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ル・ガル帝國興亡記 ~ 征服王リュカオンの物語  作者: 陸奥守
大侵攻~征服王リュカオンの誕生
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最強vs最凶

~承前






 凍てつく様な風が幕屋を吹き抜け、霜月は目を見開いて驚いた。

 幕屋の中に吹雪が舞い、その中に燃え上がる氷の炎が現れた。


「来やがったな! 重なり娘!」


 圭聖院の金切り声が響いた。だが、その声に弾かれるように実体化しつつあったのは純白のドレスをまとったガラスの女だった。


「九尾のなり損ないな厚化粧ババァに言われたんじゃ立つ瀬も無いわね」


 フフフと笑いながらそのフォルムを固めていくのは、城の地下から飛んできたリリスだった。


「しっかり鍛錬した事だし、そろそろ立場が逆転したかしら?」


 ガラスの身体に正絹で仕立てた純白のドレスをまとうその姿は、誰もが『女王』の印象を持つものだった。そして、それ以上に驚いたのは、ウィルもリベラも傍らに下がって控えた事だ。


「お前は……正真正銘のバケモノになったか」


 圭聖院の悔しがるような声が響き、リリスはホホホと上品に笑った。


「いつまでも地下で蠢いてる地虫じゃなくてよ。さぁ、あの子を返しなさい」


 リリスの突き出した両腕が一瞬だけ鈍く光った。なにかは解らないが、少なくとも何かアクションを起こした。それは間違いないと全員が思った。ただ、その実態はむしろ逆だったのだ。


「今日こそ殺しきってやる!」


 普段のリリスからは想像もつかない荒い言葉が漏れた。それと同時、パッと光った瞬間、その前方にぼんやりと光る薄い膜が張った。それは攻撃動作ではなく殺しきる為の、言わば予備的な措置。


「グッ……おのれ!」


 圭聖院の顔が苦悶に歪む。いったいリリスが何をしたのかは解らぬが、少なくとも命を削りに行く攻撃であることは間違いない。


「もう逃げられないし、もう逃がさないから。あなたは逃げ足だけは早いからね」


 リリスの言葉でその膜が何の為にあるのかを全員が知った。あれは圭聖院を逃がさぬ為の、言わば檻のようなものだった。そして、リリスはそこに右手を差し出した。


 次の瞬間、その手の先に眩い光が集まり、電撃のような速度で圭聖院に襲いかかっていった。


 ――――プラズマ炎!


 その光景を正確に理解したのは、おそらくタカの後ろにいたエツジだけだろう。リリスの放った魔力そのものの本流は、その行程にあった全てを飲み込みながら飛んでいった。


 そして、その莫大なエネルギー量による効果は、空気中の様々な物質をプラズマ化した状態で飲み込みながら、まるで火砕流のように襲いかかったのだった。


「あっ! 熱い! 熱い熱い熱い!」


 いかなる障壁を作ろうとも、その奔流は一気に圭聖院を焼いた。鼻を突く異臭が幕屋に漂い、ブスブスと煙をあげながら圭聖院は悶えた。


「さぁ……殺しきってあげるわよ。1000年近くも生きてきて、もう生きるのにも飽いた頃でしょう? だからあんな事までして九尾を目指してるんでしょうよ。神に至る道なんて嘘よね。要するにこの世界から逃げたいだけ」


 リリスの攻撃は執拗に続いた。

 それはカリオンを含めた面々が初めて見る、魔法を使った高位魔導師同士の戦闘シーンだ。


 太刀を会わせ槍を突き合い矢を放ちあう戦いではない。己の命と技量と魔力行使した、高度な頭脳戦。どんな攻撃も防ぐ手段が必ずある戦い故に、世界の理をどれ程深く知っているかが勝負の分かれ目だ。


 ただ、プラズマ炎を見たエツジはふと思った。いったいあのガラスの女王はどこでプラズマなどを学んだのだろう?と。高度に発達した科学は魔法と見分けがつかないと言うが、魔法だって世界の理のなかで行使されるものなのだ。


 全てに理屈があり、論理があり、なにより、世界の法則に縛られる。その法則を飛び越えようとするならば、この世界の隣にある世界からやって来た『よき隣人』と呼ばれる存在の力を借りるしかないのだ。


「えぇい! 妾を侮るでないぞえ!!」


 圭聖院の金切り声が響いた。

 それと同時、大量の羽虫が召喚されて幕のなかに実体化した。それを見たリリスがニヤリと笑う。


「やると思ったわよ! あなたの前世はタダの糞転がしだからね!」

「やかましいわ小娘!」


 激しいプラズマ攻撃を羽虫で防いだ圭聖院は、空を指差すように左腕を突き上げ、同時に右手をリリス達に向けて『セイッ!』と叫んだ。その声が響いた瞬間、床に残っていた式神がヒョコリと起き上がり、一斉にリリスへ襲いかかった。だが……


「おっと! お嬢には指一本触れさせねぇぜ あっしを忘れてもらっちゃ困りまさぁ……」


 リベラは再び分銅を回転させて、式神を次々と叩き落とした。リリスを守る前衛として存在するリベラは、ある意味で最強の接近戦エキスパートなのだ。


「私にも出来る事がありましたね」


 リリスの後方にいたウィルが五芒星の印を切って魔力を流し込んだ。

 すると、動いていた式神が一斉に燃えだした。圧倒的な魔法技術の発露は、圭聖院をして敵わないと思わせるモノだった。


「あなたは技術も魔力も一流だけど、決定的に一つ足りないものがあるのよ。要するにあなたは孤独で協力する仲間がいないし部下もいない。あなたの苛烈な性格じゃ誰も付いて行かないわよ」


 リリスの言った言葉に歯を剥いて怒りを露にした圭聖院は、『お前に何がわかる!!』と金切り声をあげた。だが、すでにその半身がプラズマ炎に焼き尽くされ、ボロボロになり始めていた。


 そんな状態でありながら、怨嗟の炎を炯々と瞳に光らせつつ、圭聖院は凄まじい声をあげて何かを行った。一瞬その身が光りを放ち、次の瞬間には痛んだ身体が元に戻っていた。


「勝負はここからぞえ! 使えぬ仲間など要らんわ!」


 圭聖院の叫びと同時、妙に生臭い風が辺りを吹き抜けた。それの正体を知っていたカリオンは、大声でドリーとアブドゥラに指示をだした。


「すぐに幕屋の外へ出よ! 死体が黄泉帰って襲いかかってくるぞ!」


 そう。圭聖院はネクロマンサーでもある。

 そして、今現在のキョウ周辺には新鮮な死体が山ほどある状態だ。


 だが……


「大丈夫よエディ!」


 リリスは天を指差すと詠唱を始めた。星の光を道案内に天界への道を開くそれは、聖導教会の殿堂騎士(パラディン)が使う、不死者を浄化するための神聖魔法だった。


「バカな!」


 圭聖院が慌てるのも無理はない。総力をあげて掘り起こしたゾンビの全てがリリスの魔法で一瞬にして星明かりに分解され消えた。それは、圭聖院の切り札が一つ消えた瞬間だった。そして……


「さぁ、残り時間もわずかよ。決着をつけないとね」


 リリスは明確に焦っていた。

 そしてそれは、カリオン達にも十分理解できる理由だ。


 リリスの魔力をもってしても、この世界に居続けることは難しい。

 城の地下から転移してきたように見えるが、帰らなければいけないのだ。


 ――――ならば今日は痛み分けってことね


 唐突に若い娘の声が一つ増えた。それはいつか見たタヌキだった。

 圭聖院と同じように若い娘の姿になっているタヌキは、驚くほどにグラマーな胸を揺すりながら姿を表した。


「そこな娘。古い友を返してもらうわよ!」


 リリスの作った幕の上にフワリと一枚の葉を乗せたタヌキは、複雑な呪印を切ってから『そりゃ!』と叫んだ。するとその葉が幕に穴を空け、圭聖院はそこから飛び出した。


「遅いぞえ!」

「あっ! そういうこと言う? 置いてくわよ?」

「後生じゃ! 許したもれ」


 キツネとタヌキの姿がゆらりと揺れ、スッと消えていった。


「待てっ!」


 幕屋の片隅で小さくなっていた霜月は、懐から何かの実を取り出して圭聖院へと投げた。その実が圭聖院へ当たると、べちゃっと潰れて紫色の汁をその身体へとくっつけた。


「ぎっ! ギャァァァァァァァ!!!!!!!!!」


 まるで壊れたような悲鳴をあげ圭聖院が苦しんでいる。そんな圭聖院を抱き締めたタヌキは『もう許してよ!』と叫びながらスッと消えていった。そこに残されたのは、半焼けの式神達と幕屋の面々だった。


「また逃がした……あのタヌキ対策が要るわね」


 腕を組んだリリスは悔しさに震えた。

 だが、程なくしてカリオンの方を向きながら名残惜しそうに言った。


「私も限界だから帰るね。今度夢の中でちゃんと説明するから」


 そう言い残しリリスはフッと消えた。残されたカリオンは『とりあえず片付けよ』と指示を出し、霜月へと目をやって『続きを聞こうか』と、場の仕切り直しをするのだった。


今年も一年ありがとうございました

色々ありましたが新年を迎えられそうです

皆様のご多幸をお祈りいたします


なお、次回『キツネの帝』は1月6日の公開となります

残すところ約60話となりました

最後まで走りきりますので、どうぞ宜しくお付き合いください


陸奥守 拝

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