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それぞれの試練

 軍楽隊は第一楽章を終え、息を整え第二楽章へ入ろうとしていた。

 大ホールの中にいる男女が互いを見つめ囁き合うなか、大ホールの扉が開かれカリオンとリリスが再び姿を表した。


 涙に濡れたリリスの美しい顔はキレイにリメイクされている。

 ちらりとカリオンを見たアレックスがジョニーを探した。

 互いに目で何かを確認し、パートナーの手を引いてカリオンに近づく。

 

「おぃ! エディ!」


 気易く声を掛けたジョニー。

 隣には先ほどカリオンに侮蔑の眼差しを放ったあの女性がいた。


「……先ほどは大変な無礼を働き、申し訳ございません」


 深々と頭を下げたグラーヴ家のご令嬢。

 その隣にいたジョニーが舌を出していた。


「悪気が有り余ってやった事だ。油断して本音が出ただけだから、悪く思うな」


 全くフォローになっていない言葉を吐いて笑ったジョニー。

 その言葉を聞いたカリオンは必死で爆笑を噛み殺した。


「まぁ普通はそうだよな。知らなきゃ普通の対応だ」


 全く気に留めてないカリオンの様子に、リリスがほっとした表情だった。

 グラーヴ家のご令嬢とリリスの二人が視線を絡ませる。

 その様子をカリオンが見逃すはずがない。


「リリスの友達?」

「うん」

「じゃぁ余計、怒るに怒れないや」

「ゴメンね。私が先に言っておくべきだった」

「ダメダメ、種明かししちゃ面白くない」


 意外な事を言い始めたカリオンにリリスが驚いた。


「しばらく見ない間にエディは底意地が悪くなってる。ちょっと性格悪い!」


 微妙にむくれているリリス。

 その傍らのカリオンは上目づかいの三白眼でグラーヴ家のご令嬢を見つめた。


「士官学校で鍛えられたんだよ。初対面の冴えないマダラ相手でどう振る舞うか。それを見れば相手がわかる」


 ある意味、死刑宣告のような言葉がカリオンの口を突いて出た。

 ご令嬢の表情がこれ以上なく引きつった。

 どこか楽しそうにカリオンはそれを見ている。


「おぃリディア。正念場だぜ。カッコ付けろよ」


 渋い声音でそう言ったジョンの肘がリディアを小突いた。


「俺の相方になろうって言うならピンチをチャンスに変えねぇとな」


 ジョニーをちらりと見てから、カリオンはリディアの手をとった。

 リリスは静かに笑ってカリオンを見ていた。


「リディアどの。どうか正直にお答え願いたい。マダラはお嫌いか?」


 カリオンの鋭い問いにリディア・グラーヴは一瞬言葉を飲み込んだ。

 射抜くようなカリオンの眼差しに二の句を失い黙ってしまう。

 だが、覚悟を決めたように顔を上げ、言葉を選んで話始めた。


「マダラはふしだらな女の産んだ男だと、そう思って来ました。社会悪だと、そう思って来ました。でも、私が間違って居たようです」


 リディアはスカートを広げ貴族の令嬢としてキチンと礼を尽くした。


「公爵レオン家を支える衛星家の一つ。グラーヴ家を預かるウォルフガング・ハラルド・グラーヴの娘。リディア・グラーヴに御座います。今日から見識を改めますので、どうかお見知りおき下さいませ。カリオン殿下」


 リディアの隣で『どうする?』と言わんばかりのジョニーがカリオンを見ている。

 もちろん、リリスもカリオンの振る舞いをジッと見ている。


 ――――もう赦してあげなよ!


 そう顔に書いてあるリリスに、カリオンが驚いた。

 その眼差しの強さは、まるで射貫くようでもあるのだが。


「リディアどの。手前はまだまだ修行の身。なれど、身に余る友を得られた運の良い男です。そして今日は一人の美しい方の誤解を解けたようです。いやいや。今日は良い日だ。どうかお父上にも、グラーヴ伯にも宜しくお伝え願いたい。アージンの若輩者がそう言っていたと」


 カリオンは自分の胸に手を当ててそう言った。

 己の契約した神に誓って嘘はないと、騎士の礼を尽くしたのだ。


 その応対に一番驚いたのはリディアかもしれない。

 倣岸な支配者としての顔と謙虚な士官候補生の顔が同居している。


 ――――この男は将来の為に今を我慢しようとしている……


 自分の不明さをつくづくと恥じたリディア。

 そして、そのカリオンをリリスが眩しそうに見ている。

 心底好きな男の見せた、立派な騎士の振る舞いを、だ。

 リリスでなくても惚れ直す一瞬。


 リディアは思わずリリスに嫉妬する。

 だけどこの二人には、どうやっても敵いそうにない。

 ならば、上手く付き合うしかない。


 現実にジョニーだってそうやっているのだから。


「まぁそう言う訳だ」

「何をだよ。自分だけわかる話しすんなよ」

「いーじゃねーか。こまけーこたぁ、いーんだよ」

「どうせ細かい部分は考えてないんだろ?」

「まぁそりゃぁ否定しねーけどよぉ」


 カリオンとジョンの二人が交わす全く気の置けない会話。

 リリスはそんな二人を少しだけ羨ましくなった。


「リリス。どうしたの?」

「なんでもない」


 ちょっとコケティッシュなリリスの表情にカリオンが苦笑いした。


「踊ろう!」

「うん!」


 もう一度リリスの手を取ったカリオンは、迷うことなくホール中央へ進んだ。

 軍楽隊が音楽を奏で始め、カリオンはリリスを見つめながら踊り始めた。


「エディ上手いね」

「学校で習うんだよ」

「シウニノンチュで覚えたんじゃないの?」

「踊る相手が居なかったよ」

「ウソつき」

「……今もまだ鈴が鳴ってる?」

「鳴ってないよ」

「じゃなんで? なんでウソつき?」


 困ったような顔になったカリオン。

 リリスははにかんだ笑みでカリオンを見た。


「エイダの困った顔が見たかったの」


 リリスの意地悪な言葉にカリオンの顔から表情が消えた。

 そんなカリオンを見ながらリリスはまた笑った。


「エイダ」

「なに?」

「今も大好き!」

「ウソつけ!」


 心のそこから楽しそうなリリスの笑顔。

 その姿が愛しくて愛しくて、カリオンの心にブレーキが掛からなくなり始めた。

 今この場で押し倒したい衝動に駆られ、だけど冷静にそれを押し留めている。


「……エイダもまだ鐘の音が聞こえるの?」


 ジッと見つめられていたカリオンだが、そんなリリスの一言で我に返った。

 ふとカリオンの足が止まって、そして目を閉じた。

 驚いたリリスがカリオンを見上げるなか、カリオンの表情が曇った。


「この二週間くらい、時々鐘か鳴り響いてうるさいんだ。あと、シュサじぃの夢を何度も見てる。じぃの馬に、バルケットに乗ってる夢なんだ。だけどいつも……


 言葉に詰まったカリオン。

 ホールのかたすみにグラスが運び込まれ、水で薄めたワインが振る舞われた。

 だが、カリオンは言葉を失いホール中央に立ち尽くしている。

 その向かいでリリスは辛抱強くカリオンの言葉を待っていた。


 立ち尽くしている二人に気が付いたホールの給仕が、グラスを渡して行った。

 その後姿を見送ったリリスは、ホールの扉が開くのを見た。


「諸君! ちょっと手を止め聞いてくれ」


 唐突にホールへロイエンタール伯が入ってきた。

 隣にはカウリ卿が立っていた。

 カリオンはリリスを抱き締め、その耳元に「泣いちゃだめだよ」と囁いた。


「なんで?」

「たぶんだけど……シュサじぃが死んだ」


 目を丸くして驚くリリス。

 だが、カリオンはリリスを抱き締めたまま、それきり黙ってしまった。


「諸君。先般来、西方にて我がル・ガル国軍の騎兵が激闘を繰り広げているのは既知の事と思う。その相手が、正体不明の強力な武装集団であることもまた既知であろう」


 一瞬ざわつく大ホール。だが、ロイエンタール伯の手が翳され沈黙が戻った。

 水を打ったような静寂の中、心の準備を整えたカウリ卿が口を開いた。


「半年ほど前より西方地域にて大規模な武装集団の掃討戦を進めていた太陽王率いる十個師団は、ノーリグラードの西で正体不明の強力な武装集団に遭遇した。我が軍が押し負ける事はない。皆がそう想う中、幾度も手痛い攻撃を受け、順次後退をしつつ戦線を整理し再反撃の機会を伺っていた。平面戦術と広域戦略を履修した諸君なら説明は不要だろう」


 リリスはカリオンを見上げた。

 その動きに短く『今度ちゃんと説明する』とだけカリオンは言った。

 そして、顔を上げてカウリ卿を見た。一瞬二人は目が合った。

 

 カウリ叔父さんの目が泣き腫れていた――


「約二週間前の出来事だ。戦線を整理し包囲殲滅戦を仕掛けた騎兵団は敵武装勢力の最大集積点を痛撃した。そして、激しい戦闘を繰り返す中で敵の正体が判明した」


 水を打ったように静まり返っているホールの中が僅かにざわついた。

 カリオンはリリスを抱きしめた。


「従来とは全く違う装備と戦術を持ったネコの軍集団だった」


 大ホールにどよめきが広がる。

 カリオンはリリスの耳元で呟く。


「剣と槍と馬で戦う優雅な戦争は、もう……終わりだ」

「じゃぁ、これからは?」

「相手が全滅するまで戦う、本当に凄惨な戦争が始まるよ」

「エディ……」

「今までは大軍同士がぶつかっても死人は少なかった」

「うん」

「だけどこれからは、死人のほうが多くなるだろうね」

「嫌だね、それ」

「あぁ」


 ────嫌だ嫌だ すごく嫌だ 冗談じゃない


 カリオンの思惑とは別に、大ホールの中に広がったさざ波のような声。

 今すぐ救援に……そんな声が流れ、カリオンとリリスは辛抱強く待つしかなかった。


「我々の知らない戦術で侵攻してくるネコの軍勢は一点突破を計り、我が軍はそれを包囲殲滅するべく慎重に事を運んだ。その課程において実に残念な事だが……」


 ロイエンタール伯の目かカウリ卿をみていた。心配するような眼差しだ。

 そんな二人の大人を見ながら、カリオンは確信した。

 そして、リリスの頭を胸に沈めるように抱きしめ、深く溜息を吐いた。


「太陽王。シュサ・ダ・アージンは戦死なされた。最期まで兵を率い、後退の遅れた友軍を救出する所だった。親衛隊二百名と共に、一方的な鏖殺であったそうだ」


 一瞬。大ホールの中から全ての音が消えた。



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