表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ル・ガル帝國興亡記 ~ 征服王リュカオンの物語  作者: 陸奥守
大侵攻~征服王リュカオンの誕生
402/665

離間工作


~承前






 それを一言で表すなら、破壊と暴虐の津波だった。

 コーニッシュよりキツネの国に侵入したル・ガル国軍の3軍団は、ありとあらゆる物を焼き払いながら前進を続けていた。そして、先の侵攻の爪痕も生々しい各都市だけで無く、アブラナミを越えた先の都市ですらも残さず焼いていた。


 目指すはキョウと呼ばれるキツネの都。


 そのキョウまで残り15リーグ。侵攻開始より7週間が経過し、主力集団は既にキョウの都市圏に入ったらしい。住宅の建ち並ぶ郊外都市にその手を掛けたル・ガル国軍は、事実上3方よりキョウを包囲しているだけでなく、焼き払いつつある状態だった。


「順調ですな」


 上機嫌にそういうオクルカは、ラクガイと呼ばれる地域に入っていた。ここまでの攻勢はまったく以て順調で、些細な抵抗拠点など力尽くで踏み潰して前進している状態だ。


 ル・ガル国軍はますます意気軒昂で、文字通りのローラー作戦を展開中だが、そんな中、カリオンはブスブスと煙る燃え残りの住宅街を横切り、夥しい数で積み上げられた死体の前に居た。


「さぁ、キツネの帝がどう出るか楽しみだな」


 ここに至るまで幾度もキツネの側からの使者がやって来ていた。ただ、その口上を聞く前に、カリオンは自らその首を刎ね、使者の従者達にその首を持たせ同じ事を繰り返し伝えていた。


 ――余の息子を帰せ

 ――返すまでキツネを殺し続ける

 ――責の全てはキツネの側にある

 ――我等の後退は目的を果たす意外に無い

 ――余の息子を帰せ


 毎回同じ事を述べてきたカリオンだが、このラクガイに到着した時には使者では無く立て看板での伝言があるだけだった。それを見上げ読んだカリオンは王の太刀でその看板を斬り捨てると、大声で命じていた。


 ――このラクガイに居る者全てを斬れ!


 ……と。

 その看板に書いてあったのは、キツネの帝の泣き言だった。要するに、何の話か分からないので、せめて話だけでもさせてくれ……と。結果、ここには膨大な量の死体が積み上げられ、鼻も曲がるような異臭を放っている。


 だが、カリオンの怒りはまだまだ収まらず、街中の高い建物で有れば見えるほどの量で死体を積み上げさせ続けていた。下に置かれた死体が重みで潰れ、そこからドス黒い血が流れ続けていた。


「本当に分からないんでしょうかね?」


 腕を組んで思案していたドリーがそう漏らす。死体の山からは鮮血と小便と鼻を突くような死臭が漂っている。それらを前に、カリオンは青空会議の最中だった。


「それは無かろう。ただ、帝よりも九尾を目指す方が強いのかも知れん」


 ボロージャは手にしていた干し肉を囓りながらそう言った。不眠不休で走り続ける戦術こそがジダーノフ家の必勝パターン。それを行ったのだから、ジダーノフの首脳陣は誰もが疲労困憊だった。


「仮にそうだったとしても、私達にはなんら関係有りません事よ?」


 ボロージャの言を聞いたジャンヌは、あっけらかんとそう言い切った。

 そして、ジャンヌの言葉に続き、ルイは典雅な発音で言った。


「前回の攻勢時にも散々と伝えてあったのですから、今さら泣き言など聞く必要すら有りませんな。後はキツネの国内問題です。解決できねば亡びるのみ」


 そう。イヌの大攻勢は2回目なのだ。いくらキツネの歩兵が強くとも。それこそ、一騎当千の実力を持つ強者で有ろうとも、音速で飛んでくる銃弾の威力には膝を屈し命を落とすだけだ。


 そして、キツネの国内に凡そ50人程度の数で存在した覚醒者は、検非違使達の働きにより全て斃されていた。僅かに生き残った者はル・ガル国軍魔導師団による洗脳解除の魔術により正気を取り戻している。


 彼らはその全てが自動的に検非違使に組み込まれ、後方へ送致の上で再訓練が施される事になっていた。


 ――――報告いたします!


 青空会議のど真ん中へ伝令が飛んできた。アッバース家のお家芸であるローラー作戦はここでも威力を発揮していて、各所に立て籠もっていたキツネたちは全てが白日の下に引っ張り出されていた。


 そして彼らは1人残らず銃で撃たれるか剣で斬られた。太陽王の命により、女子供も見境なく文字通りの撫で斬り状態だった。


「うむ。吉報かね?」


 上機嫌なオクルカがそう尋ねると、伝令は顔を上げて言った。


 ――――ラクガイ地域における掃討を完了いたしました

 ――――キョウの中心部へ続く街道は凡そ六割を制圧してあります

 ――――現段階で8リーグの前進が可能です


 8リーグの前進。その報告にボルボンの若き(つがい)が拍手で応じた。

 ボロージャは満面の笑みで首肯し、カリオンに顔を向けて拍手している。


「ご苦労だった。アブドゥラに休息を取るよう伝えよ。少々働き過ぎだ」


 こんな条件ならば軽口の1つも出ようかという物。

 事実、カリオンの機嫌は悪からずにあった。


「これならば直接キョウの街で帝を詰問できそうですな」


 オクルカの言葉にカリオンがニヤリと笑う。

 キツネの国の、その終わりの始まりがここに有るのだと思ったのだ。


「それより、キョウの街を焼き払い、キツネを東方へ押し立てましょう。彼らを東方の果ての太洋にぶつかる所まで攻め立て、その場にて帝に跪かせるのです」


 ドリーはより一層過激な事を言って盛り上がった。ただ、現時点における戦略的な目標はキツネを亡ぼす事では無くララを取り返すことにあった。故に、その案は魅力的ながら実行には躊躇せざるを得なかった。


「それも楽しそうだが……ドリー。目標は忘れてないだろうな?」


 猛闘種の特性を色濃く受け継ぐドリーは、カリオンの言葉に表情を変えた。

 戦いたいのは結構だが、目的を忘れるなよ?と釘を刺したのだ。


「もっ! 勿論であります! ただ、ここに至る道中で発見出来ぬのであれば、もはや東方に居ると考える方が自然でありましょう!」


 キツネの国はル・ガルのコーニッシュと小さな水路を挟んで長細く伸びる、半島状態の島国だ。その東方地域や北方地域にはキツネと共にタヌキやイノシシらが共存して暮らしている。


 彼らはキツネの文化圏にあって同じような文化を共有していた。そして、キツネの国に僅かに居る少数民族――サル――がまた面倒な集団と言える。彼らは本当に身軽で敏捷性に富み、樹上や地上の境なく立体的に行動する事を可能にしている。


 そんな東方種族を相手に、勝ちきるのは少々骨が折れる事だろう。しかし、逆説的に言えば、それが可能であるならば間違い無く世界を平定出来る筈だ。


「まぁいい。それより、この次だが――」


 青空会議の中心に設置されたテーブルにはキツネの国で応急測量された帝國地理部謹製の地図が載っていた。それに寄れば、この近郊にはまだ数万の住民が居ると言う事らしいが……


「――キョウの街を守る城壁を攻めよ。彼らは城壁を閉ざすだろうから、その後に近郊地域住居全てを焼き払え。出来る限り彼ら住民が城門へ殺到するようにな」


 カリオンの命に全員がニヤリと笑った。キツネを殺すのでは無く家を焼くのだ。

 結果、彼らは城の中へ逃げ込もうと大手門へ殺到するだろう。だが、その門自体を事前に攻めておけば、彼らは城門を固く閉じて守ろうとするはず。


 大手門の扉は分厚く頑丈な作りになっているし、それを閉じてロックを掛ければ少々では開く事が難しい。数人掛かりでやっと押し出して閂を掛けてしまえば、住民の圧力程度では絶対に開かないだろう。


 ただ、その先にあるものは凄惨な時間だ。


 逃げ場を失った住民を後ろから皆殺しにしていく。その怨嗟の声と助けを求める声が都に響くだろう。そしてそれは、このキョウを取り囲む他の地域へと伝染していく疫病のような物だ。


 恐怖と猜疑心とがイヌだけでは無く帝にも向けられる事になる。自分達を見殺しにした統治者にどうして住民が付いて行くのだろう。それを知っているからこそ、多くの都市攻撃で行われる常套手段なのだった。


「彼らは東へ逃げますかね?」


 ルイは口元を手で隠してキョウを見ていた。一方だけを開けて街を包囲し逃げ道を先に作っておくのは常套手段だ。ただ、その逃げ道に大量の銃兵を配しているのは言うまでも無い。


 雨霰に銃撃を受けながら、それでも必死に住民は脱出を図るだろう。もしかしたら帝自体も脱出するかも知れない。イヌの側はただただそれを待って撃てば良いだけだ。


「逃げるだろう。故に、4連隊を向こうへと送り込んだ。今頃は銃座の設置が完了している頃だろうて」


 ハハハと笑いながら姿を現したアブドゥラは茶を嗜んでいる。

 砂漠の民に伝わる乳で煮出した茶には、滋養と愛情が籠もっていた。


「住民は帝を恨み、帝は住民に見捨てられ、キツネの国も崩壊しますな」


 アブドゥラの視点はそこへと向けられていた。

 市民の支持を失った統治者がどうなるかなど、火を見るよりも明らかなのだ。


「よろしい。アッバース家を除く軍勢で行動を開始する。今日明日中にキョウの都を死都に変えてやろう。キツネの帝が直接姿を表すか、若しくはララがここへ現れるか。それ以外に行動を停止する理由は無い」


 腕を組んだカリオンはそう決定した。

 それを聞いていた者達が一斉に『御意』と返す中、カリオンは空を見上げた。


「どこに居るのだろうな……」


 辛そうなその言葉に、全員がカリオンの懊悩を感じているのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ