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ル・ガル帝國興亡記 ~ 征服王リュカオンの物語  作者: 陸奥守
大侵攻~征服王リュカオンの誕生
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王の剣の本音

~承前






 秋の空気が漂うコーニッシュ。

 ガルディブルクへと帰還したカリオンが2ヶ月の準備期間を経て出した指示は、ル・ガル国軍の大半を動員した東方遠征だった。


 キツネの国とのホットフロントとなったコーニッシュの市街は、いつの間にかまるで城塞のように整備されていて、スペンサー家とボルボン家により着々と整えられた市街は、もはや1つの要塞だった。


「うむ。順調だな」


 カリオンが見つめる先。大軍勢が集まっているコーニッシュには、レオン家を除く諸公爵家の全てが結集していた。彼らは皆一様に決意を秘めた顔をしている。


 そして、その席にやって来たオクルカは、己の双肩に掛かった重圧を改めて感じていた。


「手前の計算では総勢33万になりますな。大陸の軍営全てがここに集っていると言って過言ではありますまい」


 カリオンの馬に並び、オクルカは手帖を見ながらそう言った。

 太陽王を示すウオータークラウンのマントを羽織るカリオンに対し、オクルカは三つ巴の紋章を入れたマントを羽織っている。その三つ巴は様々な意味を持ち、この場合はル・ガル国内において特別な肩書き持ちである事を示していた。


「なかなか似合いますね。弾正殿」


 ボルボンを預かるジャンヌが柔らかい言葉でそう言った。

 それに続き、立派なマントを肩に提げたルイがやって来て言った。


「大公爵家の中でも500年ぶりの肩書きと聞いております。さすがですね」


 イヌの歴史その物であるボルボンの一党にそう言われ、オクルカはその肩書きに身震いする思いだった。


 弾正


 正しくは弾正帥となるその肩書きは、丞相や相国と言った肩書きに匹敵する物であり、その実態を正しく表現するならば、それはまさにル・ガルの帝王である太陽王代理を意味する。


 悪を滅し正しきを導く為の帥。弾正帥の権限は警察権や軍事行動における統帥権について、太陽王の代わりにそれを行えるとしている。そしてそれは、間違い無くル・ガルにおいて最強の肩書きとなるだろう。


 国内政治を一手に引き受ける相国はウォーク・グリーンに。軍事に関する大臣となる丞相は、各公爵家の当主それぞれに分散して配されているような形のル・ガルだが、その統率役として、太陽王との間に配された形だ。


 見方を変えれば、オオカミが完全にイヌの軍門に降った様にも見えるだろうし、事実、オオカミの中にはそれを良しとしない者も多数居ると言う。だが、オクルカはそれら全てを『オオカミの自由よ』と一笑に付して肩書きを受けた。


 事と次第によっては、太陽王が斃れた直後にル・ガルの差配を一手に引き受けられる肩書きなのだから受けない手は無いだろう。それ故に、三つ巴の紋は、丞相や相国と互角にやり合える立場を意味していた。だが……


「その分だけ責任も重くなったよ」


 オクルカはそう言って笑った。

 剣と槍で優雅に戦った時代は終わりを告げ、これからは音速の鉛玉で即死する時代となる筈。そんな戦場に王が出陣するのであれば、その代役は幾重にも用意しておかねばならないからだ。


「で、まずはどうするか」


 カリオンは顎をさすりながら大まかな戦略を考察していた。手順としては簡単なもので、要するに複数軍団に分けて街道を吶喊させるのがいいだろう。狙う効果はただ1つ。電撃戦だ。


「主要街道となる西国街道をスペンサー家の皆さま方に。北国街道をジダーノフ家一党諸賢に。南方街道はボルボン家一門に。そして、アッバース諸家の皆さま方には、それぞれの軍団にあって主力となる主兵を務めていただこうかと」


 オクルカの示した案が極めて全うなものであることは論を待たない。そして、現状のル・ガル戦力を鑑みればこれこそが最適解といえるだろう。

 だが、カリオンはそれこそを危惧していた。極めて全うな軍構成は、それこそ相手もそれを対策しやすくなるはず。そしてこの場合、カリオンがもっとも危惧するのは……


「他を捨てて一点反撃体制になられると厄介だな……」


 カリオンの言った言葉にオクルカが首肯を返す。それは、国軍関係者すべてが懸念する困った事態だった。全ての面で対抗できない以上、他を捨てて一点反撃に出るのだ。

 そして困ったことに、キツネの軍は歩兵がもうバキバキに強い。そんな彼らが銃兵に対する対抗措置を見つけ切り込まれた場合、ル・ガルはかなりの出血を覚悟せねばならないのだった。


「各個撃破を繰り返される危険は確かにあります。ですからそこは……」


 オクルカは馬上にあって振り返った。カリオンとオクルカの後ろには、目立たない位置にトウリが佇んでいた。


「面倒は検非違使が引き受けよう。奴等を根絶やしにするまでは戦い続けてやる」


 トウリはトウリで静かな闘志に燃えていた。

 自らの血を受け継いだはずのララウリはいまだにキツネの国のどこかで捕らわれたままだ。そして、リリスはトウリに伝えていた。彼女が見たもの全てを。緋袴装束のララが巫女姿で座敷に座っている様を。


 九尾を目指すあのキツネが必要としているのは、自分自身と同じ、男と女の重なりだった。その男の側の精を貪り尽くし、そこに流れるジンとマナを吸収し、それによって九尾への道を登っているのだという。


 結果、ララは男性側の性機能全てを失い、性器そのものだけでなく附帯器官すらも消失させられ、完全な女性になったという。それは、いつかララウリと馬で駆けたいと密かに願っていたトウリにとって、絶対に許せない事だった……


「別当……」


 カリオンが静かに声をかけた。

 トウリはわずかに自分の世界へ溺れていたらしい。


「あぁ……すまない」

「良いんだ。ただ……ララを頼む。あの子のこれからの為に」


 カリオンが何を言いたかったのか。トウリは一瞬だけその意味をつかみ損ね思案した。だが、こんな場面で悪意ある言葉を吐く男ではない事もまた、トウリはよく知っていた。


「これからは正式に姫扱いか?」


 トウリは確かめるように言った。だが、その言葉を聞いたカリオンは、ちらりとジャンヌを見てから言った。


「姫騎士でも良いと思わないか? なにも男だけが騎士の叙勲を受けられるって訳じゃないはずだ。女だって騎士の叙勲を受け、国家に役に立てば良い。余は……そう思う」


 カリオンがそれを言うと、トウリの表情がわずかに柔らかくなった。形ばかりでイワオの預かっているサウリクル家の家督をどうにかせねばならない。ならばララが婿をとる形で良いだろう。


 或いはキャリが成人し子を成したとき、二番目三番目の子を跡継ぎにすれば良いのだとトウリは考えた。そもそもが始祖帝ノーリの弟だった男の興した家だ。それでなにも問題ないし、言わば元サヤでもあった。


「……あぁ、それで良いと思う」


 トウリは短く答えてからその場をスッと離れた。やや離れた位置に待機している検非違使は、トウリの動きを見て三々五々に動き出した。いつの間にか200人ほどに膨れ上がった検非違使の主力軍団は、男女混成旅団状態になっていた。


 そしてその中にイワオやコトリの姿はなく、タロウもまた別行動だった。現時点での検非違使は、その総数500を数える大軍勢になった。また、他国で錬成され産み出された覚醒者を取り込み、再教育が進んでいる。


 その結果、検非違使の総合戦闘力は通常戦力では対抗できないレベルとなり、その全てが太陽王の秘密兵器として国軍関係者に認識されていた。そう、それ自体がクーデターに対する抑止力なのだった。


「さて、では動き出そうか」


 カリオンは馬を返して振り返った。そこにはカリオン王直卒となる近衛騎士と近衛銃兵が揃っていた。その数、実に3万を数えていて、それ自体がひとつの軍団状態だ。


 また、弾正の肩書きを持つオクルカはフレミナ騎兵団を率いてやってきている。速度は無いが粘り強さと自力のタフさを持つ彼らは、太陽王親衛隊であるヴァルター以下50名の抜刀隊とあわせ、強力な戦力になっていた。


「太陽王の世界制服の、その第一歩ですな!」


 ドリーが嬉しそうにそんなことを言った。

 そしてそれは、各公爵達の共通した感情だった。


「あまねく地上を照らす太陽の地上代行者たる王の威光は、広く世界を照らしましょうぞ」


 ジダーノフを預かるボロージャことウラジミールがそう言うと、アッバースを預かるアブドゥラは満面の笑みで言った。


「神はきっと太陽王を祝福なさる。その御代で世界は平和となりイヌはますます発展を遂げるでしょうな」


 誰もが考える解りやすい恩恵の存在。

 つまり、それこそがル・ガル中興の祖となるカリオンの功績となる。


 そして後の世で各公爵の主たちは、その手足となって働き、王を助けた存在として称えられるのであろう。かつてノーリと共に戦った『王の剣』と称えられる存在となるのだろう。


 ――命を惜しむな!

 ――名を惜しめ!


 イヌの中にある名誉を求める精神。それこそが各公爵達の本音だった。

 そして、そこに参加できる自分自身の幸運を神に感謝すらしていた。


「さぁ、動きだそう。求めるのは勝利のみだ」


 オクルカの言葉に全員が行動を開始した。

 後の世で『大侵攻』と呼ばれる事になる、イヌによる世界征伐の始まりだった。

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