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ル・ガル帝國興亡記 ~ 征服王リュカオンの物語  作者: 陸奥守
大侵攻~征服王リュカオンの誕生
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七狐

~承前






 圭聖院に当たったモノが何かは解らない。

 だが、その場に居た全てを騙していた術が一瞬で消え去った・


 ――まぁ……

 ――そうなるわな……


 カリオンは割と素直にそれを受け入れていた。

 相手を騙す術が発達するなら、それを見破る術も発達するはず。

 どちらか一方が勝ることなどあり得ぬし、術を作った者は必ず突破口を残す。


 なぜなら、それが無ければ自分が騙される可能性があるから。

 いわば安全装置としての存在を術設計の段階で必ず組み込むはず。

 そうで無ければ安全に術を使う事すら覚束ないであろう。


 ――しかし……

 ――この小僧は中々見所がある……


 カリオンは内心でニヤリと笑って事態の推移を見守った。

 齢8才の子供とは思えぬ気迫が溢れ、帝は空中に何事かの呪印を切った。


「朕の庇護する民草を苦しめんとするは! そなたの罪は重いぞ!」


 帝の指先から何かが迸った。

 それが何かを掴む前に、ハクトの部分が残っていた圭聖院の姿が露わとなった。


「小僧の分際でッ!」


 リリスとの術比べの痕だろうか、その左半身がまるで消し炭のように焦げているのが見えた。リリスが使った術の影響かも知れないが、少なくとも一定のダメージを受けているの間違い無い。


 見るからに左半身の動きは悪く、左腕は事実上動いていない状態だった。ただ、そんな圭聖院は右手一本で帝の術を遮って見せた。潜った修羅場の数が違うのだと感じさせる、熟達の技が垣間見えた。


「コレでも喰らえ!」


 空中に印を切って何かの術を行使した圭聖院は、そのまま空に飛び去ろうとしたらしい。だが、その術が効力を発揮する前、紫の閃光が辺りを照らし、圭聖院は甲高い声で『ヒィィィィ!』と叫んだ。


      …………出来損ないがいっぱしの口を効いて…………


 何処かから、熟れた女の妖艶な声が聞こえた。その声が聞こえた瞬間、紫音と名乗った太政大臣以外のキツネたちがその場にひれ伏し、頭を下げていた。


「……なんだ?」


 ボソリと呟いたカリオンの目の前。まだ夜の明けぬ暗闇の中に、更なる暗闇の塊が現れた。その塊は次々と増えていき、その1つがフワッと黒い闇を振り払った。


 ――まさか!


 カリオンはグッと奥歯を噛んでそれを睨み付けた。どうしてそうしたのかを説明出来ないが、圧倒的に高位の存在がここへ来たのだと理解した。あの夢の中の会議室へ姿を現したイナリと同じ威圧感を感じたのだ。


【そこな出来損ないの七尾よ……】


 全員の脳内へ直接声が響いた。その闇玉の中から現れたのは、純白のキツネだった。いや、純白と表現するしか無い、真っ白なキツネの女だ。まだ目を閉じたままだが、カリオンは思った。


 ――目を合わせれば魂を抜かれる……


 と。

 そして、誰に説明されずとも理解した。


 ――これが九尾か……


 魔術に関しては未だ修行中なカリオンでも解る事がある。そう。この女には敵わない。絶対に勝てない。戦闘力の上限が読めないとかそう言う問題では無い。存在する次元が違うのだ。


 もっとも無責任な表現をするなら、イナリと同じレベルの存在が現れたのだ。簡単に言うなら『神の次元』に匹敵する存在がやって来た。それも複数で……


【イヌの邦を統べる帝王よ。お初にお目に掛かる】


 真っ白なキツネの女がフワリと目を開いた。カリオンはその瞳を見てはいけないと解っていて、それでも吸い込まれるように視線を合わせてしまった。真っ白な体毛と肌の色合い。その中に赤い瞳が見えた。まるで炎のような丹だ。


「余が5代目太陽王。カリオン・アージンである」


 奥歯を噛みしめたまま、カリオンは器用にそう言った。

 そんなカリオンの姿を見ていた白いキツネは、上品に笑っていた。


【意地を張る殿方は素敵ですわ……お目に掛かれて光栄にございまする。手前はキツネの国の神祇官大常卿の葛葉と申す者。解りやすく申しますれば、政では無く祭祀一切を取り仕切る者にございまする。以後、お見知りおきくだされ】


 扇を取り出し口元を隠した葛葉はフワリと地面に降り立った……筈だった。

 だが、カリオンは見た。その白い姿をした葛葉の足は地面に付いていないのだ。


 ――どんな術だ?


 率直にそんな疑問を持ったカリオン。

 ただ、その結果が出る前に葛葉は嫋やかな仕草で指を手前に折った。


【そこな出来損ないよ。帝の前で昂ぶるでない】


 中を舞っていた圭聖院は、まるで巨大な鈍器にでも叩かれたように地面に叩き付けられた。そして、妙なうめき声を上げつつ、地面にひれ伏すように押し付けられた。


【帝を見下ろすなど不敬の極み……出来損ないの分際で頭が高いわ】


 葛葉の手はまるで見えざる凶器だと誰もが思った。圭聖院は鈍い呻き声を漏らしながら、全身を捩って苦しんでいる。そこにどんな力が働いているのかは理解できなくとも解ることがある。


 少なくとも葛葉なる白いキツネは殺す気で圭聖院を痛め付けているし、そこには配慮らしきもなど一切無かった。ただただ、懲罰としての苦しみが厳然と存在し、圧倒的な実力差として逃れられないものだった。


「クソッ! クソッ! こんなものッ!」


 圭聖院が必死に逃れようとしているそれは、まるで蜘蛛の糸のような毒牙の集合体だった。逃れようともがけばもがくほどに深みに陥るもの。芸術的ですらある魔導師の攻撃は、それ自体がひとつの作品にすら見えた。


 ――恐ろしい……


 カリオンの率直な感想は、葛葉にも伝わったらしい。優雅なしぐさでくるりとカリオンの方を向いた葛葉の口許には、妖艶な笑みが張り付いていた。


「おのれっ! 妾を甘く見るでないぞえ!」


 圭聖院の両手が空中で二回、円を描いた。それと同時、眩い閃光がパッと光ったかと思うと、すさまじい速度でなにかが葛葉に襲いかかった。ただ、それ以上の事は何も起きなかった……


【子供だましの術だけは達者なようじゃの……だが……】


 葛葉は袂の中から小さなハンドベルを取り出した。そのベルは涼やかな秋風のごとき音をたてて澄んだ音色を辺りに響かせた。ただ、それによって引き起こされた事態は、圭聖院の表情をこれ以上なく引き吊らせるものだった。


【皆の衆。出番ぞえ】


 その音が響いたあと、辺りに未だ漂っていた黒い玉が次々と弾けた。その中から出てきたのは総勢で7人となる九尾のキツネ達だった。


【やっと会えたな、カリオン王】


 脳内に聞き覚えのある声が響いた。それは、あのウィルケアルヴェルティの声であり、リリスの夢の中に現れた九尾の声でもあった。


「……そなたは」


 驚きの表情でその九尾を見ていたカリオンだが、ウィルと同じ姿をした九尾はなんとも凄みのある笑みを浮かべてカリオンを見ていた。葛葉と名乗った白いキツネと同じように、地上から数センチのところに浮いていた。


【私は如月。こちらの葛葉の盟友にして師であり、弟子である】


 キツネの帝と同じく笏を持った姿の如月は、その笏を使って何かの術を行使し、容赦無く圭聖院を打ち据えた。その一撃は圭聖院の左半身を砕き、まるで炭のようになってた部分が砕け散っていった。


「ギャァァァァァァ!」


 暗闇の球体から次々と実体化してくる九尾たちは、容赦無く圭聖院を攻撃し始めた。それは凄まじい威力と破壊力を見せ、圭聖院はみるみるうちに削られて消耗していくのが見えた。


【さぁ……この場で死ぬのが良いか。それともイヌの王の子女を返すのが良いか。好きな方を選ぶが良い】


 葛葉の声に金属音のようなハウリングが混じり始めた。まるで錆び付いた鉄板を強引に擦り鳴らす音のようなひどく耳障りな声音だった。


「わかった! わかったから!」


 圭聖院の言葉が涙混じりになっていた。

 だが、それでも術を使ったリンチは容赦無く続いていた。


「もう許してよ! 返すから! 今すぐ返すから!」


 圭聖院が中に手を伸ばし何かの術を切った。すると、その空中がスバリと裂ける様に割れ、その向こうに白木も目映い御殿が現れた。圭聖院の手はその中へと延びていき、なにかを掴んで引き抜いた。


「ララッ!」


 思わずカリオンは叫んだ。そこに現れたのは、白い打ち掛けに緋袴姿のエルムだった。ゆったりとした裁断の打ち掛けだが、それでも母親譲りの豊かな胸が膨らんでいるのが見えた。


「これで良いでしょ! もうっ! ほっといてよ!」


 泣きそうな声になって圭聖院が吼えている。だが、葛葉と名乗った九尾は、これ以上無い冷たい眼差しでそれを睨み付けていた。どれ程堪えても隠しきれない、圧倒的な殺意と敵意だけが炯々と赤眼に光っていた……

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