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ル・ガル帝國興亡記 ~ 征服王リュカオンの物語  作者: 陸奥守
大侵攻~征服王リュカオンの誕生
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新しい戦術

~承前






 マサの言葉を全員が聞いてから3日目。工兵達が汗を流して掘っている細長い溝は、兵士達が軽く身を隠すほどの深さになっていた。

 その溝の中、石を敷き詰め足場をよくした通路は一定の間隔で曲がり角を作ってある。


 ――――塹壕の中に飛び込まれたときは

 ――――この角で敵を迎撃するんですよ


 騎兵と弓兵で戦をした時代では生まれ得ない発想。溝を掘り、そこに身を隠し、銃だけ出して散々に撃ちかける。銃を使う為に特化した戦術はすなわち、その凶暴性を最大限に発揮させるギミックだった。


「敵は?」


 塹壕から100リューほど後方。前線本部となる拠点は石と土を積み上げた防塁の裏にあった。その中にあってカリオンは戦況図を眺めながら思案に暮れている。


「軽装騎兵の強行偵察に寄れば、およそ5リーグの先で編成中との事です」


 戦務幕僚の答えにカリオンは首肯を返した。ライオンやヒョウの戦術は至って単純だ。横列を複数段組み合わせ、単純に前進するだけ。ただ、その戦闘力は如何なるモノをも叩き潰す。


「今日中に前進してくるか?」


 鋭い眼差しで問うたカリオン。作戦参謀は黙って首肯を返した。

 気怠い午後のひとときだが、前線本部の中は緊張に包まれてた。


「……なぁエディ。俺が行って引っかき回してくる。その後で連中を引っ張ってくるから、あの……えっと……塹壕だっけ? アレを使ってバリバリ撃ってくれ」


 戦況図を見ながらジョニーはそんな提案をした。正直言えば、ココまで真っ直ぐに引っ張り込めるかどうかが重要なのだ。そのエサの役をすると言っているのだから、その底なしの度胸を買うべきなのだが……


「いや、間違い無く連中は真っ直ぐに来るだろう。ココまでだって真っ直ぐに来たんだ。どんな障害物も踏み潰すって戦闘手順なのだろうからな」


 腕を組んで再び思案に暮れたカリオン。

 その脳内に浮かび上がるのは、マサの言った言葉だった。



 ――――要するに戦う存在がいなくなれば良いのです

 ――――故に1人残らず殺せば良いのです

 ――――戦う存在が消え去れば自ずと平和は訪れるでしょう

 ――――その為に必要なのは鉄火鉄量その物



 それが何を意味するのかは聞くまでも無い事だ。ただ、そこまで無慈悲な戦闘が出来るかどうか。突き詰めれば、ル・ガルの運命はそこに掛かっている。


「アブドゥーラ。弾の手配はどうなった?」


 銃兵を抱えるアッバースの一門は、このメチータの中でも弾作りの努力を積み重ね続けていた。既に街中の鍛冶屋などを総動員し、プリチェット弾の弾頭部を量産する体勢になっている。


 そして、火薬袋は街外れの廃屋を使い、内部で火薬の調合と包装化が進んでいる状態だ。その全てで貴重な絹糸の繭玉を使う実包は、既に100万発の大台が見え始めていた。


 だが、マサはその数字を聞き『200や300では無く500万発を目指しましょう』と呆気なく言い切った。5万丁の銃に500万発の弾。つまり、銃一丁に弾100発だ。


「マサ殿の進言と監督により効率的な生産体制が整いつつあります。今日明日中には100万発となり、その後は1日辺り20万発の生産を計画しています。恐らくは順調でしょう」


 アブドゥーラの報告に満足したのか、笑みを浮かべて首肯したカリオン。

 だが、そんな空気を引き裂き、伝令が幕屋へと駆け込んできた。


「注進! 注進! ライオンの尖兵となる一団! 前進を再開! 間も無く第1警戒線を越えまーす!」


 塹壕線から前方3リーグ。打ち込まれた杭に横棒を渡し、逆茂木を仕立てて作った誘導障害がル・ガル側の第1警戒線だった。その逆茂木の内側には弓兵が配されていて、全員が矢を番えていた。


「宜しい。工兵長を呼べ」


 カリオンに呼ばれ工兵長が姿を現した。

 土まみれの埃っぽい姿だが、前進にやる気を漲らせていた。


「お呼びでありましょうか!」


 走ってきた工兵長は敬礼も慌ただしくそう言った。その姿は先のキツネの国での大活躍から続く、花形的な扱いへの歓びに溢れていた。


「塹壕の構築はどうなっている?」

「はっ! 間も無く計画通りに完成いたします。恐らくは2刻程かと」


 やや大袈裟に首肯したカリオンは、アッバース側に向き直っていった。


「各銃兵を作業終了塹壕に配置せよ。射撃統制は中央で行う。工兵長。向こうが動き出した。限界一杯とは思うが急いでくれ」


 王の言葉は厳命でも脅迫でも無くお願いだった。

 柔らかな言葉で『急いでくれ』が出た。


「畏まりました!」


 工兵長はその一言を残し、自らスコップを担いで走って行った。剣や槍では無く、スコップとツルハシを武器にする兵隊。工兵という役はどうしたって軽く見られるモノだ。


 だが、カリオンの戦においては工兵が大活躍している。なにより、全ての将兵から工兵の献身的な努力が賞賛されているのだ。それを見れば、日陰者だった工兵が喜ばないはずが無い。


「さて、第2警戒線に至るまで、2刻は稼いでおかねばならんな」


 戦況図を見守るカリオンはそんな言葉を吐いた。だが、それらの期待も虚しく、ライオンの軍勢は逆茂木を軽く突破して前進してきたらしい。


 弓兵は可能な限りに矢を射掛け続けたが、そもそもに敏捷性の高い種族故か矢を躱す事など訳無く、その遅滞に余り効果を上げていない様だった。


「注進! ライオンらが敵の軍勢は第2警戒線に到達! 現在は堀と堤越しに小競り合い中!」


 1刻と経過する事無く第2警戒線へと到達したライオンは、そのままのペースで淡々と前進してきたようだ。だが、その第2警戒線には、あのアッバースの歩兵が使う特製催涙ガス発生装置が組み込まれていた。


 その装置に一斉に火が入り、鼻の曲がるような悪臭と共に催涙効果を発揮しているようだった。


「注進! ライオンらが軍勢! 堤の手前で停止! 足止めに成功!」


 伝令が続々と伝えてくれる戦況は、概ね期待通りの時間稼ぎを行えているようだった。風上側に回って使う化学兵器の威力は、文字通りに貧者の核なる評価その物だった。


「陛下! 工兵長より伝言! 塹壕整備が完了したとの事! アッバース兵の配置が進行中! 戦闘態勢まで半刻!」


 伝令の伝える状況を戦況図にプロットしつつ、カリオンは上目遣いになってジョニーを見た。その眼差しが意味する所は『お前の出番』だった。


「よっしゃ! ちょっくら遊んでくるわ!」


 鷹揚とした背中を見せつつ、ジョニーは幕屋を出ていく。

 その後ろ姿を見送りつつ、カリオンは小声で言った。


「検非違使別当」

「呼んだか」

「あぁ。支援を頼む。勝利能わねば斬り込みもやむを得ない」

「……承知」


 幕屋の片隅に立っていたトウリは、何も言わずに幕屋を出た。ココまで一緒に来た検非違使は7人いて、そのどれもが一騎当千のヴェテランとあっては、逆に使い頃が難しい状況になっていた。


 ――勝ちすぎなきゃ良いが……


 ココまでレオン家を蹂躙してきたライオンやヒョウだが、カリオンにしてみれば検非違使の能力を持ってすれば問題無いと考えていた。体躯はライオンやヒョウを問題にせず、膂力も反応速度も圧倒的に優速の筈。


 何より、手痛い一撃を受けたとしても、検非違使の覚醒体が持つ回復能力により戦闘が途切れる事は考えにくい。


「陛下。銃兵2個師団の配置が完了しました。弾薬は1人15発。5段に構えましたので、事実上無限に撃ち続けられます」


 アブドゥーラの報告にカリオンはニヤリと笑って居た。


「マサの言っていた内容が実現するな。彼らの指揮する砲兵はどうなった?」


 それは、マサの発した言葉から生まれた新たなドクトリンだった。


 ――――銃兵と砲兵は異なる兵科です

 ――――故に手前共に砲兵を預けていただきたい

 ――――必ずや戦果を上げてご覧に入れましょう


 その奏上に許可を下ろしたカリオンだが、マサを含めたヒトの一団は、砲兵を連れて何処かへ消えてしまった。


 残されていたのは、銃兵を使った散兵線を押し上げる手順と到達目標地点。そして、射撃可能な方向と銃撃禁止エリアの指定を綿密に行った詳細な地形図。それを見れば、マサ達が何を考えているのかがカリオンも理解出来た。


「後は吉報を待とう。賽は投げられたのだ」


 カリオンの言葉に幕屋の中の張り詰めた空気が少し揺るんだ。

 それと同時、遙か彼方から轟く様な叫び声が聞こえ始めていた。


「さぁ、時代が変わるぞ……」


 腕を組んでそれを聞いているカリオン。

 誰もが太陽王の勝利を信じ、笑み浮かべていた。

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