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ル・ガル帝國興亡記 ~ 征服王リュカオンの物語  作者: 陸奥守
大侵攻~征服王リュカオンの誕生
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死と礼節と騎士道と

~承前






 凄まじい銃声の輻輳が辺りに木霊したとき、そこにあるのは『死』のみだった。


 ――凄まじいな……


 一言だけそう漏らしたカリオンが見たモノは、合計5万丁に及ぶ銃の一斉射撃だった。ただ、それについて感嘆したのはイヌばかりで、観戦武官宜しく眺めていた数人のヒトは何処か不満げだった。


 そして、その音を遠くで聞いていたエツジは、足を止めてその音に聞き入っていた。連続して聞こえる射撃音は、火縄銃の三段重ね射撃と変わらないだろう。1列目2列目3列目が順々に入れ代わりながら射撃し続ける攻撃。


 だが、装填に時間が掛かる故に、5万丁の銃があっても一斉射撃は1万7千丁程になる計算だった。


「早急にボルトアクション系を開発せねばなりませんね」


 エツジの漏らしたそれは、言うならばこの世界における工業研究の端緒となるモノだった。発火機構は無視しても問題無い仕組みの銃だ。魔法さえ使えるなら、誰でも撃てる代物。

 逆に言えば、魔法の使えない者や着火する為の簡単なコツを飲み込めない者にはただの棒でしか無い。そして、その着火魔法の類いについて研究し普及しているのは、事実上イヌだけ。


「イヌという一族は、良く言えば几帳面かつ貫徹主義であり、悪く言えば無駄に働き者です。この銃の発火機構は、要するに必要の都度に応じて魔法発火を行って来たイヌの種族的特性の勝利でしょう」


 タカの説明にマサは首肯を返した。


「さぁ、仕事の時間だ。この銃声が聞こえるウチは安全に移動できる。砲撃可能距離まで一気に接近して砲列を敷くぞ」


 マサの行動は文字通りに疾風迅雷だった。長距離移動を考慮していない100匁大筒だが、分解は可能。それを見て取ったマサは、地域から燃え残った大八車の類いをかき集めさせ、農耕馬を徴発して砲兵の機動化を図った。


「間もなく森が切れます」


 案内に就いたレオン家の若者は、それでも50を越えると言う。その生涯を凡そ300年と規定するイヌにとって、50代と言えば若手の働き盛り世代だろう。


「ロニー殿。この森からあの窪地まで凡その距離が把握出来ますかな?」


 そう。マサの目論見は簡単だ。草原と言っても地形的には多少の凹凸がある。

 窪地となった地形は高低差僅か1メートル程度で、しかも、斜度は緩い。


 だが、それでも窪地は窪地だ。そこには水が流れ込み、草原とあって水はけは悪いだろう。マサ達が感じ取ったその地形的特徴を一言でいえば、湿地帯一歩前の泥濘地になりやすい所だった。


「距離は凡そ800リュー。あとは精密測量地図が要りやす」


 どこか無頼な言葉使いで答えた青年将校は、どうやらあのレオン家の事実上差配を勤める高級将校の手下のようだ。目聡くそれを嗅ぎ取ったマサが道案内を頼んだとき、ロニーは喜んでそれに応じていた。


「問題有りません。それで結構」


 満面の笑みでマサがそれに答えたとき、再び遠方から凄まじい一斉射撃音が響いた。先ほどの収束射撃とは違う斉射のようで、音の響きから5秒の間に3列が射撃を加えたようだ。


「完全に戦術を理解されたようだな」


 マサの呟きにタカが首肯して応える。

 事前に進言しておいた戦術要諦によれば、銃の集中運用による収束射撃の威力を知らぬ者ならば、段列射撃よりも完全一斉射撃の方が有効と明記した。そして、再装填を行う際は準備出来た者から五月雨式に撃ち続けるのが良いとした。


 事実、それまでレオン家騎兵による機動散発射撃しか経験していないライオンやヒョウと言った大型種は、文字通りに無防備な戦列突撃を行った。だが、そこに降り注いだのは5万発のプリチェット弾だ。


 一発二発の銃撃では致命傷にならずとも5発ならどうだ。10発なら? その凄まじい裂傷効果をもたらす大口径の銃弾が1人に20発30発と降り注ぐのだ。彼らはそこで始めて、銃の前に身を晒す愚かさを理解しただろう。


 だが、そこでどのように対処すれば良いのかまでの思慮は、残念ながら働かなかったらしい。彼らは戦列を崩して反転し、一斉に駆け出そうとした。こうなった場合はもう対処のしようが無いのだった。


「簡単な話だ。威力が足らなければ集中すれば良い。それだけの事だ」


 そう。塹壕は平面上における段列の考え方を壊すモノだった。射手を横一線に全て並べ、殺し間を作ってそこへと誘い込み、三方から一斉に撃ちかける仕組みだ。ただし、その一斉射撃は面ずつ行われるモノでは無い。


 射手に配られた番号札は1~3まであり、123123123……と順繰りに並んでいる。つまり、全ての面から常時射撃を受け続ける仕組みだった。


「しかし、徐々に射撃音が小さくなってますな」


 エツジの気が付いたそれは、射撃管制による統制の取れた射撃音では無かった。

 それぞれの射点で放たれる銃弾は凄まじい威力で侵攻軍を痛打した事だろう。


 結果、そのライオンやヒョウ、そしてピューマと言った大型種の大半が物言わぬ骸へと変わっていた。だが……


「案外ゾウとかサイとか……あの連中にゃ銃が効かねぇんじゃねっすかね?」


 ロニーはそんな事を言うのだが、マサもタカもエツジまでも不思議そうな顔になっていた。彼らの常識ではそんな超大型銃を殺すモノこそ銃なのだった。ただ、この世界のゾウを見た事がなれば、そんな発想に至るのはやむを得ないだろう。


 厚い皮膚と強靱な体躯。その上にまとう鋼の鎧は、20匁弾をモノともしない重装甲な代物だった。故に全ての射撃は停止し、腕に覚えのある射手が僅かな隙間を狙って銃を放っている状態だった。


「いずれにせよ射点へ急ごう」


 マサの言葉に促され、全員は素速く移動を続けた。そして、三方から囲まれた侵攻軍の背後へと回り込んだ砲兵隊は、そこで早速砲を組み立てて砲撃戦の準備をしていた。。


「距離400リュー! 榴弾を装填しろ! 砲撃よーい!」


 軍刀を抜き指示を出したタカ。訓練を重ねたアッバースの砲兵隊は装填の終わった砲から全員が砲の後方に集まった。これから見せるのは砲兵の用兵における華そのものな、機動砲撃戦だった。


「前進開始! 突撃!」


 振り下ろされた軍刀と同時、大八車などの上に乗せられた砲を後方から押して砲兵隊の砲列が前進を始めた。僅かな上り坂となっているのだが、そのピークを越えれば窪地に向かって緩い下り勾配だ。


 この斜面を駆け下りながら一気に前進し砲戦距離に入った時点で砲撃を開始するまるで戦車のような運用。だが、それこそこの時代には無い、まったく新しい戦術だった。


「間も無く頂上!」


 先頭にいた砲手が叫んだ。ただ、砲列がその上り坂を登り切った時点で、その殺し間に何が起きているのかを全員が理解した。激しい銃撃でズタボロになり、進退窮まったライオンなどの戦士の前にゾウが立ちはだかっていた。


 その巨躯と厚い装甲を以て、南方種族の盾となっていたのだ。まるで巨人のような姿のゾウやサイは、戦士では無く調停者だった。そして、この場では戦闘を停止するよう進言していたのだった。


「天網恢々! 神仏照覧! 問答無用ぞ! 撃てッ!」


 タカがそう叫んだ。

 次の瞬間、砲列を敷いた100匁砲が次々と火を噴いた。

 砲弾は放物線を描き、殺し間の中に降り注いだ。そして……


「弾ちゃーく! いま! 効果絶大! 効射力続けよ!」


 タカの声が弾んでいると全員が思った。だが、その光景を見れば全ての砲兵は心躍らせるだろう。


 放物線を描いて飛んだ100匁の大玉は、着地と同時に大きく爆ぜる代物だ。その爆ぜの際に周辺20リュー程度へ鉄製の破片を撒き散らす。至近距離でそれを喰らえば、あのゾウですらも爆砕してしまう威力だった。


「構わん! ドンドン撃て!」


 タカの指示に従い、砲手は100匁の砲弾を気前良く撃ち続けた。

 平均すれば6発/1分の砲撃速度を数十門の砲が続けている。そして、各砲が手持ちで持っていた12発を撃ち尽くしたとき、その殺し間に動くモノは無かった。


「撃ち方止め! 砲を冷却せよ! 内部清掃!」


 次々とメンテナンスを指示をタカが出す間、エツジは双眼鏡で着弾点を観測していた。大きく損傷した死体がアチコチに転がるシーンは、グロいなどという表現が甘い状態だ。


「砲撃効果は大なり! 生存者の姿を認めず!」


 エツジがそんな事を叫んだ時、殺し間を挟んだ逆サイドの塹壕からアッバースの銃兵が一斉に飛び出してきた。僅かに残ったライオンやヒョウの生き残りを探し出し、頭蓋を直接ぶっ飛ばす撃滅戦に及んでいる。


「……良いじゃ無いか。実に素晴らしい。戦の勝利とはこういうモノだ」


 マサは腕を組んでそのシーンを眺めていた。推定で3万程度だったライオンなどの一団は、全てが物言わぬ死体に変わっていた。


「彼らの遺体を埋葬しよう。礼節を尽くす事は重要だ」


 マサはメンテナンス中な砲兵の間を抜け殺し間へとやって来た。そして、全身に穴のあいた死体が転がる中、マサは敬礼しながら中央陣屋へと足を運んだ、太陽王へ埋葬を奏上する為だ。


 ――――戦士の名誉と騎兵の礼節を以て埋葬いたしましょう


 その言葉に、カリオンは短く『そうしよう』とのみ答えた。そして、一斉に工兵が穴を掘り、そこに全ての死体が埋葬された。マサは全て埋めるべきと提案し、高級将校相当な前線指揮官のみを残して全員が埋葬された。

 ごく僅かに残った死体のどれもが立派な身形と体躯なライオンばかりだった。百獣の王という評価も宜なるかな……と、マサはそんな事を思うのだった。

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