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ル・ガル帝國興亡記 ~ 征服王リュカオンの物語  作者: 陸奥守
大侵攻~征服王リュカオンの誕生
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条件闘争の鞘当て

~承前






「明朝、日の出をもって全力攻撃を開始する。この世界からキツネの都を消し去るべく、全てを破壊し、そこにある者はいかなる差異を考慮することなく全て死んでもらう」


 カリオンは支配者の傲岸さを湛えながらそう言った。

 三位の位階にある翡翠が『ヒッ!』と息を呑むような表情で……だ。


「それが嫌ならば、明朝の日の出までにお前達の主が余の求める者を連れてここへ出向け。三下に用は無いのだ。わかるかね?」


 その時、その場に居た者達は皆、カリオンの身体が大きく膨れあがったような錯覚を受けた。実際にはそんな事などないのだが、カリオンの身体からあふれ出る膨大な魔力は錯覚を生み出すのに充分な量だった。


 そして、何よりその声がおかしかった。まるで深い洞穴の奥底から沸き起こってくるような、低く轟く威圧感のある声だった。普段のカリオンからは想像も付かない声色に、始終接しているはずのドリーやルイですらも背筋に冷たい物を感じた。


「イヌを舐めるな。甘く見るな。我々はお前達の奴隷では無く側用人でも無い。それが飲み込めぬならば身体で覚えてもらう。キツネを1人残らず地上から根絶しても良い。我々はお前達の生存や繁栄など何ら興味が無い。必要なのはたった1つ」


 ピンと指を立ててカリオンは言った。


「余の娘を連れてお前達の主がここへ出向け。それ以外にこの街を焼き払わずに済む手立ては無い。分かったか?」


 その身からあふれ出る迫力に翡翠は完全に飲み込まれていた。僅かにでも気を抜き油断すれば、下着の中へ超特大のホカホカをぶちまけそうな程に……だ。

 だが、権謀術数渦巻く中で成り上がってきたのだろうか。翡翠は奥歯をグッと噛んで堪えた。それだけで無く、帝の添えた言葉を思い出していた。


「まっ まことに勝手ながら申し上げる。帝は『お前の話を聞くほど暇では無い』


 翡翠の切り出した言葉をピシャリと遮ったカリオンは、右手に持った太刀を左に持ち替えた。それは、いつでも抜くぞ?と言う意思表示だった。


「ドリー。何をしている。早く掛かれ。ボロージャは工作員を探し出せ。何処かに紛れ込んでいるだろう。ルイ。包囲の輪の支援に当たれ。アブドゥラは包囲戦の強化だ」


 カリオンは己の手足となる公爵家当主に次々と指示を出しながら歩き出した。そして、その一番最後にオクルカを呼んだ。


「オクルカ殿。余はスザクモンに掛かろうと思うが」

「なるほど。では手前も支援いたしましょう」


 ふたりして歩いて行くカリオン。

 その背に向かい翡翠が『お待ちを!』と声を掛ける。

 だが、カリオンは振り返る事無く言った。


「マサ! スマンがそこなサンピンの戯れ言を聞いておいてくれ」


 あっという間にその場から消え去ったカリオン。

 指示を受けたマサは、好々爺の笑みを浮かべて翡翠を見ていた。


「どうやら……王の無聊を囲いましたな。翡翠殿」


 マサの切り出した声音は、心底相手を小馬鹿にするものだった。


「……グッ」


 声を飲み込み屈辱に震えるキツネは、小刻みに震えていた。

 それを見て取ったマサはニヤリと笑って言葉を続けた。


「所で翡翠殿は……普段より帝に直接お声をいただけまするのかな?」


 マサの発した言葉に翡翠はキッときつい眼差しを向け、奥歯を噛んでいた。

 ただ、そんな無防備な姿を見せる事で、マサはより一層に嘲る笑いを浮かべた。


「いやいや、大変失礼。ただ、何でもこの世界では……我々ヒトは奴隷階級なんだとか聞いておりますが……奴隷と話をするのは屈辱ですかな?」


 ケケケと笑い出しそうなマサの顔に、翡翠は目を剥いていた。

 今にも大爆発しそうな状態だが、それを必死に堪えているのだった。


「麿があぬし達下賤となぜ会話せねばいかんのでおじゃるか?」


 はぁ?とでも言いたげに肩をすぼめたマサは、オーバーリアクション気味に両手を軽く広げて『処置無し』な態度をして見せた。


「太陽王猊下を閣下などと三下扱いする下賤が何か言っておられるが……手前は意味がよく解りませんなぁ」


 マサの吐いた言葉にヒトの一団がワハハハハと大笑いした。モノの上下を解らぬ訳ではないからこその大笑い。その笑い声に翡翠はよりいっそうの屈辱を覚えたようだ。だが……


「あぬし達に皇尊の貴さなどわかるまい……」

「……それは異な事を」


 マサはニンマリと笑いつつ顎を上げ、下を見るようにして翡翠を見た。

 その、相手を侮る姿により一層の屈辱を覚えた翡翠だが、マサは遠慮する事無く続けた。


「我等ヒトの世界にあった帝は、皇紀2600年を数え、それより前、上古の時代より連綿と続いてきた尊き存在であった。我等は神話の時代より続く皇統皇孫の弥栄を祈り、その玉体を護るべく肉弾一丸の戦を繰り広げ、宝算100年を念じたものです」


 翡翠の後ろに居たキツネがボソリと『2600年』と呟く。

 その数字の正当性はともかく、マサは畳み掛けるように言った。


「120余代に及ぶ皇大家の歴史はすなわち、我等の過ごした国家の歴史その物。天地開闢の神話に始まる伝承の中で、我等の皇は常に民衆の先頭に立ち、民衆の安寧と国家の発展を祈り、戦の事あらば自らその戦いをご采配なられ、常に勝利を念じておられた。少なくとも――」


 マサは『フンッ……』と鼻で1つ笑ってから続けた。


「――皆様方の有り難がる帝の様に、普段は接しもせぬ下賤を使者に送るなど、まぁまずあり得ない話でしょうなぁ……あ、常時拝謁賜れる立場でしたら……少々口が過ぎましたな。どうかご容赦を」


 慇懃な様子で頭を下げたマサ。

 だが、ニヤニヤと笑いながらの謝罪は、慇懃無礼その物だった。


「で、実は我等も余り時間がございませぬ故……そのお言葉、我等が承りまするが如何されますかな? 我等では用を為さぬと言うのであれば、どうぞこのままお引き取りくだされ。それとも――」


 マサが後ろを振り返ると、居並んでいたヒトの一団が肩に掛けていた銃を降ろした。それは、茅街の郊外で見つけた意外なコンテナの中身だった。


「――このヒトの世界より落ちて来た銃でもって、新たな世界へと旅立たれますかな? なにぶんにもこの銃は我等の祖国とは異なる国の代物。我々も使い勝手の部分で少々心許ないのでありますれば、この場で実戦訓練にあやかれるのは有りがたくありますな」


 マサの言った通り、タカを含めた面々が持っているのは38式では無い代物だ。

 茅街郊外に落ちていた巨大なコンテナは鬼畜米英と日本が呼んだ米軍の軍用輸送コンテナだった。そしてその中身は、フィリピンから本土へと送り返される筈だった軍装品一式の他に、大量のM-1半自動小銃が収められていた。


 大東亜戦争の中期より米軍が本格的に使い始めたその小銃は、かの国の工業力を雄弁に語るものだった。日本陸海軍ではまだまだ研究途上であって実用品足り得ない水準であった自動小銃を米軍は既に大量生産していたのだった。


「……帝はこう仰られた。イヌの国の王が探している娘の行方は朝廷もまったく把握出来ていない。そして九尾は朝廷の支配を受けぬ存在。我等が返せと言っても彼らは聞かぬでおじゃる」


 遂に観念したのか、翡翠はそんな言葉で切り出して始めた。

 だが、それを聞くマサ達の一団は醒めた表情でいた。


 ――――だからなんだ?


 と、今にもそんなことを言い出しそうな顔だった。


「で、帝はいかに解決を図られるおつもりか? まさかゼロ回答ではありますまい? それとも……このキョウなる街を全て灰にしても良いと? ならば我らは今すぐにでも行動を開始いたしますが……どうされるのか?」


 マサの言葉がまるで魔王の囁きにも聞こえた翡翠は、髭を震わせながらも屈辱を隠し通そうと努力をしているらしい。だが、ピクピクと震える両腕や両肩がその内心を雄弁に語っている状態だった。


「帝は取り敢えずでも都を焼き払わないで欲しいと、そう言明されておじゃる。これ以上、民が死ぬのは忍びないのでおじゃる」


 必死で怒りを噛み殺した翡翠の言葉に対し、マサは大袈裟レベルな首肯を返し、振り返ってヒトの一団に伝えた。


「どうやらキツネの帝は事態解決の意志が無いようだ。行動を開始する」


 それ以上の言葉も無く、マサはその場を立ち去ろうとした。

 だが、そのマサの腕を翡翠は掴み、『ちょっと待つでおじゃる』と始めた。


「まだ続きがある!」


 翡翠の声には悲鳴染みた甲高い声が混じった。

 だが、そんなキツネの貴族を見るマサの眼差しは、まるで道ばたに落ちている犬の糞でも見るような、嫌悪感の全てが詰まった冷たい眼差しだった。


「……能力ある者ならば話も出来ましょう。だが、現実に炎が迫っている現状でお願いだの希望だの忍びないだの……子供の我が儘に付き合っている暇は無いのですよ? そこを履き違えませんように」


 マサの言葉に怒気が混じり始めた……と、全員が思った。凡そ軍人という者は超が付くリアリストであり、悪化する状況ですら醒めた眼差しで分析出来て一人前。


 そんな軍人の中でも参謀職という肩書きは、そんな能力を軽く飛び越え、戦死前提の作戦ですら考慮して戦略的目標を達成する事を考える者だった。だが。


「帝は齢8才でおじゃる……」


 翡翠は必死に喰い下がった。相手が子供である事を理解して欲しいと、そう願っての言葉だった。ただ、それが通用しない相手だと言う事だけを、翡翠は理解していなかった。


「で……なんです? 8才ならば責任を取らなくとも良いと?」


 冷たく言い放ったマサの言葉に、翡翠は総毛だった様な顔になっていた……

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