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ル・ガル帝國興亡記 ~ 征服王リュカオンの物語  作者: 陸奥守
大侵攻~征服王リュカオンの誕生
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九尾の真実

~承前






 …………九尾は恐ろしい


 その事実をマザマザと見せ付けられた形のカリオンは、エルムの事が心配ながらも警戒を崩せずにいた。今すぐにでも走り寄って抱き締めてやりたいのは山々だ。だが、九尾はもはや人間を超越している存在だと確信していた。


 ――手も触れずに相手を打ちのめせる……


 それこそがカリオンのもっとも怖れる点だった。そして、そんな脅威の存在がここには7人居る。その事実に次の一歩を躊躇する状態だった。


【太陽王よ……これでよろしいか】


 如月と名乗ったウィルの姿をする九尾がそう言った。

 返答如何ではあの強大な力と対峙することになるのが目に見えている。


 迂闊な一言を漏らすわけにもいかず、カリオンは口中で言葉を練った。

 ただ、そんな事をせずとも葛葉にはカリオンの内心が伝わったらしい。


【大納言卿……イヌの邦を統べる王は聡明じゃ……心配は要らぬ】


 ――内心を読まれた!


 その事実に驚愕したカリオンだが、ギリギリで表情には出なかった。

 しかし、心のうちまで読まれてしまうのは、いささか困った事態だった。


「……あぁ。余の目的は我が子の奪回であった。ただ、いささか事情が変わったようだ」


 一つ息を吐いてガルムへと歩み寄ったカリオンは、その身体を抱き上げた。

 驚く程に軽くなっているララの肢体から筋肉が消えていた。


「……あれ? 父? 上? あれ?」


 うっすらと目を開いたララは、どうやら眠っていたらしい。

 ただ、その目覚めた場所がカリオンの腕の中とあっては、驚くより他なかった。


「ララ。お前はどこに居たのだ? 何があったのだ?」


 ガルムは辺りを見回して面食らっていた。


「なんでここに九尾が居るの? 世界を蝕む元凶が……」


 ガルムの放ったその言葉に、カリオンの顔が変わった。

 ただ、そうは言っても動くにはまだ早い。状況をしっかり見極めねば……


【そこな娘…… そうか、名をガルムというのか……】


 葛葉の顔には慈母の笑みが浮かんでいた。

 その近くに居た如月の表情は、穏やかなものだった。


【そなたの身に起きた件。そこな七尾の狼藉をお詫びする。そなたの『陛下。私おんなになりましたよ』


 如月の言葉を遮ってそう言い放ったララ。

 カリオンは首を捻って言葉の続きを待った。


「あの圭聖院様の法力で、重なっていた男の部分が全部無くなったの」


 花の様に笑って言ったララは、どうやら芯の部分まで女性になったらしい。

 だが、だからといって看過して良い問題では無い。イヌに限らず他人を掠っていって自分の目的の為に使い潰すことすら可能なはずなのだから。


「……お前の言い分は後で聞こう。父であると同時に王の勤めを果たさねばならんからな」


 ララの顔に手を触れたカリオンは、その場にそっと降ろした。

 その場へサッと歩み寄ったヴァルターは、自らの背にあったマントを広げた。


「御足が汚れますぞ。姫」


 騎士の鑑のような振る舞いを見せ、ヴァルターはサッと控えた。そこに見えるのは無私の忠誠と際限なき敬意。そして滅私の精神。九尾達はどこか無表情でそれを見ていた。


【太陽王よ。我等はその七尾を罰することにする。政はそこな太政大臣、紫音卿とお願いしたい。我等の帝にどうか格別の御配慮を賜らんと願うものなり……】


 葛葉の言葉は段々と空に溶けていく煙のように消えていった。

 そして、その言葉が終わる頃には、葛葉を含めた7人のキツネが消えていた。


「九尾とは恐ろしい存在だな」


 ボソリと零したカリオン。だが、その声を紫音は聞き逃さなかった。


「あれらはキツネですら無い存在である」


 紫音は何ら逡巡すること無くそう言い放った。

 ただ、その言葉の意味を理解できるほど、イヌの社会にその素養はない。


「いかなる事だ?」


 カリオンは更なる説明を求めた。少なくとも、現状では理解し得ないのだ。

 キツネの姿をしているがキツネではないと言いきった以上、何らかのからくりがあるのだろうが……


「あれは……ヒトの化身だ。ヒトとキツネの重なりがイナリ様の導きでカルマを超越するために、この世界で己の罪を滅するべくイナリ様の手足となって働いている存在なのだ」


 紫音の言葉がますます理解しがたいものへと変化しつつあった。

 カルマとはなんだ? 己の罪とは。カリオンはそれを問いたい衝動に駆られた。


「太政さま。それでは理解して頂けませぬぞえ」


 粛々と説明していた紫音の言葉に口を挟んだものがいた。

 帝の近くにいた女官の一人だ。


「涼風……ならばそなたが理解さしめよ」


 わずかに腹を立てたのか、紫音のまとう空気が一変した。

 表情を固くしている紫音の近くで帝がクスクスと笑っていた。


「私は権の中納言。禁裏にて帝の身の回りをお世話致します役の涼風と申します。どうぞよしなに」


 上品にペコリと頭を下げた涼風はちらりと七尾の圭聖院を見てから、底意地の悪そうな顔になって笑って、静かに切り出した。


「この世界へとやって来るヒトは2種類おりまして、ひとつは生まれ変わってこの世界へとやって来るもの。そしてもうひとつは『次元の壁を飛び越えてしまうものだな』作用にございます。太陽王陛下は博識ですこと」


 ウフフと笑った涼風は、浮かべた笑みのなかに狂気を混ぜ混んだような空気になっていた。『怒らせたなら……タダでは済まない』と、その場にいた誰もがそう思った。


「元々この世界にいた者の魂は、またこの世界へと帰って参りまする。ただ、キツネで生きた生涯の次にイヌに産まれることもありましょう。輪廻の輪は転生を繰り返しつつも途切れぬものです。ですが――」


 涼風の指差した先。圭聖院は恥辱に震える姿のまま地面に押し付けられていた。


「――かの者の様に、他の世界からやってきた者は、輪廻の輪が繋がらぬのです。故に彼らは輪廻の代わりに……」


 涼風の目がララを捉えた。

 ゾクリとした寒気を感じ、ララはカリオンの影に隠れた。


「……他者の魂を喰ろうて生きておりまする。いや、生を繋ぐのです。その課程で尻尾が増えてゆきますれば、やがては限界に達しこの世界からこぼれ落ちてしまうのです」


 カリオンの目がスッと細くなって涼風を見た。


「こぼれ落ちるとは?」


 その問いに涼風はニコリと笑い『この世界の……』の切り出して、両手を使って大きな玉の形を作って見せた。イメージの中に浮かぶその玉を、カリオンは『世界だ』と感じた。


「このように大きな玉の様な世界があり、その隣にもうひとつ、別の世界があります。この玉同士は決して交わらず、繋がることもせず、多くの魂はその世界の中のみで命の器として存在するのです。いわば、その玉の中だけに存在する大いなる器にございましょう」


 そんな説明を聞いていたカリオンは、黙って首肯しつつ表情を変えた。


「その玉と玉の間に彼らが……九尾が居ると言うのか?」

「左様にございます。さすがは太陽王。ご聡明であられる」


 涼風は世事とは思えぬ言葉を吐いてカリオンを褒めた。

 だが、褒められたとて、その実体についての疑念は消えることが無い。


「彼らは何故その様なことを?」


 カリオンの問いはもっともだ。九尾となって凄まじい魔力を持つに至った者が、何故この世界ならぬところへ行かねばならぬのか。その意味が理解できないのだ。


「簡単に言いますれば……死を超越する為にございます」


 涼風は涼しい顔でそう言った。

 ただ、その言葉の意味はカリオンの常識を超越したものだった。


「死を超越とはいかなる理由か……余には理解できぬな」

「……恐れながら申し上げますれば」


 涼風は薄笑いを浮かべて切り出した。

 キツネ以外のいかなる種族も知り得なかった世界の真実を。


「苦労して努力して手に入れたモノを惜しげもなく手放す者は居りませぬ。そしてそれは九尾も同じこと。彼らは死んでしまえばその魂ごと完全に世界に溶けてしまいます――」


 当然と言うべき言葉が流れ、カリオンは何となく察した。

 彼らもまた、逃れようのない世界の仕組みの壁と戦っているのだ……と。


「――故に彼らは時間や次元を飛び越えた空間に……言わば逃げているのです。我らキツネはそこを蜃気楼と走馬灯の世界と呼んでおりますが、そこではこの世界とは異なる時間が流れているのです。九尾はこの世界に7人以上存在できぬ故に」


 涼風は涼しげな声でそう言った。

 ただ、そこには決して看過出来ぬ言葉が混じっていた。

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