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太陽王の死


 建物の外から風の音が聞こえた。

 そして、何処かでワイングラスの割れる音。


 皆がその音の出所を探した。そして皆は見つけた。

 グラスを床に落とし、天井を見上げ、涙を堪えるカリオンを。


 リリスを抱きしめたまま、目を閉じて涙を堪えている。遠めに見ても解るほどカリオンは震えていた。

 敬愛する祖父を。王ではなく、自分自身を可愛がってくれた肉親を亡くした一人の青年は、全ての言葉を飲み込んで、ただただ、震えていた。


「エディ……」

「大丈夫だ。大丈夫。大丈夫」


 リリスに頬を寄せたカリオンは、結果下を向いた。

 その眦から涙がこぼれ、リリスの頬をぬらした。

 温かいと感じたリリスは、カリオンの首へ手を廻した。

 ハイヒールの分だけ背が伸びているリリスは、カリオンの首筋へ頭を乗せていた。


「リリス……」


 カリオンの手がリリスの背を叩いた。離れろと言わんばかりに。

 リリスが一歩下がると、カリオンは腰の剣を帯から抜いてリリスにそれを見せた。


「リリス。これに見覚えないか」

「……あ! これ! あの時の」

「そう」


 カリオンの腰に佩ているサーベルは、エイダの初陣にとシュサが拵えたものだった。決して豪華では無いが、でも、そこらの貴族ではありそうに無い上等なものだ。丁寧に装飾が施されたその鞘には、太陽王を示すウォータークラウンの紋章がある。普段は腰の内側に入る為、外からは見えない場所だ。


 太陽王の恩寵を受けるサーベル。

 カリオンはそのサーベルを抱きしめて呟いた。


「至高なる太陽神よ 我が王の御霊を戦士の園へ導き給え」


 天井を見上げ祈るカリオンの脇へジョンが立った。


「さすがだぜ。太陽王の紋章が入ってら」

「直接貰ったモンだからな」

「いずれ太陽王になる男なら、持ってたって不思議じゃねぇ」


 べらんめぇ口調のままだったジョンだが、皆に聞えるようにそう呟くと、カリオンの前で片膝を付いた。やや遅れてアレックスもやってきて、同じように片膝を付いた。

 太陽王の公孫から一気に太陽王候補へ進んだカリオン。そのカリオンの前に肩膝を付いた二人の騎士は、カリオンの持つ剣に冥福を祈った。


 その三人を後ろから見ていたリリスは、訳もなく美しいと思った。そして若き二人の騎士の敬虔な祷りこそは、遠まわしに『我が王』と誓ったに等しい。一部始終を見ていたカウリは、ジョンとアレックスが立ち上がってから再開した。


「太陽王の亡き後、第三王子ウダ公は残存兵力を集め報復戦に挑まれた。太陽王の亡骸は無事収容され、ネコの軍勢は大きく後退しているとの事だ。だがしかし、これで全てが終わった訳ではない。むしろ、これから始まるのだ。我々は決戦に及ばねばならない。もはや双方同意の停戦は無意味だ。勝つか滅ぶか。その二つの一つだ。軍は今こそ諸君らの力を必要としている。第一王子セダ公はル・ガル国内にある全ての軍事組織に対し待機命令を発令された」


 父カウリの言葉に驚いたリリスがカリオンを見た。

 うなだれていたカリオンはサーベルを腰へと戻した。

 その横顔には燃え上がる炎のような激情が浮かび上がっている。


『報復だ!』


 誰かが叫んだ。若い声だった。それが誰かは関係ない。

 カリオンもサーベルの柄を握り締めた。


『そうだ! ネコを滅ぼせ!』『後顧の憂いを絶て!』『イヌの誇りを示せ!』


 大ホールの中が一斉にわき返り始めた。

 血走った怒声が一斉に飛び交うなか、カリオンは真っ直ぐにカウリを見た。

 カウリの目もまたカリオンを見ていた。激しく、鋭く、熱い眼差しだ。


「諸君! 血気に逸る諸君! 君らの激情は良く解っている。この私とて、今すぐ馬を駆って西へ行きたいくらいだ。だが、事は慎重に運ばねばならん。ウダ公の猛攻によりネコは順次後退しているそうだ。決戦は今しばし先である。牙を磨ぎ剣を磨き、その時を待たねばならん。諸君らの学びし全てを持って……


 カウリ卿の熱い演説に皆が燃え上がっている中、ハッと何かに気が付いたカリオンはリリスの耳元で言った。


「ネコの罠だね」

「え? うそ?」

「あぁ。罠だよ」


 リリスはカリオンを見た。


「シウニノンチュで一回やられたんだ。窃盗団が必死で逃げて、俺は父上と追いかけたんだけど、突然父上が馬を止めたんだ。そして矢で左右の茂みを徹底的に射掛けた。そしたら左右の茂みにえらい数で伏兵がいたんだ。それを大規模にやってるだけだ」


 驚きの眼差しでカリオンを見ているリリス。

 カリオンは遠くを見るような眼差しでカウリを見ていた。

 何処か冷めた目で、溜息を混じらせながら。


「多分、セダ伯父さんも死んでしまう。もっとも、俺はウダ伯父さんにもセダ伯父さん会った事がないんだけどね」


 寂しそうに呟いたカリオンをリリスが抱きしめた。


「エディは死なないでね」

「死なないよ。俺は……」


 カリオンもリリスを抱きしめた。


「俺は太陽王になるんだ。そして、リリスが后になるんだよ?」

「ほんとに?」

「あぁ。そうだとも」


 突然大ホールが拍手と歓声に包まれた。 


 扉の向こうに見た事のない男が立っていた。

 ただ、カリオンはすぐに分かった。

 シュサの第一王子。セダ・アージンだ。


「諸君! 決戦の日は近い! 諸君らの働きに期待している!」


 再び歓声が沸きあがる。

 そんな中、カリオンはリリスの手を引いてセダの元へと歩み寄った。

 満足そうに笑っているカウリはチラリとセダを見た。


「伯父上様」

「言わなくても解る。お前がカリオンか。なるほど、親父が自慢するわけだ」


 セダの大きな手がカリオンの肩に乗せられた。

 漆黒の毛並みに青い瞳を持つセダは、辺りを睥睨し威圧する王者の風格を持っていた。


「おじい様が……」

「親父も本望だろうさ。戦って死ねたんだ。稀代の武帝であった。そして」


 セダの目がカリオンを射抜いた。

 ゾクリのした寒気がカリオンの背筋を走った。

 だが、奥歯を噛み締めグッと強い視線で見返したカリオン。

 その姿にセダが満足そうな笑みを浮かべた。


「親父だけでなくノダはことある毎に自慢してやがったし、こっちのカウリなんかうるさい位だったんだ。俺を含め三兄弟の誰が太陽王に成るかはわからない。だが、その次はお前だ。今から学べ。徹底的に学ぶんだ」


 カリオンは短く『はい』と応えた。

 セダは満足そうに頷いた。


「秋までに決戦を行う。それまで牙を磨いておけ。マダラだろうが雑種だろうが、イヌはイヌだ。俺達はノーリの血を引くアージンの男だ。そうだろ?」


 牙を見せてニヤリと笑ったセダはもう一度カリオンの肩を叩いてから踵を返した。

 自身溢れる姿で大股な歩きともなれば、背のマントが風になびく程だった。


「カリオン」

「叔父上様」

「リリスを頼むよ」


 恥ずかしそうに笑ったリリス。

 その手を握ったカリオンは、静かに頷いた。


「さて、世も更けた。お嬢様を学校に送り届ける時間だ」


 ホールの中に寂しい空気が流れ込む。

 皆が名残惜しそうにしている。

 そんな中、カウリはとんでもない事を言い出す。


「そうそう、諸君! 大事な事を言い忘れた」


 ホールの中が静まり返った。

 つい先ほど太陽王が死んだと言う衝撃的な報が流れたばかりだったのだが。


「女学校からの馬車は先に帰ってしまった。今宵は諸君らのパートナーを女学校まで安全に送り届けるように。なお、明朝の点呼時刻に学内へ戻っていない者は夏休みを営倉で過ごす事になる。それが嫌なら余計なことは考えるな。以上だ」


 しばらく水を打ったように静かだった大ホールだが、カリオンはリリスを抱き寄せた。


「何処行きたい?」

「え? なんで??}

「だって、明日の朝までに帰ってくれば良いってカウリ叔父さんが」

「……あ、そっか!」


 そんな会話を目の前で聞いていたカウリ。

 だが、カリオンとリリスは気にしていなかった。


「良いか? 二人ともそこらの平民じゃ無いんだから、変なところには出入りするな。それと、どこで何をしても良いが、明日の朝になってから胸を張って何をしたのか言えない様な事はするな。わかったか?」


 リリスは『ウン』と頷く。

 その隣でカリオンは踵をあわせ『万事承りました!』と敬礼した。


 リリスの手を握ったカリオンの長い夜は、これからだった。


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