのか……とカリオンは思った。戦場で死に行くものが発する断末魔の叫び声と同じものだった。


「――お前は自分以外の誰かの思惑や勝手な規則で殺されて納得が行くのかい?」


 ――はぁ?


 ポカンと口を開けたカリオンは、それ以上の言葉がなく黙っていた。

 ただ、そんな事を意に介さず、圭聖院は一方的に捲し立てた。


「私は正義の為にこれをやっている! あいつは間違っているんだ! 正しいのは! 絶対に正しいのは私だけだ! もっと自由に生きて良いんだよ! 解るかい? あたしらは生かされてるんじゃない! 生きてるんだ!」


 血走ったその目は、間違いなく狂人だとカリオンは思った。己の信ずるもの以外は一切価値がないと談じてしまう愚かさだと思った。目が眩むほどになにかを信ずると、それ自体が自由を脅かす。


 そんな事実に気がつかず、真っ直ぐに自分自身が信じる正義だけを貫くために、この女はそれをやっているのであろう。回りの様々なものを巻き込み、不幸の種を撒き散らし、それでもなお、自分自身の目的を優先しているのだ。


「だからと言って他人を巻き込んで良い法はない。お前の理想の為に他人を巻き込むな。不幸の種をばらまくな」


 カリオンの言葉に圭聖院は『やかましいわ!』と叫んだ。


「私はこの世界のためにやってるんだ! この世界に自由をもたらすんだよ! その為に必要なささやかな犠牲でしかないんだよ! 正義の邪魔をする馬鹿者め!」


 ――あぁ……

 ――この類いはダメだ……


 カリオンはそれを見てとった。この類いの存在は何処にでもいるのだ。自分自身の正義のためなら社会のルールも他人の迷惑も一切考慮しない、正真正銘のクズ。いや、クズと言うより害悪と言うべきだろう。


 ――そういえば父上が話していたな……


 カリオンはふと遠い日のビッグストンで聞いた話を思い出した。ヒトの世界にあった共産革命と言う巨大なパラダイムシフトの経験だ。


 他人の拒否や迷惑を省みず『これが絶対正しい』と思想を押し付ける存在。君らは騙されている。私は目覚めたのだ!と自己正当化する狂人。そんな者達が異口同音に言うのは『本当の正義』だ。


 そして彼らは必ず同じことを言う。愛と平和と平等の理想だ。だが、その仕組みを作り導く特権階級の存在を彼ら自信が気がついていない。何故なら、その思想に染まったものは須く狂を発しているからだ……


「お主……ヒトの世界で革命を目指していたのか?」


 カリオンは率直な言葉でそう問うた。

 だが、意外なところから反応が帰ってきた。


「イヌの王よ……なぜその言葉を知っている」


 それを言ったのはキツネの帝だった。齢八歳でありながら、驚くほどに深い知性を感じさせる眼差しがカリオンをジッと見つめていた。まだ幼い体つきだが、しかしながらカリオンが感じるのは壮年に達した男だった。


「……余の父はヒトであった。ヒトの世界の様々な知識を余は教えられた。余はそれを学び、そしてこの世界でイヌを安寧に導くために存在している」


 下手な策を巡らせること無く、カリオンは真っ直ぐに幼い帝の問いに答えた。その姿に惑わされるな……と、心の奥底にいる何かが警告を発していた。目に写る姿と正体が違うことなど多々あるのだ。


「朕は生まれながらにして皇帝である。朕は前世も、その前世も皇帝であった。前世の記憶はないが、記録は残っている故に記憶は引き継げる。ただ、それでも生まれる前の事で一つだけハッキリと記憶している言葉がある」


 帝の言葉にカリオンはグッと表情を固くした。

 どんな言葉が出るのか?と、気を張ったのだ。


「それは如何な言葉か?」


 カリオンは承知で低い声音を使いそう問うた。

 鋭い眼光と威圧感を持つ太陽王を前に、八歳の帝は一歩も引いてはいなかった。


「もっとも人を殺すモノは希望。だがもっとも人が人を殺すモノは革命だ――」


 帝は表情を曇らせ、辛そうな息をひとつ吐いてから続けた。


「――人が人を殺す時、どんな者でも罪悪感を覚える。だが、正義と大義に駆られた者達は人を殺すことに抵抗がなくなる。そして、そんな状態に人を落としめる最大の理由は簡単だ。悪を倒せ!と騙すことだ。その悪はその存在が都合悪い者達によって決められ、革命だと騙されて実行される。ヒトの世界でもっともヒトを殺した存在は『革命によって生まれた独裁者達だな』その通りだ」


 そう。人類史を紐解けば、そんな不都合な真実はいくらでも出てくる。革命によって生まれた政権に在る者は、なぜか世界中で同じことをして来た。自由や平等や人権尊重などと言いつつ、実際にはそんなモノを一切無視した強権的な手法により粛清や拷問等による再教育が堂々と行われた。


 そのどれもがまるで判で押したように共産革命の果ての政権だった。誰か一握りの存在にとってのみ都合の良い理想社会が実現したとき、人類が行うのは必ず反対派や抵抗派への暴力だった。


 声あげるものは弾圧され、それでも声あげるものは殴られ蹴られ逮捕され、諦めずなお声をあげるものは粛清された。残酷かつ残虐な方法で思想的に転ぶことを求められ、それを拒否したときには必ず殺されたのだ。


 毛沢東もスターリンもポル・ポトもチャウシェスクも、結局は同じことを繰り返した。いかなる反対も反論も許さず、自分の権威権力を脅かしそうな者はすべて殺してきたのだった……


「本当の独裁者は革命政権に生まれる……だったな」


 カリオンの言った言葉に紫音や涼風が驚愕の表情を浮かべた。

 目を大きく見開き、息を飲んでカリオンをジッと見つめていた。


「余が……なにか間違ったことを言ったか?」


 不思議そうな顔になって辺りを見たカリオン。

 紫音は震える声で言った。


「帝の生まれ変わりを探すとき、必ず問うモノがありまする。その問いの答えこそが、いま言われた言葉にございますれば……」


 ――帝の生まれ変わりを探す……


 そんな馬鹿げたことをやっているのか?とカリオンは驚いた。

 だが、それを言ってしまっては波風が立つだろう。ならば……


「奇遇という奴であろう。それに、世の真実でもあろうことだ」


 軽い調子でそう言ったカリオンは、ただただ笑うのだった。


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